浄財と名付け
「まあ何だ。確かに断る気はないよ。部屋も余ってるからな。ただ、二人分の食費を考えると、あまり贅沢は出来ないぞ?」
遺産や保険の金は有るが、他に収入がない。バイトも考えてはいるが、今現在は無収入だ。贅沢して散財した挙げ句、就職するまでに貯金が枯渇したら目も当てられない。
「それは大丈夫じゃ。妾の分の食費はちゃんと入れるぞ。さしあたって、これくらい有れば足りるじゃろ?」
と、百万円の札束をテーブルに乗せる。帯付きの新札だ。帯付きの札束なんぞ、実物は初めて見た小次郎は驚いた。が、次いでこの金の出所を疑った。
「ど、何処で手に入れた金だよ?···まさかお賽銭か!?」
「阿呆!お賽銭が神の物に成る訳がなかろう。お賽銭は神社の収入源じゃ。神と言えども、手出し出来ぬわ!」
じゃあ、何処から手に入れたんだと聞く小次郎に、白蛇姫は言った。
「浄財じゃ」
「浄財?」
「うむ。霞ヶ関に集まる『先生』等と御大層な敬称で呼ばれておる偉そうな奴等がおるじゃろう?」
議事堂でうつらうつらと船を漕いだりしている連中だ。
「繁華街で、店からなんやかんやと理由を付けては、金を徴収する輩がおるじゃろう?」
紋々を背負ったアウトローな連中だ。
「愉快に成れる薬を販売する者がおるじゃろう?」
副作用と依存性の高いお薬を販売する連中だ。
「そんな輩から、浄財を受け取っただけじゃ」
もちろん彼等は自発的に浄財を捧げた訳じゃないだろう。それを聞いた小次郎は、嫌そうな顔で金を見た。
「悪どいな~。出所が怪しいなんてもんじゃないな。祟り神なんじゃないか?」
またまたボコッ!と殴打音が響く。
「いった~!角で殴るなよ!」
「祟り神とは何じゃ!悪どいのは奴等じゃろうが!」
「一方的に浄財を徴収するのも悪どいと思うがな?」
等と言うが、小次郎も案外良い性格をしているから、注文を付けた。
「取るなら相手を選んで取れよな」
「何故じゃ?」
「紋々背負った連中にも、庶民を食い物にしたり、悪質な売をしない組も有るんだ」
「成る程のう。『先生』や『薬屋』はどうなんじゃ?」
「真面目にやってる一部の『先生』は、そもそも大金を隠していないだろうな。取るなら悪どい事をしている利権漁りの政治屋だな。だいたい、大金を隠してる汚職政治家の金は裏金だ。裏金だから、無くなっても警察に盗難届けも出せないだろうよ」
「ほうほう。成る程のう」
「『薬屋』は問答無用で搾り取っても大丈夫だ。非合法な奴等が扱うのは危険な薬だからな。資金源を断てば続ける事が難しくなる。奴等の売は、あくまでも仕入れて売り捌く事で利益を出してるんだ。生産者じゃないから、仕入れ資金が無くなれば、廃業する可能性が高い。金策で無茶をする可能性も捨てきれないけど、奴等の数が減る事に繋がるから、資金を奪うのはプラスだろうよ」
「ふむ。御主、中々に辛辣じゃのう。しかも、妙に詳しいな?」
中学を卒業したばかりとは思えない思考だ。
「前の住まいの近くに、大きな繁華街が有ってな。麻薬に関する事件や、筋者の事務所も在ったんだ。で、興味が有って色々と調べたのさ」
「成る程のう。身近であれば、興味も引かれるか。一番良いのは裏金かのう」
「そうだな。企業の懐が少し痛むけど、そういった用途に使う為に違法にプールした金が元だからな。良心の呵責を覚える必要はないだろうよ。何より、溜め込む金額が一番大きいんじゃないか?」
「しかし、御主は15の歳には思えない考えや知識を持つのう」
普通、中高生はこんな話しをしない。
「···両親がジャーナリストだったのさ。両親の死因は事故死。探っていたのは政治家と企業の癒着」
「···まさか?」
「分からん。分からんが、子供が興味を持つには、充分な理由だと思わないか?」
裏を暴いてやろう等とは思わない。出来るわけがないし、謀殺が事実なら、探りを入れている事が分かった時点で、小次郎の身も危ういだろう。
神を前に言うセリフではないが《触らぬ神に祟り無し》なのだ。
「まあ、そんな訳で、俺としては『先生』からならドンドン浄財を集めてくれと言いたいくらいだな」
と、笑った。
(ふむ。あまり深入りするのは神として良くないが、捨て置ける話しでもないのう。母様に相談してみるか)
小次郎は彦瀧大明神と縁深い者だ。神力を上げる手伝いをしてもらう都合に付き合わせる事も有って、白蛇姫は、この件は捨て置く事は出来ないと判断した。
(手を出して来ないとは限らぬからのう)
小次郎に真相を暴く気はないが、後ろめたい連中は、小次郎が親から余計な事を聞かされていないか、疑心暗鬼に成っているかもしれない。
本人に自覚はないが、小次郎は神にとって稀有な逸材だった。それ程の霊力と神との親和性を持つのだ。
「とりあえず、此れを生活費に当てると良い。足りるじゃろう?」
「充分過ぎるよ。だったら、食べたい物とか有ったら遠慮なく言ってくれ。外食でも良いし、作れる物は作るよ」
「御主、料理が出来るのか?」
「そりゃな。自炊は得意だぞ」
両親が亡くなった当初はコンビニで買っていた。しかし、直ぐに飽きてしまったし、育ち盛りで量を食べるものだから高い。
