あり得ないくらい気の合う相手が学校一の美少女だった件
最近、俺――市場一久には悩みができた。
それは人にとっては気にしすぎ、と言われることかもしれないが、実際に起こるとそこそこに気になってしまう出来事なのだ。
俺のクラスには、学園で一番の美少女と呼ばれる女の子――桐山愛沙がいる。
長い黒髪に透き通るような白い肌。俺の語彙力では、彼女のことは『美少女』としか表現できないくらいだろう。
そして、俺のような人種が関わることのない人物ナンバーワンだと思っている。
端麗な容姿に加えて成績は優秀。それに対して俺の成績は、言ってしまえば平均よりちょっと下くらい……まあ、悪い方だ。
さすがに運動面では俺の方に分があるようだが、そんなところを比べたところで仕方ない。
そして何より、彼女は清楚で可憐だが、とても社交的だった。
俺のようにクラスで多くの友達を作るわけでもなく、自分の趣味に没頭するだけの人間とは全くもって異なる人物なわけだ。
……まあ、言ってしまえば俺はオタクで、彼女のような人間とは対極的な立ち位置にいる。
実際、関わり合いになろうとは思わないし、お近づきになりたいなんて願望もなかった。
なにせ、住む世界が違うのだから――そう、同じクラスになった瞬間から思っていたのだが……。
「またいるな……」
ちらり、と俺は『彼女』の存在を確認して、隠れるように別の商品棚のところへと移動した。
学校からの帰り道――少し大きめのショッピングモールの中にある家電量販店で、俺はとある買い物をする予定であった。
それはヘッドセットだ。最近始めたばかりのゲームで仲のいい相手が見つかり、お互いにせっかくならボイスチャットもしてみよう、という話にもなったのだが、生憎と俺はヘッドセットを持っていない。
まあ、その相手も持っていないらしいから、今日あたりに買えたらやってみよう、となったわけなのだが……こういう日に限って、ヘッドセットを見据える桐山の姿がそこにはあった。
正直、彼女がここにいるのは意外だ。ゲームなどはしなさそうだし、ひょっとしたら高音質の音楽でも聴くためにヘッドフォンを買おうとしているのだろうか。
――これくらいならば、別に桐山が商品を吟味していようが、俺は気にせずに自分の目的を果たして買って、そそくさとその場を立ち去るだろう。
だが、それができない理由がある――最初に『それ』が起こったのは、入学したすぐのことだったか。
何気なく帰り道に寄ったコンビニで出くわしたり、漫画でも買うために寄った本屋で見かけたり、腹が減ったからと適当に選んだお店に彼女がいたり――そんな『偶然』が幾度となく起こっているわけだ。
もちろん、俺が意図的に桐山のことを追いかけているわけでもないし、彼女も俺のことを追いかけているなんてことは万が一――いや、億が一にもあり得ないことだろう。
それでも、偶然とは怖いもので、顔を合わせる機会が多いと、俺はとある危惧をしてしまう。
……俺が、彼女にストーカーまがいのことをやっているのではないか、という勘違いをされることだ。
被害妄想だと言われたら、もちろんそれまでだろう。
けれど、あまりにも彼女とは顔を合わせすぎているし、彼女の方も俺の存在には気付いている。
他の生徒と顔を合わせるよりもダントツで多いのだから、何か思われてもおかしくはない――そう考えて、俺はいつしか桐山のことを警戒するようになっていた。
今、こうして彼女を見かけて姿を隠しているのも、全ては俺の平穏な学園生活のためだ。
俺が気を付けていれば、桐山に気付かれることもないし、たまに出くわしたとしても、それこそ『たまたま』ということになるだろう。
俺はしばらく、時間を潰すように店内をぶらついてから戻ると、すでにそこに彼女の姿はなかった。
「よし……」
小さな声で思わず喜びの声を上げ、心の中でガッツポーズをしながら、俺はヘッドセットを手にレジの方へと向かう――前に、適当にまた時間を潰した。
今行けば、間違いなく桐山と出くわすことになるだろう。
そう思って店内を再び歩き始めると、エスカレーターの方へと向かう彼女の姿が目に入った。店名の入った紙袋を引っ提げて、彼女は少し嬉しそうな表情をしながら下っていく。
今日は出くわすことはもうなさそうだ。……まあ、俺からすればもう出くわしているのだが。
レジの方に向かい、早々にヘッドセットを購入した俺は、足早に帰路につく。
今日の目的はヘッドセットを買うだけじゃない――このヘッドセットを使って、最近できたオンゲの友人とボイチャをすることなのだから。
相手も学生である、ということは普通のチャットの方で分かっている。
まあ、言葉だけなら嘘の可能性もあるが、それならそれで構わない。
