悪女登場
宜しくお願いします
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ケイハーヴァン皇太子殿下はすごくすごく恰好良かった。アッシュグリーンの髪色にエメラルド色の瞳の持ち主だった。神秘的で格好いい!
お父様から政略結婚を言い渡された時に、とうとう来たか…と腹を括ったものの、どうせ政略結婚なら綺麗な顔の男性を鑑賞したいから良かった。そう言う意味ではすごく優良な鑑賞対象だった。
ケイハーヴァン殿下は私の対面に座られると人払いをされた。彼の魔質を視ると、とても大きく綺麗な魔質ね。ケイハーヴァン殿下は静かにそしてはっきりと私に告げられた。
「あなたとの婚姻は国同士の政略のものだ。まずはそれを理解して欲しい」
浮かれていた気持ちがスッと冷めたわ。そりゃそうか、こんな男前が私と本物の旦那になるわけないか…。
「私の婚姻相手としてリシュリアンテ王女殿下、あなたが一番釣り合いが取れて反対されにくい」
「反対…と言いますと、他に皇太子妃候補の方がいらっしゃる、ということですのね?」
私がそう聞くと、ケイハーヴァン殿下の魔質が少し変わった。警戒かな?
「何も知らされないで、私に協力してくれ…と言っても公平ではないな…。良いだろう、私の今置かれている状況をご説明致しましょう」
そう言ってケイハーヴァン殿下が私との婚姻に踏み切った経緯を語って下さった。
14日前まで公爵家の令嬢の許嫁が居たこと。そしてその許嫁が馬車の転落事故で亡くなってしまったこと。許嫁が居なくなった途端、次の花嫁候補が次々送り込まれて来たこと。
「私はもう愛や恋に生きるのは止めることにしたのだ」
あらら…。確かに許嫁の方が亡くなられて…まだ日が浅いけど。
「あの、ケイハーヴァン殿下はおいくつで有らせられますか?」
「21才だが…」
21才!まだ若いわよね~。うん、勿体ない。
「まだお若いのに、決めつけてしまうのは良くないのではないでしょうか?」
「はぁ?」
不敬かな?と思ったけど…もう全部言ってしまおうと開き直った。
いつまでたっても覚めない夢。私の住んでいた世界じゃないこちらの世界での生活がもう18年続いている。
最初は苦しみばかりの生活から解放されて、夢でもいいから楽しんでしまおうと喜んでいたけれど、1年経ち2年経ち…これが現実なんだとやっと気が付き始めた。
そしてこちらの世界でも生きていくのがとても苦しいのだ。
これはもう現実だ。もう認めたうえに、やりたいように生きてやる!縮こまって隠れて生きるのは止めた!
「世の中に絶対なんてことはないのですよ?辛くて悲しいことでも時間は過ぎます。止まってはくれません。自分もその時間の中で変わっていくものです。だから決めつけてはいけませんよ?」
ケイハーヴァン殿下の魔質はグルグルと激しく動いていた。怒るかな?思っていたら…。
「あなたに何が分かるんだ?!私がどれほど悩んで、考えたことか分かるのか?!」
と、魔力を私に向かって当ててきた。これ、魔力量の低い方に当ててたら気絶、若しくは記憶障害でも起こしちゃうくらいの魔力じゃないかな?気を付けて欲しいわ~。私だから大丈夫だけど。
「このお話は今初めてお聞きしたので分かりません。ですが、一つ言えるのはあなたの人生はまだこれからなのです。自らの人生の幅を狭める必要はありません」
言いながら笑いそうになった。ケイハーヴァン殿下に言いながら自分に言い聞かせているようだった。
あなたの人生はまだこれから…閉ざさないで、動き出さなければ。私はケイハーヴァン殿下の綺麗な顔を見つめ返した。
「分かりました。ケイハーヴァン殿下には私という条件の揃った皇太子妃が必要なのですね。私の身分をどうぞお使い下さいませ。ただ…私から一つ」
唾を飲み込んだ。言ってしまえばどうなることか…もしかして来て早々離縁?そうなったら逃げてやろう。頭の中でどうやって逃げるか…逃げてからどこへ行くか…をシミュレーションしていた。
「私に治療をさせて欲しいのです」
ケイハーヴァン殿下はポカンとしていた。気が抜けた顔も綺麗ね~顔が綺麗ってだけでもあなた人生明るいわよ?分かってるのかしら?
