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第五節「あの人と私」ー2


 次に運ばれてきたお肉の料理を口に運び、普通は味わえない料理に舌鼓を打っていると、コンコンと音が聞こえて集中が目の前の彼に向きました。


「それで?」

「はい?」

「僕が協力するのは構わないよ、その前に君に……在世には確認しないといけないことがあってさ」

「確認、ですか?」

「うん。この仕事、君が受けたいと思って受けた、君がやりたいこと、そういう認識で会ってるんだよね?」

「それは昔のように抱え込んで嫌なのを口にしていないのでは? ということでしょうか」

「君は常習犯だからね」


 彼の苦笑した笑い声が聞こえました。


 昔……と言っても彼と出会う少し前の事です。確かに、私は彼の言う通り、何も言わず仕方のない事だし、私の我がままを口にするわけにもいかない。そう思っていた時期はありました。 

 今にして思えば、もう少しだけでも口を開いてよかったかもしれない、そう思っていますが……当時はまだ目が見えなくなって時間も経っておらず、不安定な時期ではあったので仕方はありません。

 ですが、彼はそう思っておらず、もう少し私に寄り添うべきだと口にした数少ない人でした。


 彼の質問にお答えするために、お肉を食べ終えたお皿にカトラリーを置く。カランと強めの音が出てしまいましたが、反射で謝ろうとする自分を抑え、静かに頷きました。


「……大丈夫です、今回は私が調査したいと思ってお受けした依頼ですから、心配なさらないでください」


 私はとてもずるい人間だな、と思います。

 だって、この言葉を言えば目の前の彼が断われないと知って口にしていますから。昔、この関係に至るようになったきっかけもそうでしたから。

 証拠に、彼は口元から呆れたような吐息が漏れたのが聞こえました。


「卑怯だよね、在世って」

「そう、思いますか?」

「だって、それ。僕が断れないのを分かってて言ってるでしょ?」

「まあ、私とあなたの仲なので……」

「あはは、そこまで信頼してもらっているのならいいかな」

「いいとは?」

「今回の事件の調査、応援するよって意味。危険があったら僕が守る、だから在世の思うように分かるまで追求してみて」

「っ、いい、のですか? 正直に申しますと、反対されてやめろとと言われる、勝手にそう思い込んでいました」

「僕個人としては反対はしたいし、やめてほしいとは思うよ? ただ、さっきも言ったけど、君のやりたいことに口出しをするのは男としてヤバイなって思うし、やめてって言ったらやめてくれる?」

「……それは本当に申し訳ありません、結局巻き込んでしまいます」

「あはは、だよね。うん、だから応援するよ。君に出逢った時から僕はそうしたいって思ってたからね」

「ありがとうございます。それでその、承諾していただけたついでなのですが頼みたいことが――」

「待って、デザートが来た」


 背後に集中すると確かに何かを運んでいる誰かの足音が聞こえてきました。

 その方がテーブル横に止まり「失礼します」と声をかけられ、お皿が取り換えられる音と共にほんのりと甘い匂いがしました。

 料理が運ばれてくるときの説明を聞くと白桃を使ったケーキ、ということらしいです。

 ウェイターの方が下がると彼は嬉しそうに説明をしてくださいました。


「ここのケーキ、有名なパティシエに考案してもらってレシピを再現してるって聞いてさ。在世ならきっと好きだろうって思って」

「そ、そうですか。……あの、やはり高い場所なのでは?」

「ん、僕は安いと思ってるよ」

「その言葉はあなたの信用を地に落としていると同義なのですが」

「元々信用なんてない人間だから、実質上げ時だよね」

「……」

「呆れた?」

「いえ……はい、だいぶポジティブだな、と」

「いつものことでしょ」

「それもそう、かもしれません」


 このままやり込められてしまいそうだと察し、意地でそっけなく返すと、くすくすと小さく笑われてしまいました。


「なにか」

「いや、ごめん。君もいつも通りだなって思って」

「今日は最初から普段通りだったと思いますが、違いましたか?」

「ううん、君だったよ。でも、やっぱりここに連れてきて正解だったなって」

「……出来れば私の基準で安いお店へ連れて行ってくださると気兼ねなくお話しできるのですが」

「大丈夫だよ、君ほどお金を考えなくていい子はほかに居ないから」

「私はお金をかけさせてしまっていますよ?」


 お金がかからない人というのは確実に間違いです。

 指輪なり、ネックレスなり、高級な食事のお誘いは嬉しいと感じてしまいますし、化粧品や身だしなみにだって気を使わないわけにはいきません。見えないことでケガも増えてしまいますし、介助やリハビリにだってかかってしまうではありませんか。

 お金のかからない要素を模索していると、笑われてしまいました。


「ほらほら、考えないで。ケーキを楽しんでほしいだけだから」

「はあ……」


 どういう意味か結局分かりませんでしたが、とりあえず言われた通りケーキフォークを手に取り、ケーキを口に運びました。

 ふわりと弾力のあるクリームが舌に当たった瞬間、溶けたという表現がしっくりくる感覚と大人しい甘さがゆっくりと広がっていく。

 タルト生地とスポンジの両方が使われているのか、嚙むとサクッとした触感もあり、クリームの味をさらに際立たせていました。喉奥に消えていく甘味がもっと欲しいと思わせられ、はしたないとは思いつつもケーキに手が伸びてしまいました。

