小次郎とクラスメイト
簡単なホームルームが終わり、ぞろぞろと生徒が体育館に向かう。此れから入学式なのだ。
「やっ!さっきは楽しかったよ!」
小次郎の肩を叩いてきた人がいた。
「ん?さっきのって、あの···何だっけ···「須藤だよ」そう!須藤さんだったな。あの子とのやり取りか?」
「そう!あの子のあんな顔、初めて見たわよ!と言うか、名前くらい覚えなさいよ!」
と、ケラケラ笑う。
「む···。返す言葉もないな。気を付けるよ。え~っと···」
「あっ!ゴメンゴメン!私は横山夏希。須藤とは同じ中学なんだよ」
ショートカットでやや背が高めで、メリハリの有る見事なスタイルの活発そうな女の子だ。快活な性格の様で、物怖じしないで小次郎に話し掛けてくる。
「ふ~ん。有名人なのか?」
「まあ、あの顔立ちだからね。二桁単位の男子が告白して振られてるよ」
「ほほう!そいつは豪気だな。大したもんだ」
と、小次郎は笑った。夏希は興味を持った様で、色々と聞いてくる。
「あの子有名なのに知らないの?」
「ああ。俺は引っ越してきたからな」
「へ~。何処から?」
「〇〇市だよ」
「そこそこ都会じゃん。田舎に来るなんてついてないね」
「そうか?俺は都心より田舎の方が好きだからな。気にしてないぞ」
と言うより、自分が望んで来たのだ。それを口にすると、芋づる式に天涯孤独がバレそうだから、口にはしなかった。
「横山さんは、地元なのか?」
「夏希で良いよ。そうだよ。学校から近い場所」
「へ~。通学が楽で良いな。俺は徒歩で30分チョイ掛かる。夏希は須藤さんと親しいのか?」
「親しいって程ではないかな?たまに話す程度だね。小次郎は美人が好きじゃないの?」
「いや?人並みに好きだぞ」
と言うが、誰が見ても美人である須藤さんに興味を示さなかったのだ。興味が無いと思われても仕方ない。
「だったら普通は須藤に興味を持つと思うんだけどな?」
「確かに美人だとは思うけど、どうこう成りたいとは思わんな」
「ひょっとして、芸能人レベルじゃないと満足出来ない程の面食い?」
「違うと思うけどな?」
と、小次郎は否定しているが、夏希の言葉は真実の一端を掠めているだろう。
何せ、此方に来てから同居しているのは華澄だ。人外故の美を身近に見ている事から、ちょっとやそっとの美人では動じなく成っていたのだ。テレビや雑誌のモデルや芸能人を見ても、華澄を明確に上回るより美人はいなかった。
ある意味、華澄の呪いだろう。中学迄の小次郎なら、須藤さんの容姿に驚いて感嘆したはずだ。
だが、好きに成るかと言えば成らないだろう。何故なら、小次郎には須藤さんが魅力的には見えないからだ。外見ではない。内面がだ。
「外見は確かに綺麗だと思うけど、性格が俺の好みから外れてる。自尊心が強すぎるよ」
それを聞いて男の一部は怒りを浮かべ、女生徒の多くが頷いた。
幸い、須藤さんは離れた場所に居て聞いていなかった。
「良く見てるね!あの子、自信過剰な部分が有るから、それが苦手って子もいるんだよ。根は悪い子じゃないんだけどね」
「ああ。それは分かる。後天的なんじゃないか?周りがチヤホヤしたから、変に尊大に成ったとか」
小次郎は割りと物事の本質を掴む男だった。外見に惑わされないと言うか、本質を見極めようとする。だが、些かデリカシーに欠けるだろう。ズバズバ言ってしまうし、余計な一言を言ってしまうのだ。だから、華澄に殴られている訳だ。
「それに、俺の目には夏希も負けない位に魅力的に見えるぞ?」
「え?えぇ!?何よいきなり!」
「思った事を言っただけだ。夏希は社交性が高いだろ?会話のテンポも良いから話しやすい。顔立ちも整ってるし···」
言葉を区切って、上から下まで見て言った。
「ウム!眼福モノのスタイルだな!」
「···スケベ」
「男がスケベで何が悪い!」
威風堂々。腰に手を当てて小次郎は宣った。直後、夏希の拳が炸裂した。
「イッタ~!殴ることないだろ!」
「大声で馬鹿な事を言うからよ!」
周りは笑いを堪えていた。
「アンタみたいに変わった奴は初めて見たわよ」
「そうか?俺は普通だと思っているんだがな?」
これを普通と言ったら、普通の意味が変わると夏希は言った。