ゲームの向こう側の『彼』とは、俺のやっているゲームでよく狩場が一緒になったことから、付き合いが始まった。
チャットをしてみると、お互いに漫画やアニメ、ゲームの趣味に至るまで完全に一致。ここまで趣味が一致する相手はリアルにいなかったし、俺は正直言って少し興奮した。
だからこそ、ボイチャまでして一緒にゲームをしよう、ということになっているのだから。
俺が今暮らしているのは、高校から少し離れたところにあるアパートだ。
学生寮というわけではないが、家賃は安く、俺の通う高校での利用者は以前から多い、とのことだった。もちろん需要もそれなりに高いわけだが、俺は見事にその抽選を勝ち取った。
他にもこのアパートを拠点としている同じ高校に通う生徒もいるらしいが、別に挨拶周りなんてことはしていない。
互いに干渉し合おう、という人間がいないことは、俺にとってもラッキーであった。
ちなみに一人暮らしをしている理由は、いい経験になる、という単純なものだ。
「さてと……」
俺は帰宅して早々に、ブレザーを脱ぎ捨てて準備を始める。
紙袋から取り出すのは、買ったばかりのヘッドセットだ。
それを箱から取り出しつつ、パソコンを起動する。
「マイクの調整はゲームの方でできるから……差すだけでいんだよな」
ヘッドセットのケーブルをパソコンに繋ぎ、起動したパソコンから、早速ゲームも起動する。
今やっているのは、オープンワールドでファンタジー世界を歩き回れるという、とても自由度の高いゲームだ。
ログインしてみると、すでにフレンドリストには、その人物の名前があった。
「お、『チャーハン』もうログインしてるな」
『チャーハン』というのは、俺のゲーム内の友人のキャラ名のことだ。
料理の名前かよ、と思ったが、オンゲにおけるキャラの名前なんてそんなものだろう。
早速、チャーハンから個人チャットが飛んでくる。
『はろはろー。早いじゃん!』
『お前の方が早くね?』
『そりゃ、学校終わってすぐにヘッドセット買ってきたからね。楽しみにしてたもん』
『お、俺と同じじゃん』
『気が合うねー、僕と! それじゃあ早速、繋いじゃおっか』
言うが早いか、チャーハンからボイスチャットの招待通知が届く。
これをクリックすれば、ゲーム内でのボイチャが有効になるわけだ。
俺はヘッドセットを装着すると、ポップアップをクリックする。
小さなウィンドウが表示されて、そこには俺のキャラ名とチャーハンの名前があった。
ごそごそ、と何か動く音が聞こえてくる。
どうやら、向こうの音は少なくともこちらには届いているようだ。
「あー、あー、聞こえるか?」
マイクチェックのつもりで声を掛けてみる。
すると、向こうからも返事があった。
『聞こえる聞こえる。あははっ、なんか声で話すと変な感じだねー』
チャットの時とほとんど変わらない明るい調子の、『可愛らしい女の子の声』が耳に届いたのだ。
「……!? え? あれ? お前、僕とか言ってたのに……女の子だったのかよ!」
『え、そうだけど……。あ、なんか絡まれるのとか面倒だから、ゲームでの一人称はそれっぽくしているってわけ。私が女の子でも、別に問題ないでしょう?』
「あ、ああ……いや、別に問題はないんだが……」
『……? 問題はないんだけど、なに?』
割と衝撃の事実であったのだが、それよりももう一つ気になることができてしまった。
ヘッドセットを通して聞こえてくる『彼女』の声は――俺には聞き覚えのあるものだったからだ。
さすがに『こんな偶然はあり得ないだろう』と心の中で言い聞かせるが、俺は先ほどあったことを思い出す。
桐山が、ヘッドセットをじっと見据えていたこと。そして、あそこの家電量販店で何かを買っていたこと。
そんな彼女の声が――ヘッドセットから聞こえてしまっているという、事実があった。
「……」
『ちょっと、ちょっと! どうして黙っちゃうの? 私、せっかく話すの楽しみにしていたのにー! そりゃ、性別隠していたのは悪いかもだけど、私達って趣味も一緒なわけじゃない? だから、仲良くやれると思って――きゃっ!?』
その時、ドンッと隣の部屋から何かが落ちるような音が聞こえた。
同時に、ヘッドセットの声も、何かに驚くような声が届く。――おいおい、それはさすがにあり得ないだろう。
「い、今、なんか物音がしたな?」
『あ、ごめんね。昨日、読んでいた漫画がちょっと積んでいたから、滑り落ちちゃって……』
「そ、そうか。ちなみに、ちょっと変なこと聞いてもいいか?」
『……? 変なこと? なに、急に』
「いや、まあ、その……なんて言えばいいんだろうな……」
『えー、なにその言い方? やっぱり私が女の子だったの気にしているの!?』
