司令官の歌
「あんたの好きなの作ってるから、食べんさいね。」
夜十時。とっくに寝ていると思っていたのに、祖母はまだ起きていた。今日は食べて帰るって言っておいたのに。僕はただ首を横に振って、二階に上がった。
小五の頃から、僕は祖母と二人で暮らしている。僕に親はいない。手に持っていたプリントをくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨て、僕はベッドに横になった。しかし、どうにも外の蛙たちの、いつにも増してうるさい歌声が気になって寝付けなかった。
僕はその騒音が止むのを、もう少し待ってから寝ることにした。その時だった。ガタン、と大きな音がしたと思うと、ガラガラと何かが崩れていく音が続いた。物置と化している、隣の部屋からだった。
黴と埃の独特の臭いが充ちてしまった部屋には、あちこちに物が散乱していた。僕はそれを一つひとつ手に取って、棚に戻していった。そして、最後の一冊を手に取ったときだった。一枚の写真がひらひらと床に落ちてきた。僕はそれを手に取って、驚愕した。そこに写っていたのは、紛れもなく、僕だった。軍服を着た「僕」が、こちらを力強く見つめながら、座っていた。
「大丈夫かね?」
写真に釘付けになっていた僕は、祖母が部屋に来ていたことに気づかなかった。
「あんた、それ、どこで……。」
祖母の震える指の先は、当然のようにその「僕」に向かっていた。祖母はゆっくりと手を差し伸べて、写真を両手で包み込むようにして持った。
それから、僕と祖母は二人でその写真の人物について話をした。「僕」の正体は、僕の曾祖父、つまり祖母の父親だった。
「お父さんはね、歌うのが大好きやった。綺麗な、強い声やから、兵隊さんを連れていく役目を任されたんよ。じゃけど、帰ってきてからは、いっこも歌えんくなってね……。」
戦地から生還した曾祖父は、村中から嫌われたという。うちの息子に死ねと命じたのはあいつだとか、散々に言われたらしい。戦争とは、そういうものだと祖母は言った。僕は言葉に詰まった。でも、いま僕にできることは、僕にしかできないことは、確かにあると思った。
「ばあちゃん!」
そう言って僕は、階段を下りる祖母を引き留め、くしゃくしゃのプリントを広げて渡した。
「これ!俺来月の合唱祭でソロ歌うから!来て欲しい。俺の、俺の親として!」
祖母は一瞬驚いて、涙を流したまま嬉しそうに頷いた。
「久しぶりにあんたの声を聞けたね。やっぱり、そっくり。あんたはね、お父さんの生まれ変わりなんよ。やからばあちゃんね、あんたと暮らせて、幸せなんよ。」
俺も幸せだ。そう返すのは、ちゃんと歌えてからにしたいと、思った。そうと決まれば、明日は朝から練習だ。幸い、ここは田舎。周りには田んぼしかない。いつも大合唱を聴かせてくれる蛙たちに、たっぷりとお返しをしてあげなくちゃね。