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 鋭く睨みつける、目線にありったけの怒気を込めて。


 そんな僕の視線など、まるで気にも留めず固まる男。その顔は、鳩が豆鉄砲を食ったように驚きに満ちていた。


 その顔はすぐ、笑いに変わる。


 手を叩き、大笑いする男。その笑いは前回の馬鹿にする笑いとは異なり、ただ純粋に面白いものを笑っている。そんな風に見えた。


「くくっ、いいな貴様。実におもしろい、おもしろすぎるぞ。しかし、その両手でどうやって私を殴るというのだ」


 僕の腕は、右が肘から下が消失、左がぐちゃぐちゃに折れ曲がっている。


 確かにこれでは、殴るつけるなんて無理かもしれない。あいつが言っている理屈は正しい、僕のほうが間違っているのかもしれない。



「知ったことじゃないよ、殴るって言ったら殴る。それしかないだろう?」



 理屈じゃないんだよ、この想いは。


 そんなもので止められるほど、生易しいものではなくなったんだ。


 激しく流れて止められないから、激流なんだ。この怒りは、全部お前に流れてるぞ。


「その意気は良し、だが言葉だけでは私は殴れないぞ。どうする? 一般人くん」


 その言葉で、闘いの火蓋は切られた。


 僕は叫びながら駆ける、限界を超えようと。


 走って、走って、走る。その速さは増していく、少しづつ確実に。


 あいつと肉薄する距離まで来た、その距離はもう三十センチも無い。左腕を鞭のようにしならせ、振り薙いだ。


 痛みはある、でもそれは必要ないから何処かに置いてきた。


「どうしたあああああ!!!! そんな攻撃などかすりもしないぞ、当てる気はあるのかあああああ?」


 何をしても避けられる、どれほど近くに迫ってもいつの間にか背後に現れる。


 蹴りも、薙ぎも、体当たりもどんな攻撃もその身に迫ることは許されなかった。



 だから、どうしたんだ!!!!



 当たるまで、止まらなければいい。決して動きだけは止めない。


 ()く駆ける、速さを上げろ。あいつに攻撃が届くようになるまで。


 感覚が鋭く、研ぎ澄まされていく。


「いいぞ、いいぞ!!!! もっとだ、もっと上げろ!! レベルを上げるぞおおおおお!! ついてこい!!」


 男から黒いオーラが溢れ出す、その存在感が爆発的に膨れ上がった。


 うねるような黒い塊が噴出され、こちらに向かってくる、


 構わない、だからなんだ。離された距離を縮めるために飛び跳ねる。あいつに攻撃を当てることだけを考えろ、それ以外は要らない。


 跳んで、しゃがんで、かすりながらも躱す。男が出す、黒の塊をことごとく避ける。


 迫る、追い付く。あいつが放つ攻撃を足場に、もっと速く。


「がああああああああああああああああああ」


 吠える、己の限界を感じたから。それをごまかすために、かき消す。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


 もう一度吠える、今度は限界を超えれるようにと。


 喉が潰れるくらい目一杯に、叫び散らかした。


「ふふ、ははっ!! いいぞおおおお、踊れえええ!!!!」


 体中が軋んで、悲鳴を上げる。それでも、無理に動かす。


 悲鳴を上げる体とは裏腹に、感覚は研ぎ澄まされていく。聴覚が、視覚が、触覚がどんどん鋭敏に。


 視覚で前の攻撃を見て避ける。その動体視力は、あいつの黒い攻撃がスローモーションのように見えるほどだった。


 聴覚と触覚で、視線が届かない死角からの攻撃を察知する。


 遠くする細かな音まで、全て聞き取れる。攻撃の際に生じた風などを、肌が敏感に感じ取る。


 本能が、獣としての本能が呼び出されていく。


「うがああああああああああ!!!!」


 獣は吠えた、三度目の咆哮を。


 周囲の窓ガラスが割れて、地面に亀裂が入る。


「こいつ、門を!?」



 世界を置き去りにする、それほどの速さで駆けた。



 それと同時に、あいつの黒い塊も先程より量が多く増えた。だが、遅い、遅すぎる。


 距離を離そうとするあいつをどこまでも追いかける、地面を踏みしめる。


 亀裂が入る、無視して勢いをつける。そして再度地面を蹴り上げる。



 ()()()



