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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔を統べる者、召喚される

作者: 伊藤@


 今日で14歳になる。来年は受験で勉強漬けになるからと、プレゼントは家族で遊園地にしてもらった。

 兄はバイトで来ないって、別にいいけど。

 お父さんとお母さんは最近話をしない。3歳下の弟と私は空気を読んで明るくはしゃぐ。


「俊哉、次あれ乗ろうか」

「うん、お姉ちゃん」

「お父さん、お母さん早く行こう!」

「りっちゃん、お母さん達疲れたから2人で乗ってきて。ベンチで待ってるから」


 柔らかく微笑む母と父。確かに今日の陽気は体力のないお母さんにはきついかもしれない。明るく手を振るとアトラクションに弟と手を繋いで走ってゆく。


 ジェットコースターが最も高い場所から落下する瞬間、眩しい光と共にジェットコースターはそのまま空中に飛び出し、恐怖の悲鳴が溢れて…。


 気がついたらここにいた。


「ようこそ、勇者様」

「は?」


 カラフルな髪の毛と瞳を持つ、白い肌の大人が私をぐるっと囲んでいた。何故か錆びた鉄の匂いがする。

 俊哉!俊哉はどこ?

 アトラクションは?お父さんお母さんは?周りの人は?

 尻もちをついている床がねっとりとして生暖かい。この気持ち悪い粘つきはいったい何だろう。ゆっくりと視線を下げると、召喚陣の中は血と肉塊の海で、頭から返り血を浴びた私だけが人の成りをしてそこに居た。


「いゃあああああああああ!」


 俊哉!俊哉!俊哉!嘘だ、そんななんて酷い。

 もしかして、この肉塊のどれかが俊哉?


「勇者様、どうか落ち着いて!さぁその召喚陣から出てくださいませ」

「嫌ぁ!嘘だ!なに?何なの!!あんた達がやったの?!酷い!悪魔!嫌ぁ」


「勇者様どうぞこちらへ!」

「錯乱してる」

「おい、このままでは埒があかんぞ!」


 ザワつく場所に、場違いな程澄んだ声が通った。


「大丈夫ですか?お可哀そうに…」


 凜と鈴の音の様な声は、私を少し正気に戻す。

 焦点の合わない目を声の方に向けると、そこにお母さんが立っていた。


「お母さん!!」

「どうぞ、こちらへ」


 冷静だったらお母さんが他人行儀な事を言うわけ無いってわかるのに。ズルズルと血と肉塊から這い出ると、陣の外に立つ母の姿をした人に縋りついた。


「捕まえた」

「え?」


 縋りついた人は、紅髪に緑の目をした背の高い男性だった。


「え?お母さんはどこ?」

「可哀想な勇者様」

「さっきから勇者って何なの!」

「少し眠られた方がいいですね『睡眠』」

「な……」


 私の意識はそこで途絶えた。



 あの血溜まりの中、母の姿で私を捕まえたのは、幻術スキルを使えるこの国の宰相だった。私は綺麗に洗浄スキルを掛けられ、ベットに寝かされていた。目覚めると大神官と宰相が部屋に入ってきて。

