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3


 物音がした方向を向く、そうすると案の定というべきか、藤山さんが唸り声をあげながら起き上がろうとしていた。


「んんっ、痛たたた。あれ? 身体中の至る所が痛いんですが!? どういう事ですかこれは? てか、ここどこです?」


「いやー、僕もよく分かんないだよね、ごめんよ」


「キャ! い、居たんですか柴悟望くん!? あ、そうでしたね一緒でしたものね、すみません忘れていました」


 濃い砂埃が舞っている薄暗のなか、僕らは取り留めのない会話を交わす。


 さっきまでの時間が濃すぎたせいか、まだ一時間も経ってないというのに彼女との会話がひどく懐かしく感じる。


 一人だと暗い思いしか浮かばなかったのに、藤山さんが目覚めただけで少し元気が出る。


 一人じゃないからだろうか? それとも――藤山さんだからなのだろうか。


 なーんて、冗談だ。そんな吊り橋効果で堕ちるチョロインじゃあるまいし。


 そんな馬鹿なことを、少し笑みを浮かべ考える。こんな状況で、そんな気の抜けた考えなんか控えるべきなのかもしれない。


 でも、そんな想像をしてしまった。なぜだろうか?


 

 ポタポタと何かが垂れている音がする。さっきの衝撃でどこかしらの水道管でも壊れ、水でも漏れているのだろうか。


 ずっとどこかで漏れて垂れている。


 ピチャピチャ、ポタポタと…………。


 それを聞いていると、少し眠くなってきた。藤山さんが起きたから、緊張でも解れたのだろうか?


