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第五節「あの人と私」


 場所は私の家から一時間以内にある高級レストラン――。

 "あの人"に「ただのレストランだよ」と言われた場所に連れられ、窓際の一席に案内されていました。

 あの後、明日華さんではない、別の方も連れてこられていたようで、彼の一言で服装もメイクも仕立て直すと紳士に、そして真摯にエスコートをされてしまい、あれよあれよという間に今の一席へと案内されてしまいました。

 周りの方の雰囲気が、いつもの雰囲気とは一変していて、その……絢爛豪華、と表現するべきでしょうか。静かで、たまに聞こえる食器が擦れあう音と小さなお声で話し合う雰囲気に充てられてしまい、とてもではないですが、落ち着きません。

 久方ぶりに見えない恐怖を味わってしまい、そわそわと体を動かしてしまいそうでした。

 正面からニコニコとこちらを見ている気配のする彼に「あの……」と声をかける。


「うん、なに?」

「私はどこに連れてこられたのでしょうか」

「もちろん、レストランだよ。そんなに長く移動はしなかったし、帰るのならすぐにでも。まあ、予約した手前、すぐに変えられると僕は困るけど」

「はい、それはまあ。……あの、そういえば家の近くにとても高いレストラン……今日のようにドレスコードのあるレストランがあった気がするのですが、気のせいでしょうか」

「あはは、気のせいだよ」


 間違いなく確信犯の発言でした。

 いえ、悪い事ではないのです。……が、わざわざ彼が予約してくださったお店で、受付から席まで店員のエスコートまであるお店に連れてこられて断るのは彼の信用を落とす行為になるので私から断ることなんてできるはずがありません。

 本当に悪い人です。あながち明日華さんの言う冷血漢というのも間違いではない気がしてきました。

 しかし、高くないというのは本当かもしれません。噂というのは真実を見るまでは分からないもので――。


「ご歓談中失礼いたします。本日のアミューズをお持ちしました」

「ありがとう。あ、そうだ。今日は予約してた通りなので、もし何かあったらお願いします」

「かしこまりました」


 店員の方の態度と彼の対応が慣れているので確信しました、絶対に安いお店ではありません。

 あの家に住むようになってから、目が見えなくても出されたお皿の位置とスプーンやフォークの位置は覚えさせていただきましたが、ちゃんと出来るでしょうか。

 せめてもの抵抗にと、手を恐る恐る上げて退行させてもらうことにしました。


「あの、こうして何もかもされてしまうのは、正直、気が引けてしまうというか」

「大丈夫、君がそう言うと思ってたから、本当にそこまで高いお店じゃないよ。それに今日は僕が支払いをする日だから、気にしなくてもいいよ」


 ここまでしてくれるお店が安い場所ではありませんし、そういう意味ではなかったのです……。

 仮に高くないと仮定して、目の見えない私をエスコートさせてしまうのは事前に伝えてあったとしても無理をさせてしまったのではないか、と気が気でなくなってしまいます。ただでさえ、日ごろ迷惑をかけてしまっているのは私なので、事前予約をすれば大丈夫と口にされてもやはりそこは……。

 などと考えてしまっていると「大丈夫だよ」と先回りをされてしまいます。


「会話は君の声色と声量なら問題ないし、お店はそういうサービスも含めた専門店。僕も無理してるわけでもない。これは元々僕がやりたかったことだから、ね?」

「……ぐうの音もでないとは、このことでしょうか」

「あはは、君がこういう時何を考えるかはもう何度も聞かせてもらったからね」


 そこまで、態度に出てしまっていたのでしょうか。

 頬に触れてこわばっている口元があり、化粧が落ちてしまうことに気が付いて、慌てて手を退けました。

 出ているかもしれません。


「ははっ、あんまり気にしない方が良いよ? それで追い出されるのは本当にマナーの悪い人間だけだし、後ろ指刺されたとして僕は気にする必要はないって断言するよ。元々そういう人間だったら君を選ばない、でしょ?」

「……そのお言葉は素直にうれしく感じます」

「ありがとう。まあ、僕的には戸惑う君を期待してたけれどね」

「そういうところは直した方が良いかと」

「お互い様。マナーがあやふやだったら僕が食べさせてあげよっか」

「むっ、私は子供じゃありません」

「これは失敬、お嬢様」


 子ども扱いするような……いいえ、どちらかと言えばからかうための言葉でしたが、見えない、と言っても、そこまでの補助が必要なわけではありませんので、はっきりとお断りさせてもらいました。


「まあ、冗談はいいとして……本当に気にしないで。僕としては君と一緒にこういう料理も頼んでみたかったんだ、楽しんでほしくてね」

「はい、そこはお言葉に甘えます。……あっ、お酒は出ていませんよね?」

「うん。仮に飲みたいのなら家で飲もうか。君はちょっと、その……」

「その先は怒りますよ?」

「おっけー、分かってるって」


 緊張に包まれる中、私は彼の言った通り、料理を楽しむために必死でテーブルマナーを思い出すことになりました。

 そのまま何事もなく、そして会話をすることもなく、とても豪華そうな料理名と対応をされ、口直しのシャーベットが出されたあたりで彼は両手を組んで「それじゃ」と口火を切りました。


