6 盗賊討伐の報酬
翌朝冒険者ギルドへ行くと、トマスとミーナとカーラは眠れなかった様で、目の下に隈を作っていた。
危ない依頼は受けられないので、今日は簡単な常設依頼で稼ぐことにした。
「ハヤトは前から冷たい男だと思ってたのよねー」
「ええ、私も。昨日あんなに人を殺しておいて、熟睡できるなんて信じられない。私はトラウマになるくらい悩んだのに」
「おー、俺も目を閉じると殺した奴の顔が浮かんで来て、怖くて目を閉じられなかったぜ。やっぱりハヤトは冷血漢なんだよ」
「さー着いたぜ。カーラは木の上で監視な。皆張り切って摘もうぜ」
『あー、誤魔化した』
僕達は、クムの実の採取依頼を受けた。
クムの木は、森に蔦状の枝を広げて人の背丈程の房に拳程も実を無数に実らせる木で、春に実を着ける春樹と秋に実を着ける秋樹の二種類の木がある。
秋樹は森の奥に群生するので中ランク冒険者向けの依頼になるが、春樹は森の浅いところに生えており、低ランクの冒険者でも受けられる依頼となっている。
籠一杯で銀貨二枚の安い依頼なのだが、今日の皆の体調を考えると、丁度良い依頼だ。
マリーを肩車して、房の上の方の実を摘む。
房を切って摘んだ方が早いのだが、この時期ならば、房を残しておくと夏前にもう一回実が実るので、マナーとしてこの摘み方になる。
ミーナからもリクエストがあったので肩車をしてやったが、何故かマハムが渋い顔をしている。
丁度クムの実を摘み終わった時だった、カーラがうんざりした声で危機を告げた。
「魔猪が来たわよ」
「えー、やっぱり」
「何かそんな気がしたんだよな」
「普通こんなところに来ないぞ」
「俺の所為じゃないからな。マリー、木の上に避難しろ」
「うん」
「それじゃやるか」
ミスリルの短剣を抜いて、マハムの背後で身構える。
この日は初撃で、自分でもびっくりするくらい魔猪の喉を抉ることが出来た。
それと同時に、何かが僕の身体の中に流れ込んで来た。
僕の二回目の攻撃で、何故か魔猪がすんなり絶命してしまった。
動かぬ魔猪を前に、僕達は暫く固まっていた。
「弱い奴だったんだよ、きっと」
「うん、そうだよね」
「ねえ、最初の傷口やけに大きくなかった」
「ああ、俺もそう思った。やけにすんなり穂先が入ったし」
『ハヤト、何かしたの』
「何もしてないよ。たまたま弱い相手だったんじゃないかな」
「まあ、早めに終わるのは良い事だよ。盾も傷まないしさ。それじゃ解体しようか」
「荷物が倍になるけど仕方がないよな」
「荷物が倍か・・・ええ、クムの実を捨てて行く訳には行かないわね」
「それじゃ、寝足りてるマハムとハヤトの荷物は五割増しよ。はー、早く帰って寝たい」
その後僕の荷物はさらに増やされ、普段の三倍近い荷物を背負い、疲労困憊で冒険者ギルドに辿り着いた。
買い取り窓口でクムの実と魔猪を納品していると、ちょうど、領主様から盗賊討伐の懸賞金が届いたとの知らせが来て、ギルドの応接室に呼び出された。
緊張して待っていたら、会計の主任さんが重そうな巾着袋を運んできた。
懸賞金はなんと金貨八十三枚、僕達が討伐した中に、高額賞金首、金貨五十枚の首領と金貨十枚の幹部三人が混じっていたのだ。
後の有象無象達の懸賞金が金貨三枚だったので、普通の盗賊討伐の懸賞金は、こんなものらしい。
それに加え、魔猪の買い取りが、金貨二枚と銀貨三十二枚と銅貨八十八枚、クムの実の買い取りが籠六杯で銀貨十二枚。
合計で金貨八十五枚と銀貨四十四枚と銅貨が八十八枚で、加算点が八千五百四十四点も貰えてしまった。
間に花祭りがあったものの、数日でFランクからEランクに昇格だ。
お金を五等分に小分けして貰い、ギルドカードの書き換えもお願いする。
帰ってきたギルドカードには、誇らしげにEの文字が輝いていた。
少々時間が掛かったが、皆で喜びを分かち合おうと食堂に戻ると、トマスとミーナとカーラがテーブルに突っ伏して爆睡していた。
