8 ミスリル
最初にミスリルの武器屋を覗いてみた。
王都からの客が訪れる名店なので、普段は上級冒険者達で賑わっているのだが、上級冒険者達が出払っているこの時期は、閑古鳥が鳴いている。
店主は店の奥の帳場で暇そうにしている。
店の中に並んでいる武器を見て回る。
ミスリルは高級品だ。
僕の持っているミスリルのナイフは、冒険者となった記念に父さんと母さんから贈られたものだが、同じ物が金貨五枚で並んでいる。
駆け出し冒険者の必須武器なので、これでも比較的値段が抑えられているようだ。
刃渡りがナイフの倍ある短剣や槍の穂先は、金貨三十枚の値札が付いている。
剣や斧に至っては、金貨百枚なので当分手が出ないだろう。
勿論中古品も扱っている。
目安の使用回数が表示されており、使用回数に応じて値段が設定されている。
百回が使用回数の目安なので、五十回程使用した物は半額、七十五回使用した物はさらにその半額の値段設定が標準になっているようだ。
ただ使用回数が百に近い物は値段が暴落するらしく、使用回数が九十五回を超えたミスリルナイフは、銀貨一枚で売っている。
百回はあくまでも目安なので、魔獣との戦いで使えなくなったら、一瞬で命も一緒に消える可能性がある。
たぶん普通の神経だったら、恐ろしくて使えないだろう。
案の定、そんな品物は埃を被って山積にされている。
ただ、もし籠っている魔力を吸い取れたら、物凄くお買い得だ。
銀貨二枚のミスリル剣を吟味しながら迷っていたら、店主が声を掛けて来た。
「お客さん、この町は初めてかい」
「・・・いいえ、北区の者ですが」
「なんだ、そんな物見てるから、てっきり外者かと思ったよ。念の為に言っておくが、野獣相手に使おうと思っても、急に駄目になるぜ」
初めて聞く話だが、野獣の体内にも魔力は溜まっている筈なので、納得できる。
「すいません。駄目になったミスリルの武器って見たことないんですが、どんな風になるんですか」
「ああ、なるほど。北区の連中なら使い潰すような真似はしないからな。見せてやるよ、こっちに来な」
店主が店裏の鍛冶場に案内してくれた。
炉の火も落としてあり、鍛冶場は静まり却っていた。
「今年は上級の連中が戻るまでは火を落としているのさ。お隣への人殺し用の武器輸出で、炭や石炭の値段が高騰しているからな。領主は森を伐採して炭作りを急がせているが、森を荒らして、魔獣のスタンピードが起こらなければ良いんだがな」
鍛冶場の奥には倉庫があり、炭と虹色に輝くミスリル鉱石が山積まれている。
その一画に、ミスリル武器が無造作に山積されていた。
「これが使い切ったミスリル武器の成れの果てさ。これんなんか大型魔獣用の特注品で、白金貨一枚の品物だったんだぜ」
山積されているミスリルの武器は、全て奇妙な形に折れ曲がっている。
「触ってみろよ。驚くぜ」
見た目は虹色に輝くミスリルなのに、触ってみたら粘土の様な感触で、指の跡が付くほど柔らかくなっていた。
「限界に達すると、いきなりこんな状態になって武器じゃなくなるんだよ。それに、魔獣も武器の限界が近づくと急に寄って来るそうだ」
この武器で戦う魔獣のレベルなら、持ち替える余裕を与えないだろう。
「下手な所に捨てると魔獣を誘き寄せちまうから、領主命令で回収してるんだよ。溜まったら、金払って海へ捨てに行って貰っているんだが、結構な出費でよ」
「これ少し売ってもらえませんか」
「えっ!変な奴だな。金なんかいらねえから、好きなだけ持っていきな。でも魔獣寄せに使うなんてことは考えるなよ」
「ええ勿論、まだ死にたくありませんから」
「なら良い。以前馬鹿な事を考えた奴がいてよ、領の守備隊から回収の費用を請求されちまったことがある」
大剣二本と戦斧二振りを貰い、家に向かう。
「兄ちゃん、これどうするの」
「少し実験をするんだ」
「これも古代文字の研究なの」
「まあ、そうだな」
「兄ちゃん、私がちゃんとした冒険者になったら、ちゃんと養ってあげるね。だから、好きなだけ研究しても良いよ」
「・・・・うん、ありがとなマリー。物凄く嬉しいよ」
部屋に戻ったら、大剣を少し千切って、小さな鎖を作ってみる。
目の前に座って、興味津々で眺めていたマリーとミロとミラが物凄く驚いている。
見た目が普通のミスリルなので、驚くのも当然だ。
鎖に籠った魔力を意識すると、鎖を指の延長、自分の身体の一部として感じることが出来た。
鎖に籠っている魔力を僕の身体の中へ移動させると、鎖はミスリルらしい強度を取り戻した。
今度は、身体の中の魔力を鎖に流し込むと、また鎖は柔らかくなった。
思っていた通りだ。
送り込む速度を調整してみると、鎖が柔らかくなる直前に、袋が膨らみ切ったような、感覚の変化が生じることを確認できた。
もう一つの実験、魔力を込めた鎖にクルマイ草の汁を塗ってみた。
思っていた以上に鎖は輝き、暗くなり始めていた部屋を明るく照らした。
ランプより明るい。
これで夜の文字解析も捗るだろう。
「うわー、兄ちゃん何それ、凄い」
「うわー、綺麗」
「見せて、見せて、魔法なの」
クルマイ草の知識は秘匿する必要もない知識なので、種明かしをする。
『兄ちゃん、これ売れるよ。襤褸儲けだー』
ミラとミロが拳を振り上げ叫んでいる。
僕は自分で使う事しか考えていなかったので、その発想に驚いた。
二人は商人になると言って、留守の間に小遣い稼ぎの真似事をしていることは知っていたが、単なる遊びと思っていた。
ずいぶん逞しくなっていたようだ。
だがミラとミロの行動力は想像以上だった。
翌日には、二人でミスリル武器屋へ交渉へ行き、その日内に近所の子供達を総動員してクルマイ草の採取を指揮していた。
その次の日には、二人で細工屋と交渉して光るミスリルを使ったランプを作らせ、週末には雑貨屋の店頭に並んでいた。
物凄い売れ行きらしく、家に帰ると、ミラとミロは毎日部屋で踊っている。