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レヴナンツ・オデッセイ  作者: 林檎兄貴
1/2

一話「バイオハザード始まったのに落雷で死んだ奴って俺以外にいる?」

何度か推敲を繰り返した作品です。

数年前からゆっくりと空き時間で練った構想を、何とかここに出力できました。


 窓を揺らす程の喧騒で目が覚めた。騒ぎ声と、破砕音が交互に響き、両方が弱くなった瞬間に、微弱ながら雨が降る音が薄らと聞こえてくる。

 まだ朝の4時だと言うのに、何をそんなに騒がしくする必要があるのだろうか。


「うるせぇなぁ」


 カーテンを開き、まだ暗い外を見る。本来なら向かいの家の壁が見えるはずなのだが、まず視界に入ったのは、大雨に打たれながら佇む、ツルッパゲの男性だった。

 それだけだったら笑えたのだが、その姿は明らかに異常だった。

 まず、皮膚が余すところなく土気色をしている。唇も青くなり、まるで生気が感じられない。

 しかも、所々が腐り落ちているようで、黄色と赤が混じったような汚い液体が各位から噴出している。

 てか、なんで雨降ってるのに傘もささずに──あ、こっち見た。


「ヴッ⋯⋯ヴァア⋯⋯!」


 サッ──はっ、考えるより先に腕が動いた。再び目の前には厚手のカーテン。

 その次に頭をよぎる強い不安感。

 と、ともかく、今目の前にいた緑色の固まりはなんだったんだ?

 いや、既視感はあるし、恐らくそれがなんと呼ばれるものなのかも、俺は知っている。だがしかし、目で見て理解しても、脳がその存在を否定している。


「夢……か?」


 あぁそうだ、人間とは得てして幻想を抱き、夢を見る生き物だ。そして、その夢の中には悪夢と呼ばれるものが存在する。

 しかもそれは寝ている間に体を冷やすと見る傾向が強いとも聞いている。

 そう言えば昨日はお腹を出して寝ちゃったし、悪夢を見てもおかしくない。

 しかも、今この瞬間目覚めたと言われてもおかしくないくらいの位置にいる。

 そうだ間違いない。

 いやそうに決まっている。

 はっはっは、いくら非日常願望があるとはいえこんなリアルな夢を見るなんてツイてないな。

 さて、二度寝と洒落こ──

 ガシャーーン!


「ヴッ!ヴゥオオ!」


「でーすよねー!!」


 だが、勢いよく飛び込んできた割に、ガラスの破片が体のあちこちに刺さって身動きが取れていない。

 俺はそんな無様なゾンビを尻目に、俺は寝室から飛び出した。

 ガラスの破片を踏んだのか、足の裏に血が滲む。

 だが、こんな状況では些細なことだ。

 今はとりあえず、遅れを取り戻さねばならない。

「包丁!鍋蓋!ジャンプ漫画!風邪薬!塗り薬!食料!⋯⋯金!はいらない!」

 高校時代の修学旅行以来、もう使うことは無いだろうと思っていたキャリーバッグを押し入れから取り出す。

 長年放置していた割には場所を覚えていたのが不幸中の幸いと言うべきか。

 必要になるかもしれないものをキャリーバッグに詰め込む。

 まずは四角くて固い四隅を埋められるもの、次に緩衝材にもなる柔らかいものを底に敷きつめて、壊れ物やよく使うものは上の方に入れる。

 ここまでの一連の流れを一瞬で判断し2秒で実行する。

 これぞ長年の一人暮らしで培った主婦の詰め込み術よ!

