第一節「目覚めの暗闇」ー2
「本当にすいません、不器用なもので……」
「あはは、気にしないでくだっさいよ。見えてても難しいんですから、一から覚えていけばいいだけですから」
「はあ……」
「あっ、そうそう。そういえばなんですけど、在世さんってゲームはやってましたよね?」
結局自分だけでは手につかず、自分の不器用さに多少がっかりし、明日華さんにお化粧をしてもらっている中唐突にそう言いました。
こういう時、率先して話していただけるので、他の人の話を聞くのが好きな私としてはとてもありがたいです。
コミュニティ能力のお化けさんには頭が上がりません。
お化粧のために"眼鏡"の機能を切らせてもらっているので、今目の前に明日華さんの顔も自分のモデルも映っていませんので、どんなお顔をしているのかは把握出来ませんが。
「在世さん?」
私の返事がないことを心配したかのような声がはっきりと耳に届きました。
やはり、見えない方が慣れているので声を聞き取りやすくなるのは、多少不思議な気持ちになってしまいます。
っと、今は明日華さんの質問が先でした。
「はい? はい。そうですね。たくさんやってた時期もありますし、今も少しだけ楽しませてもらってます」
「さすがですね。じゃあ"スピリティズム"ってゲーム知ってます? なんか、オンラインのゲームらしいんですけど、超人気らしいっすよ」
「ああ、知ってるも何も……」
私も開発に関わっていたゲームです。
というのは、伏せておかなければいけなかったことだと思い出し、慌てて口をつぐみました。
* * *
明日華さんが話題に出した”スピリティズム”というゲームは、ここ数年で最も流行ったVRMMOの名前でした。
舞台は十九世紀のイギリスとフランス。今で例えるのならば、クラブに近いキャバレーと呼ばれる場所や、観劇。工業地帯に、霧やスモッグが街中に蔓延っている姿をモチーフにしたダークファンタジーの世界観です。
他のファンタジーに比べれば現代の色が強いと言われていまして、少々他種族やドラゴンと言った幻想的な概念を出しにくいので、そこはもう別作品で作らざるを得なかったのですが、それでも魅力的な世界観にしてもらいました。
なので、登場するキャラクターたちはどちらかと言えば現実チックな、それでも空想ファンタジーを出来るだけ詰め込んだ作品です。スチームパンクもあれば、コズミックホラーに、ミステリーも参考にさせていただいた世界観で度々そういった催しもあります。
そう言う設定が好きな、一部のファンの方々に愛してもらっている作品になっているはずです。
……ああ、これも説明しなければいけません。
どうして目の見えない私が関わっているのかというと、嬉しいことにこの"眼鏡"の開発したあの人伝で、そのゲーム内のデザインをやってみないかと"あの人"伝手でお話が回って来た時に飛びついてしまったのです。
イラストイメージは描けるようになるまで、ずいぶんと別の方にお世話になってしまいましたがそれでも楽しく仕事をさせていただきました。
衣装デザインや、ゲームデザインとして色々と関わらせてもらっているので、私が知らないというと、嘘になってしまいます。
そもそも、私も開発側としてですがゲームで散々遊ばせていただきました。
私のIDには開発用のデータも入っているので、一般ユーザーの方が追いつくまで、しばらく封印安定のデータもあるのですが……。
そういえば、前に試したデータがそろそろ実装される頃合いかもしれません。
まあ、そういうことなので、知りすぎているくらいにはそのゲームについて知っています。
開発関係のことは、守秘義務等があるので人には言えていませんが、この子から話題に出されるとは思いませんでした。
* * *
懐かしく思っていると、お化粧をしてるので目の前から「やっぱり!」という明日華さんの声が聞こえてきました。
「有名ですからね! うちはそこまでゲームが好きってわけじゃないですけど、あのゲームの雰囲気と衣装は好きっすよ。兄貴の会社で着せてもらった衣装が出た時はビビりましたけど」
「そ、そうですか」
知らないはずとはいえ友人にそう言った、その……褒めていただくのは予想外です。驚きと困惑、そして高揚が重なってよくわからない気持ちになってしまいます。
嬉しく感じていると思います、おそらく。
今言われた通り、本社でチェックする衣装のモデルとして明日華さんを推薦し、着てもらうこともあったので、もしかしたらそのうちばれてしまうかもしれません。
「あ、でもでもさっきのスピリティズムってゲーム。最近なんか物騒になってるっぽいですよ」
「物騒、ですか?」
「なんかゲームの中で悪質な……なんでしたっけ。ゴール前シュートみたいな名前の……」
「ぴーけーですか?」
「そうですそうです! よく分かりましたね……。それって何ですか?」
「えっと、プレイヤーがプレイヤーを倒す、身内もめ。みたいな表現の方が分かりやすいでしょうか。一応経験値は入るので、無駄ではないのですが」
PK――プレイヤーキラーはバッドマナー行為の代表例の一つでもある行為であり、あまり褒められた行為ではありません。
もちろん、ロールプレイと言うキャラになりきる一環で楽しむ方がいますが、度を過ぎると二度とそのゲームをプレイできない場合もあります。
あのゲームでは同じ人間が複数回にわたって同じ相手を倒し続けた場合は対応対象なのですが、明日華さんの口ぶりではどこか違うようにも感じました。
しかも、です。明日華さんのようにゲームをやっていない人間にまで知られているのは少々無視はできない規模なのではないでしょうか。
「へー。それが流行ってるって言うか、そう言うのがあるってネットで見ましたよ? なんか、街中で初心者の人を狙いまくってるって」
