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小次郎と白蛇姫  作者: ギッシュ
4/7

華澄と買い物

 小次郎の家に住む事が決まった白蛇姫。名を白織華澄と決めて最初にしたのは食事の要求だった。


「とりあえず腹が減ったのう」

「もう昼か。俺も寝坊して朝飯食ってないからな。何か作ろう」


 とりあえず、初めから調理を手伝わせるのも何だと思った小次郎は、今回は自分が全部作るからと、寛いでいてくれと台所に向かった。


(名を得て繋がりが出来たのは幸いじゃ。此れで小次郎に厄が迫ったら分かるしのう)


 両親の死に関して疑わしい部分が有ると成れば、何らかの接触が有るかもしれない。華澄は小次郎を護る為も有って、名を付けさせたのだ。


(繋がりを得てハッキリしたわ。小次郎に不穏な影が纏わり付いておる。成人もしておらぬ者にこの様な悪意を向けるとは、何ともはや···。人の世とは恐ろしいのう)


 神も争うが、人の様な陰険さは無い。初めて知る人の世の醜さに、華澄はタメ息を漏らした。


「タメ息なんかしてどうしたんだ?」

「む?人の世とは何かと大変なのじゃなと思ったのじゃよ。もう食事の用意が出来たのか?」

「いや。米を炊いてる最中だ。下拵えは済ましたから、炊けたら直ぐに作るよ」

「ほほう。何を作るのじゃ?」

「親子丼だ。卵と鶏肉は嫌いじゃないだろ?」


 神様とは言え元は蛇だ。肉食なだけに、嫌いな筈がないと思ったのだ。そして、それは当たっていた。


「良いのう!もちろん好きじゃ!妾は嫌いな物や食べられない物は無いから、野菜も食べるぞよ」


 蛇ではあるが、人化が可能な神でもある。普通の動物みたいに、人と同じ物は食べたらダメとかは無いそうだ。


「じゃあ、甘い物も好きなのか?」

「好きじゃぞ。先程の饅頭も良いが、洋菓子も好きじゃのう」


 意外と甘党な様だ。ちなみに小次郎も甘味は好きだった。


「冷蔵庫にプリンが有るから、食後に出すよ」

「オォ!気の効いた事じゃ!偉いぞ!」


 華澄は上機嫌だ。プリンも卵を使っているだけに、白蛇の化身としては好物なのだろう。


「うむ!良い味じゃ!」


 小次郎が作った親子丼を、華澄は美味しそうに食べた。

 小次郎は意外と凝り性で、汁も市販品ではなく手作りだった。顆粒の出汁を使わず、割り下を作り置きして使っている。煮物等にも使えるから、作っておくと便利なのだ。


「御主、料理人に成れるのではないか?」


 ラッキョウや梅干しも手作りだと出したら好評で、華澄は美味しいと食べた。


「料理はあくまで趣味だよ。仕事にしたら嫌に成るだろうな」

「そういうものかのう?大成しそうに思えるぞ」


 と、ラッキョウを美味そうにポリポリ食べる。

 ただ、小次郎は人に料理を食べさせた経験が無かった。人ではなく神ではあるが、他人に料理を振る舞ったのは華澄が初めてだ。

 その華澄が美味しいと喜んで食べるのを見るのは純粋に嬉しいし楽しいのも確かだ。


「午後はどうするのじゃ?」

「華澄の買い物だな」

「妾の?」

「ああ。先ずは服を買わないとな。流石に着物一着だけとはいかないだろ?」

「確かにのう。今時、純白の着物を着る者なんぞおらんわな」


 模様も装飾も一切無い。まるで死に装束に見えるくらいだ。緋袴姿であれば巫女装束に見えたかもしれないが、どちらにせよ、街中を闊歩するには相応しくない。


「布団は予備で買ったのが有るから良いけど、日用品や家具なんかも必要だろ?」


 祖父母の残した桐箪笥や鏡台は良い物なのだが、箪笥には着物がまだ入っているし、鏡台を初めとした家具もデザインが一時代前の物だ。華澄が気に入ったら使っても良いが、他に気に入った物が見付かれば、そちらを買っても良いと思っている。何せ、金は裏金を失敬して潤沢に有るのだ。