 ワセリンや十徳ナイフなどは取り出しやすいウエストポーチに入れておく。

 ジャンプ漫画は服の下に入れて防具にする。

 もしも噛まれた時に、ウィルスの感染を防ぐためだ。

 決して出先の暇つぶしなんかでは無い。


「まぁ、落ち着いたらちょっとは⋯⋯ね?」


 そう確固たる意思とともに服の下に分厚い鎧を仕込む。新時代の鎖帷子を舐めんなよ。


「ォオ!ヴォオオ!」


 一際激しい音が鳴り響き、扉が破られたのだと気づく。

 やがて俺の寝室からぺたぺたと足音がし始めた。


「ふっふっふ、残念だったな」


 俺には頼もしい相棒がいるのを忘れちゃいけない。

 唯一どこにも仕舞わず、手元にずっと置いておいた我が相棒、そう、鉈である。なんの経緯で手に入れたのかすらもはや謎だが、まぁ細かいことは気にしちゃいけない。

 さて、この家が俺の棺桶になるか、はたまた伝説の幕開けとなるのか。

 おぞましい気配が廊下の奥から漂ってくる。


「ヴォオオ⋯⋯」


「先手必勝ぉああああ!!!!!!!」


 死角となる曲がり角からの奇襲。

 大振りに鉈を突き付け、頭を切断しようと試みる。

 突然首筋を突き刺されて、さぞかしゾンビも驚いたことだろう。

 だが、肝心の目的である頭部の切断に至らなかったのが残念だ。


「死ねぇ!!……!?」


 さらに鉈の刃を首筋に押し込もうと試みたが、ゾンビはそれを許さなかった。

 痛覚はないらしく、鉈を首からぶら下げたまま俺に噛みつこうと試みてきた。


「うぉおあ!!きめぇ!!!」


 それは俺の想像を絶する力だった。

 クラスに一人はいたであろう、喧嘩事がやたらと強いヤツ。⋯⋯それの数倍はあるかもしれない膂力を誇っている化け物。


「うわっ、ちょっ!!」


 いくつも点在する傷口と思わしき箇所から、赤い液体が噴出する。反射的に直撃は避けたが、いくつか飛沫が肌につく。

 粘膜部分には触れなかったと思うけど、これで感染してたらその時はその時だ。


 その時、ポケットからワセリンが落ちた。

 ゾンビの体液にひるんで後退した時に揺れ落ちたのだろう。

 ゾンビは運悪くそれを踏んでしまった。体重に耐えきれずワセリンのキャップが弾け飛ぶ。結構な勢いで透明なジェルが吹き出した。

 一瞬にして安定した足場を失ったゾンビは、ドリフもかくやという勢いですっ転んだ。


「すすす隙ありぃ!!?」


 俺はゾンビに馬乗りになり、こめかみに何度も包丁を叩きつけた。


「ヴッ、ヴァァ!オッ⋯⋯ガッ!⋯⋯⋯⋯」


 ゾンビが死んだのか生きているのかも分からないまま、とりあえず滅多刺しにしておく。

 慢心こそが最大の敵、念には念を入れて殴っておく。

 ヌルッとした液体が手を伝う。

 もはや感覚が機能していない。

 そして、頭蓋骨が砕ける音の代わりに、床のフローリングを傷つける音が響いてきた頃、ようやく俺は手を下ろした。


「⋯⋯はぁ、はぁ。やったか」


 完全に頭部が消失し、代わりに謎の液体に塗れたゾンビの遺骸は、大の字に寝転んでピクリとも動かない。


「勝ったぞ、俺はこの世紀末を乗り越えたぞー!」


 いや、さすがに気が早かったな。

 てか汚いなぁ。風呂入ろう。

 そう言えばパジャマ姿だし、こんな格好で機敏な動きなんてできるはずがないじゃないか。

 そうだ、一度風呂に入って仕切り直そう。

 そして、服を脱いで浴槽に入った時に、俺はあることに気がついた。


「⋯⋯水もでねぇじゃん」


 蛇口を捻るが、出てくるのは金属が擦れる乾いた音だけで、目的の水が全く出てこないでは無いか。


「うそーん」


 良く考えればわかる事だ、このご時世、バイオハザードが発生しても水道会社がまともに機能するなんてB級映画の中くらいだ。

 電気もつかない、コンロも使えない、でも水道は出るなんて、ご都合主義にも程がある。

 何度捻っても結果はおなじ。呆然と同じ行動を繰り返す俺を嘲笑するように、シャワーの口からホコリが落ちた。

 あ、そうだ、確か雨降ってたなあ。もうそれで体洗お。

