いざ学校へ
「さて、いよいよ入学だな」
翌日に入学を控えた日、小次郎は準備を終えて一息付いていた。
「そうか。明日から学校が始まるのか」
ひょんな事から同居する事に成った蛇の神様。白蛇姫こと白織華澄は、のんびりハーブティーを飲みながら小次郎の言葉に相槌を打った。本日のお茶請けはシュークリームだ。
当初は自転車に乗れなかった華澄だが、無事に自転車に乗れる様に成った。運動神経が良いのか飲み込みが早いのか、少し練習すると乗れる様に成ったのだ。
『オッ!オォ?ム?ムム?なかなか…難しい…!』
初めはフラフラと運転していたが、直ぐにスムーズに運転出来るように成った。
『此れは楽しいのう!』
学校が始まるまで、二人は自転車で出掛けたり釣りをしたり山菜や茸を採ったりと、田舎暮らしを満喫していた。
もちろん華澄のリクエストである遊園地や水族館に動物園にも行った。
近くには無いから電車とバスを使っての移動だったが、それすら華澄は楽しんでいた。
初めての経験に華澄は大はしゃぎ。小次郎も両親が忙しくて、この様な場所には殆んど来ていなかったから、大いに楽しめた。
何せ、一緒に居るのは神様とはいえ美少女だ。健全なる日本男児の小次郎が楽しくないなんぞと思うはずがないのだ。
ただ、輝く様な白髪と美貌は非常に目立ち、一緒に居る小次郎はドキドキするわ嫉妬の視線を浴びるわで、中々に刺激的な日々を過ごしたのだった。
「学校に行かなくてはならないのじゃな…」
と、何処か寂しそうだ。
二人の奇妙な同居生活は、まるで昔からそうだったかの様に自然と馴染んでいた。
小次郎が余計な一言を言ってどつかれたりはしたが、二人暮らしはお互いにとって、とても楽しいものだったのだ。
「流石に高校くらいは出ないとな。バイトでもしてみたらどうだ?友達が出来るかもしれないぞ」
今のところ、華澄に人間の友達はいないのだ。付き合いを持てる相手がいれば、少しは生活に彩りが出るだろうと思ったのだ。
「それも良いかものう。バイトはどうやって探すのじゃ?」
「求人の雑誌を見たりネットで探したりだな。スマホでバイト募集ってワードで検索すれば、幾つもの求人サイトが出てくるぞ」
小次郎が使っているスマホに興味を持った華澄は、小次郎に頼んで最新式のスマホを買った。もちろん購入資金は政治家の裏金だ。どうやって金庫から抜いているのか知らないが、既にかなりの金額を抜いていた。
テレビの国会中継で、やたら不機嫌な議員が何人か映し出された事から、小次郎はその議員達が華澄の魔の手に掛かったのではと推測している。
「小次郎はバイトするのか?」
「まだ考え中だな」
親の遺産を頼りにするだけでは、金は減る一方だ。そう考えた小次郎は、中学を卒業する前から良いバイトはないかと探していた。
だが、華澄が来てからと言うものの、華澄がかなり多く生活費を入れるものだから、収支はむしろプラスとなり、金目当てにバイトをする必要は無くなったのだ。
だったら自分のやりたい事に時間を使った方が有益だと判断した小次郎は、バイトに関しては保留していた。
だが、社会経験を積む意味でもバイトをするのは自分の為に成る。
焦る必要はないから、学校に慣れたら考えようと思っていた。
「今のところ部活をするつもりもないしな。バイトしても良いかもしれないな」
そんな小次郎を、華澄は何か思案する表情で見詰めていた。
※
「さて、行くか」
小次郎は鞄を持って玄関に向かった。
「気を付けての」
「行ってらっしゃいのキスは無いの···グエッ!」
キスの代わりに、ボディーブローが神様から下賜された。
「ほれっ!踞っていると遅刻するぞ?」
「だ、だったら少しは加減してくれ···」
的確に鳩尾を打ち抜かれた小次郎は悶えていた。
最近では小次郎の性格にも慣れてきたから、華澄も適当にあしらってどつくのが習慣に成っていた。
「い、行ってくる···」
ヨロヨロと覚束ない足取りで小次郎は学校に向かった。学校迄は徒歩で30分掛からない位だろう。駅を挟んだ向こう側だった。自転車で通学しても構わない学校なのだが、小次郎はうっかり申請を忘れていたのだ。
大した距離でもないから、キツかったら申請すれば良いと、徒歩での通学となった。
「ふむ···。学校か」
と、呟いた華澄は、踵を返すと台所に向かって、冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。
茶菓子を食べて茶を飲む。雑誌を捲り、テレビを観る。
「···いまいち面白くないのう」
何時も小次郎と居たからか、一人ではつまらない。
「やはり、母様に相談するか」
華澄は玄関を出ると、裏手に在る社へと向かった。
そして、社に近付くと、そのまま溶け込む様に社に消えていったのだった。辺りは何事も無かったかの様に静寂に包まれていた。
※
真新しい制服に身を包み、小次郎は徒歩で学校に向かった。『港川学園』それが、此れから小次郎が通う事に成る学校だった。
校門を潜ると、クラスが貼り出された看板が目に付く。地元の生徒達が殆んどなのだろう。一緒のクラスに成ったと喜ぶ者や、違うクラスに成ったと残念がる生徒が見られた。
(俺はA組か)
知り合いが一人もいない小次郎は、組を確認すると、直ぐに校舎へと向かった。
