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小次郎と白蛇姫  作者: ギッシュ
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引っ越しと出会い

 ♪~♪~♫~。目覚ましの音楽が部屋に響く。


「う~ん···朝か···。やること多いから起きねえと···」


 モゾモゾと布団から這い出て、目覚ましを止める。


「さて、後片付けしなきゃな」


 男の名前は風間小次郎。15歳の中学生3年生だ。中学1年の時に両親が事故で他界。親戚付き合いも無かった事から、小次郎はそのまま一人暮らしをしていた。だが、受験となった今年、小次郎は田舎に移る事を決めた。田舎と言っても、今住んでいる場所から電車で2時間も有れば着く場所だ。

 かつて祖父母が暮らしていた家で、父方の両親の家だ。小次郎は高校の受験を、そちらの学校に決めた。至って普通の高校であり、成績はいたって普通の小次郎も、何とか合格することが出来た。

 わざわざ田舎に引っ越す理由は幾つか有る。先ずは金だ。

 両親と暮らした家は賃貸マンションだった。3LDKの間取りで家賃は10万円。両親の残した貯金や保険金が有るから、社会人に成るまで住む分には問題は無い。無いのだが、出費は少ないに越したことはない。祖父母の家なら両親が亡くなった事で、小次郎が相続して持ち家と成っている。一戸建ての庭付きで結構広いのだが、都心から離れているから税金は安い。家賃を払い続けるよりは遥かに安いのだ。そもそも所有物件だから、住まなくても税金は取られてしまう。だったら住んだ方が良いと判断した訳だ。

 もう一つは、自然が多い方が良いからだ。小次郎は都会よりも、自然が多い田舎が好きだった。祖父母の家なら、都心から隔絶した地域でもないし、自転車で行ける範囲に学校も商店街も有るから、生活に不便は無い。

 それに、両親が事故で他界した事から、中学の同級生は、小次郎を腫れ物を扱う様に気を遣う事が嫌だったのだ。

 確かに両親が他界した事は悲しい。暫くは精神的に辛かった。だが、だからと言って、悲観に暮れても両親は帰っては来ないのだ。

 むしろ、普通に接してくれた方が有り難いくらいだ。なのに、やたらと気を遣う。それが煩わしかった。

 高校に進学しても、小次郎の成績で行ける近くの高校は限られている。平均的な成績の者が行く学校に進学すると、当然ながら同級生の多くが進学する。となると、小次郎の境遇を知っている同級生が一緒となる。そうなれば、中学の頃とあまり変わらないかもしれない。

 だったら、新天地で生活すれば良い。リアルタイムで、小次郎が両親を失って落ち込んでいた時を知らなければ、そこまで気を使われたいだろうと考えた。だから、小次郎は田舎に引っ越す事を決断した。


 ※


「ふう。久し振りだな。この家も」


 小次郎は駅からバック一つを手にノンビリと歩いて、夕方に祖父母の住んでいた家に着いた。駅から徒歩20分。畑や田んぼに囲まれた疎らな住宅地を抜け、その先に有る小高い山の麓の木々に囲まれた場所に家は在った。

 相続して知ったのだが、家の在る山やその奥の山も自分の所有に成っていた。実は大地主に成った訳だ。

 尤も、田舎の山だ。資産価値は低い。付近で開発の予定も無いから、値上がりする見込みも全く無かった。

 だが小次郎としては、好きに出来る環境は有り難かった。川も敷地内に有るから釣りも出来る。因みに、海も自転車で30分程で行けるから、海釣りも出来るのだ。


「取り敢えず掃除しないとな」


 祖父母が他界してからは、たまに掃除に来る位しか来ていなかった。両親が他界してからは一度も来ていない。車は両親が他界した時に手放していたから、行くとしたら電車と徒歩でわざわざ来なくてはならないのだ。もっとも車が有っても、まだ小次郎は運転できないから宝の持ち腐れだ。

