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第七節「ランカー」


 園崎さんと思われる方はしばらく私を睨んできていましたが、彼女は観念したのかため込んでいた息をはきだしました。


「……なぜ、私が犯人だと思ったの?」


 前回お話した時とは違う声色、電子音こそ混ざっている物の最初私と出会った時とほとんど同じ声でそう言われました。

 私の推測が間違っていなかったことに一安心し、彼女の疑問にお答えする。


「申し訳ないと感じつつも、この数日、伝手を使って色々調べていただきましたので……その情報を照らし合わせた結果、犯人になりえるのはあなただけでしたから」

「っ……知ってたらやらなかったのに……。あなたはいつから私を疑ってましたか? 正直、証拠はないって思ってたのに」

「一番最初におかしいな、と思ったのは私に初心者狩りの依頼をされた時でした」

「そんなに最初から?」

「最初からです。先ほども言った通り、アンチ行為にしては規模が小さいんです。しかも相手は"魔力を含む霧"の隠し効果と時間を知っている方……。つまり、ゲームプレイをちゃんとしている方であり、社内情報を知っている必要がありました」

「……ほかには? あなたの家には複数人出入りしてた、顔を確認するにしたってあの中の人が可能性があったんじゃない?」

「否定はしません。ですが、私の事を知らず、ここ最近で会いに来た女性はあなたを含めて知り合いの侍女さんしか居なかったもので……絞り込むというよりは必然的にそうなってしまいました」

「ああ……。迂闊……」

「迂闊ついでにもう一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「なに? どうせ家もばれてるんでしょうし、この際だから色々聞いてください」

「ください……? えと、私を知る理由を知りたいな、と思いまして。色々考えたのですが、あなたか、それともあなたに依頼した人か、私のことを探る理由が思いつかなくて……」

「分からない……。私は顔を知らない社員の顔を確認したいって、霧の情報とあなたの住所を教えられただけ。あなたみたいな有名人が中身だなんて知らされなかった」

「……有名ではありませんよ」

「そんなわけがない!!!」


 驚くほど大声で否定されてしまいました。


「初期のころからこのゲームで魔法使い職をソロでプレイする攻略と知識を動画として投稿してる対人ランカー! ボスのソロ討伐に服の作り方! 皆マネしてた! スキルの無敵時間や使い方まで全部記録として残してるあなたを知らないわけがない!」

「ファンの方、だったんですか?」

「ファンなんてもんじゃない。あなたが教えてくれたからこのゲームをやっていたに近いのに、私はなんてことを……!」


 頭を抱えて身もだえしていらっしゃいました。

 このゲームには対人要素として闘技場が用意されたフィールドがあります。そこではスキルの練習だったり、レギュレーションを設けた対人戦があり、局所的に盛り上がりを見せています。

 園崎さんの言う通り、恥ずかしながら私の名前も載っています。

 動画は初心者の方が使えるようにと残していただけなのですが……。


「お恥ずかしい限りです」

「信じられない。当時も運営側の人間だって噂があったけど、本当にそうだったなんて……知ってたらやらなかったのに……!」

「それは、申し訳ありません。何分、知り合いに顔は絶対に隠せとうるさい方がいらっしゃったので……」

「信じられない……あ、あの! 私、知らないで協力をしてしまって……悪いとは思ってたんですけど、この後、どうなるんでしょうか」

「その件につきましては、もう結論があるんです。この数日、運営の方とお話をしまして」

「運営と? はっ、まさか私の処遇でも決めてたの?」

「いいえ、どちらかと言えば喜ばしいご報告になるかと」

「喜ばしい?」

「はい、実は今回の事件、サプライズイベントとして実装させていただくことになりました」

「サプライズ、イベント……?」

「はい。ネットで広がっている中では初心者狩りの話題もゼロではありません。ですが、幸い名前と顔が知れ渡っておらず、話題としてもそこまで大きいと言えるものじゃありません。なので、こちらでもあなたに取引を持ち掛けたいな、と思いまして」

「ま、待ってくださいそれ、どんなイベントに……!」

「このお話は今回の事件とはあまり関係ないのですが……」

「いいです! ぜひ聞かせてください! どうせ、誰も見てませんし、ね?」

「……この町は霧が舞台の町です。ゴシックテイストの建物群にガス灯が光る霧の町で、初心者の方が狩られた……となれば、利用できる題材があります。実際に存在したと言われる殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。あなたをそのキャラに見立て、特別な素材が出るイベントに仕立て上げようかと」


