第1話 悪役、ゲーム開始前に剣聖を倒す
「俺……もしかして、悪役貴族のヴェインに転生してね?」
俺は、気づくと悪役貴族に転生していた。
それも大好きなゲームの、だ。
悪役貴族ということは……いずれは破滅エンドを迎え、死んでしまう
だから俺は――
「とりあえず……最強でも目指してみるか」
とりあえず、最強を目指してみることにした。
まずは……そうだな、剣でも習ってみるか。
――3年後、屋敷の訓練場にて――
「今日こそ、倒してやる……」
俺は訓練場にて、視界の中央に1人の男を捉えながら呟くと――
「ッ――!!!」
訓練場の地面を強く蹴り、一瞬で男に肉薄する。
そして、喉元めがけて一閃。
しかし――次に聞こえたのは肉を断つ音ではなく、甲高い金属音だった。
「ヴェイン様も、随分と腕を上げましたね」
俺の放った一撃は、彼の剣によって受け止められていた。
「そう言いながらも、随分と軽々と剣を受け止めやがって……流石、剣聖だッ!」
俺は次々と斬撃を繰り出していく。
しかし、その全ては剣聖――ウィルスによって受け止められた。
「その程度ですか? 3年前……私を負かせると言ったのはただのホラだったのですか?」
「なわけッ……あるかぁッ! 支援魔法――〈纏風〉」
俺は攻撃に風を纏わせる支援魔法――〈纏風〉を自分自身にかける。
そして、すぐさま、彼の首めがけて剣を振り下ろす。
ウィルスはそれをさっきと同じように受け止めた。
――かかったな!
〈纏風〉には普通、攻撃後に小さなつむじ風を起こすくらいの効果しかないが――
「吹き飛べッ!」
俺のスキルによって超強化されている今では違う。
つむじ風なんて言えない――まるで竜巻のような強風が吹き、ウィルスを吹き飛ばし、訓練場の壁に彼を叩きつけた。
――カランカラン
そんな音と共に彼の手から剣が溢れ落ちた。
悪役貴族ヴェイン・クレセントとして転生して約3年。
ついに俺は王国最強と名高い剣聖に勝利した。
―――――――――――――――
俺は3年前、ゲーム『黎明の竜剣』で登場する悪役令息――ヴェイン・クレセントに転生した。
『黎明の竜剣』とは、前編が学園編、後編が冒険編で構成された異世界が舞台のRPGだ。
RPGといってもエロゲや鬱ゲーというわけではなく、ただただ邪神を勇者が倒すというスタンダードなRPGである。
特筆すべき点は……『黎明の竜剣』には30以上の様々なエンドがあることだろう。
その『黎明の竜剣』においてどんなルートを辿っても……例え主人公がバッドエンドになったとしても破滅するのがヴェイン・クレセントだ。
「俺の勝利だな、ウィルス!」
俺は地面に座り込むウィルスに手を差し伸べる。
ウィルスは剣聖であり、原作でもトップクラスの強さを誇るキャラだった。
そんなウィルスは恥ずかしそうに苦笑いすると、俺の手を取って立ち上がる。
「流石はヴェイン様……まさか、3年で剣聖である私を打ち負かしてしまうなんて……」
「ふっ……全ては俺の才能と努力のおかげ……と言いたいところだが、ウィルスが鍛えてくれたお陰でもある。感謝するぞ」
「いえ、私は少し戦い方をお教えしただけですよ」
嘘つけ。
基礎から応用まで……それどころか支援魔法を使って戦う方法も教えてくれたじゃないか。
「――ご主人様、剣聖様……お水をどうぞ」
すると、背後から声をかけられた。
声の方向を振り返ると、そこには水筒を二つ持ったメイドさんが居た。
「ありがとうござ――ありがとう」
やっべ……危うく敬語を使うところだった。
そんなことをしてしまえば、『ヴェインが改心した』だとか変な噂が流れ、シナリオに影響が出る可能性がある。
――それだけは絶対に避けなければならない。
破滅エンドで死ぬのは嫌だが、そのせいでゲームの主人公が邪神討伐に失敗して世界が滅ぶのは嫌だった。
「それと、ご主人様……明日、学園へ行くための馬車の手配が完了しました」
「そうか」
1週間後、俺は学園への入学が迫っていた。
学園の開始――それはつまり、ゲームの開始。
いよいよ、原作の主人公たちが本格的に動き出すのだ。
「絶対に……破滅エンドを回避してやる……!!!」
俺は拳を胸の前で握り、強く決意するのであった。
――1年後――
「――よってヴェイン・クレセントを斬首刑に処す!」
俺は王城の謁見の間にて、王様にそう告げられた。
斬首刑――それはゲーム『黎明の竜剣』での悪役令息ヴェイン・クレセントの死に方。
そう――俺は破滅エンドを回避できなかったのだ。