第二節「来客」
唐突なのですが、私がさせてもらっている仕事はゲームデザインというお仕事です。主に難易度やその他装飾やら、演出に近い立ち位置での仕事をフリーで受けさせてもらっています。
本来は作品の会議に出席し、作業の工程が少しだけ違うと思います。
得に違うのは、作業風景、でしょうか。
目が見えない関係上、パソコンのデスクトップを見るのではなく、特別なモデル作成ソフトを起動したパソコン前に座り、空中にペンや指先を走らせるのです。
描く、というよりも人形を作る作業に近い、でしょうか。
真っ暗な空中に映し出された人間や異形のモデルに、自分で創作した服や武器を足していく、と言った作業に、アイテムや装飾のテキストを他人の目から見て修正案を出す、そういうお仕事です。
さすがに色まで乗せるのは難しいので、色のイメージはメモ書きと口頭で伝えさせてもらっているのですが、コストの問題でなかなかお仕事をもらえないのが最大の難点、でしょうか。
それに目の前にそう言ったものを映し出す、となると、今朝から使っている技術も使いますので、一日でやる時間を制限させられてしまうのが、目下の悩みどころでした。
* * *
今日は"あの人"が来る、と言うことで早め退散した明日華さんに感謝をしながら仕事のデザインをしていました。
デザインと言っても、ゲームデザインの延長線上であるキャラクターや町の雰囲気作りをフリーで請け負っているだけ……強いて特異な部分を上げるとすれば、仕事風景でしょうか。普通はイラストソフトを立ち上げ、そこにイラストデザインを上げたり、テキストを用いた説明用のプロットを提出するという形になると聞いていますが、私は少しだけ違いました。
これも"眼鏡"の機能のおかげなのですが、起動したパソコンで特別なモデル作成ソフトを使い、危険がないように椅子に座ってそのモデルに服やアイテム、武器と言ったものを足していきます。
色も私のおぼろげな記憶頼りの着色になるので、イメージを伝えると奇抜な色合いだと喜ばれる方も多いのだとか。
雑念に包まれながらも作業を続けていると、ふいに部屋の片隅に設置してあるチャイムの音が私を現実に引き戻しました。
「もしかしてもう"あの人"が来てしまう時間だったでしょうか……えっと、玄関カメラはたしかこのアイコンで……・」
作業データを保存してソフトを落としてから玄関カメラを起動すると、真っ暗闇の中に玄関先の映像を映し出してくれました。
待たせてしまっている相手を見るために、起動されたカメラを操作して左右に振る。
そこにはのっぺらぼうのお化けが立っていました。
……いえ、正確には、データが登録されていない人が立っていた、というべきでした。
紺色に近い色のスーツのデータを身にまとったマネキンのようなポリゴンモデルが玄関先に立っているのです。
データに登録されていない方は不用意に開けないように、と"あの人"に念を押されていたので、手癖で解除しようとした鍵から手を放しました。
過保護だと憤りそうになり……そういえば他人に対して無頓着なところは気を付けてほしいと散々言わてしまったので、きっとその方が良いのかもしれません。
警戒しながら椅子から立ち上がり、壁に沿って玄関カメラの本体まで歩いて音声のボタンを指先で確かめてから押し込む。
「お待たせして申し訳ありません」
『ああ、よかった。留守なのかと思いました。突然申し訳ありません。私――社の園崎と言います』
カメラ越しなので、電子音が混ざってはいましたが、声からして女性、でしょうか。
ボーイッシュな声、というわけではなく、ちゃんと息遣いも声の出し方も女性なので、間違いないと思います。
観察していますと、カメラに見えるよう胸元にある何かを差し出され、違和感を覚えてしまいました。
数秒程待っていると、差し出された物をカメラが認識し、知っている会社名の社員証が映し出されました。
先ほど明日華さんとの話題に出た"スピリティズム"と言うゲームを作ってくださっている会社の方、でした。登録されていないものは映し出されないはずなので、社員証自体は本物です。
「ええ、はい。……園崎、さんですか」
「はい。こちらのお宅は花菱さんであってらっしゃいますか?」
「カメラ越しで申し訳ありません。何の御用でしょうか。メールでは知らされていないのですが……」