 その眠気は、少し抗いがたいもののようだ。抗おうと目を見開いても、自然と瞼は落ちていく。


 でも、眠ってしまったらダメだ。


 それだけはダメだ、僕が寝たらこの状況が詰んでしまう。せっかくここまで逃げ延びてきたのに、その努力がすべて無駄になる。


 あの男はきっとまだ近くにいる、僕たちはそれほど遠くに行ってるわけではない。


 第一、僕たちはあの男の攻撃に吹き飛ばされただけなのだ。そんな遠くに行ってしまう程の威力の爆風だったら、僕たち普通の人はそれだけで死んでいる。


 だからあの男は近くにいる。そんなことは分かっているつもりだ、つもりなんだ。


 それでも、やはり弱虫の僕は弱音が漏れてしまう。


「っつ、あはは、ちょっとキツイや……」


「む、柴悟望くんも怪我をなされてるんですか? ちょっとよく見えないのですが、今そちらに行くので待ってください」


 そんな僕の小さな呟きも、彼女は聞き逃さなかった。


 彼女は足元を気をつけながら、ゆっくりとこちらに歩み寄って来る。


 さっきまでは、今の状況に混乱していたというのに、もうそれを飲み込み冷静になろうとしている。


 すごい精神力だ。それが例え、痩せ我慢などの類いだったとしても。


「藤山さん、こっちに来ちゃダメ」


 彼女は優しい、いつだって誰かの為に全力で頑張ろうとする人だ。


 きっと、困っている人が居たら誰であろうと助けようとするんだろう。


「怪我はっ、そ、そんなに酷くないから、藤山さんもそこで休んでおきな」


「…………、なにを」


 一瞬だけ、歩みを止める藤山さん。その顔は砂埃のレースに遮られよく見えない。


 それでも、何かに怒り肩を震わせているのは分かった。


 歩みを再開させる彼女、それはもう止められない。


 無言で、僕のすぐそばにまで来た藤山さん。沈黙の時間が流れる、それはもう痛々しいほどの沈黙が。二人で学校に向かっていた時の、そんなの比じゃないくらいの沈黙が。


 見下ろす彼女、見下ろされる僕。


 でも、僕の視線は彼女には向いていない。僕はそっぽを向くように前を向いていた。


 いや、見れなかったんだ、彼女の顔を。


 気恥ずかしいとか、興味ないとかそんなちっぽけな理由じゃなくもっと別の理由で。



「あ、ああ、貴方は!! 貴方は貴方って人は!!……」



 藤山さんが、驚きと怒りが混じったような声を上げた。


 僕は、ようやくそこで彼女と向き合った。見るのを避けていた、藤山さんの顔を見た。


 その顔は、喜怒哀楽の怒と哀を行ったり来たりしているような顔で、どこかチグハグだった。



「どうしてなの!? ど、どうして、()()()()()()!? それに!! 左腕もぐちゃぐちゃに……」



 彼女にそう言われ、僕は改めて自分の右腕を見る。


 視界に入るのは、肘から先が消失している右腕。そこからはもちろん、大量の血が流れていた。


 痛みは感じていた、その光景に伴う痛みを。でも、痛み(それ)はとっくの昔に麻痺していた。よく痛みは、脳の正常な反応だというが僕はどうやらいつの間にかそれが狂っていたらしい。


 本来なら、泣き叫び悶え苦しむ痛さなのだろう。右腕が切断されたのだ、それが当たり前なのだ。だが、僕はそれほどではなかった。


 いや、正確にいうなら叫びそうなぐらいには痛いのだ。でも死ぬ気で我慢している、それが正解だ。


 なんでそんなことをするのか、そう聞かれたらこう答えるだろう。


 『少しでもあの男にバレる可能性を減らすため』と。


 あいつに見つかると、まず間違いなく殺そうとしてくるだろう。それは冗談や嘘などではなく、嘘偽りのない純度百パーセントの殺意ということを。


 僕はさっき、身をもって知ったばかりだ。


 だから例え、呼吸は乱れ、涙腺は緩み、滂沱の様な汗が流れ出ようとも。決して、泣きはしなかった。


 耐えて、耐えて、耐えきれなくなっても、必死に耐えて。



 まあ、強いて言えばあと一つ理由はある。


 至極単純だが、それでいてもっとも複雑な理由。


 それは、それは、それは。



 …………女の子の前で、みっともなく泣き散らすのはさすがにダサいと思ったから。


 恥ずかしくなるが、それが最も強い想いだった。


 僕という人間が、この場で一番優先したいことがそれだった。


 さっきまでさんざんネガティブだったのに、今更何を言っているんだと思うかもしれない。


 確かに弱音も吐いたし、彼女の視線からも逃げた。だが、それでもそんな僕でも泣くことはしなかった。


 だって、もし僕が泣いているのを彼女が見たら、彼女はきっと僕を()()()()