 掃除に精を出し、風呂に入ってコンビニで買っておいた弁当を食べる。

 電気とガスは事前に連絡して使える様にしていたが、まだ家財道具が無いし、自転車も買っていないから、纏まった買い物も難しいのだ。

 祖父母が亡くなった時、必要の無い家電製品は処分していた。調理器具もだ。

 祖父母の想い出の品や、価値の有る物を残して、必要の無い物は軒並み無い。両親はこの家に移り住むつもりが無かったからだ。

 マンションの家財道具は全てリサイクルショップに売っていた。両親の形見の品を除くと、全て処分したのだ。

 初めは冷蔵庫等の家電製品を業者に頼んで運ぶつもりだったが、引っ越しシーズンでかなり高かったのだ。

 だったら、使い古した家電製品を高い料金を払って運ぶよりは、現地で程々の物を買えば良いと、手ぶらで来ていた。家電製品や家具等を全て売ったら、そこそこの金額に成って、現地で一人暮らしで使う家電製品を買っても、お釣りが来るくらいの金額に成っていた。

 小次郎は、駅の近くの商店街に在る電気屋と家具屋で、一通りの家電製品と家具を購入して、明日配達してくれる事に成っていた。明日は家電製品と家具が届いたら自転車を買いに行って、調理器具などを買う予定だ。


「入学まで10日か···。ま、煩わしさが無いなら、それだけで有り難いな」


 押し入れに眠っていた布団を引っ張り出し、黴臭さに辟易しながらも小次郎は布団に入って寝息を立て始めた。

 明かりの消えた家を見つめる影が有ることを、小次郎は気付く事はなかった。


 ※


 翌日の昼過ぎ、荷物が到着した。


「これで一安心だな」


 やはり冷蔵庫や調理器具が無いのは不便だ。テレビはあまり観ない小次郎だから、テレビよりも冷蔵庫の方が重要だ。

 宅配便で両親の形見の品や、服や本を初めとした品々も到着した。

 片付けは後回しにして、小次郎は商店街へ向かった。


「ふう。けっこう買ったな」


 自転車の籠と後ろの台には荷物が満載に成っている。後ろは段ボールに荷物を入れて、ゴム紐で固定してあった。調理器具と食材を買い込んだのだ。

 新品の自転車の乗り心地を楽しみながら帰宅した小次郎は、玄関先で驚いて固まった。白い蛇が玄関脇に居て、家を見ていたからだ。


「へ、蛇?」


 と、声を出すと、蛇が驚いたかの様な仕草で此方を見た。だが、特に噛み付く素振りは見せない。

 小次郎は驚いたが、別に蛇に驚いた訳ではない。爬虫類は意外と好きで、蛇は美しいとすら思っている。では何故驚いたかと言えば、蛇は白蛇だったのだ。


「初めて実物を見たな…。確かに神々しい」


 いや、画像で白蛇は何度も見ているが、ここまで見事な白蛇は見たことが無い。一般的に見られる白蛇は、何らかの色が多少は混ざっていたりするものだ。だが、この白蛇は混じりっけの無い純白だった。目の赤さだけが色彩を帯びていた。

