悪女、疾走する
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「何だって?!」
ケイハーヴァン皇太子殿下が叫んで立ち上がった後、廊下から殿下を呼ぶ声が聞こえた。殿下は一旦廊下に出られた。
メイドの2人は震えながら目に一杯涙を溜めている。可哀そうに…全身の魔質が精神的疲労からか魔術凝りまでおこしそうなほど弱っている。私は彼女達に回復魔法をかけてあげた。虹色の光が2人を包む。
「きゃ!」
初めて、女性らしい驚きの声を上げてメイド2人はへたり込んでしまった。
「こ…れ」
「回復魔法よ、魔術凝りもおこしかけているわ。体が疲れていて怠かったでしょう?」
「素晴らしい!」
突然声をかけられて、驚いて声をした方を見ると丸顔の若い男性とケイハーヴァン殿下が立っていた。この方がラガッフェンサさんかな?なるほど、綺麗で大きな魔質だ。
「魔術師団の治療術師をしております、バント=ラガッフェンサと申します」
私は淑女の礼をしてご挨拶を返した。
「色々お聞きしたいことはあるのですが…殿下、まずはこのメイド達の方を片付けませんと…」
わたしがそう切り出すとケイハーヴァン殿下はメイド達に向き合った。
「お前達、悪いようにはせん。どうだ…」
メイド達は顔色を悪くしたまま身を固くしている。
「私への毒殺が上手くいったかどうか、監視している者がいるわね。もしかしたらその者からポケットの毒も飲むように言われている?」
私がそう切り出すとメイド2人は目に涙を溜めて私を見た。私は彼女達の肩を摩った。
「心配しないで、どこで見張っているか教えて」
メイドの1人が震える声で話し出した。
「メイドの…棟の控室の二の間で…薬を受け取りました」
その後をもう1人のメイドが続けた。
「ナフラ…というメイドで…」
ナフラ…メイドか…。私はスッと魔力を外に放った。それを聞いた殿下がすぐに出て行こうとされたので
「お待ち下さい、私も参ります」
と言って殿下の横に立った。ケイハーヴァン殿下はちょっと仰け反っている。
「な…何をっ王女殿下には…」
「今、追尾をかけています。1人…メイド棟から離れて足早に移動している魔質の者がいます。私なら追えますが?」
「追尾魔法!」
「なんと!」
「王女殿下…っ私の兄が捕まっていて…!」
「私は母が…」
メイドの子達が叫んで泣き崩れた。なんて卑劣な…っ。私はケイハーヴァン殿下を置いて行くほどの勢いで廊下に飛び出した。流石、殿下は一瞬出遅れたがすぐに横に並ばれ私を抜いて走って行く。
「移動しているのはどちら方向か分かるか?!」
殿下はチラリと私を顧みた。私は移動している魔質の持ち主の方を指差した。
「北棟の森から城外に出るつもりか、おいっ!シツラットに第二部隊をすぐに北棟に集めろと言え!」
走りながら、廊下に居た近衛に叫んでから殿下は、廊下の窓から外へ飛び出して行った。あら?それいいわね。
私も真似をしてドレスのままだが、窓から外へ飛び出した。魔法で補助しながら殿下の後を追う。流石に殿下は速いわね。
見えた!あの魔質の者だ!フードを被っているから年の頃は分からないけれど女性に間違いない!
