第三節「スピリティズム」ー2
少し場所を移動し、広場の中でもはずれにある石のベンチを使わせてもらうことにしました。
少年が座ったすぐ隣に腰を下ろしますと、恥ずかしそうに距離を開けられてしまいました。……やはり、見えてしまう人との距離感は難しい物があります。
個人的な思想に囚われていると、少年はじっと見上げられてしまいました。
あまり見つめられると照れてしまいます。
「なんでしょうか」
「お姉さんはどうしてこのゲームに?」
「…………」
「お姉さん?」
「ああ、いえ、珍しい質問をされたな、と思いまして」
「ご、ごめんなさい?」
「いえいえ、謝ることではない。私はそう思います。あなたは友達とゲームをするため、でしたよね?」
「うん。お姉さんはどうしてかなっておもって」
「……そう、ですね。すこしだけくらいお話になってしまうかもしれませんが、私は世界を見ることが出来ない人間です」
「せかいを見る……?」
「分かりやすく言えば、目が見えない、盲目という言葉が正しいかと思います。授業で習ったかもしれませんが、現実の外の世界を歩くためには白杖という杖を持っていないと壁にぶつかったり、道路に出てしまったりするんです」
「もうもく……それって、本当に何も見えないんですか?」
純粋な疑問であり、面白い話だなと個人的には感じてしまいました。
あくまで個人的なお話で、あまり全般的な適応をすべきではないと思いますが、私の盲目は後天的で、まったく見えなかったという訳ではありません。
だから、何も見えなくなった、という表現が一番正しい表現です。
本当に見えない方からすればファンタジーで、見える方からしても理解が出来ない世界。そう言う意味では、私は貴重な経験をしているとは思います。
……今は彼と話しているのを忘れてしまいかけました。
「はい。少し暗いお話しになってしまいますが。私の目は、いまだに外の世界を見ることが叶わずにいます」
「見えなくなって恐くなかったんですか?」
「ああ……。そう、ですね。見えなくなってしまった当時は少し怖かったかもしれません。ですが、私は見えなくなった白球を追い求めたわけではありませんでした」
「見えなくなった、はっきゅう?」
「はい。野球……。は分かりますか?」
「うん」
「あの野球のボールの事を白球と表現……言うことがあるんです。そのボールが、空高くに打ち合がると、青空の中に溶けてしまうように小さくなって、やがて見えなくなってしまう。それと同じように、私の目は段々と見えなくなっていきました。ですが、私はボールを追うこと――見えなくなったことを悲しいと思ったことはありませんでした」
「よく、わからないよ、お姉さん」
「……ふふっ、すいません、ほかの方と話すのが楽しくてつい……端的に言えば、目が見えなくても私は特に困ったことはなかった、と言えます」
嘘は言っていません。
見えなくなった当初、気を遣おうとする方々の息遣いや音、戸惑う気配を直に受け取ってしまう時は申し訳なさでつぶれてしまいそうでしたが、"あの人"が私の困らない気遣いの仕方をしてくださったおかげでずいぶんと楽になりました。
……我がままになった、が正しいかもしれません。
あの日々への懐かしさを覚えていると少年には不思議操作な顔をされてしまいました。
「ねえ、お姉さんってまだ見えないんだよね?」
「はい。現実世界ではまだ指で物を探したり、白杖で道を歩いたりしていますよ」
「どうしてゲームは出来るの?」
「いい質問ですね。それは私は後天的に目が見えなくなっただけなので、訓練をすればこの手のVRゲームはプレイできるかもしれない、そう考えて努力してくれた方々が居たんです」
「だから、お姉さんに会えたんですね」
「ふふっ、そうですね。だから、かもしれません。私はこの見える世界をとても好ましいと思っています」
「このましい、ですか?」
「はい、大好き……宝物に近い、でしょうか」
「たからもの……」
「少しだけ、私の我がままを聞いてくださったもいいですか?」
「う、うん。聞きます! なにをすればいいんですか!」
「ただ、私の独り言を聞いてほしいな、と。まだ誰にも言った事がない秘密の話です」
「聞くだけ?」
「はい、聞くだけです。……私は目が見えないことをデメリットや不具合だと思ってません。ですが、それでも……見えていたものを羨ましい、そう思ってしまうことは多々あるんです」
「もっと見ていたかった?」
「いいえ。見えなかったからこそ、今見えない物を欲してしまう……ない物ねだりという言葉が正しいと思います。だから、私はこのゲーム――"外の世界"を好ましいと思っています」
だから、このゲームの初心者狩りを調査する依頼を受けました。
