地獄の宴はすぐそこに
だらだらと長く書きすぎてカットしていたら、なんか急展開になった件。
気に入っていただけましたら、ブックマークの方お願いしますーー。
席から見える窓の外は天候は違えどいつも変わらない。入学当初は真新しく見えたその景色も三年も経てば日常になり何も感じなくなる。
僕はそれがとても嫌だった、いやちがうな、嫌っていうか怖かったんだ。その変わらない景色が、僕の行く末を暗示しているようで。
平凡で、空虚な人生。なにも頑張ろうとしなかった、周りの環境に甘え、娯楽に没頭した。
人付き合いはほどほど、友達は一人もいないけど、知り合いは何人かいる。もちろん、幼馴染も彼女も居たりなんかしない。
将来の夢も、目標も無い。
学校に行ってるのだって、不登校は嫌だっていうなんか漠然とした理由と、世間の厳しい目に晒されたく無いっていうだけの話。
あとは、親に申し訳ないからかな。僕の両親、良い人だから。ほんと、あの両親からどうやったらこんな捻くれた子供が産まれるのかってくらい、優しくて良い人たち。
僕はこんなにも歪んでて、遅めの反抗期もまだ終わってない困ったちゃんなのに。
あの人たちは、そんな僕をいつも微笑みながら温かく迎えてくれる。
まあ、そんなとこもムカつくからいつも無視してるんだけど。
それに進路も、このクラスで僕だけが決まってない。
もう悩む時期ではなく、目標に向けてただひたすら頑張る時期だというのに。
「はぁ……」
僕は、誰にも聞かれないよう、小さく溜息を吐く。
……まあ、嫌なことは授業が終わってから考えようかな。
本日最後の授業、それは一週間に一限あるダンジョン災害対策の授業だ。
頻繁という程ではないが、時たまあるダンジョン災害。
それらは、人々の前に唐突に現れては消え、現れては消える神出鬼没の黒い渦のことだ。
渦の大きさは大小様々で、その大きさは定まってはいない。
また、どのダンジョン、更にはどれほどの深度に繋がっているのかさえもランダムときている。
そして、その黒い渦は吸い込むのだ、人を。
「…………という事から、巻き込まれた際は出来るだけ――」
担任の先生、三十代半ばの比較的若い部類の男の先生が、熱心に語る。
「ダンジョン災害はな、最近の研究ではダンジョンの――」
「もし、ダンジョンに入ってそこが深度が深かった場合……、分かったか! ちゃんと聞いとけよ!」
昼下がりの授業中、僕の眠気はピークに達していた。その一年の頃から変わらないダンジョン災害の授業内容と、お昼ご飯を食べてお腹が満たされているという二つの理由でだ。
もう、爆睡まで秒読みだ。だが寝ているのがバレるとうちの担任、それとあるクラスメイトがうるさいのだ。
だから寝れない、寝てバレた後の方がめんどくさいからだ。
なので、何とか眠気を抑え、窓の外を眺める。
眠りそうになったら、手を抓ったり、大好きなゲームの事を考えたりして起きるよう努力した。
そうこうしている内に、本日最後の授業がやっと終わった。
あっという間に帰りのホームルームも終わる。そうすると、ちらほらと帰る人が出始めた。
僕もこのタイミングを見計らい、席を立ち教室の出口へ。
教室はがやがやと喧騒に包まれている。
グループで集まり放課後の予定を楽しそうに話しあう人たちもいれば、部活へ行こうとする人も。
それらを尻目に僕は教室を出た、若干の早歩きで。早く帰りたい気持ちを身体が表してしまわないように。
細心の注意を行いながら、僕は歩く。
だって、もしこれで廊下を走りでもして怒られたら余計に時間を取られるしね。
僕の学校、ていうかクラスにそういうのに厳しい子がいるしね。
三階から一階まで階段を降り終え、靴箱に着く。校内専用の靴を脱ぎ、スニーカーに履き替える。
校内から出ようとしたとき、何か忘れているようなそんな気持ちになったが、それに構わず歩を進める。
「くうぅぅーーやっと学校終わった。あぁ家に帰ったら宿題やろうかね……うん、無理だゲームしよっと」
一瞬まじめにやろうか考えたがすぐ脳内で却下。
しょうがない、しょうがないんだ! だって、今朝発売されたばかりの新作ゲームが家にあるのだから。
そんなの我慢できるわけないよ!!