「あれ? おかしいな……。連絡はいっていませんでしたか?」
「ええ、先ほどまで作業をしていたので気づかなかったわけではないはずです」
「……もしかしたら連絡ミスかもしれません。実は今日、少し特別な用件で直接こちらに出向かせていただきましたので」
園崎……。聞いたことのない名前でしたが、玄関の先には門があるので、ちょっとやそっとの事では超えてくることは出来ません。
警戒はしつつも玄関の戸だけを開いて対応することにしました。
「申し訳ありません。とりあえずここで、お話を聞いても大丈夫でしょうか」
「ええと……、はい、まあ大丈夫だと思います。多少聞かれたとしても分からない話題だと思いますので」
「ありがとうございます。……ああ、玄関先ですみません。何の警戒心もなく外に出るのは不用心だととある人にも注意を受けてしまったので」
「いえ、結構です。そんな長い話でもありませんので。……あの、大丈夫ですか?」
「はい?」
「ずいぶんとお悩みのようでしたので、もしかしたら調子が悪いのではないかと」
「……ああ、はい。おかげさまで、調子はいい、と思います」
「そうですか。それは良かったです」
やはり、彼女とのやりとりに少し違和感がありました。
カメラも使わず、オンライン上でのやり取りがメインなうえに開発関係者の方は優しくしてくれているのですが……。
なんというべきでしょうか、目の事を知っていただいている方特有の配慮の仕方ではなく……なんというべきでしょうか。無遠慮、無作法……配慮がない、でしょうか。
そう、配慮してくださっていないという絶妙な違和感です。
普通なら相手が目に見えるかどうかなんて判断はできないので当然なのですが"スピリティズム"の関係者の方々は私のことを知っているので、そんなことはありません。
一瞬詐欺師の方かと思いましたが、社員証は本物でしたので考えすぎ、かもしれません。
違和感に首をかしげていると「あの……」と困ったような声色が聞こえました。
「花菱さん?」
「ああ……。えっと、今日はどのようなご用件でしょうか」
「はい。実はスピリティズムというゲームのお話なんです」
「だいぶ、タイムリーな話題ですね」
「タイムリーですか?」
「先ほど雑談でそのゲームの話題が出たもので。そのお話とはどういった……?」
「ええ、実はなんですけど……花菱さんは今ゲーム内の街中で起きている初心者狩りの件について、ご存じでしょうか」
「一応存じてはいます」
本当にタイムリーなお話しでした。
一応、明日華さんの耳に入るほどなので、専門の情報誌やインターネットで調べようとは思っていたのですが、会社の方が直接と言うことは相当大きな事件なのでしょうか。
「その、事件といいますか、初心者狩りで何か問題があったのでしょうか? バットマナーであるのは間違いありませんけど……」
「はい、運営としても非常に心苦しい限りでして、花菱さんにもご協力いただけないかなと」
「はあ……ご協力の件は分かりましたけど、その程度であれば運営の方でどうとでもできるのではないかと。ゲームのサーバー側にキルログ……だれが、だれを、どこで倒したかと言う情報は残っているはずですし……いちデザイナーである私に声をかける物ではない、と思っているのですが……」
「それも含め、別の問題があるんです」
「別の問題、ですか」
「はい。実はこの問題、以前からユーザーの皆様に報告されていたのですが、運営の方で直接解決しようにもIDすら絞れずに困っているんです。本来であればログに残るはずなのに、表示もされず場所が場所故に報告してくださるユーザーデータから日本なのは確かなのですが……」
「報告がされている、と言うことはバグかなにか、と言うことですか?」
「ユーザー間ではそう言ったうわさが多いようです。ですが、人手不足でバグによるものか、特定ユーザーに起こる事件なのかの把握もできずじまいで……」
「ゲーム側では探すことが出来なかったということですか。それは……不思議な話ですね。どこで問題が起きているのかは、分かっているのですか?」
「主に初期スタート位置の周辺、とまでは。運営の方がも調査はしているのですが、いかんせん自分たちでも用意してるイベントやら準備やらで手いっぱいでして……」
「なるほど……。それで手を借りたいとゲーム関係者である私にも、依頼を、ですか?」
