第2話 私にとって貴方以上に大切なことなんて一つもありませんよ?
「――よってヴェイン・クレセントを斬首刑に処す!」
あれから一年後、俺は王城の謁見の間にて、王様にそう告げられた。
「わかり……ました」
転生してから4年間、俺は破滅エンドを回避しようと奮闘し続けた。。
血の滲むような剣や魔法の鍛錬だってしたさ……。
それなのに、俺は……死ぬのか。
クソっ……こんなことになるなら、シナリオなんてもっと気にせずに動けば良かった……ッ!
「では、直ちにヴェイン・クレセントを処刑場に――」
「――ちょっと待ってください!」
その時――バンッと勢いよく謁見の間の扉が開かれた。
「何者じゃ! この神聖な場を乱すことなぞ、何人たりとも許され――」
その扉の先には神官服に身を包んだ可憐な少女が立っていた。
彼女は確か――
「あ、貴方は――聖女クロエではないか! 何の用で来たのじゃ?!」
そう、彼女は聖女クロエ。世界で唯一の聖女であり、どんな怪我でも癒す力を持つ頭脳明晰で容姿端麗な世界のアイドルのような存在であり――
そして、『黎明の竜剣』のメインヒロインでもある。
「国王様……1つ、彼に関してお話がございます」
「ほう。なんじゃ、聖女クロエ……一応言っておくが、此奴は数々の悪事をしてきた極悪人なんじゃぞ?」
国王は顔をしかめたが、クロエのことを咎めはしなかった。
それほど、この国における聖女クロエという存在は大きいのだ。
そんな寛大な態度を示した国王に、クロエは何か決意したようにゆっくりと目を開けると――
「――いえ、それは間違いでございます」
王の言葉を否定した。
「ほう……」
「確かにクレセント侯爵と夫人は平民を無理矢理、奴隷堕ちさせたり、国家反逆を企んだりと、数々の悪事を働いてきました。しかし、ヴェイン・クレセントは悪事など犯しておりません!」
ど、どうなってるんだ……?
俺は2人のやり取りを見て、困惑することしかできなかった。
どうして……原作では、俺を追い詰めるはずのクロエが俺を庇ってくれてるんだ?!
国王はクロエの言葉を聞いて、眉をひそめると、口を開く。
「だとしても、あれほどの悪事じゃ……一家処刑でヴェインも処刑じゃな……そうでもせぬと他の貴族や民衆への示しがつかぬ」
「ですが――ヴェイン・クレセントが処刑されることは王国にとっての損失でございます!」
「……どういうことじゃ?」
「実は彼はクレセント侯爵領内に合計3つの孤児院を設立しておりまして……」
「ふむ」
確かに、あまりにも野垂れ死ぬ子供達が多いことに心を痛めて、俺は3つの孤児院を設立した。
なるべく、シナリオに影響を与えないように、こっそりやったのだが……よく知っていたな。
「さらには不当に奴隷堕ちさせられた人間・エルフ126人を解放。クレセント領内の闇ギルドを1つ壊滅」
ん? ん?
よ、よくそんなこと知ってるな。ウィルスや専属メイドにすら言った覚えがないのだが……?
それに、解放した奴隷の数をピッタリ言い当てられているのも妙だ。
「また、へレディア伯爵領に現れたA級モンスターのオーガナイト1体とB級モンスターのワイバーン4体の討伐。以前の王都で起こったスタンピードにてA級モンスターである火竜を2体、オークを153体、ゴブリンを412体討伐しています!」
う……ん?
……いやいやいやいや、おかしいおかしいおかしい。
あの時は認識阻害の魔道具を使って、絶対にバレないように対策していたんだぞ!?
スタンピードの時のモンスター討伐数とか、俺ですら数を覚えてないのに、なんでクロエが知ってるんだよ?!
