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駆け出し冒険者は今日も寝不足  作者: 昆布莱餡酢
1/10

1 駆け出し冒険者の日常

”グシャ”


 魔猪の重い突撃を低い姿勢で受け止めたマハムの盾から、枠骨が歪んだような嫌な音がした。

 マハムの腰を支えていた僕の左肩にも、重い衝撃が走る。

 倹約に倹約を重ねて買い求めた中古の鉄盾なのだが、外れを掴まされたようだ。

 鍛冶屋に枠の打ち直しを頼むと、少なく見積もっても金貨一枚は請求される。


 それでも如何にか、訓練通り魔猪の攻撃を受け止めることが出来た。

 初めての魔猪との戦いとしては上出来だ。

 僕が盾の影から踏み出し、魔猪の喉元にミスリルナイフを突き入れる。

 魔力を帯びた分厚い剛毛の間に運よく刃が入ったので、腰を据えて捻りを加える。

 肉を抉った感触を確認して急いで飛び退くと、目の前を猪の牙が物凄い勢いで通り過ぎる。

 タイミングを一歩誤れば、確実にあの世へのご招待だ。

 背中に嫌な汗が滴り落ちる。


「入った!」


 僕の叫びに応呼するように、トマスの槍が耳元で唸りを上げる。

 僕の抉った傷跡に、トマスの槍の穂先が沈んで行く。


「浅い!」

「承知」


 槍を引き戻しながら退いたトマスと入れ替わったミーナが、叫びながら一歩踏み込む。

 ミーナは身体を沈めて牙をやり過ごすと、身体をぶつけるように長剣を傷口に突き入れた。

 ミーナを護るようにマハムが魔猪の鼻ずらに盾を押し当てて仰け反らせる。

 そのタイミングでミーナが退き、盾の下から飛び出した僕が、今度は長剣を抜いて傷口に突き入れる。


 魔猪は魔獣だ。

 普通の猪よりも力が強く、動きも早いし、再生能力も優れている。 

 傷口が塞がるより早く、四人で同じ連携を繰り返して魔猪の傷口を抉って行く。

 一つタイミングを誤ると、誰かが魔猪の牙で身体を抉られる綱渡りだ。

 冒険者は、命懸けのギャンブルは避けなければならない。

 だから、安全第一を目標としている僕らは、森の浅い場所で薬草を採取していた。

 だが本来遭遇する筈の無い魔獣に、運悪く正面から鉢合わせてしまったのだ。


 痺れるような、一進一退の頭の血管が切れそう集中力を要する時間が長く続き、やっと傷が延髄まで達し、魔猪は弛緩して動きを止めた。


「ハアハア、ハアハア、カーラとマリーは、ハアハア、周囲の警戒を頼む」

「了解、ハヤト」

「うん、お兄ちゃん」


 カーラは弓役、マリーは僕の妹で荷物持ちだ。

 魔力を帯びた魔獣の毛は、ミスリルの武器以外の攻撃は跳ね返す。

 だから、最初にミスリルの武器で傷を負わせ、その傷をねちねちと普通の武器で抉って行く。

 矢の攻撃が通用しないカーラは、マリーと一緒に木の上に避難していた。


 剣で身体を支え、地面に腰を下ろして呼吸を整える。

 このパーティーでの、初めての魔猪との遭遇だった。

 万が一に備えて訓練はしており、その訓練通りの連携が取れ、取り合えず全員無事で良かった。

 ミーナが地面に身体を投げ出して寝転んでいるので、尻を叩いて叩き起こす。


「不用心だぞミーナ」

「へーい」


 小さな油断の後ろで、死神の無慈悲な大鎌が待ち構えていることは骨身に染みて知っている。

 三人の呼吸が整って来たことを確認し、腰を上げる。


「トマスとミーナは木の上で見張りを頼む」

「了解」

「あいよ」

「マリー、解体道具を出してくれ」

「はい」


 魔獣は死ぬと魔力が消えるので、普通の道具で解体が可能になる。

 縄で後ろ足を縛り、木の枝に吊るして血抜きから始める。


・・・・・・・

「今日の成果は凄いぞ、金貨五枚、銀貨四十五枚、銅貨三十二枚だ。加算点が五百四十五点だから一人当たり百九点、昨日までの得点が百十三だから、俺達はFランクに昇格したぞ」

