前編
短編『口の悪いさっちゃんと女神…私も少し』のサイドストーリーです。
メイド視点での物語 メイドが頑張ります。
全2話 前編シリアス風 後編コメディー 後編は明日6時投稿します。
ここは荘厳な大聖堂…の横にある聖女見習い寄宿舎です。
聖女見習いというのは「聖力」という力を行使出来る才能を持った少女達で、その中から優秀な者達が聖女候補として選ばれます。そして「聖女昇格の儀」で、女神に祝福を授かった者が神託によって聖女となるのです。
この国で最大の教会は「女神教」です。女神教は文字通り唯一神である女神を崇めるもので、この国に止まらず、大陸最大の教会でもあるのです。
教会には、教皇を頂点に、大司教、司教、司祭、侍祭という聖職者がいて、それとは別に大聖女、聖女、聖女見習いという聖女達で構成されています。
大聖女、聖女にはそれぞれメイドが付き、聖女達のお世話を担当します。この聖女達は基本的には独立しているのですが、聖女だけでは、組織の運営が出来ないために、組織的に大司教と繋がっています。
現在は大聖女が居ません。
聖女にも位があって、特に名称があるわけではないですが、高位、中位、下位に分かれています。しかし、高位でも下位でも待遇は変わりません。
式典や祭事は教会が管理する大聖堂で執り行われます。
今まさに、聖女候補達から女神の神託によって聖女となる者が選ばれる「聖女昇格の儀」が執り行われています。
聖女見習い寄宿舎の廊下を掃除しているメイドがいます。
「今日は「聖女昇格の儀」か、どんな聖女様が来るのか楽しみだなぁ」
彼女は正確にはメイド見習いです。
メイドもメイド長、メイド、メイド見習いがあります。
メイド見習いでは聖女のメイドにはなれないので、頑張っています。
「あ、こっちも掃除しておかないと…」
彼女に三人のメイド見習いが近づいてきました。
「ちょっとあなた」
「はい」
「食堂も掃除しておいて」
「はい」
実は聖女見習いの彼女、最近入舎したばかりで、外見は悪役令嬢を少し柔らかくしたみたいな容姿なのですが、気が弱く、人付き合いも苦手なのです。
それにつけ込まれて先輩の聖女見習いに仕事を、押し付けられたみたいです。
ゴーン ゴーン
鐘が鳴って「聖女昇格の儀」が始まった様です。
メイド達も聖印を切って祈ります。
大聖堂が光り輝いています。
「綺麗」
メイド見習いがポツリと呟きました。
光が静かに消えていきます。
「あれ?」
「誰も神託が降りなかったの?」
「どうでしょう」
メイド達がざわざわと小声で話し出しました。
神託が降りると、天上から光の筋が降りてくるのですが、それが無かったのです。
バタバタバタバタ
なんだか騒がしくなっています。聖職者達が走り回っています。「聖女昇格の儀」で何かあったのでしょうか?
「メイド長、メイド長はいるか?」
「はい」
「聖女見習い達は?」
「え、聖女昇格の儀で大聖堂じゃないですか?」
「それが…」
そうです、聖女候補だけでなく、聖女見習いも大聖堂で祈っているはずです。
この方は司祭でしょうか?聖職者には間違いありませんが。
「聖女見習いがいない」
「え」
メイド長は何が何だか分かりません。
「いないってどういうことですか?」
「そのままの意味だ」
何が何だかわからない、一体何が起こってるんでしょうか?
バタバタと騎士が入ってきて皆を集めました。
「メイド長、メイドとメイド見習いだけにして、後のものは騎士と出て行くように」
こうしてメイド、メイド見習いが集められました。
「これから言う五名は騎士と一緒に外へ」
五名の名前が呼ばれ、騎士と一緒に出て行きました。
「状況を説明する」
皆がゴクリとつばを飲み込む。
「教会が女神様を裏切った」
えええっ!