ケイハーヴァン殿下はそのフードを被った女性の前に飛び込んだ。
「きゃっ!」
悲鳴を上げてフードの女性は止まったが、顔を上げてケイハーヴァン殿下だと分かると身構えた。私は彼女の背後から近付いて叫んだ。
「ナフラ!」
名を呼ばれて無意識にこちらに意識を向けた。ビンゴ!私は一瞬でナフラの懐に入り込むと、背負い投げをした。
「あっ!」
「きゃああ!」
殿下とナフラの叫び声が重なった。私は投げ飛ばしたナフラの体の上に乗って首を絞めながら
「どこに逃げようとしたの!人質はどこなの?!」
とナフラに聞いた。殿下は唖然としていたが、すぐに我に返るとナフラに近付いて
「早う言え。首の骨を折るぞ?」
と脅しをかけた。怖いわね、ケイハーヴァン殿下。ナフラはひぃぃ…と悲鳴をあげてからどこかの住所を告げている。流石に私は土地勘が無いのでどちらの方角か分からない。
すると、転移魔法で数十名の軍服を着た男性達が現れた。この方々が第二部隊かしら?
「殿下っ!揃いま…した?」
私と目が合った格好いい赤毛の軍人は、たじろぎながらケイハーヴァン殿下に声をかけた。あら?失礼、首を締めていましたわ。私はナフラの体の上から退いた。
「賊の根城を捜索するぞ!人質が居る!この者を牢へ、賊の一味だ。王女殿下はどうされますか?」
ケイハーヴァン殿下はちょっとニヤつきながら、最後に聞いてきた。あら?それ聞きますの?
「勿論行きますわよ?」
「そのドレスで?!」
軍人の誰かがそう叫んだ。私は叫んだ辺りをジロリと睨んだ。
「そのドレス姿でも動けなければ賊にやられてしまいますもの」
「!」
第二部隊の隊員は一斉に押し黙った。私はケイハーヴァン殿下を見た。もう大人しくなんてしていない。
「転移魔法…流石に使えませんの。連れて行って下さる?」
そう言って手を差し出した私を、ケイハーヴァン殿下は笑いながら引き寄せた。ケイハーヴァン殿下の美麗なお顔が近付き心臓が跳ねた。そして一瞬、暗転して魔力圧が体にかかったと思ったら
「着いたぞ」
と言われて目を開けると、少し寂れた何かの工場跡みたい場所に移動していた。うわ~異世界でも賊のアジト?ってこういう建物なんだぁ。悪が溜まり場にしてるっぽい。
思わずキョロキョロしていると、ケイハーヴァン殿下と赤毛の軍人は何か指を素早く動かして…それを見た皆さんは音も無くそのまま散開して行った。
わーっカッ…カッコイイ!あれだっネイビー〇ールズとかだ!映画で見たことある!
そして殿下も静かに…あれなんだろう?魔質が遮断されている特殊魔法を使ったまま移動しようとした。あ、そうだ!
「殿下、建物内には25人ほどの魔質があります。内2人は先程のメイド達と同質の魔質ですので人質の方だと思われます。因みにその方達はここより奥手のその大木の側の部屋にいらっしゃるようです」
殿下と赤毛の方は驚愕の表情で私を見ている。どうしたのよ?魔質が視えるんだからこれくらい普通よ?
すると赤毛の方が物凄い勢いで私の近くまで走り込んで来た。あ、この方お顔にソバカスがあるわね。
「ちょっ…おいっ!何だそれなんだそれぇ?!」
私はすぐに消音魔法を使った。
「ちょっと、こんな所で大声出さないで下さいませ」
「何故それを早く言わない!」
今度は殿下が走り込んで来て私に怒鳴った。
ええっ?無茶言うなぁ~自分達でピピピと指差しの指示してアッと言う間に消えちゃったくせにぃ。
「言う暇なかったじゃございませんかぁ~」
殿下は何故かジロリと私を睨みながら指笛を吹いた。一瞬で隊員さん達が転移してこられた。そしてまた指でピピと指示を出している。
「マルは木の見える部屋だ」
「御意」
皆さんまた消えた。すごいね!格好いい………って殿下!置いて行かないでよっもう!