「街中の初心者ですか」
「そうそう、それで萎えちゃってる人もいるーとか、うちはよく分かりませんけど」
明日華さんの話が奇妙に思えて首をかしげてしまいそうになると、明日華さんにすごい力で水平に戻されてしまいました。
申し訳ないとは思いつつ、ついゲームのことに思考を飛ばしてしまいます。
噂話とはいえ、あのゲームは街中では特定の場所を除いて、設定を切っていなければ、町の中での戦闘は起こせないはずです。
一応ゲーム内の仕様で不可能ではない場所はありますが、そんなに狙って起きないはずなのでその可能性でもないとなるとバグか何か、なのでしょうか。
黙ってしまっていると、黙々と作業をしてた明日華さんが「あ、そうだ」と声を上げられて、現実に引き戻されました。
「ゲームで思い出した。その話で兄が本気で心配してましたよ?」
「あの人が、ですか?」
なぜ突然あの人のことが出てきたのかわからず、聞き返してしまいました。
あの人は明日華さんの兄弟です。話自体は不思議ではないのですが、ゲーム関係の事で何か話題に出るようなことをしていたでしょうか。
「ん、たしか在世さん。その手のゲームばっかりやるから、脳に負担がかかってないかって心配してたっぽいですよ。ただでさえ実験運用で負担かけてしまっているから、とかなんとか」
「ああ……」
どうやら、私関連の事だったようで納得しました。
心配のし過ぎ、と一瞬思ってしまいますが、最近のVRレベル映像になると、脳に映像を直接転写するのとほとんど変わらず、一般の見るゲームに比べれば負担はそれなりには大きくなりますので理解は出来ました。
「当面は体調も良い方なので、大丈夫だとお伝えくださいませんか。私から口にするのも、なんといいますか」
「伝え辛いです?」
「はい。少し……いえ、かなり。私の口から直接言うと、無理をしていると思われて余計に心配をさせてしまいますので」
「りょって感じです。……にしても、本当なんですね」
「はい? 何がでしょうか」
「信じられないですよ、あの兄が心配するなんて」
「ふふっ、明日華さんとしては評判通りの冷血漢さん、ですか」
「ええ、それはもう! 在世さんを心配してるっていうのも口だけで、実際は心配してないんじゃないかって疑ってるくらいですもん」
そんなにひどい人ではなかったと思うのですが、気のせいだったのでしょうか。
触れてくるときも声をかけられますし、こけそうになった時は私の体の負担にならない場所を選んで受け止めてくださいます。
むしろ、人のことは良く見てくれる方だと思っていたのですが、ここまで言われるということは私の人を見る目が間違っているのかもしれません。
「そんなに酷い人ではないと思いますよ?」
「いえいえ、冷血なロボット人間ですよあれは。あー、でも、ロボットのほうが温情があるかもですねあれは」
「はあ、そうなんですか」
「そうですよ。……あ、でもすみません、兄のお相手にそんなネガティブなことを言っちゃって。介助士失格だなーって」
「はい? ……ああいえ、気にしないでください。お二人の仲がよろしくて、常に喧嘩をしているのは知っていますので」
「む、なんか心外な評価をいただきましたね」
「ああ……。では先ほどの件で天秤を平等にしていただけると」
「りょって感じです」
しかし、周りのあの人への評価を聞いていると意外に思ってしまいます。
明日華さんの声からはどこか親しみの色も混じっていますし、辛辣に言い合えるということはお二人の兄弟仲が良いという証拠なのでしょう。
少し……明日華さんに嫉妬して居るんでしょう。仲が良いお二人を見るとほほえましさと悔しさを多少覚えてしまいます。
私は心が狭いのかもしれません。
「………。あっそうだ」
そういえば、今の悔しさで大事なことを思い出しました。
そう、私はさきほどから仕事部屋のパソコンの電源をつけたままにしていた、という事実に。
大層なことではないと分かっていますが、人間とは不思議なもので思い出してしまうとあれもやってみたい、これもやってみたいと次々に思い出して、居てもたってもいられなくなるものです。
私も例外ではありません。
「あの、明日華さん」
「はーい? あ、そわそわしないでくださいね。アイラインがずれるとすごく痛いですよ。付けまつ毛ほどじゃないですけど」
「は、はい。見えなくても痛みはあるので……。ではなく、えっと、すこし早めにしてもらうことはできるでしょうか」
「え? 一応できますけど……兄以外との用事っすか? スキャンダル?」
「いえ。あの、仕事用のパソコンを、間違えてつけてしまったので。どうせなら新しい仕事をしたいな、と。電源を付け直すのは時間も負担も大きいので」
「あー、それでそわそわしてたんですね」
「だめ、でしょうか」
「仕事熱心なのはいいんすけど、今日は兄との約束でしたよね? それならもっと可愛くした方が嬉しいと思いますんで、我慢してくださいねー」
あの人が嬉しいと思っていただけるのであれば、たしかに我慢するのも一興です。
どうせなら褒めてほしいと思うのは我が儘だと思っていますが、私もその気持ちを手放すのは難しいようで、ぐっと我慢しなければという思いが強くなります。
「それに、在世さんは肌の保湿良い感じですし、お化粧のノリもいいんですから、ガッツリ盛らないと。うちじゃ出来ないこともできるんで、今日はとことん教えてさしあげますからね」
「……お手柔らかにお願いします」
結局、いろいろと教わりながらもずるずるとお世話になりっぱなしになってしまいました。
その後も、料理も教えて頂いたりして、夜に化粧落とし等の必要事項のためにまた来ることを約束していただいて、約束の時間まで仕事部屋にこもることにしました。