「ふむ。人として暮らすなら不自然の無い様にしなければならぬからのう。普通の人間と同じ生活をせねばなるまいな」


 と、午後は買い物に行く事に決まった。

 純白の着物は目立つから、とりあえず小次郎のジーンズとオープンシャツを着せた。


「うむ。なかなか着心地が良いのう。動きやすいぞ」


 華澄は小次郎より背が低いから、ジーンズの裾やシャツの袖は捲っていた。

 だが、問題が有った。


「胸が擦れるのが気になるのう」

「···え?」


 胸が擦れる?そのセリフを聞いて、小次郎は思い出した。


「あっ!まさか下着を持ってないのか!?」


 そう。基本的に着物は下着を身に付けない。現代は着物用のブラジャー等も有るが、昔は肌襦袢や裾よけを着用していたのである。華澄が現代の下着を付けている筈がなかった。

 しかも、小次郎のパンツを貸す訳にもいかないし、ブラジャーなんぞ持っていない。母親や祖母の物は処分しているし、よしんば有ったとしても、サイズが合わないだろう。


「凝視するでないわ!」


 ボコッ!と、何発目か分からない攻撃が炸裂する。


「グハッ!お、男の(さが)だから仕方ないだろうが!」


 ノーブラと聞いて、見るなと言う方が無茶だ。こちとら思春期真っ盛りの健康優良少年なのだから。

 取り敢えずバストは晒しで抑える事に成った。祖母の着物箪笥に有ったのが幸いだ。

 パンツだけはどうにも成らないから、此ればかりは仕方ない。が、小次郎の逞しい想像力や煩悩をいたく刺激したのは言うまでもない。


「しかし、洋装も似合うな」


 顔立ちが整っているし、背丈も同年代の女性の中では高い方だろう。スタイルも良いから見映えが良い。


「そ、そうかのう?初めて着るから、よく分からんぞ」


 と言うが、満更でもない様だ。


「ほほう。此れが自転車か」


 更なる事実が判明した。自転車に乗れないのだ。行きは後ろに乗れば良いが(本当はいけないが)、帰りは荷物を積むから歩かなくてはいけない。本当は自転車も買って、二人ともそれで帰るつもりだったのだ。


「華澄は自転車に乗りたいか?乗るなら買って練習するのに付き合うぞ」


 本当なら練習して乗れる様に成ってから買うべきなのだが、金は有るし自転車が二台有った方が、荷物が多く運べると考えたのだ。

 乗れなかったら無駄に成るが、その時はその時だ。割りと運動神経も良さそうなので、然程の時間を掛けずに乗れるだろうとの考えも有った。


「そうさな~。面白そうだから乗りたいぞ!」


 と言う訳で、自転車も買うことが決まった。


「オォ!速いのう!」


 横乗りで後ろに座った華澄は上機嫌だ。何もかもが新鮮なのだろう。

 商店街を二人で回って、家具やら日用品やらを購入した。華澄は物珍し気に見て回り、分からない事は小次郎に聞いて楽しんでいた。

 ただ、下着の購入は難儀した。いや、試着は着物を昔ながらにしか着ていなかったと説明したから、店員が付きっきりで対応してくれたから良い。だが、試着室の前で待たされる小次郎が身の置き所の無い気不味さを味わう羽目に成ったのだ。


「な、何つー拷問だ···」


 恥ずかしい事この上なし。

 色取り取りの女性用の下着が並んでいる。何せこの店は若者向けの店だ。可愛いデザインから少し大人びたデザイン。更に大人向けの過激でエッチなデザインと、刺激的な要素に満ち溢れている。

 小次郎も男だから、非常に興味が有る。だが、此れだけの物量に囲まれて、店員も客も女性だらけの中で待つのは居心地が悪すぎるのだ。


「ほうほう。この様に着用するのだな?」

「はい。ホックはこうして···」

「オォ!息苦しいかと思ったら、そうでもないのう」

「ショーツの方は如何ですか?」

「うむ。少し圧迫感が有るが問題ない」


 生々しい会話が想像力と煩悩を盛大に刺激する。


「此方のデザインも如何ですか?」

「少し派手ではないか?」

「今はこういうのが流行りなんですよ。お客様でしたら、よくお似合いに成ると思います」


(ど、どどど、どんなデザインなんだ!?くっ···!声だけとは何たる蛇の生殺し!蛇に蛇の生殺しを食らうとはこれ如何に!?ぐわぁ~!見たい!拝みたい!いや、神様だから拝謁したい!下着姿の神様!何てハレンチな神様なんだ~!)


