2話「幽霊修行も生き生きと」
特に言うことないです。
今日の夕飯は唐揚げでした。
体が透けている。
指先に行くにつれて透けていく青白い肌、さっきシャワールームから出てきたばかりなのもあり、服は一切着ていない。
股間にはなぜか白い靄が漂っている。あ、十八禁ですかね?
さっきまで体中にまとわりついていたゾンビおじさんの体液もすでにない。
それだけではない、寝起き特有の倦怠感、歳からくる節々の痛み、さっきのおじゾンビとの闘いで蓄積した、はち切れそうなほどの疲労すら、今はなくなっていた。
間違いない。俺は雷に撃たれ、死んだ。
バイオハザードでゾンビ以外の死因RTA最速じゃないですかこれ。これが一番早いと思います。
そして、紆余曲折あって哀れな幽霊として復活したのだ。あの時の少女の声との受け答えでベストアンサーをチョイス出来なかったせいなのか。
こうなるならギャルゲーにも手を出しておくべきだったか。
不謹慎な冗談はさておき、これからどうしたものか。
今俺は、小さな一軒家の玄関前で突っ立っている。
とは言っても、雄大な大地を踏みしめる確かな感覚はなく、ただその座標にいる……いや、あるという感じだろうか。生の実感はなく、まずどうすれば歩けるのかもわからない。だって足が動かないのだから。
いや、もっと思考を単純に、無駄なタスクを削除するようにしてみる。
足を動かすのではなく、念じるように。
すすめ。
ん、お、おぉ!?
微妙ながら動いたな。
まだアリと同速程度だが、コツさえつかんでしまえばあとはなんとかなるはず……。
もっとはやく。
すすす、と、早歩きほどの速度で移動する。
すばらしい、動いているかも怪しいありんこから驚異の成長スピードだ。しかも移動により体力を消費するような様子すらない。
もしかして、ノーコストかつノーアクションで移動ができるなら
このままいけば念じるだけで光速に到達できるのでは?
……いや、さすがに無理か?てかやばいか?
なんか物体が光速で移動すると甚大な被害がどーちゃら……。
別にいいか。今更何が滅ぶとか正直関係ねぇし。
光より速く!!
しかし なにも おこらない。
……多分一瞬の雑念が混じったな。こうやって慣性で世界がどうこうとか考えて躊躇するとダメなのか。
そもそも物体に触れられない虚無ボディだから、今更慣性だとか相対性だとかあまり関係ないような気もするし、瞬間移動したとしても、きっと問題ないはずだ。
ほおぉっ!精神統一!
ひかりよりはやく。
俺の位置は相変わらず。瞬間移動どころかほんの1ミリも進む気配がない。
うーん、だめだ。移動速度には限界があるのだろう。幽霊のことなんて知らないけど。
生前の身体能力が影響している?でも足を動かす必要も無いのになんでそこを忠実にするんだよ。
そもそも俺は体育が得意な方じゃ…………。
あれ?
俺って体育苦手だったっけ?
いや、なんか、リレーですっ転んで、当時好きだった娘に指さされて爆笑されて……あれ、好きな子って誰だっけ。綺麗な、綺麗な金髪?いや、なんで、俺は日本在住だから……。
違う、そんなはずがない。そもそも俺は学生時代……。
いや、まてまてまて。
おかしい、おかしいぞ?
記憶が飛んでる?もしかしたらそれ以上に深刻な状態?
