4 火除け地での 遺物の販売
何とかミーナとカーラを甘クム三杯で宥め、家に戻ってから本を開いた。
最初の数ページは開くことが出来るのだが、その後のページは貼り付いているようで読むことができなかった。
遺跡の中で圧し潰されていた本では良くあることで、燃え難いので、拾って来る物好きは少ない。
多分、本名を表す背表紙と表紙の古代文字が削り取られているので、文字に使われていた金粉を削ぎ落す目的で持ち帰って来たのだろう。
銅貨一枚で買った本なので、まあこんな物だろう。
取り合えず、最初の方のページだけでも読んでみることにした。
最初のページは、知っている言葉が少なく、全然読めなかった。
次のページは、読めない言葉に数字が割り振られていた。
次のページから絵と文が混じった物に変わり、最初の絵は人の中に風が染み込んで行く変な絵だった。
身体に染み込んだ風は、名前を変えて変化し、骨の中に溜まって行くことを説明する絵が描いてあった。
次のページには知っている言葉が書いてあった。
クルマイ草という草を表す言葉で、以前調べた図本に記載されていた雑草だ。
絵から判断する限り、このクルマイ草の絞り汁を爪に塗り、骨の中に溜まった何かを爪に移動させると爪を光らせることが出来るらしい。
実際に本に描かれている内容を試して見ることにより、文字の解析が進むことがある。
図本では、描かれていた植物を実際に食べてみることにより、毒、痺れ、食用などを表す文字の発見に繋がった。
クルマイ草は、町を囲む塀沿いに良く生えている雑草なので、外は少々暗くなっていたが、捜してみることにした。
ランプを灯して探していると、塀の根元で弱く光っている草があった。
怪訝に思って抜いてみると、クルマイ草だった。
家に戻って、早速にクルマイ草を擂り潰した汁を人差し指の爪に塗ってみる。
灯りを消して寝床に入り、暗闇に手を伸ばしてみる。
物凄く微かだが、確かに人差し指の爪が光っている。
骨に溜まった何かが爪を光らせている筈なので、身体の中の感覚を意識して爪の光の強弱を観察する。
試行錯誤の末、爪を光らせる感覚を何となく掴み始めた時、突然意識が闇に飲み込まれた。
翌朝、物凄く熟睡した感じですっきり目が覚めた。
東の天窓から見える星空が僅かに明るくなっており、丁度夜明けのようだ。
爪を一回光らせてから、まだ脇で寝ているマリー、ミラ、ミロを起こさない様に、静かに起き上がる。
天窓に梯子を掛け、屋根の上から夜明けを眺める。
屋根瓦が幾重にも連なる水面のような世界の向こうから、真っ直ぐな光の矢が青い闇の水面の上を貫いて行く。
世界が青から白に替わる時、僕の好きな光景だ。
大きく伸びをしてから部屋に戻る。
マリー達三人を起こして着替えさせ、裏手の井戸で顔を洗わせる。
水汲みを手伝わせてから、四人で朝食の準備を始める。
今日は僕たち一家にとって大事な日だ。
火除け地での商売枠は、冒険者達にも交代で割り当てられており、生命神の春の花祭りと運命神の秋の収穫祭の年二回、遺跡から持ち帰った遺物を、冒険者ギルドや商人ギルドを介さずに直接販売することが出来るのだ。
魔道具などの珍しい掘り出し物も混じっており、祭りの名物の一つとなっているので、両神殿が後ろ盾となって、ギルドを黙らせてくれている。
今日は父さんが店を開ける日なので、昨夜遅くまで、父さんと母さんは売り出す物を吟味していた。
兄さんと姉さんは仲間の店の手伝いを頼まれているので、ミラとミロも含めて、僕らが父さん達の手伝いをする。
僕にとっては、遺物の目利きを教わる良い機会だ。
朝食を急いで食べてから、遺物の入った木箱を背負って火除け地へ向かう。
マリー達三人に荷を見張らせ、僕と母さんと父さんは、家と火除け地を数回往復する。
割り当てられた場所には、古代文字が織り込まれた絨毯を敷く。
見る人が見れば遺跡から持ち帰った遺物と判る品物で、冒険者の格を表す目印にもなる。
木箱から遺物を取り出す。
父さんが並べる遺物は、使い方は判らないが、魔道具と思われる物ばかりだ。
長年の経験で、何となく判るらしい。
商人達が魔道具を売る相手は貴族様達だ。
魔法が使える貴族様達は、魔石を使って魔道具を動かせるらしい。
複雑な魔道具程起動に強い魔力を必要とするらしく、自分たちの力を誇示するために、屋敷に魔道具を飾って動かしているらしい。
僕ら平民は魔法が使えない。