 しわがれた声で大神官が話しかけてきた。


「お目覚めですか、勇者様」

「ここ何処なの…」

「ここは勇者様を召喚したグラン王国です」

「召喚…グラン王国」

「左様でございます」

「あれは何?何で周りは血の海だったの?」


 忘れられない血の匂い、まだ体に染み付いている気がする。


「あれは勇者様の為でございます」

「え?私?!」

「左様でございます。勇者様がいらっしゃる世界から勇者様を喚び、こちらに定着させる為の儀式でございます」


 こいつ、頭おかしい。体の芯が冷えて自然に慄える、人の命を何だと思ってるんだろう。こいつが召喚なんかしなかったら、俊哉や周りの人はあんな肉の塊にならなかったのに。


「勇者様には尊き使命を果たして頂きます」

「…使命?」

「千年もの永き間、我々を苦しめる魔王を倒す事です」

「倒したら帰れるの?」

「勿論でございますとも!使命を果たした暁には」


 全く目が笑っていない老人の言葉を聞いて理解した。


 嘘だと。


 それは直感というよりも確信。帰れる筈が無い。こいつら正真正銘のクズだ。

 人の命を使って定着させたなら、人の命を使って剥がすしか無いだろう、でも自分達で魔王を倒さない人間が勇者に命を差し出す訳がない。


 こんな外道のせいで俊哉や周りの人は肉塊になったんだ。目の裏が真っ赤に染まり、怒りは限界を大きく超えて蒼白い炎となり臓腑を舐めるように焼いてゆく。


 感情が振り切れると極めて冷静になった。


 召喚に関わった全ての人間を肉塊にする。これ確定。今すぐが無理なら何年掛かっても。全員が無理なら1人ずつゆっくりと。


 考え込んで何も言わない私を御しやすいと思ったのか、老人は猫なで声をだして私に言う。


「元の世界へ戻るのも、この世界に留まるのも勇者様の自由でございます」

「…魔王ってどうやって倒すの?」

「ステータスと唱えて頂きスキルを確認致します」

「ステータスって自分だけ見えるの?」

「左様でございます。他人の情報を見るのは鑑定スキルが必要で、まあこれはおいおい教えましょう」


 良かった、こいつらに個人情報がバレなくて。都合が悪いとあっさり殺されそうだ。誰よりも強くなって、こいつらを肉塊にするまで生き抜かないと。それが私の使命だ。


『ステータス』


◆塩川律子:シオカワリツコ

◆年齢:14

◆職業:魔を統べる者

◆固有スキル

 囁き:対象を魔に変える

 

「勇者様はどのようなスキルをお持ちで?」


 そう聞かれたから、大神官と宰相に向かってスキルを呟いてみた。


『囁き』


 2人は糸の切れた人形の様に床に崩れ落ち、グズグズと体が溶け出して黒い血溜まりと肉塊から魔が這い出してきた。


「うわっ…気持ち悪…」


 大神官は茶色の醜悪なゴブリンとなり飛び跳ね奇声を上げ部屋の外に行ってしまった。

 宰相は黒い陽炎のゴーストに成り果てスルリと影の中に溶け込んでいった。


「くふ、あは、あはははは!」


 馬鹿な奴ら、間抜けもいいところだ。勇者を召喚したら異世界からきたのは魔を統べる者とか。


 床に倒れ込み、お腹がよじれる程、笑って、笑って、笑い転げ、涙が溢れる。

 俊哉、お姉ちゃんが呼ばれたせいで、ごめん俊哉。


 漸く落ち着いて部屋を見れば、ベッドだけの無駄に広い部屋。家具も何もない、壁紙も貼られていないむき出しの壁を見ると自分の立ち位置が下なのは理解出来た。

 ベッドから裸足で床に立つ、白いペラペラの袖のないワンピースを着せられていた。薄くて寒い。

 アイツらにとっての勇者は奴隷みたいなもんか。


 部屋の外は何やら騒がしい。

 さっきゴブリンになった大神官が暴れてるのだろう。

 恐る恐る廊下に出てみれば、見張りの兵士が死んでいた。建物のあちこちで警笛が鳴っている。


 さて、ゆっくりもしていられない。触りたくは無いが背に腹は代えられないか。

 涙を拭くと、血溜まりから大神官の高そうなローブを拾い上げ、薄手の革で出来た財布を抜き取る。


 もう、人にあっても構うもんか。手当たり次第にスキルを使ってやる。そっと辺りを伺うと逃げ出した。

 廊下には紅いカーペットが敷かれて裸足でも楽に歩ける。壁には間隔をあけて絵画が掛けられていて見られているようで気持ち悪い。


 そのまま進むと窓を磨いているメイドがいた。ごめんね、恨むなら召喚した人を恨んで。


『囁き』


 メイドは血溜まりから、嘆きのバンシーとなりふらふらと彷徨い歩いて行った。

 そのままメイドの靴をもらい受ける。


◆◆◆◆


 ここまで来たら、もういいかな。


 部屋から逃げ出して、見つかったら片っ端からスキルを使った。お陰で建物の中はモンスターハウスの有様で大混乱だ。

 汗まみれで夜の草原に寝転がり星空を見る。

 折角気分を落ち着けようとしていたのにウンザリする。なぜなら、風上から臭い匂いが漂って話し声も聞こえてきた。


「おい、誰が寝てるぞ」

「こんな夜中に外でか?」

「ラッキーじゃねぇか!若いなら売り払うぞ」


 結局この国は上から下まで腐ってる。私に向かってくるクズが3人いた。

 他人から悪意を向けられる事が、こんなに恐ろしく腹立たしい事を知る。


 気配がどんどん近くなり、男の1人が私に触れようとした時。


『囁き』


 男達がその場に崩れ落ちる。

 鼻が曲がりそうな悪臭を放つこいつ等は盗賊か浮浪者か、どっちにしろ人を襲うのに躊躇いが全くなかったから。


 別にいいよね?