「治療…治療…っ?!あなたは…まさか?」
ケイハーヴァン殿下は手に持っていた資料のような紙の束を急いで見ている。何か載っているのかな?
「あなたは治療能力、つまりワーゼシュオンのシュオン神の能力の保持している兆候はなく、力なき王族と判断されている。どういうことだ?」
「ああ、それは隠していたからです」
ケイハーヴァン殿下は唖然として私を見ている。彼は悪い魔質の持ち主ではない。もしかしたら…私の条件も飲んでくれるかもしれない。
「魔力量…や魔質…などを隠せるものなのか?」
「はい、これに普段は魔力を貯めて、表層の魔質が増えないように調整しています」
私は首元からネックレスを取り出して殿下に見せた。殿下はネックレスに触りかけて手を引っ込めた。
「これほどの魔力を秘めた魔石に私が触れても大丈夫なのか?」
「はい、魔石には純粋な私の魔力しか籠っていませんので、触っても大丈夫です」
殿下は恐る恐る魔石に触れられた。
「あ…あぁ、驚いた…温かいな。魔力を感じて温かいなんて初めてだ」
殿下の発言に私は驚愕して固まっていた。魔力が温かい?嘘でしょう…?通常は温度なんて感じない。魔力に触れて温かいなんて、この世で最も相性のよい魔質同士が感じると言われている。
背中を冷や汗が伝う。こんなところにその相性の良い方がいたなんて…でも彼は…。
「そうか、あなたはワーゼシュオンの子孫だったな。女神の血筋なら不思議はないか」
良かった…ケイハーヴァン殿下は何故温かく感じるのかご存知なかったみたいだ。
「しかし、自身の魔力をその魔石に溜めて、放出魔力量を抑えているのは分かったが、高密度の魔石が大量に出来てしまうな?どうして処理されていたのだ?まさか売りにはいけないだろう?」
思わず笑顔になる。この殿下、結構細々とした所に目が行く御方ね。
「はい、毎晩外に向けて…国中に撒いていましたわ。回復魔法や治療魔法に変えて…」
ケイハーヴァン殿下は顔色を変えてまた手元の資料?を見ている。それ…気になるわ、何が書いてあるのかな。
「ここ…10年ほどワーゼシュオンには『神の祝福』と呼ばれる現象が起きていたとされている。毎晩決まって国中に女神の癒しが降り注いだ…と」
「女神の癒し?只の回復魔法だと思うけど?しかも捨てるつもりで撒いてる魔力で作ったのですが」
ケイハーヴァン殿下はまた資料?をガサガサとめくっている。それ、本気で見てみたい。
「5年前に、あなたの妹御のファシアリンテ王女殿下が神の祝福を与えたのは自分だと、宣言されている。それは…」
ああ、あれね。何で余計な事言うのかな~と頭を抱えたわ。
「あの子が言っちゃうから、毎日撒かなくちゃならなくなってサボれなくなっちゃったわ…。それに外で街に向かって撒いてたら、見つかったら面倒だし…結局夜、寝る前にベッドの上でごろ寝しながら撒いていましたの」
「ごろ寝…」
「はい、別に体力も使いませんし、どんな体勢でも撒けますので」
「では、魔力を撒いていたリシュリアンテ王女殿下が、こちらの国に越して来られた今晩から、女神の癒しはなくなるということか?」
「ええ、そうですわね」
ケイハーヴァン殿下は少し目を見開いて顎に手を当てた。ええ、ええ…どうぞワーゼシュオンに潜ませている密偵にでも今晩の女神の癒しの撒き散らしの確認をして頂いたらいいわ。
「ふむ、で…先ほどのおっしゃっていた治療をさせて欲しい…というのは、治療魔法が使えるということですか?」
さあ来た…。私はもう腹を括っている。もし殿下に全く信用して頂けなかった場合、この国から逃げ出そうという気持ちだった。