皆がびっくりして騒ぎ出しました。
「静かに!」
騎士が大きな声で言うと、ざわざわしていた部屋が一気に静かになりました。
「聖女見習いは既に騎士に保護されているから安心していい」
それと……と話をつなげると。
「先ほど出ていった五名は不正に関与していたのでこちらで引き取る」
「あの者たちが何をしたのですか?」
メイド長が騎士に聞きました。
騎士は少し考えて…「どうせわかることか」とつぶやき。
「ある貴族達から大司教に賄賂を渡して聖女候補を捏造した」
信じられない、と愕然とするメイド達。
メイド長が「何名ですか?」
毎回10名もいないのに、今回15名。今回は特に多いと思っていました。
そのためメイド長は捏造された聖女候補は一人ではないと確信していました。
「15名中8名だ」
「そんなに…」メイド長はその場所で崩れ落ちました。
皆は絶句して声も出ないようでした。
「何名もの王国騎士が現場で確認してるから間違いない」
聖女候補を捏造したなんて女神様に対する大変な裏切りです。大司教もその中に居るのなら、もうこの教会はただではすまないでしょう。
「これからどうすればよろしいんでしょうか?」
メイド長が確認すると。
「おそらく、しばらくすれば民衆に広まるだろう、そうすると暴動が起きる可能性が高い」
「ここも危ないってことですか?」とメイド長。
「そうなるな」
「避難を」
「まぁ少し待て、すぐにどうこうなるものでもない。それに今王国では……」
騎士の話とは。今、王家の継承権争いで貴族達が怪しい動きをしているらしい。
貴族家から聖女が出たらかなり大きな力となります。今回は聖女候補の半分以上が関わっています。
それに教会関係者も全体からすれば少ないものの、かなりの人が関与しているらしい。
まだ捕らえれられていない者もいる。とのこと。
ここからは、皆に話していません。
第一王子と第二王子が王位継承権をめぐって争っていて、第一王子が立太子する前に元気だった国王が突然病に倒れました。という事は第二王子派が非常に怪しい。
今回の聖女候補捏造は、第二王子派の仕業だと思われます。
教会と王侯貴族は全く別の組織で、お互いに独立したもの、と言うのが常識です。
だが現状はズブズブの関係です。
教会の後ろ盾は強力で、どちらにしても王太子に付くので、第二王子派は、切り捨てても良い貴族を聖女候補捏造に仕向けた。
これはほぼ間違い無いと思われます。捕らえられた貴族は全員中立派でした。
それに第一王子が聖女候補捏造をしてもメリットは殆どない。という事です。
(ちなみに前作で登場したワルイージ伯爵は、第二王子派)
「これからどうすれば良いですか?」とメイド長。
「捕らえられていない者は逃げているか、親族や知人に頼って潜伏してるだろう。
そのような者が何かするとは思えない。
それに教会は解散となるだろう。
もう女神教を名乗る資格が無いからな。
それではここで解散する。施設の備品などはこのままでいい、私物だけ持ち帰るように。
どうしても行き場がない者は王宮で保護する。
これくらいか……あぁ暴動が済んだら大聖堂を片付けるのを手伝ってくれたら助かる。
あそこは呪われた場所として、行く者の確保が難しいからな」
メイド長は「それで聖女様達はどうなるのでしょうか?」
「聖女様、聖女見習いはこちらで確保している、関与しているものが多いからな」
「そうですか…」メイド長は力無く言いました。
「それでは解散する」
騎士の話を聞いたメイド達は、ぞろぞろと自分の部屋に戻り、荷物を整理して私物を持って、それぞれの場所に帰っていきました。
ただ。
一人冒頭から登場していたメイド見習いが一人残っていました。
「女神様は絶対聖女様を見つけて下さる」
どうしてなのか彼女は今、使命感に燃えていました。
「よし!大聖堂に行こう」
自分の私物をリュックに入れて担ぎ上げ、大聖堂へ向かって走り出しました。
大聖堂では、民の男達が建物を壊し、中のものを物色していました。
メイド見習いが到着し、その光景を目の当たりにしました。
「何てこと…」
あまりの光景に絶句しました。
「このやろう…」
彼女は普段めったに怒ることが無いのですが、この光景を目の前にしてふつふつと怒りが込み上てきました。そして彼らのもとにズカズカと歩いていきました。
「こらぁぁぁ!!!」
おそらく彼女の人生で、一番の大声でした。
大聖堂を壊し、ものを物色していた男達は、一度固まって声が聞こえた方を一斉に見ました。
「な、なんだ」