 この理不尽な出来事から一緒に逃げている、唯一の僕が泣いたら彼女は頼る人がいなくなる。



 それは、なんて残酷なことなんだ。


 自分の辛さを免罪符に、たった一人の少女にすべてを背負わせる。


 きっと、背負わせる側は気持ちが楽になるのだろう。救われた気持ちになって、勝手に感謝するのだろう。


 彼女は救われないのに。


 ただ辛く、ただ苦しい状況。


 きっとそれでも、彼女は頑張るのだろう。


 頼りにならない僕を決して見捨てず、それでいて一人で。


 そんなこと別にしなくても良いのに、足手まといなんか見捨てて一人で逃げたほうが賢明だというのに。


 藤山未海は、どんな人でも全力で助けようとする。


 困っている人を見かけたら、走って駆け付ける。


 そんな彼女だから誰かを見捨てて、自分一人で逃げるなんてこと天地がひっくり返っても絶対にしない。



 それが分かってしまうから、彼女の優しさなんか簡単に想像できてしまうから、絶対に泣きたくなんかなかった。


 それだけは貫きたかったのだ、僕なんかにもある薄っぺらいプライドにかけて。




 藤山さんは、若干の涙を流しながら僕の元へと駆け寄る。


「いつからその状態ですか!? ちょっと、喋ろうとしないでください!! 答えは頷きで返して!! 」

「あなたが右腕を失って五分以上経過してますか? 止血するので少し痛みます、がまんしてくださいね」


 藤山さんの最初の問いに、首を横に振る。その後彼女が自身のシャツを破り出来た布で、止血を試みる。


 腕を縛り付けるその痛みに、顔を少し顰める。


「五分は経ってはいないと……、それでもこれほどの重体です。いいですか!? 絶対に死んではいけません!! いけませんよ、柴梧望くん!!」


 ギラギラとした目で、そう強く言い放つ彼女。


 この短期間で二度目のハプニングだというのに、もう立ち直り冷静に行動する。何度も言ってはいるが、やはりその精神力は驚愕の一言に尽きる。


「私が寝ていた先程まで、何があったのかそれは分かりません。ですが!! もう大丈夫です。安心してください、もう取り乱しません」


「…………」


「いま外を覆うこの赤い空が何なのか、それは分かりません。ですが、私があなたを抱きかかえここから遠くへと逃げます」


 自身の決意を言葉にして言い切る藤山さん。


 その顔は、凛々しく決意に満ち溢れている。それでいて、こちらへと向ける目つきは暖かく柔らかい。


 そのギャップに少し面食らい、ドキッとしてしまう。


 彼女、これでは少女漫画に出てくる王子様ではないか。自然とそんな言葉が思い浮かぶ。


 あれ、では僕がお姫様? …………いや、何も思いつかなかったことにしよう、そうしよう。


「善は急げです、すぐここから離れましょう。もしかしたら、崩れ落ちるかもしれませんしね。それに、近くにいるんでしょう? あなたをそんな目に合わせて、ここをこんな場所に変えた何かが」


 僕は、首を縦に振る。その様子を目にした藤山さんは、周りを一度見渡し、僕の前にしゃがむ。


 腕をひざ裏と背中に回し、引き寄せ抱き上げる。僕と彼女の身長差が十センチメートル程しか離れてないとはいえ、こうも楽々と抱き上げられると複雑な気持ちになる。


 男としての何かがボロボロと崩れ落ちていく。


 俗にいう、お姫様抱っこというやつだ。僕は彼女に抱きかかえられながら、顔を赤くする。両手が動かないから、満足に顔を隠すこともできない。


 いつの間にか、気恥ずかしくて目をつむっていた。


 視界を閉ざすと、他の五感が鋭く敏感になった。藤山さんがコンクリの道を歩く音が聞こえる、それと共に細かな息遣いも。


 密着している服越しの体温も、微かに匂う柔軟剤の甘い香りも全て伝わる。その全てが、彼女の人柄を表しているようで、なぜかすこし安心する。


 荒い呼吸が、少し治まる。薄れていきそうな、プツンと途切れそうな、か細い意識を必死に繋ぎ止める。


 痛みに苦しみながら、それでもどう逃げるか考える。その瞬間、僕は悟った。



 このままでは、逃げれないと。


 

 ただでさえ疲労困憊の藤山さん、そんな彼女に抱きかかえられている僕。その歩みはきっと、速くはないのだろう。


 自分より身長も、体重もある異性を運ぶのだ。そんなこと分かりきっていただろうに。


 さっき、あれだけ藤山さん一人に重圧を与えたくないと決意したばかりなのに。


 甘えていた、それはもうずっぷりと。僕はなにをしているんだ、なぜいまこんな一人だけ安らいでいる。


 何が彼女の人柄を表していて安心するだ、馬鹿馬鹿しいことだ。すぐ近くで懸命に僕を運んでいる彼女がいるのに、何一人で安らいでいるんだ。


 気持ち悪い、なんて気持ち悪いんだ。この上ないほどに醜悪で、厚顔無恥な最悪野郎だ。


 目を開ける、それはもう最悪な目覚めだった。


 瞳に映るのは、赤黒い空と彼女の顔。透き通った白い肌に高い鼻、ローアングルだとよく見える下まつ毛。

 