 ジャック・ザ・リッパー――その昔、霧の都と呼ばれるロンドンを脅かしたと言われる殺人鬼。当時のロンドンの世界を好きだという方に知らない方は居ないと断言できるほど有名な事件です。幸い、園崎さんが起こした初心者狩りはよくある類の初心者の知識不足として語られている上、顔もIDもさらされた形跡はありませんでした。なので、上手く運営の方の会議が進めば来年には実装されるでしょう。

 園崎さんはやられた、とでも言いたげに頭を抱えくすくすと笑われました。


「私がその"ジャック・ザ・リッパー"ってことですか?」

「そうなります。そうなるにあたって、あなたにお願いが幾つか」

「お願い? あなたが?」

「ええ、まあ。私というよりも私に関係のある事です。この件の調査に協力した頂けくわけにはいかないでしょうか」

「協力ですか?」

「はい。格好良くあなたを捕まえたのは良いのですが、あなたに依頼したであろう黒幕の方には届いていません。なので、その方を見つける協力をしていただけると、こちらとしても――いえ、私の大切な方が喜ぶのでご協力いただけないかな、と」

「……………………。あの、一つだけ、お願いしても、いいですかね?」


 ずいぶんと長い沈黙の後、恐る恐ると言った様子で人差し指を立てられてしまいました。

 様子からして厄介ごとではなさそうです。


「なんでしょうか」

「あなたの本気、見せてくれませんか。動画では拝見していましたが、実際に一度、この目で確かめてみたいんです。私は仕事の延長線上とはいえ、初心者狩りをしました。なら、それを成敗するのは玄人と決まってるじゃないですか」

「……若干私情も入っている気配がしますが、かまいませんよ。そうすれば、色々お聞かせしていただけますか?」

「お約束します。住所もばれているようですし、逃げも隠れもできません」

「出来ない、というのがポイントですね。……そうですね。このまま初めても構いませんが、少しだけ待っていてくださいね」


 本気でお相手ということでしたのでインベントリを開き、本気の装備を選んで装備していきます。武器は……今回は要らないでしょう。

 装備したアイテムが実体化されていく中、それを見守っていた園崎さんから「おお!」という驚きとは違う声が聞こえてきました。

 一通り装備を終えると「本物……」


「全身につけている白い装備にランカー限定の装備品まで……! 本物がここに居る……!」

「はい、本物です」

「最近見なかったのに本物がここに……。嬉しい……」

「ああ……申し訳ありません。最近はアルファテスト……公開前のバグチェックとかをしていたので、公開するわけにもいかなかったので。闘技場も使ってはいけないスキルを使ったら危なかったので」

「せっかくこの仕事がいい機会だから辞めようと思ってたのに未練が……」

「そういうもの、ですか?」

「そういうものです! ネームドプレイヤーに会えて嬉しくないファンなんていません!」


 私がやっていた時期はそういうことがなかったので、そういうものなのでしょうか。

 一通りの装備を終え、ウィンドウの中からPVP専用の項目を選び、目の前の園崎さんを指定すると、秒で承認され、お互いの名前と体力バーが頭の上に表示されました。

 お互いに初手スキルが届くか届かないかの距離を取り、園崎さんが短剣を構えました。


「それでは……」

「お手柔らかにお願いします」 

「手加減はしません!」


 そう叫ばれ、前回と同じようにクロススラッシュを構えて突っ込んでこられます。前回と同じように避けようとし、園崎さんが口元で何かをつぶやくのが見え、慌てて後ろに飛ぶファイアではなく前に移動する雷魔法に切り替えました。


 全開と同じようにクロススラッシュを放った瞬間に合わせ、体が突っ込んでくる園崎さんをダンスを踊るように回転しながら前に出て、降ってきた雷を誰も居ない目の前に落としました。後ろにいる園崎さんに視線を合わせると、園崎さんの体が赤いオーラに包まれていました。