「そろそろ聞いてもいいかな」

「はい?」

「さっき本題はあとで、って言ったよね」

「ああ……。アントレより先に聞かれるなんて、思いませんでした」

「ふふ、君はその辺が好きだったからね。で、僕のメインの話の答え、いいかな」

「はい。正直なところ、このような場所まで連れてこられてしまうと、もはや脅迫では、と思ってしまいますが」

「脅迫はちょっと笑えないかな」

「ご自分のやったことを振り返ってはいかがでしょうか」 


 彼とはあまり公には言えない状況で出会った仲なので、なかなか笑えない話になってしまいそうでした。

 シャーベットをスプーンを差し込むと、指先にひんやりとした冷たさが伝わってきました。


「それで聞きたいことは何のことでしょうか」

「あはは、じゃあとりあえず、今日はどうしたの? って聞きたくてさ。あいつの約束では、もうちょっと、可愛く出迎えてくれるって期待してたんだけど」


 彼は言葉はどこか優しく――、しかし、それなりに怒っているのでしょう。声色には少し我慢している音が含まれていました。

 それでも怒気をこもらせないようにしてくださっているのが伝わってきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、動揺が指先に出て口直しのスプーンが食器に触れ音を立てました。


「申し訳ないことをしたな、とは強く感じています。ですが……」

「あっ、ごめん。怒ってるわけじゃないって言っても、たぶん分かるか。そうじゃなくて、今回のデートは楽しみじゃなかった?」

「っ、そんなことは……ありません。楽しみで、少々浮かれ過ぎていたほどだと自覚しています」

「なら良かった。でもそれならどうしてゲームを?」


 理由を聞かれ、まともに答えてよいか迷ってしまう。

 元々彼に聞こうとはしていましたが、どうやらゲームで問題を起こすことが目的じゃないと分かってしまったので、このままあのゲームの関係者でもある彼に線をつないでも平気か、と思ってしまったのです。

 もちろん、彼には関係ないことかもしれませんが……極力、可能性を減らしておきたいのも事実です。

 なんとか誤魔化しきれないかと、少しだけ悩み、昔見た誤魔化しの必殺技を使うことにしました。


「ええと、『えへっ』?」

「可愛い。ちがう、そうじゃなくてさ」

「誤魔化しの必殺技は効かなかったでしょうか」

「ごめん、君が慣れない事をしてくれたのは嬉しいし、出来れば誤魔化されてあげたいんだけど、理由は聞きたいなって」


 やはり、当然ですが納得してくださらないようでした。

 あげくため息をつかれてしまったので、もう一度使うのは避けるべきと書かれていたのでまじめにお答えすることにしました。


「……実は、あのゲームの会社の方から、一つ、頼まれごとをされてしまったのです」

「頼まれごとにあのゲーム会社。それに君が僕との約束をすっぽかしそうになったってことはスピリティズム関係ってことであってる?」

「はい、その通りです」

「ふぅん、それなら今日僕の約束の前にゲームに熱中してたのは許してあげようかな」

「ん、そうしていただけると大変助かります」

「あはは、許すも何も、君がやりたいことを請け負ってその結果なら僕は何も言えないよ。むしろ応援する。それで?」

「あ、はい。実はその会社から園崎さんという方から直接接触されまして、極秘の依頼だから、とあのゲーム内で起こる初心者狩りについて調査してほしいと言われました」

「極秘、ねえ。それは僕に話しても大丈夫な事?」

「必要と判断しましたので、問題はないかと。今回の調査の協力を仰げるのはデュークさんとあなただけ。彼女は多忙なのもありますが、今回は――」

「もしかして、会社の方がきな臭い、かい?」

「っ、はい。でも、あなたの口からそう言われるとは思いませんでした」

「僕も伊達に君の恋人に立候補しているわけじゃないでね」

「……あまり、からかわないでください」


 止めたままだったスプーンを動かしてゆっくりと落とさないように注意しながらシャーベットを口に運びました。口の中にシャーベットの冷たさと薄い柑橘系の味、それに彼に打ち明けられたことで安堵が広がりました。

 依頼を受け、勝手に調査していたことを怒られてしまうかもしれませんが、正直、私は秘密が苦手なので隠し事が減ったので素直に負担が減ってくれました。


「ごめんごめん、実は会社の中でも動きがあったらしくてね、僕の方もちょっとゴタゴタしてたから。それかもね」

「申し訳ありません」

「ん?」

「結局、あなたに頼ることになりそうだったので」

「…………ああ、そういうことか。いや、気にしてないよ。それにただ僕の約束よりもゲームの方が大事なのかなって思ってる僕の方が心が狭いなって思っただけだし」

「私もご迷惑をおかけします。……会社の方は大丈夫でしょうか」

「平気ってだけ言っておくよ。今はとりあえず、在世に御馳走をさせてほしいな」


 彼はそういうと誰かを呼び、人が来る気配と「かしこまりました」とそそくさと店員さんが動く気配がしました。

 私のことを待っててくださったらしく、申し訳なくなるのと同時に、話を聞いていただけ他のもあって嬉しく感じてしまう気持ちを抱え、料理が運ばれてくる間もやもやとさせられることになってしまいました。



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