後編
ここは、大聖堂…いや、元大聖堂と言うべきか。
あちこちに破壊された後があり、礼拝堂の椅子はほとんどなく、ステンドガラスも割れています。
ただ、女神像とその周り、最低限の祭事に使える道具だけは綺麗な状態で、整然と置かれていました。
女神像は乳白色の身体を輝かせ、ここが破壊される以前より綺麗に淡く光っています。
トントン カンカン トントン カンカン
元大聖堂の前には広場があり、左側に噴水。右側に今、まさにログハウスのような家を建設していました。
「お疲れ様です」
「おう!」
メイドが言うと男たちが返事をします。そう、あの一緒に掃除をした男の人達が手伝ってくれているのです。
「おぅ新入りか、いいか1つだけ注意がある。あのお嬢ちゃんの言う事は絶対聞くように。絶対だぞ!」
「は、はい」
「怒らせて酷い目に遭うのはてめぇだけじゃないんだからな」
「はい」
あれ以来メイドは、ここでは一番偉い立場になったのです。彼女と接した男達は、その信仰心に深く感銘を受け、怒らせたら本当に神罰が下されると信じているのです。
そんなある日……
「メイド長なんか綺麗になってますよ」
「そうね、もう終わってしまったのかしら」
メイド長がメイドとメイド見習い達を連れて元大聖堂にやって来ました。
トントン カンカン
「すみません」
メイド長が工事中のおじさんに話しかけました。
トントン カンカン
「すみませーん」
「あ?」
ログハウスの工事中のおじさんが振り返りました。
「あの、これは?」
「家」
「はい?」
「何だ知らねぇのか?家」
「あ、そういう事では…」
「邪魔するなら帰ってくんな、メイド様に怒られるから」
「メイド様?」
メイド長も意味がわかりません。
「メイド様も知らねぇのか?」
おじさんのほうもイライラしてきました。
「どこのメイド様でしょう?」
「あぁ仕事の邪魔しやがって。おい、ちょっと来てくれ」
若いお兄さんが走って来ました。
「相手してやってくれ」
「は、はい」
お兄さんはくるっとまわってメイド長の方を向きました。
「どんなご用でしょうか?」お兄さんが言いました。
「え、えっと、色々あるのですが、ここで何をされているのでしょうか?」
「メイド様と神父様の家を建ててます。あ、聖女様も」
「え、聖女様?…神父様?」
ますます訳が分からなくなったメイド長でした。
すると横にいたメイドが「メイド長、とりあえずここの責任者の方にお会いしましょうよ」と言うと。
「そうね」
そんなやりとりをしていたメイド長はお兄さんに聞きました。
「ここの責任者の方とお会いしたいのですが」
「分りました、こちらに」
お兄さんはメイド長とメイド、メイド見習い達をログハウスに案内しました。
「メイド様ぁお客さんです」
8割ほど出来上がってるログハウスの中から、メイドが玄関に現れました。
「「あ」」
メイド長とメイドがシンクロしました。
「お久しぶりです」
メイドが先に挨拶をしました。
「久しぶり、ところで…」
メイド長がぐるりとログハウスを見回します。
「ここは何をする所なの?」
「聖女様のお家です」
「は?」
聖女と聖女見習いは王宮で、今回の聖女候補の捏造の取り調べを受けています。
「ですから聖女様のお家です」
「聖女は王宮で取り調べを受けているはず」
噛み合わない話にメイド長も少しイライラしてきました。
「女神様が連れてくるんです」
「はあ?」
メイド長にとっては何か、とんでもないことを言われているように聞こえています。
そこへ神父が現れました。
「その子の言ってる事は本当ですよ」
「あ、し、司祭様?」
「今は神父と名乗っています」
「どうしてですか?」
「私は隣町の司祭だったんですが、女神様が降臨されて、ここの事を話してくれたんです………」
神父の話とは…
私が隣街で司祭をしていた時に、大聖堂で問題が起きたと上層部が慌て出して、数名の司教が騎士に連行された事を仲間の司祭から聞きました。詳しく聞くと「聖女候補の捏造」らしい。
初めは全く信じていませんでした。
しかし、司教が2人行方不明になっていて、私はそのうちの1人を捜索する命令を受けました。その捜査中の時です。目の前が淡く輝き、女性が現れました。
すぐ女神様と分りました。
私は感激してお会いできて光栄です。
と挨拶をすると。女神様はにっこりと笑って、私のお願い聞いてくれますか?と言いました。
当然のように、もちろんですと答えて。「大聖堂で民と一緒に掃除をしているメイドがいます。