男達の一人が少し前に出て、彼女に向けて話しました。
「何をやっているのですか?」
彼女にしては恐ろしく低い声で話しました。
もともと悪役顔です。それに怒りが加わっているので、見ている方はものすごく恐ろしく見えます。
その様子に男もちょっと引き気味になって。
「何だお前」
「だから何をやっているのですか?と聞いているのです」
「見てわからんのか、教会が女神様を裏切ったんだぞ」
その周りの男達もその様子を見ていました。
「それなら、なぜ大聖堂を壊したり物を盗むのですか?」
「別に裏切ったんだから何をやってもいいだろう」
彼女はさらに怒りだし。
「この大聖堂は女神様の物です、女神様の物を壊したり、盗んでも良いのですか?」
「女神様のもの?大司教のものだろう」
「いいえ女神様のものです」
「だって貴族から金もらってたんだろう」
「あなたはもし、誰かの物を盗んだとして、その盗んだ物を皆が見える所に置きますか?」
「そんなもの教会がグルになれば、どうとでもなるだろ」
「裏切った人は確かに多いです。しかし全体から見れば少ないです。それにそんなことをすれば、すでに女神様より神罰が下っているはずです」
男たちはだんだん自分たちのやってることが恥ずかしくなってきました。しかし。
「もうどうせ教会は終わりなんだ、お前は関係ねーだろ」
「私はここのメイド見習いです。関係はあります」
「はん、裏切り者の仲間か」
「そう思うならどうぞ騎士様を連れてきてください、先ほど帰っていいって言われましたから」
「じゃあ帰れ」
「いやです、ここを片付けます」
男たちがどうしてか、ざわざわしだしました。
「なぜそんなことをする」
「私は女神様に仕えるメイド見習いだからです」
彼女は普段これほど喋る事は無いのですが、怒りが限界を超えているのです。さらに。
「ここを片付けて、ここを壊したり、物を盗んだりしたことを謝り、私とその者たちに神罰を下すよう祈ります」
男たちはかなり戸惑っているようです。
「お、お前にそんな事ができるのか?」
「私ではありません、女神様にお願いするのです。壊したいなら壊しなさい。盗みたいなら盗みなさい。神罰が下される事も覚悟しなさい。私も一緒に罰を受けます」
辺りにゴゴゴゴというような音が鳴っているような彼女の怒りが周りに広がっていきます。
彼女と話してる男とは違う男の人がそっと近くに来て。
「おい、もうやめとこうや、嬢ちゃんの方が正しい」
そう言われた男はしばらく考えて。
「そうだな、すまん」
「ではお帰り下さい」
「い、いや、やったのは俺たちだ、俺たちもやる」
「だったら条件があります。やるなら最後までやってください。出来心で盗んだりしないでください。女神様の物は大切に扱ってください」
彼女の目から涙が溢れています。
男たちはお互いに向き合い深く頷き。
「必ず守る。何をすればいい?」
「私は女神像の近くのと政に使うものをやります。あなたたちは、この広場と建物の周りを綺麗にしてください」
「分かった」
こうしてメイド見習いと男達の大聖堂の大掃除が始まりました。
「お疲れ様でした」
「「「「お疲れ様でした」」」」
男達は満足したように帰っていきました。
壊れた所はそのままですが、綺麗になった大聖堂の片隅にメイド見習いはちょこんと座っていました。
「メイドさん」
メイド見習いはびっくりして見上げました。そして襟の紋章を見て。
「こ、これは司祭様」
そこには50代位の司祭がいたのです。
「もう教会はどうなるか分からないからな。そうだな…神父、と呼んでくれ」
「神父様、どうしてここに来られたのですか」
神父はなぜか得意気な顔をして。
「女神様にな、ここに聖女様を連れてくるから、と言われたのだ」
「聖女様が!」
メイド見習いははびっくりして立ち上がりました。
「そうだ、ここを片付けてるメイドがいるから、そこに行けと言われた」
「私はメイドではありません。メイド見習いです」
「女神様がメイドと言われたから君はもうメイドだよ」
メイド見習いは本当に驚いた顔をしながら。
「私がメイド…」
しばらく考えて。
「はい!しっかりやらせて頂きます!」
と、元気良く返事をしました。
「帰る所はあるのか?」
「私は孤児です。寄宿舎は入れませんので、帰るところはありません」
「そうか、そうしたらここに寝るところを作って、仮の建物でも建てるか」
「はい!」
そして不思議な、神父とメイド見習い…もといメイドの共同生活が始まったのでした。
誤字報告ありがとうございました。