このゲームはこの手のゲームが出来るようになり、デザインの資格を取って初めて"あの人"が持ってきてくれた仕事です。
再び"世界"が見えるように努力している中、"あの人"は度々「そこまで苦労しなくてもいいんじゃないか」や「君が辛い思いをする必要はない」と励ましてくださったのを私はずっと覚えています。
私は惚れられている我がままを使ってその言葉を何度も否定し、彼に協力してもらってこのゲームに協力したのです。
それもあって、このゲームは"あの人"との思い出でもあります。
でも……。
広場に集まる人たちの声が大きくなりました。何かと思っていましたが、ただ時間的にゴールデンタイムだったらしく人混みが増え始めているようでした。
ふと、少年を見ると彼はキラキラして私のことを見上げてくださっていました。
「好きなんですね、この世界が!」
「そう、なんでしょうか。正直なことを言ってしまうと、私も私がよくわかっていません。それに、私がこの世界を好きになる資格があるとは思えていないのです」
「資格がない、ですか?」
「はい。目が見えなくなって、周りの方にたくさん助けていただいてしまっているので。私が好きなんて言うのはおこがましい……。いえ、いけないことなのではないか、とどうしても思ってしまうのです」
「そんな……」
少年の顔が曇ってしまい、遅まきながら自分の言動を反省しました。
ああ、これは大人としていけませんね。
先ほどもそうだったのですが、私にとって当然のことであっても、私の言動はとてもネガティブな印象を受けてしまうことが多々あります。
弱音のつもりはありませんでしたが、これ以上彼に弱音を聞かせてしまうのは――。
「そんなことないよ!」
少年がいきなり大きな声を上げられてしまいました。驚いた拍子に手も上げてしまいそうになり、その上に少年の手が重なっていることに気が付いて、二度、驚きました。
男の人に手を取られるのは人生で三度目の衝撃です。
いつの間にか、雑踏の声は聞こえなくなり彼の声がやけに耳に響いてきました。
「ご、ごめんなさい。急に大声出したりなんかして」
「い、いえ。少し驚いただけですから。でも、どうしてそんなことがない、と?」
「宝物を大事にするのは普通です!」
「普通、ですか」
「お姉さんにとって、外の世界って宝物っていってたから! だから、それは普通です!」
「……そう、ですね。その通りだと思います」
無くしてしまった宝物。目の見えない私にとっての"外の世界"。それをもう一度手に入れることが出来た私は、まだ幸せな人間だから、これ以上何かしら感情を抱くのは我がままだろうと、感じてしまいます。
それは元来の性格で、直せるものでもありませんし、悪いとは思えません。
ですが、彼のような方のためにも今回の調査はまじめにしないといけません。
ついつい、乗せられている手に意識がいき、温かさは感じませんが温かい言葉を選べる少年の手は温かいのだろうなと思ってしまい……。
――あの人以外に手を取られて嬉しいと思ってしまいました。これは浮気ですね。
普段はされない行動で気持ちが高ぶってしまい、つい少年の手を持ち上げていたずらをしてあげたくなってしまいました。
「でも、女性の手をいきなりつかむのは、少しおませさんですね」
「あ、ごご、ごめんなさい!」
「ふふ、いえ。とても勇気をもらってしまいました。ありがとうございます」
「そんな……」
恥ずかしそうな彼に少しばかりの勇気をもらってしまい、自分にできることをやらねばならない、という思いが強くなりました。
* * *
その後も少しおしゃべりをしていると、私のアラームが鳴り、調査の準備をしている時に起こされてしまいそうな時間になってしまいそうでした。
ほかの方と話すのが久しぶりだったので少々はしゃぎすぎたようです。
「そろそろ時間みたいですね」
「え? あ……こんな時間……」
「結局、ゲームのことを何も教えてあげられませんでしたね」
「あはは、本当だ」
「ではこれからも連絡を取れるように、フレンド登録をしましょうか」
「フレンド登録、ですか?」
「はい。また連絡を取れるように、お互いの名前を登録するんです。ただ、私が使っているのは違う名前なので、昔の名前に送ってもらうことになりますけど」
「は、はい。ぜひ、お願いします」
新しい友達、と言いますか。こうして喋ることのできる人が増えるのは純粋にうれしいものです。取捨選択が必須なのがネットの痛い所ですが。
こうして、私の友達が一人増えました。
そう言えば……、フレンド登録の際、登録するための名前を見て思い出したのです。少年に自己紹介をすることを。
次に会った時、ちゃんと名前を教えてあげないと、今更ながらに反省してしまいました。