「ま、とりあえずよろしくね!須藤をあんまり邪険に扱わない方が良いよ。あの子のファンは多いから」
と、夏希は忠告してくれたが、小次郎の性格では難しい注文だった。
※
入学式は至って退屈なものだった。何の代わり映えもしない、やたらと話の長い式典だ。
退屈な式が終わると、また教室に戻って教科書の受け取りや説明がされた。そして、定番の自己紹介だ。
「さて、入学おめでとう。改めて、私が皆の担任の『芹沢若葉』よ。勉強にしろ私生活にしろ、困った事が有ったら気軽に相談してね。まだ私も教師としては若輩だから、共に成長していきましょう」
担当はまだ若い女性の先生だった。セミロングの髪で眼鏡を掛けている。知的なお姉さんと言った雰囲気だ。
「先生は彼氏はいるんですか~?」
と、男子の一人が定番の質問をした。
「募集中よ!良い人がいたら紹介してね!」
笑いが起こる。中々にノリの良い先生だ。
「だったら俺はどうっすか!?」
「はいはい。坊やがもう少し大人に成ったら考えるわね」
軽くあしらわれている。
それから生徒が順番に自己紹介をしていった。
小次郎はボンヤリ聞いていたが、やはり須藤さんは人気が有るのだろう。男子生徒の視線が熱かった。
「はい。次は風間小次郎くん」
「風間小次郎だ。家庭の事情で引っ越してきた。色々と不馴れな所もあるが、よろしく頼む」
と、簡素に自己紹介した。夏希を初めとして、何人かは興味深げな視線を送ってきたが、隣の席の須藤さんはムスッとしている。
更に、何人かの男子生徒は忌々しげな視線を投げ掛けた。
先程の一幕もそうだが、須藤さんの隣の席と言うのが気にくわないのだろう。現に、反対側の男子にも似たような視線が浴びせられた。尤も、その男子生徒は優越感に浸る様に得意満面で、更に険しい視線を浴びていたのだが···。
一通り終わって帰る段に成った時、芹沢先生が小次郎に声を掛けた。
「風間くん。ちょっと良い?」
「はい?」
「ちょっと職員室に来てちょうだい」
「愛の告白でもしてくれるんですか?」
またまた聞いた生徒が吹き出した。真顔で言うから質が悪い。
芹沢先生は呆気に取られた顔をしたが、直ぐに笑顔に成った。
「なかなか面白い子ね。残念ながら、告白じゃないわよ。と言うか、職員室で告白するわけないでしょうが。忙しいなら後日でも良いわよ?」
「そいつは残念。特に用事は無いんで、伺いますよ」
「分かったわ。ゆっくりで良いわよ」
そう言い残して、先生は教室を出ていった。
「小次郎。アンタ何時もあんな調子なの?」
「何が?」
夏希が話し掛けてきた。
「何って、いきなり先生にあんな事言うとは思わなかったわよ」
「ほんの挨拶だぞ?」
「どんな挨拶よ!呆れた!」
「ちょっとしたジョークだぜ?人生、楽しい方が良いじゃないか」
「小次郎くんって面白いね」
「ね!風間くんみたいなタイプはいなかったな」
と、夏希と一緒に居た女生徒も笑う。
「風間は何かスポーツをしてたのか?」
「いや、部活はしてなかったぞ」
男子生徒も話しに加わった。
なかなかのイケメンで、人望も厚い様だ。リーダータイプの男子だった。名前は『小山明彦』と言うらしい。
「その割りには体格が良いな?」
小次郎は筋肉質な身体をしていて、かなり体格が良い。だが、中学では部活動はしていなかった。
「趣味で鍛えているだけだ。運動は好きなんだが、チームプレーとか、目標に向かって鍛練とか苦手でな。マイペースなんだよ」
「成る程な。確かに苦手そうだ」
「小山は部活に入るのか?」
「俺はサッカー部だ。中学でやってたからな」
「いかにもって感じだな」
爽やかなイケメンらしい部活だ。聞いた所によると、中学時代は部長を務めていて、けっこう活躍したらしい。
「そろそろ職員室に行くよ。レディを待たせたら悪いからな」
と、軽口を叩いて教室を出た。
「面白い奴だな」
「ね!須藤も気になってるみたいよ?」
「あんな反応されたら、逆に気になるわよ」
須藤さんも、小次郎をチラチラ見ていた。気には成るが、話しに加わるのは憚られたのだろう。話し掛けてくる男子生徒の言葉も耳に入らない位に、此方を気にしていた。
「なかなか楽しいクラスに成りそうだな」