あなたのように信仰心の篤いメイドです。
助けてあげて頂けませんか?そこに、私が選んだ聖女を連れて行きます」と言われました。
もちろん構いませんが本部の教会はどうしますか、と尋ねると「教会には信用に足る人物がほとんどいないのです」と寂しそうに言われました。
でも私には今、探している仲間がいます、と説明すると。
それは放っておいても構いませんが、あなたの帰る場所はその大聖堂しかなくなります。
と静かに話されました。
私は決意しました「分りました。私の全てを賭けて、聖女様とメイドを守りましょう」と私がそう言うと、ありがとうと答えながら、女神様は私の頭に手をかざし、淡い光に包まれて、そのうち消えていなくなりました。
涙が溢れました。「女神様…」私は祝福を得たんだと、はっきりと分かりました。
「それでここに来たんです」
神父がそう言うとメイド長は「本当にもう教会は女神様に…」そのまま何も言えなくなってしまいました。そして神父が。
「それでどうされますか?」とメイド長に聞きました。
「私には、私が守らなければならないメイド達がいます。神父様は、メイド見習い…もうメイドですね。彼女を守ってください」と涙を流しました。
「分りました」
メイド長とメイド、メイド見習い達は、静かに去っていきました。
「神父様、これでよかったんでしょうか?」とメイドが聞きました。
「それは分かりません。ただ女神様に従うだけです」
「そうですか」
「そうですよ」
メイド長達がが去って数日…
もうログハウスは完成して、手伝っていた男達とも丁寧に挨拶して別れ、しばらく経ったある日のこと。
バタバタと足音が聞こえて「メイド、メイド」と叫びながら。
ドンドン
神父はドアを叩きます。
「はい」
メイドが答えると神父がメイドの部屋に入って来ました。
「どうしたのですか?」とメイドが尋ねると。
「女神様が降臨された。明日聖女様が来られる」
メイドは本当にびっくりしたような顔していました。
「良かった」安心したのか力が抜けたような声でした。
「お待ちしましょう」と神父が言いました。
「はい」
次の日
ログハウスにノックもせずに女性が入って来ました。
「ちーす」
「あ、これはこれは女神様より伺っておりますさっちゃん様。私は神父でございます」
「私はさっちゃん様のメイドをさせていただきます」
「さ、メイド、さっちゃん様をお部屋にご案内してあげて」
「はい、こちらへ」
さっちゃんはメイドに案内されて部屋に入り、どっかと椅子に座りました。
「さっちゃん様、今日はとりあえずゆっくりしてください、明日から聖女について、いろいろお伝えいたします」
「分かった」
「他にご用はございませんか?」
「たこ焼き売りに行こう」
「は?」
メイドはさっちゃんが何を言ってるのかさっぱり分かりませんでした。
「だから、たこ焼きを売りに行こうって」
(私は試されているのかしら?)完全に勘違いしているメイドでした。
「明日から聖女の仕事が待ってます、今日はお休みしていただきたいのですが」
とメイドがそう言うと、さっちゃんは「お客さん待ってるんだけどなぁ」と呟いて。
「今はまだ朝だぞ、そんなに聖女って暇なのか?それとも、今日一日休まんと出来んくらい忙しいのか?」
「そのような事はありません」
「だったらたこ焼き売りに行ってもいいんじゃねぇの?」
それもそうだと思うのですが、メイドは何故か間違っているように思うのです。
「お前の仕事は何だ?」
いきなり聞かれたので答えるのに躊躇したメイドでした。
「メイドです」
「は?メイドって言う仕事があんのか?」
「えっと…」
さっちゃんはメイドというのがどういう仕事をしているのか分からないので、素直に聞いているのです。なので今の言葉に疑問を持ちました。例えば、あなたの(会社での)仕事はどのような事をしているのですか?と聞かれて。会社員です。と答えているように聞こえているのです。
「私なら、お前の仕事はなんだ?って聞かれたら、たこ焼き焼いて売ってるって言うぞ」
ピコン!とさっちゃん言ってる意味が分かりました。
「私の仕事はさっちゃん様のお世話をすることです」
「だったらたこ焼きに売りに行くから、手伝えばいいんじゃないか?」
メイドは考えがまとまらず黙ってしまいました。そうするとさっちゃんが。
「私は昨日まで中央広場でたこ焼き売ってんだ。それがあのクソ女神が聖女やれっつーんで、仕方なくきたんだぞ。テメーが来ないなら私一人で行ってくるわ」