 場所が場所でなかったら、仕事のイメージが湧いてきそうなほど素晴らしい出来栄えです。


「美味しい……」

「ほらね?」

「はい、とても美味しいケーキかと。ここを選んでくださった理由がこれなら納得できるほどに」

「あはっ、そういう意味じゃないよ、在世」

「あの、意味が分かりかねます」

「ううん、分からなくてもいいよ。君は本当に可愛いなって話だから」

「ん、からかうのは、感心しませんにょ……よ」

「動揺してるのも可愛い」

「ん……」

「ふふ、ぼろを出さないために黙り込んでしまうのも可愛いよ」

「あまりからかわれると、頬が熱くなってしまうので禁止にしたいです」

「善処しておくよ。前向きに」

「私の意見が受け入れられないことは把握しました」

「それは僥倖」

「絶対に思ってませんね。僥倖だけに」


 美味しいケーキのおかげか、いつも通りに接してくださる彼のおかげか、いつものようにくだらないお話を続け、美味しくケーキをいただくのでした。


      *     *     *      


 今日の食事を終え、後はもう帰るだけという頃――。

 最後のカフェで落ち着いている最中、間を開けてしまったせいで彼にお願いをしてもいいかと悩むことになっていました。


「さて、じゃあ夕食も終えたことだし、コーヒーを飲みながら僕に頼みたい事聞こうかな」

「な、なんのことでしょうか」


 カップ手が震えて、カップがソーサーに当たって音が立ってしまいました。

 もしかして私は動揺が手元に出るのでしょうか。


「君が正直に話したってことは、相応に何か頼みごとがあるってことでしょ? 黙ってるのは……まあ、僕がさえぎってばかりいるからだろうけど」

「……分かっていたんですか」

「意地が悪いからね」

「本当にあなたはいけずさんです。……あの、先ほど言っていた調査のお話しなのですが」

「うん。悪質な初心者狩り。君が嫌いそうな相手だよね?」

「好きな方はあまりいないかと。その件であなたには会社の方で色々調べていただけないか、と思いまして」

「会社? ああ、まあ確かにあのゲーム会社は僕の居る会社の社内部署だけど……何か関係があるってことかい?」

「はい。実は今日、あなたとの約束前にゲームをしていたのは、その方と実際にお会いしてきたからなんです」

「調査だったんだ。それに驚いた、まだ半日も経ってないはずだけど、もう会えたのかい?」

「はい、お会いした結果、相手の方はゲームの世界に生きている方ではなく、それなりに知識のある方がなにかしら別の理由があってあのゲームに置いて初心者狩りをしていることが分かりました」

「別の理由か、興味深いね。それは物証? それとも勘かい?」

「どちらかと言えば勘に近いかと。ただ、その依頼を下さった園崎さんという方は社内の情報を漏洩させている人間が居る噂があるとおっしゃっていました。そちらの信ぴょう性はあるかと」

「情報漏えいは噂じゃなかったって君は思ってるってことだよね」

「ゲーム内の情報は確かに漏れていた、そう思ってもいいかと思います。運営しか知らない情報を初心者狩りの方は知っていました」

「ん? ネットとか情報サイトには出回ってなかったって認識でいいんだよね?」

「はい、ゲームに入る前に調べましたが少なくとも表では出回っていませんでした。ただ、裏で出回ったとして、その情報を悪用する方法はほとんどない物だとは思います」

「なら、不思議な話だね。わざわざ意味のない情報を初心者狩りだけが知ってたってわけだ」

「はい」

「……まって、外部の初心者狩りだけ? 情報漏えいに……在世に依頼……タイミングが……」


 当面分かっていることをお話すると、彼の音が動かなくなってしまいました。

 休憩も含めて私もカップに口をつけると先ほどの甘さを中和するちょうどよい苦みが広がり、温かさでほっと一息つきました。


「……ねえ、在世。君が依頼されたっていうその……」

「園崎さん、ですか?」

「そう、園崎さん。その人に依頼された時って、もしかして直接かい?」

「お察しの通り、直接私の家に足を運ばれていました。私の目が見えないことも気が付かれなかったようです」

「だから、僕にってことだね」

「はい、お願いできるでしょうか?」

「……分かった、会社の伝手で無理やり調べてみる。何を調べたらいいかの当てはある?」

「一応、目星はついているのですが……。あの、紙とペンはあるでしょうか」

「ああ、もちろん……はいこれ」

「ありがとうございます」


 調べてもらう相手の名前を公共の場で言うのはなんとなく気が引けたので、手探りで調べてもらう相手の名前を書き、彼に渡しました。


「……この方がおそらく持っているであろうゲームアカウントのるグイン記録をし食べていただきたいのです」

「一応、子会社だし、情報漏えいの件もあるから調べられるとは思うけど……理由はある?」

「この方が"最近お会いした唯一の女性の方"で、ゲーム内の性別が女性キャラだったからです。あのゲームは課金をしても性別だけは代えられませんので」


 今の話題とは関係ありませんが、性別を変えられないおかげで、男の娘だったり男装が好きな方々に人気が出ている、と聞いています。今のところ性別変換をする方法を実装する予定はあるのですが、未だにキャリブレーションとの相性が悪く難しいそうです。


「それと出来ればログインした瞬間も見られれば完璧かと。あのゲームをプレイする場合、必ずリラックス状態になるので」

「そっちは無茶言うなあ……半分グレーな調査方法になるよ?」

「慣れていらっしゃるかと思いまして」

「あはは、否定はしない。一応、プライバシーに侵害しない範囲で高い可能性を探ってみる。分かり次第メールで送れば大丈夫だよね」

「ありがとうございます……」

「その様子だと、まだありそうだね」

「はい、出来ればもう一つだけお願いしたいことが」

「お手伝いできることが多くて何より。なにが必要?」

「さっきの調査を円滑に進めるための準備、と言いますかその……おそらく間違いないと思いますので」

「うん」


「私がゲームにログインすることを社内でそれとなく広めておいてほしいのです」



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