 赤いオーラは炎の攻撃を反射するフレアリフレクトのエフェクトです。やはり、炎を避けて正解だったようです。


「さすがに読まれましたか」

「前回と同じなのに自信満々に突っ込まれてきたので……」

「正解です!!」


 明らかに何か仕掛けてきそうだったので、振り返らずそのまま前に転がって距離を取ると、私が立っていた場所で風を切る音が聞こえ、相手を視界にとらえるために低い姿勢を維持して振り返ると、短剣を構えている最中の園崎さんがいらっしゃいました。

 魔法を使って来ると思われていらっしゃるでしょうから、今度はこちらから攻めることにしました。

 走り寄りながらウィンドウを操作し、持ち物の中から武器を装備し、武器が実体化を待たずそのまま振り下ろす。

 ガイン、というこのゲーム特有のSEが鳴り、私の武器――退魔の剣と呼ばれる近接武器を止められてしまったようです。

 交差した剣と短剣の下で、園崎さんが興奮したように目を輝かせていました。 


「っ、剣! やっぱり使えるように筋力を上げてあるんですね! 動画みたいに!」

「ロマンですので。……覚えていてくださって光栄です」

「それにしても、退魔の剣なんて、どれだけ上げてるんですか!」

「相応に、です。魔法はスキルレベルで頭打ちなので、こういう時は便利ですよ」

「でも、受けられたときはどうするんです、か!」

「こうします」


 自由なもう片方の手を園崎さんに向け、上位の魔法スキル滞留と爆発系の魔法を同時に使いました。

 滞留は無敵時間と発動するまでの時間、威力を減らしストックできるスキルなのですが、溜めている間MPを徐々に消費するので非常に燃費の悪いスキルです。

 間髪入れず、滞留を解放しお腹めがけて突き出しました。

 さすがによけきることは出来なかったのでしょう、被弾エフェクトが舞い上がり、爆発でお互いの体力が削れて大きく距離が離れました。


「驚きました、滞留とはいえ今の魔法で半分しか減っていないということは、ずいぶんとレベルを上げていらっしゃるのですね、感心です」

「あはっ、さすがにレベル差が……。今の距離を開けるためにやりましたね? わざわざ自爆ダメージまでくらって」

「ええ、まあ。いくら剣を仕えるとはいえ、あの距離は魔法使いには不利なので」

「っ! でも、こっちは盗賊ですよ! この程度の距離なら!」


 園崎さんは短剣を構えると、一気に駆け出し距離を詰めてくるようです。けん制のために連打系の魔法弾スキルを使います。しかし、攻撃を避けることよりも距離を詰められる選択をされ、振り下ろされる短剣に対処せざるを得なくなりました。

 一回、二回……。防ぐうちに頭痛がし始め、いなせない攻撃が出始めました。デバフを付与するのが主目的の短剣系武器なので減り自体は少なかったのですがそれでも確実に体力が減り始める。


 ――まずい、ですね。デバフ系は装備効果で時間が短くなりますが久しぶりに近接を使うと頭が……。


 長引くのはまずいと戦いながら魔法を差し込もうかと考えていると、園崎さんが攻撃の手を止めバックステップを使い距離を開けられました。

 ふうと一息つき、園崎ささんに話しかける。


「何か問題でもあった、でしょうか」

「反応速度がさきほどよりも落ちています。なにかあったのでは?」

「冷静、ですね。ファンの方なら興奮や必死さで見えないと思っていたのですが。……それに、わざわざ対人戦闘をしている人間にかける言葉ではないと思いますよ」

「私は全力のあなたが見たかっただけです。何があったんですか」

「正確には何もありません。ですが、仕方のない部分はあります」

「仕方がない、ですか?」

「私は元々、リアル世界では目が見えない人間です」

「なっ!?」

「ですが、この世界……ゲームの世界では物の形や色を見ることが出来ます。動きを捕らえること自体問題はないのですが、目を閉じてもデータは送られてきてしまうので、慣れないことをする負荷がかかるのです」

「だから、反応が遅れてるんですか」

「はい。これが理由で私は対人戦のランクで上位を維持するだけで精一杯です」


 もちろん、仕事や"あの人"とのデート。リハビリや隊長の問題など色々ありますが、それでも反復が必要な反射神経等で差がついてしまうのは仕方のない事です。

 私の説明に園崎さんは短剣を下げてしまわれ、最初の時のように肌に嫌な霧が張り付き始めました。


「……どうして、そこまでしてこの手のゲームを?」

「どうして、ですか?」

「どうやってこのゲームをとか、如何いう理由でとかはこの際どうでもいい。でも、それほどなら諦めたっておかしくない。私だって仕方ないと言います。なのに、なんであなたはここまでゲームに熱中を?」