揺すっても叩いてもくすぐっても起きる気配が無い。
仕方が無いので、マハムと俺とマリーで三人を背負って帰ることにした。
マハムがミーナを背負い、僕がむさ苦しいトマスを背負う。
カーラが一番軽いので、マリーに背負わせた。
僕もトマスよりミーナの方が良かったのだが、”ミーナを背負う”と言い出したマハムの目が座っていたので諦めた。
二人をそれぞれの家に連れ帰ったまでは良かったが、トマスの家でも、カーラの家でも、死体になって帰って来たとちび助達に勘違いされ、大泣きされてしまった。
ちゃんと生きていることを懸命に説明してから、露店で買い求めた串焼き肉と焼きパンを食わせて落ち着かせる。
ベットに運んで寝かせるまでは手伝い、後は一番年上のちび助に任せて、ミロとミラが待つ家に戻った。
マリーと二人で夕食の準備をしていると、マリーが小さく呟いた。
「本物の死体じゃなくて良かったね」
「ああ」
もし本物の遺体を彼らに渡さなければならなくなったら、ちび助達に何と声を掛けたのだろうか。
父さんと母さん、兄さんと姉さんは、今まで遺族にどんな言葉を掛けて来たのだろうか。
「ああ、本当に良かったな」
僕はマリーの肩を、軽く抱き寄せてやった。
その夜本を開くと、貼り付いていたページが二枚剥がれていて、読める様になっていた。
まず最初のページ、骨に溜る何かの量が黒く塗った長方形で表されており、黒塗りの長方形が黒い部分が減って真っ白になると、人が目を回して倒れる絵が描かれていた。
この何日かで、急に気が遠くなる経験を何度かした。
それは、僕の骨の中に溜まった何かが、無くなって起こった現象らしい。
依頼を受けている最中に、爪を光らせる訓練をしなくてよかったと思う。
気を失っている間に野獣や魔獣に襲われたら、一溜りも無かっただろう。
額に冷や汗が浮かんできた。
そして人の絵が倒れた後、たぶん日の出の絵が描かれていたので次の朝のことだと思うのだが、黒塗りの長方形が少し長くなる様子が描かれていた。
骨の中の何かの枯渇を繰り返すと、骨の中に何かが溜まる量が増えるらしい。
爪を光らせる訓練の時間が少しずつ伸びている気がしていたが、錯覚じゃ無かったらしい。
そのページの下半分には、別の絵が描かれていた。
猪の絵が描かれており、その猪はギザギザした線で覆われている。
その猪に、光る剣を持った人が挑んで行き、剣を突き入れる。
すると、光る剣を介して猪を覆っていたギザギザが人の体の中に入って行き、人の脇に描かれている黒塗りの長方形の長さがグンと伸びている。
・・・・・昼間の魔猪に初撃を入れた時の感覚が蘇る。
確かにあの時、身体の中に何かが入ってきたのを感じた。
胸がドキドキする。
この絵の猪を魔猪と仮定すると、身体を覆っているギザギザは魔力ということになる。
ならば、この骨に溜まる何かは魔力?
急いでケルケット族の方言の魔力という言葉を確認する。
魔力を表すケルケット族の方言の文字数は十文字。
この本に記されている骨に溜まる何かを表す文字数も十文字。
文字数は一致している。
発音が解読できている文字が三文字混じっており、その文字の位置も一致している。
震える手で、ノートに発音が判明した七文字を記録する。
古代文字の新たな発音が判明したことは、確かに大きな成果だが、それよりも、もっと重要なことがある。
それは、この本では”魔力”を表す言葉が多用されていることだ。
この”魔力”という言葉を含んだ文と、その文の説明として描かれているであろう絵を突合して行けば、”魔力”という言葉を軸にして、古代文字の助詞が判明する可能性が高いのだ。
助詞が判れば、文の中で重要な位置を占める動詞の解明に繋がり、古代文字の解明が一気に進む可能性がある。
僕は、ノートを引き寄せ、文と絵との突合に没頭した。
そして気が付いたら、東の空が明るくなっていた。