小山のセリフに、夏希達は頷いた。
だが、此れは序の口だったのだ。更なる騒動が密かに近付いていた。
※
「失礼します」
「早かったわね。こっちよ」
芹沢先生のデスクに小次郎は向かった。着席を促されて座ると、先に小次郎が話を切り出した。
「家庭の事情についてですよね?」
「あら?察しが良いわね」
予想が付いた事だ。高校生で一人暮らしをする生徒は滅多にいない。ましてや、小次郎の場合は両親が他界しての事だ。学校側が気にかけるのも当然だろう。
「事情が事情だからね。話しておくべきだと思ったのよ。生活に不便は無いかしら?」
「問題ないですよ。自炊は得意ですし、祖父母が存命の時は、休みに来てましたからね。多少は土地勘も有りますから」
金銭的にも問題はない。元々遺産を食い潰さない様に気を付けていたし、今は華澄が食費としてかなり多く金を入れているから、収支はプラスな位だ。
「そう。風間くんはしっかりしているみたいだし、あまり心配は無いようね。何か困った事が有ったら、相談してちょうだい。出来る限りのサポートはするわ」
「分かりました」
なかなか話せる先生だと小次郎は思った。余計な詮索をしてこないのも良い。
退室して教室に戻り、荷物を持つと小次郎は家に向かった。
「ただいま」
「おぉ!帰ってきたか」
家に入り、リビングに向かうと華澄が出迎えてくれた。
「···どうした?」
小次郎が沈黙しているのを華澄は怪訝に思った様だ。
「いや、家に帰ったら人が居るってのが久し振りでな。少し嬉しかった」
両親が他界してからは、中学生で一人暮らしだったのだ。誰かが出迎えてくれると言うのは、これ程良いものだと、忘れていた様だ。
「ふふっ!御主は家族を失ってから一人じゃったからのう。ならば、帰って食事が用意されている等、幾久しい事であろう?」
華澄は食事の支度までしていたようだ。
「入学祝いじゃ。豪勢にしておいたぞ。仕上げるから待っておれ」
華澄はキッチンに向かうと、手早く調理して仕上げた。
「何と言うか···。有り難すぎて泣きそうだ」
実際、こんなサプライズが有るとは思わなかった。
華澄が言うように、夕食は豪華だった。特大ハンバーグに海老フライとチキンソテーが盛ってあり、山盛りサラダやクラムチャウダーも有る。もちろん手作りだ。
「妾も色々と料理を覚えたからの。御主にばかり作らせるのも心苦しいでな。遠慮なく食するが良いぞ」
何とも有り難い御言葉である。神様が手ずから拵えた料理だ。信仰心の厚い者であれば、滂沱の涙を流したに違いない。
小次郎は涙こそ流しはしなかったが、感激したのは確かだ。
「頂きます」
「うむ!」
小次郎は厳かに『頂きます』と言うと、焼き立てのハンバーグから手を付けた。
「う、美味い!」
ジューシーで熱々。口に含むと肉汁が溢れてくる。玉葱と醤油を使った和風ソースが、肉の脂を中和してくれている。粗挽きの肉は歯応えもあり、食べ応えの有る物だった。
海老フライも冷凍食品ではない。大振りの有頭タイガー海老を使っていて、火を通し過ぎない絶妙な仕上がりだ。プリプリの食感と海老の旨味が舌で踊る。
これまた手作りのタルタルソースが良かった。ピクルスの酸味が衣の油っぽさを打ち消してくれる。
チキンソテーも逸品だ。ニンニクとワインビネガーを使ったタレに漬け込んでから焼いた様で、複雑な旨味が感じられた。
「凄いな!よく作ったもんだよ。ファミレスで食べる物より、遥かに美味い!」
ベタ褒めだ。だが、実際に素晴らしい味だった。
そこで終われば良いが、先があるのが小次郎だ。
「華澄」
「何じゃ?」
小次郎の手放しの称賛に相好を崩していた華澄に、小次郎はズズイと身を乗り出し、真顔で言った。
「結婚してくれ」
「ぐっ···!ゲホッ!ゴホッ!な、ななな、何を言うんじゃ!?」
食べていたチキンソテーを喉に詰まらせて噎せた。
「いや、華澄と結婚したら、良い嫁さんに成ると思ってな。もちろん18歳に成ってからの話しに成るけどな。どうだろうか?」
身を乗り出した小次郎への返事は額にキスならぬオボンの強襲だった。
「阿呆~!」
「グハッ!」
強烈な一撃に、小次郎はテーブルに崩れ落ちた。