うん、やっぱり家に帰ったらパソコンに一直線だね。それしかない!!
そうやって都合よく自分に言い聞かせながら帰り道を歩く。
緑豊かな校内とは異なり、校内から足を一歩踏み出すとそこはコンクリと鉄筋からなるビル群が現れる。
なまじ学校が自然豊かなせいでその光景は少しギャップがあり、まるで瞬間移動でもしている気分にさせられる。
そんなコンクリートジャングルに囲まれた道を一人颯爽と歩く。
学校帰りというものは最高だ、とても晴れやかな気持ちにさせてくれる。
少し曇りな空も、風情がないビル群も、学校帰りというだけでなぜか趣を感じてしまう。
欲を言えば、今日が月曜日ではなく金曜日であってほしかった。そうしたらこの景色もさらに美しく見えただろう。
まあ、家に帰ってゲームしていたら忘れるぐらいの記憶なんだが。
そんな風に、少しひねた考えを展開しながら歩を進めていく。
小さなビル群を過ぎ去り、人気のない細道を抜け、閑静な住宅地に入った頃、遠くからなにかを呼ぶ声が聞こえた。
「……くーーーん、ちょ――――」
僕の後方から聞こえてくるその声、それは徐々に近づいてきているように感じた。
だがまあ、僕には関係ないでしょ。そう結論を出し、意識を謎の声に向けるのをやめた。そしてゲームのことへと思考を巡らせながらまた歩みを再開する。
「……柴梧望くーーん、ちょっと待ってくださいーーーー!!」
なんということだろう僕の予想は大外れ、声の主は僕の元へと猛ダッシュで迫ってきた。それはもう見ているこちらが心配になるほど息を切らしながら必死に。
「ストーップ!! ストーーップ! はぁそこ動かないでくださいよーーーー」
そう言いながら近づいてくる誰か。その姿はとても綺麗だった。
腰まで伸びた透き通った黒髪に、同じく黒に縁られた眼鏡。その奥には二重瞼だがすこし垂れている目。そしてその目の色はまるで海を象っているような、神秘さえ感じられるとても綺麗な碧眼だった。
その溢れんばかりの美貌は多少の容姿の乱れでは揺らぎもせず、僕の前に存在した。それはまさに美少女だった。
そんな美少女は、知り合いだった。ていうか、クラスメイトだ。
彼女は僕のクラスの学級委員長。名前は藤山未海さん。
そして藤山さんといえば文武両道で性格も良好、おまけに学校でもトップクラスレベルのお美人さま。
だが、そんな美人さまがなぜにこんな冴えない一般生徒C代表の僕を呼んでいるんだろう?
いやはや、何が何だか全然わからないなー……。ほんとにガチで。
こうも心当たりがないと本当に怖いんだが、僕これからシバかれるのかな。
「もう柴梧望くん、勝手に一人で帰らないでください!! 放課後は今週末のダンジョン体験行事のことで打ち合わせがあると言いましたよね!!!!」
藤山さんは眼をクワっと見開きながら僕にそう言う。
そして思い出す、そういえばそうだったと、いやほんと完全に忘れていた。
でも、しょうがない、しょうがないんだ!! だって今日の僕の思考はもう、今朝発売の新作ゲームしかなかったんだ!!