「はい、その通りです」
私に依頼する理由が納得はできませんが、とても不思議な事件であり、多少悪さをしている初心者狩りなのかもしれません。"眼鏡"を使ってこっそりメールリストを覗いてみますが、広告と業務連絡、そしてお仕事の依頼以外のメールは来ておらず、園崎さんの言うお仕事の話は触れられても居ません。
「……お話は分かりました。ですが、こういうお話は、メールでもよろしかったのではないでしょうか。社内メールを禁止しているわけではないですし、メールリストにも私宛があったと記憶しています」
「……いえ、その実は社内にきな臭い噂もありまして」
「きな臭い噂、ですか」
「はい。もしかしたら、社内の情報を売り渡しているのが居るのではないか、という疑惑がありまして。今回、運営が把握してないバグや仕様を使った安全圏のプレイヤーキラーが社外の人間と言うことも危惧して直接お伺いに」
「そう、ですか」
うまくはぐらかされて言う気がしなくもありません。知らない方が直接私に会いに来た事、噂が出た直後に私に調査の依頼が来たことも含め、色々ときな臭いお話ではあります。
こちらも"あの人"に直接聞いてみたもいいかもしれません。
「では、園崎さん。もう一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「はい! なんでもお聞きください!」
「どこで、私の事を知ったのでしょうか」
「……それはもう、開発のテストをしてくださる方として有名ですので。だいぶ遊んでいただいてるとか」
「ああ、それはお恥ずかしい……」
「何をおっしゃられますか。そのおかげで貴方にたどり着くことが出来たんです」
「そう、ですか……。運営のテストに参加していた社内の人間で、私のようなプレイヤーが調査するのに良い、と」
「はい! ああ、いえいえ! 出来ればもっと大きな噂になる前に処理をしたい、というのがこちらの本音でして……。普通の一般ユーザーの方に頼むわけにもいきませんし、社内からとなるともうほとんど人もいなくて……金額は後々交渉のメールを送らせていただきますので、どうかういけていただけないでしょうか……」
本当に困った、という様子でため息をついていらっしゃいました。よほどたくさん探していたらしい、というのは伝わる、そう言った疲労具合です。
事件の話が本当であれば手をお貸ししたいのはやまやまなのですが、この案件はこの方が言うほど、大きい事件にも思えませんでした。
運営側が直接動かない、というのも先ほど語った理由で理解は出来ます。しかし、一方でユーザーの問題を放っておくのは運営側の不利益になるのも確かでしょう。
話をお聞きする限り、事件の内容と園崎さんの認識に大きなズレがあるように思えて仕方がありませんでした。
対応しなければいけない案件ではありますが、極秘でとなると割に合っておらず、怪しいお仕事には間違いありません。
ただ……少しだけ、思うことはありました。
「……お金の件はともかく、あのゲームで悪いことをしている方は見過ごせないと、個人的には思います」
あのゲーム、スピリティズムは"あの人"の伝手ということもあって熱意を注ぎ込み、目の訓練という名目……ゴホン、訓練のために非常にやり込んで楽しんでいただけるように作ったゲームでもあります。
そのゲームで悪さをしている方は見過ごすわけにはいきませんでした。
「では! 花菱さんの方で受けて頂けるのでしょうか!」
「受ける受けないの話であるのならば、お受けしよう、かと」
「本当ですか!」
「はい。ただ、こちらで準備もしなければいけませんし、そんなすぐに、というわけにはいきません。それでもよろしいですか?」
「いえ、ありがたいです。詳細は先ほど伝えた通りになりますので、本日はとりあえずこの辺で失礼足します」
「はい、お疲れさまです。道中、お気を付けください」
園崎さんの姿が見えなくなる前に家に入り"あの人"がまだ来ないのをいいことに早々に部屋の中へと引っ込みました。
カメラの起動ボタンを押して、映像を映し、操作盤も同時に起動して、カメラの映像を玄関先から門の先を映してもらう。
彼女らしき人物の影を探し、彼女と思われる女性のモデルが完全に去ってから仕事場のパソコンをつけ直しました。