自分の能力ならどの国に行っても生活していける自信がある。
ケイハーヴァン殿下はまた資料を見ながら話し出した。
「王女殿下もご存じでしょうが、治療術師という特殊魔力は誰でも扱えるものではありません。世界中に数えるほどしかいないのが現状です。その中でもワーゼシュオンは正統なる女神の血筋です。王族筋の皆様が治療術師の能力を有しているとされているのは知っています。ですが、リシュリアンテ王女殿下…本当にあなたは術が使えますか?」
「はい、大丈夫です。症状にもよりますが、薬師の方から治療を断られた方でも大丈夫です」
「な…っ?!」
ケイハーヴァン殿下はかなり驚かれたのか立ち上がられた。
「更に申しますと、先天性の疾患や人体の欠損の体でも大丈夫です。治せます」
言ってしまった…。もう後戻りは出来ない。
「それはまことか?」
「…はい」
ケイハーヴァン殿下は手を挙げると一つ大きな息を吐き出した。
「先ほど申した、数少ない治療術師の一人が我が国に一人いる。その者と会ってもらえるか?」
良かった…!どうやら信じてくれたみたい。ケイハーヴァン殿下の魔力が先ほどから濁ることなく、綺麗な魔質のまま私にその輝きを見せてくれている。
ケイハーヴァン殿下は扉を開けて、廊下に顔出し
「ラガッフェンサを呼んでくれ」
とおっしゃっている。ラガッフェンサさんとやらが、治療術師かな?正直、一族以外の術師に会うのは初めてだ。
その後、殿下が手配して下さったのだろう…メイドが2人入って来てお茶の準備をしてくれた。そして私は何気なく彼女達の魔質を視ていた。
あら…すごい、動揺?緊張してるのかな?手は震えてないのよ、そこはプロね。でも魔質がブルブル震えている。
そしてお茶の準備を終えて、私の目の前にある美味しそうなプチケーキと香ばしいクッキーとお茶を見て溜め息が漏れた。見事なまでの毒々しい、正に毒入りお菓子とお茶だったのだ。
流石、城勤めのメイドね〜魔質は緊張と動揺いっぱいだけど、顔はポーカーフェイスだ。
「長旅お疲れでしょう、寛いで下さい」
そうおっしゃったケイハーヴァン殿下のお茶やお菓子は無毒のようね。でも、こんな殿下の間近で毒を盛ってしまったら、私が倒れちゃったら真っ先に自分が疑われるの分かるわよね?
ああ…これアレだ。追及されたら自害のパターンか…。しかもメイド2人共が顔はポーカーフェイスでも魔質が悲壮感満載だ…これは私のことを喜々として毒殺しようとしているのではなくて…。
「殿下、ちょっと失礼しますね」
私はそう断ってから、部屋全体に魔物理防御障壁と消音魔法を使った。ケイハーヴァン殿下もメイド達もギョッとしたのか慌てている。
「外に聞かれたくないので、失礼しました」
ケイハーヴァン殿下は真剣な顔で私が張った障壁を見ている。
「これは見事な障壁だ」
「ありがとうございます。さて、これで外から干渉を受けることが無いから、全て話してね?家族を人質に取られているの?それともあなた自身が脅されているの?」
私がメイド2人を見ながらそう言うと、メイド2人共飛び上がらんばかりに驚いた後、2人共ポケットをまさぐり始めた。私は瞬時にメイド達の前に移動すると、ポケットに突っ込んだ手を上から押さえ込んだ。
「自死はダメよ?私の前で許さない。あなた達にはまだまだ未来がある。諦めてはダメよ。殿下、この者達は何者かに脅されている模様です。私のお菓子とお茶に毒が盛られています」
さあて、どうしてくれようかな~?