でも、こんなことバカ真面目に話したら今なんか非にならないくらい怒りそうなんだよなーー藤山さん。
「ん、あれ? でも僕の他にも帰ってる人いなかったっけ?」
「その人たちは!! 昨日の授業できちんと話し合いを終わらせた人たちですよ!!!!」
「あっ。ハイ、スミマセン」
身体を前に乗り出しながら勢いよく話す彼女。相変わらず言葉に乗せる圧がいちいち強い、一年の頃よりも洗練されてきているんじゃないかな。
それはまあ一旦置いておくとして、彼女が言っていたことどうしようかなぁ。
さっきまで忘れてた僕が言うべきことじゃないのは分かってはいる、分かってはいるのだが。
本音を言うと……ひっっっじょーーーーにめんどくさい。いや、ほんとにまじで。
ていうか、よく藤山さんは僕を追いかけてきたな。普通は予定すっぽかして先に帰るような奴わざわざ呼びになんて来ないでしょ。ましてや呼びに行く相手は僕なのに。
でもなぁ、彼女そういうとこ真面目で頑固だしなぁ。どーせ班の人たちに止められたけど無理言って飛び出してきたんだろうな。
もうね、情景がありありと想像できるよ彼女の場合。
「柴梧望くーん、おーい、おーーい、急に黙ったけど大丈夫? もしかして体調わるかった?」
藤山さんは心配そうな顔でそう言ってきた。
これは申し訳ないな、僕の悪い癖が出てしまった。
「あ、ごめん別にそういう訳じゃないよ。ただちょっと考えてただけだから」
「そうですか! 体調が悪くないなら良かったです! では学校へ行きますか、他の人たちも待たせていますし」
それだけ言い彼女は踵を返し、元来た道を歩いていく。その言外に早くついてこいと圧をかけてくる背中の気迫に負けた僕は、彼女の後ろをとぼとぼとついていく。
◇◇◇◇◆◆◆
歩きはじめて一~二分ほど経っただろうか、まだ学校までは距離がある。だが、藤山さんの歩みは遅い。きっと先程の一連の騒動で疲れているのだろう。
だが、いま僕の頭の中を占めていることは彼女への気遣いや心配じゃない。
ならそんな薄情なぼくが何を考えているのかという疑問にお答えするなら。
そう、それはたった一つ。どちゃくそ気まずいってことだ。女子と二人きりだけっていう状況でも死ぬほど気まずいのに、今回はそれに加えて相手が怒っているのだ。
会話なんてもちろんゼロ、起きる気配すら感じない。
ね? 気まずいでしょ。しかも彼女ときおり僕の方をちらちらと見てくるのだ。
僕が逃げるとでも思っているのかねー、まったく失礼しちゃうよ。それにだいたい藤山さん、なんで僕のことはフルネーム呼びなんだろう、みんなに対してもなのかな?もしかして親にも――――
なんてどうしようもなく馬鹿なことを考える僕と黙々と歩き続ける彼女。
その沈黙の歩行は住宅街を抜け、人気のない細道に至るまで続いていた。
こんな状況がさらに学校に着くまで続くのだろう、そんな風に僕が思っていたとき。
いきなり藤山さんの歩みが止まった。
そして止まった彼女は、間髪入れずに僕にこのように問いかけた。
「ねえ、柴梧望くん……あ、あなたにはあれが見えていますか?」
声が震え、動揺の色が隠しきれてない彼女。何を驚いているんだか分からないその姿に、疑念を抱くも特に気にせず見ようとする僕。
後ろ姿で表情の見えない彼女の背中。その背後から前の光景を覗こうとする僕。
そんな僕が見たもの、それは――――
「男の人が二人で向かい合っているだけじゃないか、見えてはいるけれどこれがどうしたっていうんだい。もしかして有名人だったりする?」
五十メートル先の道の真ん中、二人の男たちが向かい合っていた。お互いの距離は十センチメートルあるかないか程度。
一人はナチュラルカラーに彩られたステンカラーコートを身に纏っている四十半ばくらのおじさん。
髪はぼさぼさで無精ひげもある。その長めに伸びた前髪から覗く瞳はやけに鋭く威圧感があった。
もう片方の人はなんだろう? スーツ?を着ているのだが、それ以外にこれといって特筆すべきところがない。顔も背格好も普通のサラリーマンのように見えるような気がする。