外食は店を変えれば飽きないが、毎食ではこれまた高く付く。
そこで、米を炊いておかずはスーパーで買って食べたりしていたが、やはり飽きてしまった。
そこで、自炊を始めた訳だ。
「初めは肉を塩胡椒で焼いただけとか、卵かけご飯とか簡単な物だったけどな。どうせ食うなら美味い物が食いたいから、本を買って作る様に成ったんだよ」
そして今では和洋中何でも作る様に成ったのだ。
「ほほう!感心じゃな。作る時は妾も手伝うぞ」
「料理出来んのかよ?」
「失敬な!人界で見聞を広めると言ったじゃろう?人界で暮らす事を考慮して、料理の作り方も学んでおる」
「へ~。神様ってのは、そんな頻繁に人界に来るのか?」
「意外と多いぞ?会社員をやったりバイトをしたりと、人に混ざって見聞を広める事が有る」
それを聞いて小次郎は目を丸くした。
「バイトならまだしも会社員?身元はどうするんだよ?」
バイトなら、面接で身分証の要らない場所が多いから分かる。だが、大きい会社に入るのに、身元不明では難しい。身元保証人が必要だったりするのだ。
「神のする事ぞ?力を使えば造作もないわ」
記憶をチョイと弄ったり、書類をチョイと改竄したり···。神の御業は不可能を可能にする。
「奇跡の使い方を間違ってないか?」
と、小次郎は呆れた。
「言ったであろう?神も人と本質は変わらぬと。他人に悪影響を与える行いであれば神とて許されないが、この程度の我が儘なら誰も咎めん。神とて感情が有る。欲も有るのじゃ」
欲を叶える為の力が人より強くて、人より無茶が出来るだけなのだ。
「まあ、確かに迷惑には成らないか」
「人の世を見るのも、神にとっては必要なんじゃよ」
神にも色々と事情が有るらしい。それは人も神も変わらない様だ。
「ところで、俺は学校に行かなければ成らないんだが、その間はどう過ごすんだ?何かバイトでもするのか?」
「そうさな~。まだ何も考えてはおらぬ。今は人界の書物を読みたいのう」
小次郎を殴るのに使ったハードカバーの本をポンポンと叩いて言った。
小次郎もそこそこの量の書籍を持っているが、祖父母や両親が残した書籍も多い。それ等を読みたいと言った。
「あとは、人の街に行ってみたいのう。遊園地なる遊び場や、水族館や動物園なる生き物が見れる施設にも行ってみたいのう」
と、まるで田舎者みたいな事を言う。
「誰が田舎者じゃ!」
またまたオボンが炸裂した。
「いって~!心を読んだのか!?」
「阿呆!口に出しておったわ!」
知らず知らず、口から出ていたらしい。
「成るべく御主と行動を共にした方が神力が上がるからのう。案内は頼むぞえ?」
「そりゃ、構わないけど」
と言うか、髪や肌が白いが、見た目は美少女だ。そんな美人がデートに付き合えと言うのだから、健全なる日本男児の小次郎に断る選択肢は無かった。
(フヒヒ。あわよくばラッキースケベが有るかもしれないしな)
ボコッ!と、オボンが炸裂する。
「いった~!何で殴るんだよ!?」
「スケベな事を考えておったろうが!」
「な、何で分かったんだ!?今度こそ心を読んだのか!?」
「阿呆!顔に出ておったわ!」
今にも舌舐りしそうなスケベ面をしていたらしい。
「まったく。呆れた男じゃ」
と、白蛇姫は呆れた。
「ぬ~。油断成らないな。流石は神様だ」
「御主が分かりやすいだけじゃ!」
やいのやいのと言い合うが、二人とも楽しそうだった。白蛇姫も神としては若輩で、人間の年齢にしたら小次郎とたいして変わらない。この様に話す同年代の者はいなかったからか、とても嬉しそうだった。
小次郎にしても、両親を亡くしてからは、友人とも疎遠になっていたから、久し振りに気兼ねなく話す相手が出来て嬉しかった。何より、美人なのは嬉しい。
「そう言えば、名前は何て言うんだ?白蛇姫だのあんただのと呼ぶのもおかしいし言いづらいぞ」
「む?妾に名は無いぞ。神としての名を受けておらぬからのう」
何々神と言った名を得ていないから、自分は名無しだと言った。
「そいつは不便だな。人界で働く神は、名前はどうしてるんだ?」
「適当に名乗ったりしておるみたいじゃな。確かに、人界で暮らすならば名が無いと不便よのう。···小次郎。御主が考えてくれぬか?」
「俺が?」
「そうじゃ。名を御主が付ければ、御主と妾の繋がりが深まる。妾は御主の霊力の影響を受けやすく成るし、御主は妾の加護を受けられる。厄から護ったり、福を呼び込む一助と成るであろう」
御互いに利に成る話だ。だが、名付けとは無茶な事を言うと小次郎は頭を抱えた。
「···そうだな。白い着物···白い織物···白織···白い花···カスミ草···華やか···澄み渡る···」
白蛇姫の姿を見詰めた小次郎は、連想する言葉を口から紡いだ。
「白織華澄。此れでどうだ?」
白織は白い着物から。華澄は霞色ではなく、白い可憐な花を咲かせるカスミ草から取った名だ。
華やかで澄みきった印象を持ったから、華の字と澄みの字から取って華澄だ。
「中々のセンスじゃのう。気に入った!今日から妾は『白織華澄』じゃ!」
その笑顔は華やかで美しく、名前に相応しいものだった。