 白蛇は昔から信仰の対象として知られていた。弁財天の使いや、北海道のアイヌに伝わる白蛇姫の伝承等が有名だ。また、彦瀧大明神の御神体も白蛇として知られている。

 本好きな小次郎は白蛇について多少の知識は有ったから、邪険にしようとは思わなかった。


「そうだ」


 小次郎は買い物袋を漁って卵を取り出した。パックを開けて卵を一個取り出すと、白蛇から少し離れた地面に置いた。そして、害意が無い事を示す様に、卵から離れて見ていた。


「おっ!食べた!」


 逡巡するかのように動かなかった白蛇だが、スルスルと動くと卵を丸呑みした。

 それを見届けた小次郎は、満足げに家の中へと入ったのだった。


 ※


 次の日、庭の手入れをしていると、茂みから昨日の白蛇が姿を現した。ちょうど良いと一度台所に行って、卵と飲み物を持ってきた。疲れたから休憩しようと思っていたのだ。

 卵を地面に置いて、小次郎は縁側に腰掛けて麦茶を飲んでいた。白蛇は昨日と違って逡巡すること無く、スルスルと卵に近寄ると、またしても丸呑みにした。

 白蛇は小次郎を暫く見ていると、唐突に茂みの奥へと姿を消した。


「何だか普通の蛇とは違うよな。アオダイショウのアルビノに似ているけど、違う気がするし…」


 と、考えるが、答えが出るわけない。


「まあ良いか。守神だと思っていよう」


 小次郎はそう呟くと、庭の手入れを再開した。


 ※


「スー、スー」


 新しく買った布団で気持ちよく寝ている小次郎の枕元に、一人の女性が訪れた。


「小次郎。起きるのじゃ」

「スー、スー」

「…小次「スー、スー」」


 ピキッ!額に青筋が立った。


「小次郎!起きぬか!心にまで届く声ぞ!聞こえておろうが···「ブッ!」」


 小次郎は返事の代わりに盛大に屁をこいた。昼間にサツマイモを食べたからか、強烈な臭いだ。


「ぐっ···!な、何たる臭い!鼻が曲がりそうじゃ!」


 女性は身を捩って悶えている。


「う~ん···。誰だ屁をこいたのは?臭いじゃないか···むにゃむにゃ···」


 ケツをボリボリ掻きながら、小次郎は寝言を呟いた。

 お前じゃ!と、突っ込み、あまりの臭いに涙すら滲ませた女性は鼻を袖で押さえながら睨んだ。


「起きぬかうつけ者!」


 ついにキレた女性は枕元に置いてあった本《厚さ3cmのハードカバー》の背表紙で、小次郎のおでこを殴った。


「グワッ!な、何だ何だ!?」


 如何に熟睡していようと、固い背表紙で殴られたら堪らない。小次郎は飛び起きた。


「イタタッ!誰だよ!?痛いじゃないか!しかも、何か臭いし···」


 フと見ると、脇に白い着物姿の女性が座っていた。年の頃は小次郎と変わらない様に見える。だが、肌も髪も信じられない位に白い。その顔は涼やかで凛としていて、威厳すら感じる美顔だった。


「こ、こんな美女が臭い屁をこくなんて···」

「阿呆!女性(にょしょう)に向かって何と言う疑惑を掛けるのじゃ!御主がこいたのじゃ!」


 ボコッ!っと、再びハードカバーが炸裂した。


「グォ~ッ!ぼ、暴力反対!」


 寸分違わず同じ場所に命中したから、その痛みたるや筆舌に尽くしがたいモノだった。


「まったく···。どうしようもない男じゃ!妾は御主に用が有って来たのじゃ」


 まだ痛む額を押さえながら、小次郎は女性を見た。まだ15の小童だが、今までに見た女性の中で断トツに美しい。そんな美女が寝床に訪ねて来るとは何事か?

 ハッ!と、小次郎は気付いた。


「そ、そうか、とんだ無礼をしてしまった。申し訳ない···」


 と、頭を下げた。


「うむ。分かれば良いのじゃ···って、何故脱ぐ!?」


 シャツを脱ぎ、トランクスに手を掛けて下げようとしていた。


「人生初の夜這いが、する側ではなくされる側とは···。しかし、女性に恥を掻かせては男の名折れ!さあ!一戦参ろう!」

「戯け者~!」


 三度ハードカバーが炸裂した。


「だ、誰が夜這い何ぞするか!妾を何だと思っているのじゃ!」

「ね、寝床に突然現れたら、する事は一つじゃないか···」


 思春期真っ盛りだ。女体の神秘に興味が尽きないお年頃だろう。高校生に成る事だし、童貞を卒業出来ると先走った様だ。


「御主の頭の中には精子が詰まっとるのか?第一、もう朝じゃぞ!」


 む?と、周囲を見れば、確かに明るい。朝日が燦々と降り注いでいた。


「おぉ!新しい布団だから、熟睡してたみたいだな。で、あんたは誰なんだ?何処かで会ったかな?何となく既視感は有るんだが···」


 と、首を捻る。夜這いじゃないのは残念だが、この女性は誰なのか気になる。


「昨日一昨日と顔を合わせておる。妾は彦瀧大明神が娘。白蛇姫じゃ!」


 美女は白蛇の化身だと言った。小次郎と白蛇姫の、奇妙な物語りの始まりだった。

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