 血溜まりに立ち尽くす豚の化け物達が我に返ると叫び声を上げて何処かへ走っていった。

 これからどうしよう…。


「あるじさま…」

「うわぁ!!」


 足元から声がする、するりと影からゴーストが姿を出した。そっか、魔になると私の配下になるのか。


「お悩みのようでしたので」

「そうだね、これからどうしようか考えてたとこ」

「夜も更けております。宜しければわたくしの屋敷は如何でしょうか」


 何でこいつだけまともなんだろう。

 疑問は後でいいか、もの凄く疲れたし。


「なら、行こうかな」


 ゴーストに案内されたのは、召喚された建物からかなり離れた場所だった。むしろあの建物の周りが、わざと何もない場所に作ったのかもしれない。

 逃げ出しても助けを呼べないように。


 かなり歩くと賑やかな都に入った。夜なのに空へ向けてライトの光が幾つも放たれ黒い空を彩っている、甘美な音楽が静かに奏でられ、色とりどりの小さな花が、空から降り地面に触れると弾けて消えてしまう。

 夜遅くまで酒を飲み笑い転げる若者たち。妖艶な女達が角に立ち人々を誘っている。

 建物は白に統一され窓からは美しい布が虹のように掛けられていた。

 さっきまでの惨劇が夢の出来事に思える。


「王都ベイベノイです。この都は眠らずの都です」


 私の影に潜み道案内をするゴーストが話す。あの花は幻術なんだとか。

 こんなに栄えているのに、魔王と戦って欲しいなんていう召喚理由っておかしいよね。


「ねぇ、魔王って本当にいて脅威なの?」

「…北に魔王の一族が居ます。その土地は資源に溢れていると聞きます。なにせ結界が張られており誰も入ることは叶いません」

「誰も入れないのに何故わかるの?」

「入れませんが、出てくる事は可能です」

「なる程…」


 脅威でもなんでもなくて、ただ資源が欲しいだけの理由だったんだ。


 都の外れに宰相の屋敷はあった。ちょっとした林に囲まれた小洒落た洋館だ。

 その姿だと屋敷の人間はわからないのではと思っているとゴーストはスキルを唱えた。


『幻影』


 ゴーストは元の自分の幻影をかけたのだ。人間の頃のスキルは使えるようだ。背の高い彼は私を屋敷へ誘った。


「さ、あるじさま。どうぞ」


 屋敷に入る前に確認しておく。


「ねぇ、あなたは私を殺さないの?」


 彼は私を見ると静かに言う。


「殺せるか殺せないかで言えば。殺せません」

「そう」

「でも、殺したいかと問われたら。殺したい…こんな姿にしたあるじさまが憎い…」


 その瞬間の私の喜びは言い表せない。私の顔を見た彼は後退る。

 だって彼等は、ちゃんと人間の頃の意識を持ったまま魔になり永遠に私を憎むのだ。けして幸せになんかならない。なんて素敵で残酷な復讐なのだろう。


「ざまあみろ」


 彼はくしゃりと顔を歪ませ私を屋敷に案内する。屋敷の扉はゆっくりと閉じられ、堅固な結界が張られた。

 気がついた時には遅かった。


「あるじさま私も一緒に眠りにつきましょう。いつか誰かに起こされるまで…『睡眠』」


 そして私達は眠りについた。

 起きたらこの世界を…。

 


◆◆◆◆


 数年後。


 子供が2人屋敷の結界の前に立っていた。


「ねぇ、やめときなって!」

「結界の中にはお宝があるはずだよ!」 

「またお父さんに怒られるってば」

「大丈夫だって」


 パキン…。


「う、うわぁああああ!」



 その日、結界が壊され世界に魔が解き放たれた。世界は数年後蹂躙される事になる。

 魔を統べる者はけして世界を許すことは無かったという。



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