うーん、あまりよく分からないな。特徴がありそうでない? その存在はどこかあやふやで、まるで蜃気楼のようだ。
詳しく見ようとすればするほど、余計に何も分からなくなる。
あの人を言葉で表すならぼんやりとしていて分からない、この言葉に尽きる気がする。
ていうか、それしか無い気がする。
まあ、少し距離があるしそんなもんか。もう片方の人の方が、印象強いからそう見えるだけだよね。
僕がそう結論を出していると、やけに藤山さんが静かなことに気がつく。
「ぉーい、藤山さん。早く学校に行かなくてもいいのー?」
「……………………」
彼女からは返事が返ってこない。おまけに人に呼ばれているというのにこちらを見ようとする気配すら見せなかった。それはまるで何かから息を潜まんとしているかのように。
「……………………」
「……………………ッスーーー」
え、ガン無視はひどくないかさすがに。そんなに勝手に帰ったのがまずかったのか。
いや、でもそれにしても凝視しすぎではある。うーーん、もしかしてあれかあれなのかBのLが好きな人種だったのか彼女は。
なるほど、合点がいった。最初は何をそんなに驚いているのかと思ったが、ただ尊いものを見て興奮してただけなのか。
まあ性癖で気分が上がる気持ちは分からなくもない…………。これからは同志と呼んであげよう、藤山さん。
「ふぅーちょっと、藤山さんもう行こうよ。いくら尊いからってガン見しすぎ、そーいうのは後から好きなだけ一人で見てください!」
「……………………」
またしても彼女はノーリアクション、とうとう僕の頭の中では藤山さんが尊すぎるのに耐えきれなく気絶したのでは?と疑いだしたとき。
彼女は唐突に喋りだした。
「ねえ、ほんとにあれが見えないですか!?」
「うーーん、それはまだ僕には早すぎると思うんだ。あ、でもだからといってそのBのL文化を否定するとかじゃないからね! ただ僕にはまだ早いっていうか、そのうん……」
「あなたはいったい何を言っているんですか!?!?」
彼女はそう叫びながらようやくこちらを向く。
その端正な顔立ちは青白く染まりあがり、汗は滴り額に前髪が貼り付いていた。
その顔は恍惚とした幸せを感じている顔ではなく、むしろその逆であり。
その顔は恐怖と動揺に彩られており、まさに蛇に睨まれた蛙といったありさまだった。
「は、はやくここから離れましょう。これは私たちが関わっていい事柄ではありませんよ!!」
「えぇ、意外と熱量えぐいね藤山さん。分かった、分かったから。てか最初に止まったのは藤山さんだからね……」
そう言い、少しふらつきながらも離れ始めた藤山さん。僕もそれを追おうと歩き始めていた。
だが、去り際にさっきの二人が気になり少し見てしまったのだ、二人組の方を。
「あ、れ?」
先程の位置より少し離れた場所。だというのに片方の人影が大きくなっていた、さっきよりも明らかに巨大に。
ドクン、と心臓が波打った。荒々しい風が僕の頬を撫でた。
片方の人影はみるみる大きくなっていき、辺りは異様な雰囲気につつまれる。
僕の視線はその人影に釘付けだった。いや、それはもはや“人”影とは呼べないものだった。
なぜならその大きさはとうに二階建ての民家を上回っていたからだ。しかもその高さになってもなお巨大化は止まらない。
どんどん伸びていくその高さ。そんな異様な状況なのに僕はこのとき呑気にそれを眺め続けていたんだ。
その非日常を、まるで物語の中の出来事のようだと思いながら。
愚かしくも見とれてしまっていたんだ。心の中では、『すげえ』や『初めて見た』なんて思いながら。
「柴梧望くん!! ぼーっとしてないで、速く行きましょう! もし、あれに見つかったら――――」
藤山さんが声を絞りながら、僕にそう言った。
瞬間、世界は音に支配された。腹の底から轟くようなその音が、地面を揺らした。
そのあまりの音量に僕らは耳を塞ぎながら蹲ることしかできなかった。
三十秒ほどだろうか、その苦痛の時間は続いた。ほどなくして、その爆音は鳴りやんだ。だが、キーンと頭に響くような耳鳴りが僕たちの移動しようとする意思を奪っていた。
