5 初めての護衛依頼
花祭りが終わり、町は普段の生活へと戻って行く。
人々の間にはまだ浮かれた気分が尾を引いているが、この気分に引き摺られていると、僕達冒険者は、死者や怪我人が増えることになる。
夜明け前にマリーを叩き起こし、朝飯と弁当作りを手伝わせる。
ミロとミラが飯の匂いに釣られて起きて来たら、顔を洗わせ、水汲みを手伝わせる。
父さんと母さん、兄さんと姉さんが揃ったら、全員で朝飯を食べる。
父さんと母さん、兄さんと姉さんは、既に冒険者の顔に戻っている。
飯を食い終わったら、マリーに手伝わせながら装備の手入れをする。
これも冒険者としての訓練の一環だ。
手入れを怠ると、死神が大鎌を持って待ち構えている。
僕は、父さんと母さんのパーティーの荷物持ちをしていた四年間に、装備の不備で命を落とした事例を、三度目撃している。
剣帯が切れて足に絡んだだけで、人は簡単に死んでしまうのだ。
ミロとミラに見送られ、全員で冒険者ギルドへ向かう。
祭りが終わると、祭りで遺物を仕入れた商人達や参拝客が、一斉に自分達の町へ戻る。
優秀な冒険者達も護衛の指名依頼を受けて彼らに同行するので、町はめっきり寂しくなる。
父さんと母さん、兄さんと姉さんは、それぞれ王都へ向かう別々の商隊の護衛を頼まれており、二か月は戻って来ない。
河舟で半月程ストロデス河を下って海港へ向かい、そこから陸路で王都へ向かうそうだ。
隣国から逃れて来た難民で治安が悪化しているそうで、報酬も例年の五割増しになっている。
魔物狩りや遺跡探索に比べれば楽な仕事なのだが、結果的に人を殺める仕事になるので、気が重いと姉さんが言っていた。
冒険者ギルドに着くと、父さんと母さん、兄さんと姉さんは、二階の個室で行われる商人との打ち合わせの為に階段を昇って行った。
階段を昇って行くのは、実績のあるCランク以上の冒険者ばかりで、僕らのような低ランク冒険者達は、食堂の椅子に座って羨まし気に階段を見上げている。
僕も掲示板の依頼を確認してから、食堂の隅で階段を見上げているマハムやミーナ達の下へと向かった。
「常設依頼は何時も通りだけど、肉の買い上げは三割増しだそうだ。それと、Fランクの俺達は、今回から通常依頼である護衛依頼が受けられる。普通の時期だったら、上のランクのパーティーに取られて俺達には回ってこない依頼だけど、今は祭り明けで人手不足なんで、俺達が受けられる護衛が三つ残っていた。カフハカ村、サミイサ村、トトロト村からの参拝者の護衛で、一番遠いトトロト村は一人銀貨十枚、一番近いカフハカ村は銀貨五枚、真ん中のサミイサ村は銀貨七枚だ。トトロト村からでも、走って帰れば閉門前に帰って来られると思う」
「ハヤト、魔獣との遭遇はどうなんだ」
「トトロト村への護衛は、確実に遭遇する可能性がある。サミイサ村への護衛は運次第だ。カフハカ村は森の淵に近い村なので、道中で魔獣と遭遇したことが無いそうだ」
「運次第か・・・、ハヤトが一緒だからな」
「何だよ」
「私はカフハカ村が良いと思う。参拝客を護りながら魔獣を倒すのは、まだ私達には荷が重いと思う」
「私も同意見」
「俺もだ」
「そうだよな、ハヤトは引きが良いからな」
僕達のパーティーは、同期の僕達の様なパーティーに比べて、獲得している点数が多い。
理由は、この間の魔猪との遭遇だけじゃなく、何故か通常の薬草採取依頼でも、野獣との遭遇率が高かったからだ。
何だか、通常そこに居ない筈の野獣がひょっこり現れる。
「じゃ、カフハカ村決定な。でも言っとくけど、絶対に俺の所為じゃないからな」
三台の荷車に分乗した村人百人を、二組のパーティーで護衛する。
もう一組のパーティーは、僕達よりも二年早く冒険者になった、冒険者街の西区に住む人達だ。
一年間Fランクで実績を堅実に積み重ね、もうすぐEランクに上がるという実力が伴ったパーティーだ。
僕達が荷車列の右側、西区のパーティーは左側を担当することで、役割を分担した。
マリーは荷車に乗せて貰えたので、僕達の負担が少し軽くなった。
野犬の群れに三回遭遇したものの、魔獣との遭遇も無く、順調に荷車は進んだ。
だが、もう直ぐ村に着くという段になって、木の上から道を監視していた西区の弓役が、荷車を止めさせた。