 そして、流れ落ちる大粒の汗と漏れ出そうな息を必至に抑えている口。


 それは決して余裕綽々といった顔ではなかった、安易に頼っていいものではなかった。


 藤山さんは、普通の女の子なのだ。いくら高潔な精神を宿そうが、体はそれに付いて来ない。いずれかは限界に達してしまう。


 僕はどうやら腕だけではなく、頭までやられていたらしい。


 さっきからそうだ、いろいろな感情がジェットコースターのように上がったり下がったりしている。


 少し考えれば分かることや、無理がありそうなことも何故か疑問に思わない。


 薄暗い道沿い、灯りがない街灯の下で、藤山さんに話しかける。


 かすれていて、スカスカの声で。


「……やまさん、藤山さん。ごめん、もう大丈夫だから降ろして」


「あ、起きられたんですか? でもそのまま休んでもらってて大丈夫ですよ、私が全部なんとかします、だから安心してください!!」


 汗を流しながらも、ニコリと笑う藤山さん。


 その笑顔は、こちらに不安を与えないようにか少しの大変さも表さなかった。いつも通りの彼女に見えてしまった。



「柴梧望くん、あなたはきっと頑張ったんでしょう? それもたーくさん。そうじゃないなら私は今ここに立っていない気がします」



 藤山さんは、とことん凄い人だ。きついはずなのに、平然とこちらのことを見ている。どこまでも他人を案じている。


 彼女に任せれば、どんなことでも大丈夫なような気さえしてくる。


 でも、それじゃダメなんだ。彼女一人に任せてはダメなんだ。


 頼ってしまったら、彼女はそれに答えようとしてくるだろう。自分の身のことなんか度外視で。


 だから、僕は。


「ねえ、藤山さん。聞こえない振りなんかしないで、僕を降ろしてくれ」


「私はあなたが何を言っているのか、見当もつきません。君は怪我をしているんです、それも大けがです。そんな人が目の前にいるのに自分で歩かせろ、あなたはそう言うのですか」


「確かに僕は怪我をしている、まあ大けがといっても差し支えないだろう。そこは藤山さんの言う通りだ、でも僕は歩けるよ。幸い足は無事だからね」


「………………」


 僕が返した言葉に沈黙で返す藤山さん。その足は、一向に止まる気配はしない。


 僕たちは住宅街を抜け、細い道に差し迫る。空は相変わらず、赤黒いままだ。これがどこまで続いてるのか、それが分からないほどに辺り一帯赤黒いままだ。


 そんな軽い現実逃避を止め、藤山さんの方に顔を向ける。


 今度は無視されないようにと願いながら、僕は優しくて頑固な彼女にもう一度話しかける。


「藤山さん、お願いだからちゃんと僕の話を聞いてくれよ」


「嫌です、どうせまた降ろしてくれとか言うんでしょう? 何回も言いますが、私はけが人のあなたを降ろすつもりはありません。というか、あなたは黙って寝ていてください!! ただでさえ、血を流しすぎているんです、そんな状態でこれ以上無茶をするのならば命に関わりますよ!!」


「うん、関わるだろうね。でもこのままノロノロと逃げていたら確実に死ぬよ、いや正確には殺される……。あの男に二人まとめてね」


 僕が言い終わった後、そこでようやく目が合う。


 彼女の碧眼は、僕の黒い目をジッと見つめる。それはまるで、僕の真意を覗き見るように。


「そういえば、私はまだ何も知らなかったですね。よろしければそのお話詳しく聞かせてくれませんか?」


「藤山さんが降ろしてくれるなら、ぜんぶ話すよ」


「なっ!? はあ!? だからあなたはけが人だから降ろしませんと――」


「じゃあ教えないよ」


 少しして、彼女は悩みながらもしゃがみ込み、僕を丁寧に降ろす。


「いいですか!! 私が少しでも危険と判断したら、無理やりにでもまた抱きかかえますからね!!」


「分かった、分かったから。ちょっと落ち着いてよ、もう相変わらず圧強いなぁ」


「何か言いましたか!?!? 柴梧望くん!!」


「いいえ!! 何も言ってません、すみません。怒らないで」


 おどろおどろしい場所で、軽口を言い合う僕たち二人。見る人は見れば、イチャついてるように見えるかもしれない。


 だが彼女、これでも本気で怒っているのである。三年間、学校で何かと縁があるから分かる。これはマジだと。


 藤山さんの足が止まっていたので、歩き進むように促す。


 先程までよりも断然速く歩きながら進む僕たち。人気のない細道をすこし早歩き気味で移動する。


「さて、どこから話そうかな。まずは、最初に吹き飛ばされた後の話かな? あれは結局二人とも壁に叩きつけられてね、幸い僕が意識を保っていたから、そのあと藤山さんを引きずって歩いていたんだ」