やばいぞ、記憶が曖昧で固有名詞の類はほとんど思い出せないじゃないか。歩き回って友達を集めようと思ったけど、生前に俺の近くにいた人間を全く思い出せないからどうしようもない。
でもよく考えたら俺って幽霊だし、多分誰からも認識されないんじゃないか?もしそうだったらコミュニケーションなんて夢のまた夢で……。
生前…………自分の名前さえも思い出せない。これはかなり深刻だ、考えるのはよそう。落雷で頭に致命の一撃受けたから、その時に記憶を失ったのだろう。
これからどうしようか。とりあえず移動はいくらでもできるようになった。もはやほんの少し意識するだけですうっと前に進むことが出来る。まだ少しぎこちない、だが、ここいらの幽霊界隈ではなかなかスジがある方だろう。しらんけど。
ひとまず生存者を探すのが先決だろうか。
逆に考えれば、ディストピア発生からまだ一日だ。たった一日でこの世の生者が抹消されるなんて、あってはならない。ゾンビ映画ならZ級もいいとこだ。
そういうことで、あくまでゾンビ映画のルールを勝手に遵守した上で、町の方まで出て、生存者を探して行こう。
でも、忘れちゃいけない事実がある。今の俺は幽霊だ。どうにかして会話というか、最低限のコミュニケーション手段を確保しておきたい。例えば念動力で物を動かして筆談したり、誰かに憑依して喋ったり、とにかく見えるようになるための修行をしたり。
当分先のことなので、またその時までに方法を見つけられていればいいんだけど。
ただ、今の俺は食料も睡眠も水分も、もはや必要ではないのだ。1度死んだ以上これ以上死ぬことも無いし、何かの拍子で生き返るなんてまず思えない。
とりあえずは何も考えずに、そう、気ままに旅をするのがいい。
まぁ、線路に沿っていけば街の方には出られるだろ。
家からおよそ3キロ先、最寄りの駅がある。そこから線路沿いにおよそ25キロ。ここらで最も大きい街がある。都心部ほど広くはないが、そこなら誰か人がいるかもしれない。
行ってみるか、都会。
ここから北の方へ約2日。
徒歩で行くにはかなり気が引ける時間だが、生憎今の俺は幽霊だ。ジャンプスケアホラーで幽霊が息切れとか筋肉痛とか、まず聞いたことも無い。
気がつけば俺は、一切特別な思考を置くことなく移動が可能になっていた。この調子ならダッシュすら出来そうだ。
もしかしたら幽霊ってみんなこんな感じなのかな。近くに幽霊は……いないね。旅のお供なし、と。
マラソンでも走ったこと無い距離をザクザクと歩く。とは言っても結構な早歩き、もしかしたら2日かからずに到着するかもしれない。それにどれだけ進んでも、まったく疲労する様子は見られない。
そういえば電車走ってないなぁ。
時間が止まったような世界。文明が大きく崩壊してしまったことを感じられる。スマホの電波は通じるのか?テレビは、ネットは、計り知れない不安が頭をよぎるが、その一瞬後には、俺には全く関係のない事だと再確認する。
だが、それを当たり前に生きてきた人間は、生存者達は一体どのような生活を、どのような表情で送っているのか、とても気になり始めた。最悪、生存者なんて居ないんじゃないか、もうゾンビたちの手によって同胞に帰られてしまっているのでは?そんな予感が頭を過り、振り払うように歩みを進める。
都会にはショッピングモールもある、食料や武器だって沢山ある。
大丈夫、人間はそんなに弱い生き物じゃない。
荷物も持たず、服も着ず、線路沿いにただ等速直線運動を続ける。青白い俺。どこかノスタルジックな哀愁を感じなくもないが、全裸の男な時点でもはや全てが台無しだ。
ほんの数分も歩いてないうちに、1匹のゾンビが俺の横を通り過ぎる。
あ、こんにちはー
「ァァ……オ"ッ」
返事、じゃないよね。
そういえば幽霊って憑依とかできそうだけど、どうなんだろう。
いや、実用性汎用性の点から考えるとやっぱりまずは念動力からだよなぁ。幽霊修行にも段階を踏まないといけない気がするけどなぁ。いや……とりあえず、やっちゃう?やってみる?
あのー、そこの、あ、はい、すみませーん?
