繰り返し
あの後すぐにアンズにLEINをし、お見舞いに行くことになった。
病室に入ると、変わり果てた姿のアンズがベッドに横たわっていた。
「アンズ、来たで。」
アンズに向かって、貼り付けた笑顔で微笑む。
「…。」
アンズは珍しく何も言わなかった。
点滴を打たれ、寂しそうな表情をし、外を見つめるアンズは今にでも消えてしまいそうだった。
「これ、ゼリーとか色々入っとるから食べてな。」
どうしたのだろう。今日は一言も喋らない。
「なあ、どないしたん。アンズ…今日なんか」
「オトギ。」
アンズの真剣な声にビクッと肩が震える。
じっと黙ってアンズの次の言葉を待っていると
「なぁ、オトギ。私、苦しいわ。」
そう話し始めた。
「は…?苦しいって。なにが。」
アンズの顔を驚いた表情で見つめる。
「なにがって…分からへんの?」
アンズの感情がふつふつと苛立っているのが分かった。
「分からへんよ。何が苦しい…」
「だから…!!」
アンズは拒絶するような、そんな声で私の方見て怒鳴った。
「小説…、お前の夢。全部だよ…!!なんで分からへんの!!」
〝お前〟アンズが普段絶対口にしない言葉だ。
怖い。
「ちょ、待ってや。なんでそんなに怒ってん…一旦落ち着いて…」
アンズの苛立ちを抑えるように話したが
「落ち着けるわけないやろ!!お前のせいで私は今こうなってんねん…!」
アンズは完全に私を拒絶していた。
アンズの顔には夕焼けで光った雫がひとつ、またひとつと流れ落ちていた。
「そうなん…や。でも、小説は…まだ一緒に書いて読んで、それで……まだ続けてくれるよな?なぁ、アンズ…。」
黙り込むアンズに、震えた声で再び話す。
「前みたいに…、笑って…それで、一緒に…、できるよなぁ?なぁ、アンズ…。なんとか言ってや…!」
アンズは呆れた表情で
「はぁ、オトギってほんまに………自分勝手やな。がっかりやわ。お前みたいなやつが友達…、いや友達って言わへんか、人を利用して、壊して、それを繰り返してるやつやもんな。」
繰り返し…あぁ、そうだ。私、あの時も。
ー五年前
「なぁ、オトギ。俺の小説が受賞したら、オトギも俺の小説設立チームに入れてやるからな!」
そう二ヒヒと笑うユーくんの小説は地元で面白いと有名だった。
ユーくんの性格ゆえ、色々な人に読ませて回ったのだろう。
私も確かに面白いと思った。
「小説設立チームぅ?なんやのそのネーミングセンス!だっさーやな!」
と意地悪な顔で笑う。
「あー!そういうこと言うたらあかんって学校で習わへんかったん?」
と自慢げな顔でユーくんが微笑んでいる。
「俺さ、絶対夢叶えるで。オトギがおったら俺最強!ってなっ!」あははっと嬉しそうに笑うユーくんは、幼い頃から小説家になりたかった。
小説家になるためにはどんな手段も選ばなかったし、近所の人から「すごいすごい」とよく褒められていた。
小学六年生の夏休み。
私が小説のこの子達を生み出し、ユーくんのアシスタントとして小説を書き始めた時。
そして、私たちの関係が崩れていった日だった。
私は、夢を追うキラキラしたユーくんがとても羨ましかった。
本当にただ羨ましかったんだ。
そして、疎ましかった。
だから私はユーくんを利用した。
ユーくんの小説を利用したんだ。
私はユーくんの小説を作り替え、コンテストに応募してしまったのだ。
金賞とまではいかなかったが、ユーくんの小説だ。それなりの結果が着いてきてしまった。
その時の私は、文章の構成だけは何故か上手かった。今となっては、きっとユーくんのアシスタントをしていたからだろうなと思う。
この小説は文章の構成が上手くできていたため、誰もユーくんが書いた小説だとは気づかなかった。
だけど、なんでだろうな。
やっぱりユーくんは気づいていた。
私が両親や、学校の先生。それから、ユーくんの両親に褒められた時のユーくんの表情は、絶望、怒り、苦しそうで、今にでも私を殺したいんだろうなとすぐに分かった。
もちろん何も知らないアンズは、この時私を褒めたたえた。
〝天才〟だと。
でも後々分かる。
アンズとユーくん、二人は仲が良かった。
そして二人ともお互いに恋愛感情を持っていた。
二人は中学に上がった頃、付き合い始めた。
付き合い始めたと言われた時の顔、嫌でも目に焼き付いている。
ユーくんは、私に恨みを持った目で微笑んでいた。その表情から 「お前は一人だ。」そう言われているような気がした。
あぁ、どうして忘れてたんやろ。
なぁ、アンズ、知っとる?
私はアンズが倒れた時、一番に、心配やなくて怒りの感情が湧いたんよ。
私はアンズを利用したかった。ずっと。
アンズを利用してユーくんの時のように壊したかった。
「アンズが倒れてしもうたらもう小説が完成できへん。私の幸せが壊てまう。」そう思ったんよ。
私はずっと小説を書き続けた、書き続けて書き続けて、ユーくんを完膚なきまでに叩きのめした。
一欠片の自信も残させない。
絶対に私より目立たせない。
それだけの思いで、永遠にただずっと書き続けた。
だが、小説を書いていると気づけば毎回視界が涙で歪んでいた。
私の心は「本当はこんなことしたくない。」そう思っていたのだろう。
だけど私はもう後戻り出来なかった。
中学一年生の後半、ユーくんが死んだ。自殺だった。
私はずっと泣き叫んだ。
食べ物も飲み物も何も喉を通らなかった。
苦しかった。なぜあんなことをしてしまったのか、自分でも理解できないくらい。
なんだよ、壊れていたのは私の方じゃないか。
私はユーくんが好きだった。
そう、大好きだったんだ。