『おー!』


 僕達は、冒険者ギルドの買取り窓口に狩った魔猪の素材を持ち込み、買取査定を待っていた。

 銀貨一枚に付き貢献点が一点付与され、冒険者としてのランクが上がって行く。

 最初Hランクから始まり、二十点貯まるとGランクに、二百点貯まるとFランクに、千点貯まるとEランクに昇格する。

 昇格すると受けられる仕事のランクが上がり、危険は伴うものの、収入が増加するので物凄く魅力がある。

 HランクとGランクでは、薬草や食材の調達などの常設依頼の納品しか受けられなかったが、Fランクからは護衛や害獣駆除の通常依頼の受託や、パーティーでの遺跡探索が許されるのだ。


 そう、僕達はまだ駆け出しの冒険者だ。

 今年やっと十四歳になって冒険者見習いを卒業し、冒険者として登録が出来るようになった。

 欠員の生じた年長者のパーティーに加わる選択肢も有った。

 その方が、早くランクアップできるので、自分の力に自信がある者は、むしろ積極的に欠員の生じた上級者パーティーを探して売り込みに行く。

 だが僕達には飛び抜けた技量や能力が無い。

 高望みが身を滅ぼすことは良く判っていたので、近所の幼馴染が集まってパーティーを組み、「安全第一」を旗印に、ゆっくりと身の丈にあった依頼をこなし、自力を付けて行くことにしたのだ。

 雪解け前に無事Gランクへ昇格できたので、秋祭り前のFランク昇格を目指していた。


 預かっていたギルドカードを配る。

 ランク表示がGからFに変わっており、何か誇らしい。


「ねえ、何でこんなに査定が高かったの」

「猪の魔石の質が良くて金貨三枚貰えた。それに明日からの花祭りで魔猪の肉が高騰してるんだって」

「運も実力の内だな。上級パーティーに入った連中と良い勝負なんじゃないか」

「ランクと実力は違うから浮かれるなよ」

「ふふ、でも取り敢えず喜びましょう」

「ああ、そうだな。それじゃ喜びを分かち合うか。先ずはマハムの盾の修理代として金貨二枚は取り置いて置くぞ」

「皆すまん」

「何言ってるのよ。あんたの盾が私達の生命線なんだから当たり前よ」

「そうだぞ、お前の盾が無かったら、俺達は魔猪なんて狩れなかったぜ」

「じゃっ、全員異議なしで良いな。銅貨は習慣通りマリーの取り分で、残りを五等分すると一人銀貨六十九枚だな。金貨は両替して貰ったから配るぜ」

「相変わらずハヤトは計算が早いな。商人にでもなった方が良かったんじゃないか」

「はは、俺達は生まれた時から冒険者だから無理だろうよ」

「確かにな」

「それじゃ、ちゃんと数えたら二枚返せ、これから宴会だ」


・・・・・

 ここは冒険者の町グラロッソ、ファナス王国の北端にある町だ。

 北に万年雪を頂くカブラコルム山脈が聳え、その裾野に広がるクラクール大森林の中、森の中を流れるストロデス河沿いに町が作られている。

 クラクール大森林の中には多くの遺跡が散在し、遺物を得て一攫千金を狙う冒険者達が集まって来る。

 僕らは冒険者街と呼ばれる、この町に住み着いた冒険者が集まっている地区に住んでいる。

 僕達の親は今も現役の冒険者で、昨年死んだ祖父さんも祖母さんも冒険者だったし、兄さんも姉さんも皆冒険者だ。

 僕達は皆、十歳になると荷物持ちの冒険者見習いとして親兄弟の冒険者パーティーに加わり、そこで十四歳になるまでの四年間、冒険者になるために基礎的な訓練を受け、必要な知識、技術を学ぶ。

 近隣の村から来た親戚の子供は受け入れるが、それ以外の外から来た冒険者とパーティーを組むことはない。

 普通の野獣なら兎も角、魔獣に遭遇した時には連携した攻撃が必要で、連携が崩れると死に直面するからだ。

 町外者のHランク冒険者やGランク冒険者の死亡率が九割にも上るのは、魔獣の対処方法の訓練を受けていないからだ。

 時々聞かれるので、外から来た冒険者にも対処方法を教えてやるのだが、もちろん一朝一夕で出来る物でもない。

 四年間の下積での訓練があって、辛うじて取得できるのだ。

 それでも死ぬ時は死ぬ、冒険者稼業はそんなに甘くない。

 今まで対処方法を教えてやったパーティーで、無事に帰って来たパーティーは一つも無い。

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