学校は中々の広さで、近代的な建物が連なっていた。受験で来た時は田舎の学校だから、木造建築とはいかない迄も、もっと年期の入った校舎だと想像していたものだ。
都心と違って、この辺りには高校が少ない。この港川学園には付近の子供の多くが通う学校だから、生徒の数が多い。学力の平均も程々だから、秀才でなくても入れるのだ。
「サッカーに興味はないか!?」
「吹奏楽部です!初心者も大歓迎です!」
「剣道部だ!一緒に剣の道を極めよう!」
「生徒会に入りませんか?」
様々な部活が生徒の勧誘を行っている。小次郎は体格が良いから、運動系の部活から声を掛けられた。だが、全て断った。
身体を鍛えたりするのは好きなのだが、チームでスポーツをするとか、タイムを競うとかは苦手なのだ。
小次郎は体格に似合わず、文系や芸術系の人間だった。クラシック等の古典音楽も好む。
とはいえ、それを口にすれば勧誘されるから、口を閉ざして足早に教室へと向かった。
「む?後ろか」
黒板に書かれた席に向かう。
次々と教室に生徒が入って来る。顔見知りがいる者は話しに華を咲かせて、知り合いがいない者はスマホを弄ったり雑誌や本を捲ったりと、思い思いに過ごしていた。
小次郎は何となくボ~ッと外を眺めながら、同居している相手の事を考えていた。
(何してんだろうな~。まあ、華澄の事だから、心配は要らないんだろうけど····)
ハッキリと力を使う場面を見た訳ではないが、運動神経の良い小次郎が躱す事の出来ない攻撃を繰り出すのだ。その威力からして、腕力も相当なモノだろう。
それに、またまだ知らない事は多いが、頭が良くて機転も利く。バイトをするにしても近所を出歩いて適当に過ごすにしても、問題は無いだろうと小次郎は考えた。
問題が有るとするなら、外見だろう。非常に目立つのだ。
(髪が真っ白だもんな。明らかに染めたり脱色したんじゃないって分かる色だし、あの美貌だもんな···)
実際、二人で出掛けた時は目立ってジロジロ見られたのだ。
「おはよう」
考え事をしていた小次郎に声が掛けられた。隣の席に座った女生徒だ。
「ああ、おはよう」
小次郎は一瞥しただけで、再び窓の外に視線を向けた。
「···私は須藤由紀よ。よろしくね」
女生徒が名乗ってきた。
「よろしく。俺は風間小次郎だ」
今度は一瞥すらしない。
(な、何なのよコイツ!)
須藤さんはお怒りだ。
(こ、この私が挨拶したのに一瞥しただけって、何なのよ!名乗っても顔色一つ変えないと言うか、見もしないですって!?と言うか、私を知らないの!?)
周りの男子生徒も呆気に取られていた。
何故なら、須藤由紀は美人だったからだ。中学生の頃から美貌で知られ、芸能界からスカウトされているとの噂も有る。言わば、男子生徒の憧れの君なのだ。
そんなマドンナの隣の席と言う幸運に肖ったラッキーボーイだと言うのに、ろくに目も合わせない。
恥ずかしがっての事なら可愛い反応だが、顔色一つ変えていないのだ。
自身の美貌に絶大な自身の有る須藤由紀にとって、此れは屈辱以外の何物でもなかった!
「あの···」
「何だ?」
「あ···。いえ、あ、貴方、変わってるわね···」
「む?普通じゃないか?と言うか、一言二言の言葉を交わしただけで変わっていると言われても困るんだがな」
いやいや!こんな美人に眉一つ動かさないのは充分変だと、須藤由紀と周囲の男子生徒は内心で叫んでいた。
だが、一部の女生徒は吹き出しそうな顔でやり取りを眺めていた。
「な、なあ、お前は須藤さんを見て何も思わないのか?」
堪らず口を挟んだ男子生徒の言葉に、小次郎は首を傾げてから須藤由紀を見た。
「何もって···。何か変なところでも有るのか?普通の女性にしか見えないが···ま、まさか男なのか!?」
何でそうなる!?全員が目を丸くした。否。一人は顔を真っ赤にして叫んだ。他ならぬ須藤由紀だ。
「な、何で私が男なのよ!?あんた一体どんな目をしてるの!?」
と、大変お冠だ。だが、華澄曰く失言大王の小次郎だ。散々華澄にどつかれてもへこたれない鋼の精神の益荒男である。涼しい顔で怒気を受け流した。いや、何で怒ってるのか理解していなかった。
「何で怒ってるんだ?あんまり怒ると皺が増えるぞ。若い身空で老けたくはないだろうに」
火に油どころか爆薬だ。《ブハッ!》と吹き出す音が聴こえる。一部の女生徒が堪らず吹き出した様だ。
「ア、アンタが男とか言うからでしょうが!」
「いや、何とも思わないかと聞かれたからな。普通の女性ではないのかと思ってだな。ふむ。違うのなら失言だったな。すまん」
頭を下げたが、須藤さんはまだ怒っている。容姿に自信が有るだけに、それを一顧だにしない存在が認められないのだ。
「お前の目は節穴かよ!こんな美人は滅多にいないだろうが!」
堪らず、他の男子生徒が叫ぶ。
それを聞いて、小次郎は改めて須藤さんを見た。
「ふ~む···。確かに整った容姿だな。しかし、それと俺が怒られる理由が結び付かないのだが···」
本気で言っている。照れ隠しや誤魔化しではない。心底分からないと首を捻っているのだ。
「も、もう良い!お、覚えていなさいよ!」
「うむ。怒らせたなら謝ろう。すまなかったな。え~っと···。名前は何だっけ?」
わざとやってないか!?あんまりな態度に須藤由紀は泣きそうに成った。
「須藤由紀よ!覚えなさい!」
須藤さんの絶叫が響いた。