 僕のその速さに、どんなものも追い付けていなかった。音も、風も、そしてあいつの攻撃も。


 姿を捉える、我が眼でハッキリと。


 降りる、いや落下して迫る。


 落ちた先には、恍惚な顔を浮かべるあいつが居た。


「くくっ、貴様おもしろい、おもしろいぞ!!!! ダンジョンにも入らず、上位存在に魅入られてもおらずにそこまでの力を!!!!」


「があああああああああああ!!!!」


 ごちゃごちゃうるせえ、黙って殴られろ。体中の動きで言外にそう伝える。


 音のような速さで、再び肉薄する。


 攻撃の一発一発に、ありったけの力と怒りを込めて。


 殴る、突く、蹴る、薙ぐ。がむしゃらに、めちゃめちゃな姿勢で。


 それはまるで、獣のようになりふり構わず。


 もちろん、転んだ何度も。体当たりを避けられ、攻撃を躱されたあとに足を掛けられ、己の攻撃を踏ん張れず。


 何度も、何度も転んだ。そうして転んでも、すぐさま起き上がり攻撃した。


 迫り、攻撃、転ぶ、迫り、攻撃、転ぶ、迫り、攻撃、転ぶ。


 届かない、ただの一撃さえも届かない。かすりさえもしてくれない、それにあいつはまだまだ余裕そうだ。


「貴様がどのレベルにまで行けるか興味が湧いてきたな。ふむ、だがもう行き詰りなような気も――――いや、いるじゃないか。くくっ、良い起爆剤が、それもとっびきりの」


 あいつが動きを止めた、それに伴い黒い塊も霧散するようにどこかへ消えた。


 疲れか? いや、何らかの時間制限か。それにあれほどの物量だ、維持するのも多大な労力を使うのかもしれない。


 だから、今しかない。あの邪魔な黒い塊が無いうちに、あいつを殴る。


 それはきっと、このタイミングしかない!!


 今日最速の速さで、男の元へと走る。


「ぶっ飛べえええええええ!!!!」


 有らん限りの声と、全身の力を込めて。今度こそはと歯を食いしばりながら放つ。


 その顔面へ、最高の一撃をお見舞いした。振り切った拳のあとには、激しい突風が。


 あいつは、反対側のマンションまで吹き飛ばされていた。


 確実に、当たった。研ぎ澄まされた感覚が、そう僕にそう告げる。


 それを知らしめるように、男の身体からは血のようなものが流れていた。


 一応念のために、男の方まで近づく。


 男の周り一面には、たくさんの血が流れ出ていた。そしてあいつは壁にグッタリともたれかかっている。


 顔が下を向いており、その表情はうかがえない。だがまあ、あれだけの力で顔面を殴られたのだ。


 恐らく、ぐちゃぐちゃになっていることだろう。


 この自分でも恐ろしくなるほどの力、本当にいったい何なのだろうか。


 だが、今更そこに疑問を抱くのをやめる。分からないことは分からない。


 分かるはずのあいつは、僕にぶっ飛ばされた。


 だから今僕が知っているのは、この力はあの男が僕に与えた力ってこと。


 そしてその与えた力でぶん殴られた、考えなしの馬鹿野郎ってことくらい。


「ふぅ、何がなんだか分かんなかったけど。とりあえず助かった……のかな?」


 とりあえずの元凶?は倒したはず、だからもうそんなに急ぐ必要はないはずだ。


 だが、この世界では何が起こるか予測できない。もしゆっくりしていて、あいつのような奴がもう一人出てきたら今度は確実に死ぬだろう。


 なので急ぐことにする、とりあえずは藤山さんを回収しに行こう。


 今の速さだったら、三十秒も掛からない筈だ。


 そうして、この場を去ろうと踵を返す。そうしようとしたあいつから目線を外そうとした、その時。



 ズサッ…………、



 あいつがいる所から物音がっ――――


「ふふふふ、偽物の私を殴れたことがそんなに嬉しかったか?」

 