「うっ、頭が割れる。ふざけんなよ!! なんだよこれ!」
何が何だか分からず、パニック状態になってしまう僕。頭痛に苦しみながらも立ち上がり、逃げようと歩く。
ストレスなのか、先程の音のせいか立ち眩みが起きる。それを踏ん張ろうとした結果、体勢を崩し後ろ向きに倒れてしまった。
そのとき、気づいた。
巨 人 の 顔 が こ ち ら を 向 い て い る 。
僕は走り出した、体の不調など気にせず。後ろにいた藤山さんも同じタイミングで走り始めていた。
本能で悟ったのだ、【あれは】ヤバいってことを。全身からぶわっと汗が吹き出す。
奥歯がガタガタと揺れ、心臓の音がやけに鮮明に聞こえる。
先程までの、自分の愚かな行為を恥じた。恥じて恥じて逃げた、懸命に。
必死に走っているとき僕は、さっきの藤山さんの言葉をふと思い出した。
『ねえ、柴梧望くん……あ、あなたにはあれが見えていますか?』
藤山さんが賢明に訴えかけていたことが今になってようやく理解できた。彼女は僕が気づく前に何かに気づいていたんだ。
でも僕が見たあの瞬間は、あんな巨人という風貌ではなかった。普通の大きさの人間だったはずだ。
普通だったよな? 普通だったはず。あれ、なんでこんなに記憶がぼやけているんだ。ついさっきのことじゃないか。
おかしい、なんだこれは。何が異常か認識できない、ついさっきの出来事をうまく思い出せない。
どういうことなんだ、僕の記憶じゃ一般的なサラリーマンと目つきの悪いおっさんにしか見えていなかった。いったい彼女はあの人たちが何に見えたっていうんだ。
「意味わかんないな……、って!?」
現在進行形で迫りくる理不尽な脅威に心が悲鳴をあげているとき、二度目の爆音が僕たちを襲った。
それと同時に僕たちの近くでなにかが爆ぜた。その衝撃波と爆風で僕たちは吹き飛んだ。
近くにあった壁に、ものすごい勢いで叩きつけられた僕と藤山さん。
「う、あぁ。っんた゛よ、これぇ」
辛うじて意識は失わなかった僕。だが隣では、ぐったりと壁にもたれかかりながら目をつぶっている藤山さん。
壁にぶつかる際にできたものなのか、頭から血を流す彼女は、お世辞にも無事とは言い難い。
かくいう僕も、さっきから左腕の感覚がおかしい。動かそうとした途端、猛烈な痛みが襲いかかってくる。
どのような状態なのか、確認しなくてはと思ってはいる。思ってはいるのだが。
どんな形に形態変化しているのか。もし仮にだが、ぐちゃぐちゃになってしまっているのを知ってしまったら、それこそもう僕は動けなくなってしまうだろう。だからまだ左手の状態を確認できていない。
さっきから汗がシャツに貼り付く、嫌な汗が止まらない。
これが激痛により止まらないのか、それとも恐怖によるものなのか。それさえも今の僕には分からない。
それでも僕は立った。ここから離れるため、意識のない藤山さんをどうにか運ぶため、こんな所で死なないため。
だが僕はいま左腕が使えない状態だ、そんな状態で意識のない人を運ぶ手段はほぼ無いといってもいいだろう。
いろいろ考えた、そして彼女には悪いが引きずってでも連れて行くことにした。多少制服は汚れるし、擦り傷などの怪我もするかもしれないがそこは許してほしいと思う。
ズズッ、ズズズ、ズズズッ――――
体が重い、手足に乳酸が溜まっていっているのが分かる。それに頭痛までしてきた、目の奥から揺れるようなとびっきり痛いやつだ。
ズズッ、ズズズ、スタッ、ズズズッ――――
血の匂いが強くなってきた。僕の左腕が原因なのだろうか、どうにも生臭い。頭痛もひどくなり、眩暈までしてきた。どうにも僕の方も限界が近づいてきたようだ。だが、まだこれっぽっちも移動できてやしない。震える手足に活をいれながら藤山さんを引きずる。意識がない人の身体はやけに重く感じる。その重さと痛みに挫けそうになるがその度に必死に意識を別のことに切り替え耐える。それにしても今の僕は現代人のもやしっ子にしてはかなり頑張っているほうじゃないのだろうか――――
「やあ、一般人くん」
空は染まった、血のように赤黒く。
「死ぬか? それとも殺されたいか? 答えは二つに一つだ」