「丸太で道を塞がれている。おそらく盗賊だろう。気付かれない様にゆっくり荷車を進めてくれ。その間に俺達が敵を探って削って来る」
「了解だ。カーラと俺が木を伝って敵の弓役を削る。トマスとミーナは、遠回りして敵の背後に回って削ってくれ。マハムは万が一に備えて荷車の先頭で進んでくれ」
四年間の見習いの間で、皆、何度も護衛依頼の荷物持ちも経験して、親や兄姉の動き方を学んでいる。
僕からの指示が無くとも、やるべきことは心得ている。
僕は、単に役割を割り振るだけだ。
『了解』
「うむ、大したものだ、助言はいらないようだな。それじゃ右側を頼む」
・・・・・
カーラが身軽に枝を跳んで行く。
僕には出来ない芸当なので、僕は安全な枝を探して伝って行く。
僕には、取り立てて得意な才能はない。
強いて上げれば、計算や手続きの文書の作成など、頭を使うことが苦にならないことぐらいだろうか。
気が付いたら、冒険者ギルドでの手続きや皆の役割分担の調整などの面倒臭いことを、皆から任されていた。
暫く行くと、カーラが無言で下を指さして待っていた。
下の枝に盗賊の見張り役が一人、その下の枝に弓役が二人身構えている。
カーラに頷いてから、訓練通りに見張り役の背後に跳び下り、口を押えて喉をナイフで掻き切る。
力が抜けたことを確認してから、木から落ちない様に縄で素早く幹に縛る。
人を殺めるのが初めてだったので、緊張して失敗することも考えていたが、想像と違って異様に頭が冷えており、冷静に自分を外から見詰める僕が居る。
淡々と作業をこなすように、同様に残りの弓役も排除してから、道の向こう側の森を確認する。
向こう側も弓役の解除が終わった様だった。
見張り役を排除したパーティーが全体の状況を確認して、仕掛けるタイミングの合図を送る。
これは、冒険者としての不文律だ。
指笛を鳴らして合図を送り、攻撃を開始する。
背後からトマスとミーナの剣と槍、木の上からカーラの矢。
混乱の極みに達する盗賊達を、僕が木の上から個別に襲う。
すると、敵は直ぐに全滅した。
荷車が着く前には向こう側も掃討が終わったので、森から盗賊の遺骸を引っ張り出して、戦果の整理が始まった。
村が近いので、荷車を一台開けて貰い、遺骸を積み込む。
野獣や魔獣が寄って来たり、ゾンビ化して人を襲う心配があるので放置できないのだ。
倒した盗賊は、西区のパーティーが十五人、僕達のパーティーが十八人で計三十三人、比較的大きな盗賊団だった。
野獣も魔獣も人も、敵に襲い掛かろうとする時に一番大きな隙を見せる。
盗賊団も、逆に襲われるとは思っていなかったのだろう。
想定外のことが起きると、人はパニックに陥り正確な判断が出来なくなるというが、確かに盗賊団の混乱は酷かった。
同士討ちや、無暗に剣を振り回して周囲を傷付けている連中も大勢いた。
三倍強の相手だ、多分真面に戦っていたら、絶対に僕らの勝ち目は無かっただろう。
逆の立場になったら、弱い一匹の野獣相手に、僕らが全滅することもありうる。
他山の石として、僕らも注意しなければならない。
村の役人に確認して貰ったら、指名手配されていた盗賊団だったらしい。
何でも、この辺りに盗賊が出るのは、百年ぶりらしい。
領主様から懸賞金が貰えるので、西区のパーティーと僕らで討伐した相手を整理し、討伐した相手の懸賞金を、それぞれ受け取ることになった。
盗賊達の所持金と、村に引き取って貰った盗賊の武器や防具の売却代だけでも、当初の報酬の十倍以上になった。
町へは走って帰ったが、盗賊に勝った高揚感よりも、人を殺めた嫌な感触だけが何度も蘇って来た。
この嫌な感触に魅了されると、狂気が自分の中に根付いてしまう気がしたので、懸命に感触を振り払おうとした。
冒険者ギルドで盗賊討伐と依頼完了の報告をし、依頼の報酬を受け取る。
儲けたお金で夕食のおかずを一品増やしてやったら、マリーとミロとミラが大喜びした。
三人の笑顔を見ていたら、心が少し軽くなった。
夜眠れるかどうか心配したが、爪を光らせる訓練をしたら、気を失う様に熟睡できた。
両手の指の爪にクルマイ草の汁を塗り、任意の爪を光らせるという訓練で、結構面白かった。