「それも驚きではあったけど、それ以上に驚きというか……とりあえず、お互いベランダに出てみないか?」
『え、ベランダ? なんで?』
「悪い、変なこと言ってる自覚はある。けど、ちょっと確かめたいことがあってな……」
『まあ、別にいいけど……。あ、私のワイヤレスだから、そのまま外に出られるんだよねー』
彼女はそう言いながら、早々にベランダの方に向かったようだ。風の音が少し入って、ぼそぼそと音が聞こえる。
……実は、俺もワイヤレスが可能なものを購入している。
ケーブルから切り替えて、俺もベランダの方に向かい、『あり得ない』事実を確認に向かった。
カラカラ、と窓を開いて、小さめのベランダに足を踏み入れる。
もちろん隣の部屋とは壁で仕切られているが、少し身を乗り出せば確認はできてしまう。
ただ、乗り出さなくても『彼女』の姿はそこにあった。
ヘッドセットを付けた桐山が、口元を緩めながら話す。
『それで、私をベランダに連れ出してどうしようって言うの? ――なんて、ボイスチャットじゃどうにもならないと思うけど!』
「……えっと、桐山、こっち」
『え――?』
思わず、俺は彼女の名前を呼んでしまった。
面を食らった表情のまま、彼女はこちらの方を見る。
俺は思わず、苦笑いを浮かべたままに、挨拶するかどうか迷ったような、曖昧な手の上げ方をする。
「ん……? へ?」
『ん……? へ?』
リアルな彼女の声の次に、ヘッドセットを通じた彼女の声が聞こえてくる。
俺はこのあり得なさすぎる偶然に、逆に冷静になってしまった。
「あー、その……なんだ。つまり、こういうわけ、らしい」
「……」
「桐山?」
俺が問いかけると、桐山はそっとヘッドセットを外す。
俺も、それに合わせて外した。
「市場くん?」
「あ、俺の苗字、覚えてたんだな」
「……えっと、うん。クラスメートだし、それは把握してるよ?」
「そっか、そうだよな。いや、うん……とりあえず、なんて言うか……お前が『チャーハン』だったんだな……」
しかも、同じクラスで隣に住んでいる――なんて、こんな偶然があるのだろうか。
「ちょ、ちょっと待って。整理が追い付かないんだけど……っ! とりあえず、チャーハンって言うのはやめてもらっていい!? あと、一旦部屋に戻ろ!? ボイスチャット、ボイスチャットしよう!」
「お、おう」
桐山に促されるままに、俺は部屋に戻る。そして、再びヘッドセットを装着すると、
「どういうことなのー!?」
『どういうことなのー!?』
部屋の向こうでも驚きの声と、ヘッドセットを通しての驚きの声も聞こえてきた。
「いや、俺も分からない……けど、こういうこと、としか言えないんだ」
『そ、そうだよね……。ええ、でもこんな偶然って……?』
「あ、断じて俺が何かした、とかそんなことはないからな!?」
『ん、何かって……別にそんなことは疑ってないよ。そもそも、私がこのゲームやっているってこと、誰にも言ってないし。だから、これは全部、全くの偶然なわけだけど……ええ……?』
先ほどまで元気だった彼女も、さすがに困惑の色を隠せないらしい。
俺がゲームで最近仲良くなったチャーハンは、隣に住んでいる、同じクラスの美少女――どういう『設定』なんだってレベルだ。
「……どうする?」
俺は思わず、ぽつりとそんなことを呟く。
彼女に判断を委ねるようになってしまうが、俺としてもどうしたらいいか分からなかった。
しばしの沈黙の後、桐山の声が耳に届く。
『……とりあえず、狩りでもしながら話ししよう?』
「そう、だな。そうしよう」
桐山の言葉に同意して、俺は動揺しつつも椅子に座ってゲームを始める。
その後、俺は彼女と話を始めると――趣味がやはり完全に一致していた。
リアルなイメージとはかけ離れているが、彼女は彼女で本当に同じ趣味を共有できる人は一人もおらず、俺という存在がいてくれたことは正直に嬉しい、と言う。
俺も、その意見には賛成だ。
「……まあ、その、なんだ。驚きしかないけど、とりあえず今後も仲良くしてくれ」
『それはこっちの台詞だよ。むしろ、こんな偶然なんてあるんだねー。ふふっ、市場くんとはよく顔を合わせるなーって思っていたけど、まさかゲームでも顔合わせしていたなんてね。もしかして、これは運命ってやつじゃないかな? いっそ、私達付き合っちゃう?』
「な……、じょ、冗談でもそんなこと言うなよ」
『あははー、市場くんって純情だね』
普段のイメージとも違う桐山の、そんな冗談めかした声に、それでも俺は緊張してしまう。
――それからしばらくして、あまりの気の合う俺達が付き合うことになるとは、一緒にゲームを楽しんでいるだけのこの時の俺は考えもしていないことであった。
たまにはこういうお話も書きたくなったので書いてみました。
続きません!