「なんて…」さっちゃんの女神様のあまりにも酷い言いように、思わず咎めそうになりましたが「女神様が選んだ聖女様なのだから」とグッと我慢して、勝手に一人で行かれても困るので、諦めることにしたメイドでした。
「わかりました一緒にいきましょう」
ゴロゴロと屋台を引いてるさっちゃん。後ろからメイドも屋台を押しています。
中央広場にだどり着くと、さっちゃんはキョロキョロと辺りを見回して、ふたたび屋台を移動させました。
いい場所を見つけたさっちゃんは、屋台をそこに止め、テキパキと準備を始めました。
メイドはそれを、側からじっと見ていました。メイドは何かしなければ、と思いました。
「あの、さっちゃん様」
「何だ」
「私は何をすれば良いのでしょうか?」
「たこ焼き焼いたことあんのか?」
「い、いえ」
「なら、そこから見とけ」
「はい」
さっちゃんは華麗な手捌きで、たこ焼きを焼き始めました。メイドはそれをじぃっと見つめていました。
「っらっしゃい」
さっちゃんの元気な声が広場に響き渡ります。
「まいどぉ」
「さっちゃん今日は遅かったねぇ」
「あはは、朝から面倒なやつにつかっちまってねぇ」
「んなっ」メイドは驚いてしまいました。
さっちゃんは軽口なのですが、メイドは真面目に解釈しています。
「もっと頑張らないと」メイドは密かに決意を新たにするのでした。
その後もどんどんたこ焼きは売れていきます。さっちゃんはテキパキとお客さんを捌いていきます。メイドも材料を用意したり、列から離れたお客さんを元に戻したりして、少しずつ手伝い始めました。
しばらくすると、さっちゃんが。
「あいつら」
「何かあったのですか?」とメイドが尋ねると。
「喧嘩してやがる」と言いました。
どうやら広場で喧嘩が始まったようです。
「おい、メイド、行ってくるからやっといて、見てたからわかるだろ、たのんだ」
「えええ、さっちゃん様、私はぁぁ」
メイドの声も聞かずに、さっちゃんはぴゅっと走って行きました。
「ど、どうしょう」
メイドは、ほとほと困ってしまいました。
「おい、ねえちゃんまだか?」
メイドは「仕方ない」と呟いて焼き始めました。
「ま、まいどぉ」メイドはどうすれば分からなかったので、とりあえずさっちゃんの真似をして、出来上がったたこ焼きを渡しました。
「お、これうめぇぞ」
突然さっきたこ焼きを買った男が叫び始めました。
「本当か?」近くにいた男が怪しみ出しました。
「本当だ、こんなうめぇの初めてだ」
「大げさだなぁ」
「じやぁ買うなよ、絶対な、後から後悔してしても知らねぇぞ、なっ、ねぇちゃんコイツには売るな、絶対だぞ」
「はい」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、それはねぇだろ」
「信じない奴が悪い、それも作ったねぇちゃんの前で言ったんだぞ、さっちゃんがいつも言ってるだろ、言ったことは絶対だ」
「そんなぁ」
(普通「半殺しにするぞ」「やれるもんならやってみろ」こういうやりとりの場合、事が起きる事はほとんどありません。
しかしさっちゃんは絶対にやるのです。
今ではそれがこの広場の常識となっています)
寸劇のような光景にメイドは困惑していました。
「ねぇちゃん、二つくれ、俺は何も言ってない」
「はい」
作ったたこ焼きを渡しました。
「何だこれは、うますぎる」
「俺にもくれ」
「俺も」
「私も」
次々にお客さんが現れて、メイドのたこ焼きを作るスピードが速くなっていきました。
可哀想だったので、先ほど売るな。と言われた男の人にこっそり渡しに行きました。
渡された男の人は、涙を流しながらお礼を言いました。
さらにお客さんが増えました。
全力で速く作っても間に合わないので「モードチェンジ!」とは言っていませんが、腕捲りをすると、今度は右手で焼いて、左手で材料を切り。卵を割り。生地を混ぜてたこ焼き用の鉄板に流し、タコを入れて焼き始めました。
同時に二つの事をしているのです。大道芸と言うより曲芸です。
「おい!凄い速さでたこ焼きが出来てるぞ」
「何、皆集めろ」
たこ焼き屋の周りには人が押し寄せて来ました。メイドは焦っていました。
そして、メイドは適当な距離に材料の入った箱を並べ、火力をあげて、なんと今度は左足で材料の入った箱を開けて、箱をトンと蹴り上げて、箱から飛びだした材料が見事な放物線を描いて調理台にのり、左手で調理されるのです。今度は同時に三つのことをしているのです。このメイド何者?