「ふ、ふむ……孤児院の設立に、奴隷解放……そして、スタンピードでも活躍したのか……?! ううむ……確かに殺すには惜しい人材……じゃが、他の貴族にケジメが……」
国王は顎に手を当てて、長考すると……何かを決意したように鋭い目つきになった。
あ……終わった。
これ、許されないやつだ……。
「――あっ、言い忘れていました! 彼は先月、王女であるリリエル様をワイバーンの群れから助けてくださったんでした!」
「――なんじゃとぉぉぉ?!」
国王の叫びが謁見の間――いや、王城中に響き渡った。
そういえばこの国王……娘であるリリエルをとてつもない程に溺愛しているんだっけ。
あまりの溺愛に『リリエルを助けた者は何でも一つ願いを叶えられる』という噂が昔、流れていた気がする。
「リリエルよ、それは本当か?」
国王は玉座の隣に立っているリリエルに真実かどうかを聞くと――
「はい、本当のことでございます。先月、私が馬車で他領へ移動している途中にワイバーンの群れに襲われました。お忍びだったので護衛の騎士は1人しかおらず、絶体絶命の状況だったのですが――突然現れたヴェインさんがワイバーンを倒してくれたことで私は命拾いしました……彼は私の命の恩人なんです!」
「な、なぬ……」
「ですから、私からもヴェイン君に関しては罪を軽くするようにお願いします……!」
リリエルは上目遣いで国王へ嘆願した。
いやいや、流石にあの国王とはいえ……その程度で決断を変えるわけが――
「どうしてそれを早く言わなかったのじゃ! ヴェイン・クレセントの処刑を取り消す!」
「っ――!?」
処刑……取り消し?!
俺、普通に生きていけるのか?!
死なないで済むのか?!
「国王様! それともう一つお願いがございます……!」
「なんじゃ?」
「万が一のことがないように、私をヴェインさんの監視役に就かせてください」
クロエは国王の目をじっと見つめてそう言った。
監視……役?!
突然、味方から爆弾を投げつけられたような気分だった。
「ふむ……良いぞ。聖女クロエが監視してくれるのであれば、安心じゃ……ヴェインよ、異議はないな?」
「えっ、あっ……は、はい!」
勢いで返事してしまったが……クロエが俺の監視役?!
ど、どういうこと……?
クロエは一体、何を考えているのだろうか?
「では、これにてヴェイン・クレセントの断罪を終わりにする!」
「か、寛大な措置、ありがとうございます! 私はこれにて失礼致します」
「うむ、存分に王国民として、働きたまえ」
俺はその後、再び国王へ頭を下げ、謁見の間から出た。
「――待ってください、ヴェインさん」
謁見の間に出た後、誰かに声をかけられた。
クロエだ、あの聖女クロエである。
「忘れていませんか? 私はあなたの監視役ですよ?」
そう言いながら、ふふっと笑みを浮かべるクロエ。
「ま、待ってくれ……クロエさんは聖女だろ? もっとこう……俺の監視よりも大事なことがあるんじゃないか?」
「大事なこと? ですか?」
「例えば! 勇者であるフェルトと一緒に邪神を討伐する旅に出たり、フェルトと仲を深めたりさ!」
大事なことだからもう一度言っておく。
クロエは聖女であり、ゲーム『黎明の竜剣』のメインヒロインである。
クロエには俺の監視役なんてしている暇はないのだ。
すると、クロエはくすりと笑って口を開いた。
「――何を言っているのですか? 私にとって貴方以上に大切なことなんて一つもありませんよ? あの調子に乗っているだけの勇者なんてもっての外です」
「へ……?」
本来は勇者に惚れるはずのクロエが……全く惚れてないどころか、逆に勇者を嫌ってる……?
そして、代わりに俺にベタ惚れしてる……?!
ど、どうなってるんだ……?!
「……ち、ちなみに……俺が他の女の子と関係を持ったりしたら、どうなるんだ……?」
「四肢を拘束されて、食事も入浴も全部私に管理される生活を送れますね……!」
その後、クロエは、にこやかに笑いながらそう告げてきた。