「…………どうして、でしょうね。私も分かりません」


 本当の事――私がどうしてゲームの関係者になったか。私がどうして目が見える訓練をしようと思ったのか。正直、他人に話すのは恥ずかしいと思ってしまうので、そこはぼかすように言いませんでした。

 肌にまとわりついたような錯覚の霧を袖で拭う。感触はしませんでしたが、鎧がコツンと当たって、拭えずに終わりました。


「ただ、手の届く範囲にある物を手に取らないのは……やはり、届かなかった人に申し訳ないと思った。だから、せめて届くものは手に入れようと努力した、と言いますか」


 ああ、そういうとなかなかにしっくりするものがありました。

 元々他人に何かをさせてしまうのが申し訳ないと思う性格でした。少し違うかもしれませんが、届かない物を他人が捨てているのはどうにも、釈然としない思いがあった、というべきでしょうか。目が見えなくなり、あの人が私を気遣ってくれるようになってそれを顕著に感じるようになっていました。

 だからこそ、私が出来ることは他人にも伝え、出来る限りのことをしようと思っている節はあります。


 拭えなかった霧の感触はいつの間にかなくなっていました。

 なるほどと勝手に納得していると、園崎さんは姿勢を正し大きくお辞儀をされてしまいました。


「教えてくださってありがとうございます」

「……いえ、それほど大したことはお教えしていません」

「いいえ! あの、それならこれで終わりにしましょう。私がどこまでやり込んだのか、見てくださいますか!」

「……はい、開発者としてもどこまでやり込んでいるのか、見届けたいと思います」

「っ、ありがとうございます!! ――スキル、半獣化!!」


 そう叫ぶと園崎さんの体、アバターの姿が徐々に獣の姿へと変化していく。

 人間の耳が徐々に頭の上へと上がり狼のような耳に変化し、私を睨む牙へと変わって腕や脚も服の下でもこもこの毛皮に切り替わっているはずです。


 このゲームには幾つか発声しないと使えないスキルが存在し、どれも最初の恥ずかしさを超えればとても強いスキルがあります。

 彼女が使ったスキルもその一つ……『半獣カ』のスキルはこのゲームに存在する特定種族のクエストをクリアすることで取得できる身体能力を一定時間上げる変身系のバフスキルです。

 高難易度のクエスト進行度によって獣化できる部分が増えていくのですが、どのクエストも難易度が高く、私のレベルまで上げておかないと上位スキルにたどり着きません。あそこまでケモ度が上げるのも、それなりにやり込んでいないと実現できません。

 嬉しい限りでした。


 そして、園崎さんは獣のように身をかがめ、短剣の片方を口に咥え三つの足で地面に構えました。


「これで! 最後の挑戦です、ランカーさん!! 目の件、話したことを後悔してください!」


 次の瞬間、園崎さんが放たれました。

 弾丸が銃口から飛び出すが如く、目にもとまらぬ速さでその場をかけだし、まさしく放たれたという言葉がピッタリなさまでした。

 普通に考えれば対処などできないスピードでした。

 ですが、私は先ほどの爆発魔法で大体のステータスを読み、半獣化によるバフの効果量も知っています。


 申し訳ありませんが、この手のスキルを使う時の弱点を突かせていただくことにしました。


 彼女が叫び、走りだそうとしたに合わせ、身体を半歩ほど横にずらして剣を振り上げると、すぐ目の前に園崎さんが短剣を突き出した姿勢で固まっていました。

 スキルの反動と体のスピードに脳が追いつかなかった時の反応です。


「え? いない……」

「こちらです」

「っ、な、避けて――!」

「この距離、そのステータスで半獣化を使うと、人の目では動きを捕らえられず、こうして半歩横にズレただけで、避けられてしまいます。次の機会があれば覚えておくと対処できるようになりますよ」


「はっ、やっぱりあなたはすごい……!」


 この対人戦に幕を下ろすため、私は持っていた退魔の剣を振り下ろしました。



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