多分森の中の、野獣と魔獣の力の差と一緒なのだろう。
絨毯の上に並べ始めた時点で、身形の良い商人達が大勢群がり、物色を始めている。
父さんと母さんが店先に座って並べた遺物を売り始めると、あまり値切ることもなく、遺物が次々に売れ始める。
お金を入れた箱の中に、続々と金貨が積み上がって行くのは不思議な光景だ。
僕らは、父さんや母さんの指示に従って、木箱から遺物を取り出すのに大忙しだ。
ただ、遺物を木箱から取り出す時に、不思議なことに気が付いた。
僕が遺物に手を触れる毎に、昨晩クルマイ草を塗った人差し指の爪が光るのだ。
しかも父さんが売値を高めに設定した遺物程光が強い。
勿論例外はある。
全く同じ値段の付いた同じ形の遺物なのに、時々光が弱い物もある。
目付きの鋭い身形の良い商人程、そんな遺物を避けて買い求めている。
高額な遺物が売れ終わると、商人達は潮が引くように居なくなった。
後は、売れ残っている銀貨一枚の小皿を参拝客相手に売るだけだ。
遺跡の中に多く埋まっている品物なのでこの値段設定なのだが、どれも古代文字が描かれている立派な遺物だ。
例年に比べて売れ行きが良く、昼前には、持ち込んだ遺物は全て売り切れた。
今年は隣国で戦争があり、その国に物資を供給している僕らの国は、物凄い好景気に沸いていると父さんが言っていた。
自領で生産される食料や武器を隣国に売って、儲けた貴族達が魔道具や贅沢品を買い漁っているそうだ。
僕達冒険者にとっては、遺物が売れるのはありがたいことなのだが、国内の食料や武器が不足気味で、生活に必要な物資まで一緒に値上りしているそうだ。
確かに魔獣の資材の買い取り価格は上がっているが、それと一緒に防具や武器、食い物なども一緒に値上がりしている。
難易度の高い遺跡を探索する父さん達の様な上級クラスのパーティーにとっては嬉しい話なのかも知れないが、僕らの貧乏パーティーにとっては、物凄く迷惑な話かもしれない。
空になった木箱は、大きさを少しずつ違えており、一つの大きな木箱の中に、順番に納まるようにしてある。
すべての木の箱を収納した大きな木箱の上に絨毯を乗せれば、撤収の準備が完了する。
「ハヤト、Fランクに上がったそうだな」
「うん父さん、祭りの前に運良く魔猪を倒せたんだ」
「Fランクなら遺跡に入れるが、ミスリルの武器が少ないうちは、無理はするなよ。遺跡は魔獣の住処だ、獣とは手強さが全然違うぞ」
「うん、簡単な遺跡から少しずつ慣れて行くよ」
「あなた、カブトと違って、ハヤトなら無茶しないから大丈夫よ」
「まあ、そうなんだが、ランクアップが早いから念の為だ」
「うん、ありがとう」
「母さんと父さんは外食するけど、あなた達はどうするの」
『一緒に食べる』
「お兄ちゃんはどうするの」
「本を調べたいから、荷を持って帰って家で過ごすよ」
「本当に・・・。ミーナやカーラとデートの約束してない」
「当たり前だろ」
「じゃっ、私も父ちゃんと母ちゃんと食事する」
大きな木箱と絨毯を背負って家に戻る。
重いうえに結構嵩張っているので、花街を通る時は注目を集めて少し恥ずかしかった。
家に戻って、地下倉庫に木箱と絨毯を並べる。
倉庫の大半は、ご先祖様達の遺品で埋まっている。
兄さんの子供の代当たりで整理が必要になると思うが、この家を出ることになる僕には関係の無いことだ。
梯子を上って、一階の食堂に戻る。
厨房で干し肉と干し野菜を水で戻し、塩と酒と甘汁を適量加えて鍋で炒める。
穀粉を水で練って焼いたシンプルなパンとケミ葱の球根を刻んで炒めてスープを用意する。
食べるのは僕だけなので、今日は手抜き料理だ。
この数年、僕が毎日調理してマリー達に飯を食わせているので腕前は上達した。
でも遺跡に入れば、マリーも僕も野営で家に戻れなくなるので、ミロ達にもそろそろ本格的に調理を仕込まなければならない。
食器を洗ってから、屋根裏の自分の部屋に戻る。
今日は時間がたっぷりとある。
本の絵が表していた意味をノートにケルケット族の方言で文書化し、本に書かれている文字と一文字づつ丹念に比較して、文字の表している意味を想像する。
クルマイ草という名詞が軸となってくれるので、前後の文字が表す意味が、浮き上がって来るので整理が進む。
クルマイ草を含む文が複数あるので、前後の文字の違いから、複数の仮説を絞り込んで行ける。
一通り整理が終わると、次の絵が表す意味を確認することにした。