 未だ大の字に寝そべって倒れているゾンビを迂回して、玄関に向かう。

 やっとこさ一体目のゾンビを倒したというのに、達成感よりも疲弊の方が強い。

 この先一人じゃきっと限界が来る。少し歩けば、他の生存者達が作ったコロニーとかそんなのがあるはずだ。なければ詰む。

 玄関を開けると、寒々しいような蒸し暑いような空気が鼻と肌を包んだ。

 関係ない話だが、俺は雨が好きだ。

 別に理由なんかない、なんとなくだが、天気の中ではダントツで雨が好きだ。

 一応周囲に先程のおじさんらしき人物が居ないことを確認し、庭先に出る。


「はぁー、生き返るわー」


 雨の勢いは思ったより強い。

 それは滝行のように全身を叩いていくが、不思議と不快感はない。

 連日の仕事疲れを払い落としてくれるようにも感じた。

 血の汚れが落ちるのと同時に、心做しか先程まで感じていた焦燥感も薄れていくようだった。


「ふぅー、待ってろよ。こんな世紀末でも、俺は主役になってやるからな」


 ──まさかそれが、俺の最後の言葉になるなんて思ってなかった。


 全身を潤わせようと、土砂降りの雨の中伸びをする。

 右手に持っていた鋭い鉈を持ち上げ、天を掴むように背を伸ばす。


 その瞬間、空が光った。

 視界を埋め尽くす眩い閃光。

 天から地へと、遍くを断ち切りながら頭上に現れたその光の奔流は__。


「⋯⋯⋯⋯」


 あれ、体が動かない。


「⋯⋯⋯⋯」


 雨粒がスローに見える。周りの音も聞こえない。


「⋯⋯⋯⋯」


 ふと気がつくと、自分の意識が空中を漂っていることに気づいた。

 俺は、第三者視点から、力なく崩れる自分自身を眺めていた。

 外傷もない目の前の肉は、相変わらず気持ちよさそうな間抜けな顔をしながら倒れていく。

 何やってんだ?


「⋯⋯⋯⋯」


 やがて、人形のように自分は地に伏した。

 あれ?じゃあ『俺』はなんなんだ?


 その時、腹の底に響く重低音が叩きつけるように鳴り響いた。

 それは段々と遠く霞んでいき、やがて俺の脳にひとつの可能性を示しだした。


 ⋯⋯あ、俺、もしかして、雷に撃たれた感じ?


 え、死ぬ?


 不意に、全身が反重力に吸い込まれそうになる。


 嫌だ、だって俺⋯⋯まだやりたいことが⋯⋯!


 クソみたいな世界がこんなに面白そうになったのに⋯⋯!


 誰だって一度は考えた、ゾンビになった嫌な先輩や上司の頭を踏み抜く妄想、それが実現しそうだったのに。


 ──まだ逝けない。


 もはや『俺』の体は見えないが、『俺』は確かに手を伸ばした。空に吸い寄せられる中、雄大に構える大地に手を伸ばした。

 視界が白んでいく。目を閉じるとこのままどこかへ吸い込まれていくと、感覚で理解した。

 だから目を閉じる訳にはいかない。

 俺は──


「生きたいの?」


 声だ。女の子の声。

 外国人の下手くそな日本語のようだ。誰かわからないが、俺に問いかけているのだとなぜか確信できた。

 俺は迷いなく答える。


「あ、はい」


「ふぅん」


 え、会話が続かないタイプのイベントですか?

 あなたもしかしてコミュ障?いや、俺の返事が悪かった?

 だが、浮遊感はもうない。

 地面に足がついた気がする。


「生き返ったのか⋯⋯?」


 手元を見ると、確かにそこに存在するではないか、体が、手足が!

 なんか青白いけど。

 試しに動かしてみるが誤差なく指は動いた。

 顔を上げると、自分の家。

 ふと、違和感が全身に覆い被さる。

 俺の体が窓ガラスに反射して映らないのだ。

 ボヤけてるとかそんなんじゃなくて、周りの景色は映るのに、俺のいる部分だけパッと切り取られて、後ろの風景が優先されて映っているのだ。


 そう、これは──。


「⋯⋯あ!幽霊か」


 いや待てや。

感想等お待ちしております。

私そういうの大好きです。

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