 と、一人悶えていた。

 漸く下着を選び終えた華澄が試着室から出てきたら、グッタリと憔悴した小次郎を見付けたのだった。


「何でそんなに疲れておるのだ?」

「ふぅ···。色々と有ったのさ」


 と言いながら、下着の入ったカゴを見る。


「けっこう量が有るな」

「うむ。色々有ってな。可愛いデザインなので気に入ったのだ」


 と、一枚取り出した。

 ピンク色の可愛いショーツで、華澄に良く似合いそうだ。


「何を想像しておるか馬鹿たれ!」

「グハッ!何故分かった!?」


 華澄に殴られた。


「その顔を見れば分かるわ!」

「お客様。物凄くスケベな顔をしていましたよ」


 周りの客も頷く。


「ぐっ···!何たる失態…」


 小次郎は顔を覆って呻いた。少しは表情を取り繕う事も覚えなければなるまい。


 ※


「次はどうするのじゃ?」


 一通り買い物を済ませた二人は、荷物を満載した自転車を押して歩いていた。


「特に用も無いから帰る···」


 帰ろうかと言おうとした所で、鯛焼き屋が見えた。


「華澄。鯛焼き食うか?」

「鯛焼き?」

「ああ。鯛の形の小麦粉の皮で、アンコやカスタードなんかを包んだお菓子だよ。最近は甘くない具材を使ったおかず鯛焼きも有るけどな」

「ほほう?それは是非とも食べてみたいのう!」


 二人は自転車を押して店に向かった。

 その鯛焼き屋は珍しく《天然物》だった。


「此処の鯛焼きは天然物でな。爺さんがよく食べさせてくれたんだ」

「天然物?お菓子に天然物や養殖物が有るのか?」


 華澄の疑問は尤もだ。普通は魚介類に使う言葉なのだ。


「一枚焼きの鋳型で焼いてるのを天然物。複数焼きの鋳型で焼くのを養殖物って言うんだ。一本焼きとも言うな」

「手間が掛かるだろうに、何故一枚一枚焼くのだ?」

「皮がパリッとして美味いんだよ。前の住まいの近くの鯛焼きは養殖物でな。此処の程は美味くなかったんだ。すいません。二つください」

「あいよ!」


 生地を流してアンコを乗せて挟んで焼く。手際よく進む行程に、華澄は珍し気に見ていた。


「良い匂いじゃのう~」


 生地の焼ける匂いが鼻を突く。ホンノリ甘い香りは暴力的だ。食欲を盛大に刺激する。


「ほいよ!熱いから気を付けな!」


 焼き立てホカホカ。紙に包まれた鯛焼きは、見るからに美味しそうだ。


「ほほう!確かに鯛の形じゃ!どれ···」


 外はカリッと中はフンワリでアンコは程よい甘さ。華澄は相好を崩した。


「此れは美味しいのう!何個でも食べられそうじゃ!」


 と言うので追加で焼いてもらう。

 あまり食べると夕飯が入らないからと止めたが、華澄は三つも食べた。もっとも、小次郎も三つ食べたのだが。


「ふ~む。人界には美味なる物が溢れておるのう。何事も経験じゃな」


 天界に居ては分からなかったと、華澄は上機嫌だ。


「この辺りは美味い食い物が多いぞ。それも引っ越して来た理由なんだ。海が近いから魚も美味いし、少し行けば牧場が在るからな。乳製品も美味い物が買えるんだ。家の裏に山が在るだろ?」

「うむ。それがどうかしたのか?」

「茸や山菜が採れるし、川には魚が居て、色々と採れるんだよ。焼いたら最高に美味い」

「ほほう!それは是非とも食べねばな!」


 裏手に竹林も有るから、春には筍も採れる。暫く手入れをしていないが、庭には果樹が有るから、季節毎に果物も実を付けるのだ。

 小次郎の祖父母は、庭で野菜を育てたり鶏を飼ったりと、自給自足に近い生活を営んでいた。

 その祖父母の影響か、小次郎もそう言う生活が好きだったのだ。


「ま、取り敢えずは自転車の練習だな」


 自転車に乗れれば、行動範囲が広がる。一緒に出掛けるにしても、毎回2人乗りする訳にはいかないのだ。


「ちなみに、夕飯は何を作るのじゃ?」

「春キャベツが美味そうだったからな。ロールキャベツだ」


 ロールキャベツについて知らなかったから、小次郎は華澄にどんな料理か説明した。


「洋食の定番だな」

「それは美味しそうじゃな!」


 その笑顔は夕日に照らされ、美しく輝いていた。

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