解放
「あっ…、ごめん。オトギ。私、私。言いすぎてしもた…。私、最近、自分が分からんなっていってん…。」
アンズの言葉にハッと我に返る。
「……アンズ…私思い出したわ。昔のこと、全部全部。なんで忘れてたんやろうな。」
怒りを抑えるように拳をぎゅっと握りしめ我慢した。
この怒りはアンズへのものだ。
そう、私へのものじゃない。
違う。
絶対に違う。
「オトギ…大丈…」
アンズが私の方へ手を伸ばす。
「触らんといて…!アンズには分からへんよ。私の気持ちなんか…。アンズはええよな。ずっと被害者ヅラしとけばええんやから。」
そっぽ向き小声でそう言った。
「は…なによ。それ…。そんな言い方、ふざけんなよ…!私が今までどれだけオトギに尽くしてきたと思ってんねん!!」
怒りを抑えられていない様子だった。
「オトギってどうしてそんないつも自分勝手なん…。相手の意見なんか聞きもせず…。私はオトギの夢叶えるために精一杯やっとんのに…!」
うるさい。うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!
アンズはなんも分かってへんよ。私の気持ちなんか、一生分かるわけない。
「私は…小説家にならんと…それが私の夢なんよ……、そうじゃないと、アンズも、ユーくんも、私も…幸せになれへんのよ…!小説の世界やないと幸せになれへんのよ…!どうして分かってくれへんの!アンズ…。」
お互い顔は涙でぼろぼろだ。
「小説家になりたい…?それはオトギの夢じゃない…!ユーくんの夢やろ!!」
その言葉でハッとした。
そうだ。私、小説家になりたいわけじゃないんだ。
私がユーくんを殺した、大好きな人を殺したという罪悪感から逃げたくて、ただずっと小説を書き続けた。ユーくんの夢を追い続けたんだ。
そうだった。本当の私の夢は…
「オトギは小説家になりたいんやない…。小説の中で…、小説の中だけでいいから〝ユリ〟を生かしたいんやろ…!!」
そうだ…、そうだった。
ユーくん…、ううん。ユリ。
私は…、私の本当の夢は、小説の世界の中で現実ではもう生きれない大好きだったユリを生かすこと、ユリとアンズと、それから、私だけの虚構を創ること。
それが私の夢なんだ。やっと分かった。
アンズ、私はさ。二人が付き合うって言った時、すごく二人を恨んだ。なんで、どうしてって。私だけ置いてけぼりにしないでよって。
どうして私だけ…って。
でもそれからも二人はずっと優しかった。
付き合い始めてからもずっと…私を1人になんかしなかったのに…。
あの時のコンテストの結果が出た後、私は罪悪感を感じ、すぐにユーくんに謝りに行った。
その時、ユーくんは
「全然ええよ!気にすんな!これからも俺のアシスタントとして小説書き続けてな!」
そう笑って許してくれたのだ。
どうして忘れていたのだろう。
ごめん。ごめんなさい。
ユーくんはあの時も、二人が付き合うと言っていた時も、ずっとずっと白百合のように笑う人だった。
その笑顔は純粋無垢で、その笑顔に私は惹かれたんだと思う。
本当に大好きだった。
「オトギ、もう終わりにしよう。」
アンズはそう言い、私の方を真剣な眼差しで見つめた。
「アンズ…。」
病室から入る冬の冷たいそよ風が私たちの肌を透き通るように通り過ぎていく。
そうだ。
もう、終わりでいい。
虚構の世界なんてくだらない…。
やっと解放される。
これで…
私…、自由になっていいんだ。
あぁ、ごめんなさい………、本当にごめんなさい。
私はアンズの手をぎゅっと握りしめた。
「アンズ………、本当にええんか?」
ここは病院の屋上だ。
「ええんよ。言ったやろ。裏切らんって。」
二人で微笑み合った。
初めて、アンズに小説を見せた時の感情を思い出す。
あぁ…。
苦しい…苦しいよ。
「アンズ、ありがとな。そんでごめんな。」
涙が乾いた瞳は夕日に照らされ、一際綺麗に輝いていた。
「来世でもまた出会えたら…、親友になってくれる…?」
目をぎゅっと瞑る。
「当たり前やろ。私たち、ずっと一緒やろ?」
あぁ、神様、どうか。
我儘は言いません。
だけど、来世ではアンズとユーくんが笑っていられますように。
欲を言えば、私も二人と一緒に。
あの夏の日。
三人で初めて遊んだ日。
私が初めて小説を書いた日。
私がユーくんを殺してしまった日。
私たちの関係が崩れていった日。
全ての思い出が色あせて消えていくような。
きっと、私は…
私たちは…
同じことを何度でも繰り返すのだろう。
私の過去は消えないけれど、それでも……
きっとこれが、私たちの望んだエンドだ。
そして、きっとこれが、私たちの望んだ世界なんだ。
冬の風に背中を押され、ドンッと鈍い音が、病院一面に響いた。