 前から声が聞こえた、それもあいつの声が。


「しまっ――」


 気づいたときには、すでに遅かった。視界いっぱいに広がる黒、黒、黒が僕を押し流す。


 僕の体に纏わりつくそれは、取っても取っても次々と纏わりつく。


 そして、それは完全に僕の全身を覆った。


「おおっと、これでは折角のショーが見せられないではないか」


 意識が混濁してきた中、あいつの声が聞こえる。


 瞬間、視界に明かりが帰ってくる。


「かはっ、はっ、はっ。うぇぇぇ」


 腹に詰め込まれていた黒い何かを吐き出し、必死に息を吸う。


 そして、コートの男を見る。さっき言っていた偽物という言葉の真偽を確かめるために。それが出来れば嘘で合ってくれと願うように。


 だが、その顔には一つたりとも傷はなかった。


 そして、あんなにも血が流れていたはずだったのに。そのナチュラルカラーのコートに赤い染みは無かった。


 あの血から身体までも、何もかもが全部偽物(ダミー)だったのだ。


 僕はまんまと騙されたってわけだ、ふざけやがってクソが。


「その様子だと、よっぽど嬉しかったみたいだな。だが、本番はこれからだぞ!! 今度は貴様が私を喜ばせる番だ!!!!」


 あいつはご機嫌にそう言う、気持ち悪いくらいテンションが高い。


 それだけで分かる、これから行われることがどれほど悪趣味で下劣なことなのか。


 どうせ、想像はつく。きっとこのまま僕を苦しめるだけ苦しめて殺すのだろう。


 苦しめて、苦しめて、命乞いをさせそれを踏みにじる。


 あのクソいかれ野郎がやりそうなことなんてこれぐらいしか思いつかない。


 きっと最悪なことなのは確かだ。


 だから、どうか、犠牲になるのは僕だけにしてくれ。死ぬのは僕だけで良いだろう?


 頼むからこの場に居るのは僕だけにしといてくれよ。ほんとうに、頼むから。


「私は貴様にずっと、ずっと、言っていることがあるだろう」


「……………………」


 あいつは、何なんだ。


 いきなり僕たちの前に現れて、いきなり殺害予告をしてきて、それを実行しようとしてくる。


 なんなんだよ!!!!


 この狂人は、なんなんだ……。僕らにいったい何の恨みがあるんだ、なんの目的があってこんなことをしているんだ。


 自慢じゃないが、恨みを買うようなことなんて一回もしたことなんか無い。


 まず、人と関わることようなことを数えるほどしかしていない。


 両親も別に特別金持ちってわけじゃない、父親は普通の地方銀行員で母親は専業主婦。そこまで特別な家庭ってわけじゃないはずだ。


 なのに、なんで…………。


 なんで――――



「貴様と()()()、どちらも殺すと、何度もそう言っているだろうが」


「やめろおおおお、やめるんだああ!!!! 彼女は関係ないだろう、殺すなら僕だけ殺せよ!!!!」


「貴様こそ何を言っている? 関係の有る・無しなど貴様が決めることではない!! この私が決めることだ!! 敗者は黙って見ていろ、このショーを!!!!」


 そう叫び、あいつが指さす方には。


 黒い塊に拘束されて、グッタリとしている藤山さんの姿があった。


 意識を失っているだけなのか、僕が離れた時と特に外見は変わっていなかった。


「なあ、私は気になるんだよ。この女を殺した時に貴様がどんな顔をするのか、どんな風に絶望して嘆くのか!!」


「そして、その後どんな風に変化するのを。だからどうか私好みに泣き叫んでくれ」


 自分で自分を抱きしめて、興奮を隠そうともしない外道。


 人として、こいつには嫌悪感しか湧かない。


 僕の全てが、こいつを受け入れない。



「さて、もう始めるか!! おい貴様、ボケっとしてないであの女の最後を見届けろ」



 現実感が湧かない、なぜだ?


 あぁ、リアリティーがないからか。そうだよな、悪夢と言ってもらった方がまだ納得できるんだ。


 この状況すべてがあまりに突然すぎて、脳が理解を拒む。



 僕が現実を逃避している間に、藤山さんが黒い塊に動かされる、それはまるで罪人がされるような磔のポーズに。


 そしてあいつが何か持っている。長く鋭い、深い黒のような…………剣を。


「やめろおおおおおおおおおおおおお、やめろおおおおおおおお!!!!」


 ゆったり空中を歩くあいつ、その向かっている先には藤山さんが。


 あ、あああ。あいつは違う、あいつは違うんだ。


 僕の最悪なんて、こいつから比べればまだまだなんだ。想定なんか意味をなさない、その遥か上にいる極悪人。


 いや、極悪人でもない。()()()だ。


 人の常識が通用しない、正真正銘の人為らざるもの。


 それが、あいつなんだ。


 あの化け物に藤山さんが、殺される。本当に殺されてしまう、だから助けないと。


 こんな拘束なんて引きちぎって、行かなくちゃ!! 彼女の元へと駆け付けなくちゃ、そしてあいつをぶっ飛ばさないと。


 そうしないと、しないと、、しないと。


 藤山さんが死んじゃうよぉ、



「いやだいやだいやだいやだああ!! ふざけるなああああ、この化け物があああああああ!!!!」


「こっちを見ろよおおお!! 僕から殺せよ!! 僕が怖いのか、なあ!! 怖いんだろう、だから逃げるんだろ!!!!」


「僕のほう、向けよ……なあ!! 頼むから、お願いだから……」



 あいつは、歩みを止めない。一歩一歩、着実に進み続ける。




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