「……ア"ア"ッ」
返事はなし、と。
やはりゾンビは俺を認識することは出来ないようだ。
不便も何も無いが、無視されるのは寂しいな。
さて、憑依のやり方をマニュアル無しでやってみよう。
きっと偉大なる先人?先霊?達も険しい道を超えてきたのだろう。なれば俺も手探りで憑依を会得するのだ。
「ア"ァ"……」
ハロー?親愛なる死人仲間よ
「…………ヴゥ」
明らかにタイミングがズレてる。返事をした訳では無さそうだ。
さて、もう一歩切り込んで話しかけてみるか。
「ここで会ったのも何かの縁だ、良かったら一緒にお茶でもどうだい?」
「…………」
ガン無視で通り過ぎてったな、こいつ。感じないとはいえ失礼極まりない。
さすがにイラッときたので無い体で行く手を阻んでみる。
ところで!お願いがあるんだが、体を貸してはくれないかい?今ちょうど困っていてねぇ
「……ヴゥ」
うわ、きもちわり。
普通にすり抜けて通り過ぎてったぞ。
何かに引っかかった様子は全くない、それこそ別次元の存在かのように。なるほど、俺幽霊っぽい。
だが、それでは俺のイライラが収まらない。
悪あがきなのは分かっているが、すぐさま振り向き手を伸ばす。
ちょ、待てよ!
目の前の腐りきった肩を掴んだ、その時だった。
んんっ!?
急に視界がぐらりと歪み、倒れ込むように加速し、ねじれる。
軽い偏頭痛のようなものが脳を刺し、思わず目を閉じる。
「……ヴぇっ」
声が漏れた。
今までの頭の中で念じるだけの声とは違う、声帯を震わせて口から外界に出力する声。擦るような汚い声だが、この姿になって初めて声が出た。
「ァッ……ア"ア"?」
手を見る。きたない。
てか全身がめちゃくちゃきたない。
服もボロボロで心做しか臭い。
だが、問題はそこじゃない。確かに今、俺は服を着ている。
そして、自分の手がはっきり見えるし、ガラガラの声も聞こえる。
「オ"ォ?」
歩く。足を前後に動かして。
大地を確かに踏みしめる感触。確かに体は前に進む。
「オ"ォ!……オ"オ"オ"ォ!!」
間違いない、憑依成功だ!
まさかこんな簡単に幽霊の特技を会得できるとは。俺ってマジで幽霊としての才能がある?ガチ大器晩成タイプ?
てか触っただけじゃん、なんでこんな簡単に出来たんだろうか。
もしかしてゾンビは既に死んでるから?人としての理性がないから空いてる場所にすっぽりインしちゃう的な?
「ア"、オ"オ"」
喋れないね、この体。とは言っても、声帯が腐り落ちてるゾンビだから喋れないってだけで、人間とかに憑依出来たら喋れるはずだ。
その辺は予想内。逆に、人間に憑依出来ればほぼ確実に人語を喋れる、ということが分かっただけでも僥倖だ。
「オ"オ"!ング!オ"ォ!」
凄い、体が軽い!しかもめっちゃ器用に動く!
あの時ゾンビと殴り合いをした時から勘づいてたけど、ゾンビって周りの人間と比べてめちゃくちゃ身体能力が高い。好条件が重なったあの時でなければ、間違いなく生身の俺は簡単に死んでた。
もしかして人類滅亡ルートワンチャンある感じ?ついさっきまで「人間はそんなに弱い生き物じゃない(キリッ)」とか考えてたけどちょっと不安になってきたわ。やばい死んでるかも。あぁ心が苦しい。カムバックユートピア!
そういえば、なんで俺は死ななかったんだろうか。昨日から爆睡してたよ。
「ブゥ……」
なんかショックだわ。俺ん家にはゾンビが寄り付かないバリアでも張ってあったのか?結果的には幽霊として気ままにスローライフ送れそうだから、まぁ、いいけど……。
「ア"ァア"ー!」
……それにしてもこの体、本当に身体能力高いな。
さっきのおじゾンビといい、もしかして俺が出会うゾンビってかつてアスリート選手だったりした?
……いや、さすがにそこまで甘えた考えはできない。
ゾンビウイルスに感染した人間、というか罹患者は、理性を失うだけでなく、身体能力が向上し凶暴になるのだろう。
「オ"ォ!」
とは言っても、俺みたいな幽霊が憑依すればそんな荒ぶる怪物も容易く御することが出来るようだ。
これは人類復興のために絶対に欠かせてはならない特技だ。
そもそも復興するためには人類の番が一組以上必要だけどもね。
「ヴヴェへへ」
さて、ウォーミングアップも終わったし、街に向けてゆっくりまったり、本当の意味で歩いていきますかね。
感想とかお待ちしております。
そういうの大好きです。