どんどんお客さんが捌けていきます。
さっちゃんが喧嘩を仲裁(本当は敵味方関係なくボコボコにし、簀巻きにして近くの男性に「騎士を呼んでこい。コイツらには「次、ここでこんな事したら、この程度ですまねーからな」と言っとけ」と言って屋台へ向かいました…実はさっちゃんが言った事は「次、顔見たら地獄に送るからな。絶対だ」に変わっていて、もうこの中央広場には二度と来ないのでした)してたこ焼き屋の屋台に帰って来ました。
「何だ、これは」
たこ焼き屋の屋台の周りにはたくさんの人がいて、流れるように人が捌かれていたのです。
さっちゃんが屋台に戻ると、すごい光景を見ることとなりました。
メイドが物凄い速さでたこ焼きを作っていたのです。動きが速すぎて残像が残る程でした。
「お前すげーな、いやぁ大したもんだ。メイドにしとくにはもったいねーな。後で私にも教えてな」
さっちゃんが大絶賛しました。
さっちゃんが材料の箱の材料がなくなると、素早く取り替え、しばらく2人の共同作業が始まりました。
バタンと座り込んだメイド。予定の半分以下の時間で、全ての材料を使い果たしました。
「おつかれさん」
「おつかれさまで…し…た」
ぐったりしたメイドが、頼りなく返事を返しました。
「いやぁ〜こんなに早く終わるとは。次からもっと材料買わないといけないなぁ」
がっくりするメイドでした。
そしてしばらく休憩して、屋台を片付け、ログハウスへと帰って行きました。
帰る途中さっちゃんは。
「メイドが作って、私が売りにいくか、いや呼び込みしほうがいーな」
「さっちゃん様、聖女様のお仕事があります」
「ん〜誰か舎弟にするか。いやヤローじゃ売れんか、ダメだな」
「しかしウチのメイドはスゲェなぁ。うんうんこれから楽しみだ、倍は軽く売れるからなぁ」
「だから聖女様の仕事が」
メイドの話を聞かず、たこ焼きの話ばかりしながらご機嫌なさっちゃんでした。
元大聖堂の広場に辿り着くと、さっちゃんは屋台を片付けに行きました。
「最初の聖女様のお仕事がたこ焼き屋って何か意味があるのだろうか…」
メイドは暫く考えて「ただ女神様に従うだけ」か。いつか聞いた神父の言葉を思い出し、そのうち分かるだろうと思うのでした。
メイドは元大聖堂を見上げ、不思議と気持ちの良い疲れを感じながら、佇んでいました。
「綺麗」
元大聖堂は落ちかけた陽に照らされてキラキラと輝いていました。
ふっと空に微笑んだ女神様が見えたような気がしました。
教会は無くなるかもしれない。……「大丈夫」と空から女神様の声が聞こえたような気がしました。
聖女様は口は悪いけど、素敵な人なのだろう。メイドはこれから来る明るい未来を思い浮かべ、胸が温かくなるのでした。
もうすぐ春が終わり夏がきます。
暖かい風に包まれて、メイドは穏やかに微笑えむのでした。
おわり
最後までお読み頂きありがとうございました。
「私とさっちゃん」シリーズです。他の作品もよろしくお願い致します。