「もしかして、あの爆風のときに左腕がそんなことに?」


「まあ、そうだったかな。あんまし詳しく見てなかったからよく覚えてないや」


 足取りが少しふらつき始める、そうすると藤山さんがそっと背中に手を置いてくれた。彼女にありがとうと伝え、話を続ける。


「そうしたらね、突然現れたんだ。ナチュラルカラーのコートを着た男が。ほら、藤山さんが僕にずっと見ろって言ってたあの二人組の内の一人!!」


「あ、あの人たちでしたか。なるほど……」


 ハッとした顔で、驚く藤山さん。もしかしたら、忘れていたのかもしれない。


 そのことを言った途端、彼女の顔色は一気に青白くなる。


 ブツブツと、小さな声で何かつぶやいている。その声は誰かに聞かせるためのものではなかったらしく、あいにく僕には聞こえなかった。


 話を再開させていいものかと、僕が黙っていると。彼女はこちらに気づき、話を続けて良いという意思を伝えるように、笑ってOKサインを作った。


 それに従うように、僕は話を再開した。


「そのナチュラルカラーのコートを着た男、まあ長いからコートの男って名前にするね。そのコートの男が、いきなり僕に向かって意味わかんないこと言い始めたんだ」


「そんでなんか話しかけてきたと思ったら、いきなり僕に殴りかかってきてね。まじやばかったよ」


「なっ!? いきなり殴りかかったですって? 大丈夫でしたか? いえ大丈夫なわけないですよね、すみません」


「別に藤山さんが謝らなくたっていいよー。そんでまあ色々はしょるけど、コートの男が急にドでかい黒い塊かなんかを藤山さんに向かって放ったんだ。結果は、僕が間一髪間に合って藤山さんは無事!! そんであの民家はぶっ壊れた!! ってわけ」


 一連の流れを軽く改変しながら話した。その出来事に、一つ一つリアクションを返しながら聞く藤山さん。


 彼女は終始申し訳なさそうにしていた。きっと責任感が強い彼女のことだ、自分が意識を失っていたことにどうにも責任を感じているようだった。


「柴梧望くん、この度は私のせいで多大なご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」


 僕の前まで走り抜け、綺麗な直角にのお辞儀と共に、頭を下げ謝る藤山さん。


 そんな彼女を見て、僕は。


「僕は藤山さんに謝られるために助けたわけじゃないよ、ただ助けたいから助けただけ。他意はない、だからあんまり気にしなさんな」


「ですが!! あなたは右腕も失っているんですよ、それにあなたは私の命の恩人です!!どう責任を取れば……」


「あー、もううるさいなー。だから別にそんなの良いって言ってるじゃん、頭かたいなー」


「でも、でも、右腕が無くなったんですよ。私の、せいで。」


 泣きそうな声で、そんなことを言わないでほしい。


 上手く茶化せないじゃないか、こんな出来事は笑い話にしようよ。じゃないとキツイじゃないか、僕も藤山さんも。


 ほんと、やめてよ。そんな顔で僕の方向かないでよ。


 しっかりと蓋をして、閉じ込めていた気持ちがあふれそうになるから、心が色んな感情でぐちゃぐちゃになってしまうから。


 だから、どうか涙を僕に見せないでほしい。


「わたし゛のせ゛いで、あなたの将来がぁ、ごめんなさい、ほ、ほんとにごめんなさい」


 震えた声で謝りながら、僕の方へともたれかかってくる彼女。


 その姿と、その顔に、その涙が。


 僕の心を殴りつけてくる、まるで壁を壊すように。心拍数が上がり、自然と息も乱れてくるようになる。体の芯がぎゅっと熱くなる。


 心のダムが決壊した、押し込めていた感情たちがうねる荒波のように僕を流し尽くす。



 彼女と一緒に、僕も泣いた。



 意味のない言葉を、お互いに交し合う。もう涙で前が見えなかった、でもそれで良かったと思う。


 だって彼女も泣き顔は見られたくないだろうから。


 それに僕だって、こんな鼻水垂らしながら泣く姿を見られなくて良かった。


 僕は心の底からそう思った。



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