2人に付いて行こうとすると
「王女殿下は危ないので外でお待ちになられては?」
と、今頃赤毛のソバカスさんがそう言ってきたが逆に、外で王女放置の方が危険じゃないかしら?と言おうとしたら…ケイハーヴァン殿下が手で私達を制した。
「すぐ本隊を叩こう」
ええっちょっと待てよっと私はパッと手を挙げた。ケイハーヴァン殿下と赤毛さんが私を見る。
「私は治療術師ですので、まずは人質の方を保護したいと思うのですが………何でしょうか?お2人のその目は…」
「王女殿下は術師というより、十分お強いと思うが?」
「さっき体に跨って絞め技してませんでした?」
と2人から総ツッコミを受けた。
ケイハーヴァン殿下と赤毛さんは私をサックリと無視して足早に建物内を進んでいく。仕方ないこんな時に単独行動はいけないものね。渋々殿下の後を付いて行く。
「ここか…」
「15人ほど中に居ますわね」
そう私が言うとまた殿下と赤毛さんが私を凝視する。なんですかぁ?
「王女殿下がいれば、斥候や間者は必要ないな…」
「潜入作戦やりやすいですね」
そりゃどーも。殿下達は一瞬で室内に滑り込んだ。流石に私は忍者のような動きは出来ないので、のんびりと後から入ると、ナイフを手に襲ってきた男の手を捻り反動をつけて投げ飛ばしてから、次に近付いて来た別の男を大外刈りで落とした。
「……」
室内には殿下と赤毛さん以外に10名ほどの隊員さんが居て…私をまた凝視していた。ん?どうやら戦闘は終わっていたみたいね。
赤毛さんが一歩私に近付いて来た。
「あ…え~と何からお聞きすればいいのか…本物のリシュリアンテ王女殿下ですか?」
私は小首を傾げてみせた。
「う~ん、聞かれても証明するものがないわね…」
「王女殿下には、アレがあるだろう?」
アレ?ケイハーヴァン殿下が指差す方を見ると戸口に別の隊員の姿があり、ご婦人と若い男性を抱き抱えていた。
あれは!人質の方ね。私は急いで彼らに近付いた。
「怪我をなさっているわ。すぐに治療しますね」
私はご婦人の方に治療魔法をかけた。
「わあっ?!」
「えっ?!」
隊員達が驚きの声をあげて、私の治療魔法を見ている。私は男性の方にも回復魔法をかけた。
「凄い…一瞬で治った」
赤毛さんがそう言ったので、彼の方を顧みて笑顔を向けてあげた。また隊員の皆様が凝視している。
何とか無事に人質救出、悪党成敗!が完遂したようだ。
後は殿下達に任せましょう…。城に戻りメイドの2人に親御さん達の無事を伝えて、やれやれ…と皇太子妃に用意された部屋のソファに座り直した。
皆様まだ、後処理に忙しそうだわ。どうしよう…急に暇だ。フト…テーブルに例のケイハーヴァン殿下がチラチラ見ていた資料?のようなものが置いたままになっているのに気が付いた。
不用心ね…置きっぱなしだなんて………いいわよね?置いてあるし見たって?
何かに言い訳しつつ…こっそりと資料?のようなものを見てみた。
…。
……なるほど。
ああぁ……初めて知ってしまった。
その資料には悪辣で醜悪なあばずれ王女殿下の赤裸々な報告が綴られていた。具体的に愛人と称される男性の個人名まで記載されて、まるで現場を見て来たかのようなリアルな描写溢れる報告になっていた。
ヤバいな…私ってこんな女だと思われていたのか、こりゃドン引きだ。それはケイハーヴァン殿下も偽装婚姻を言い渡してくるはずだ。
この愛人の近衛のクリストアって誰だよ?このモスメント補佐官って誰だよ?
知らない男の名前の羅列で乾いた笑いしか出ない。
ああ、もう疲れたな…。
私は資料をテーブルの上に置くと天井を見た。涙が零れた…まだ泣けるんだな。
その時
ケイハーヴァン殿下が部屋に入って来られて泣き顔を見られてしまった…。