悪女、興奮する
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「ケイハーヴァン殿下…起きていらっしゃいます?ケイハーヴァン殿下…。ケイハーヴァン殿下…」
夜中に響くか細い声……そして小さくコン…コン…コン…と扉を叩く音。
ちょっとしたホラーだ。私だったら絶対に扉を開けないよ。ファシアリンテは何を思って夜中にケイ殿下の部屋の扉を叩くのだろう。普通の人だったら寝入っているか…まずは不審がられて開けてはもらえないし、護衛を呼ばれてしまうと思うのだけれど…。
「なるほどなぁ…リシュリーの妹御は、とんでもない自信家だな」
私の体を抱き締めながら、そうバッサリと言い切ったケイ殿下。
自信家…まあ確かにあの子はそうだったし…家庭環境?がそうさせたと言っても仕方ないのだけどね。
「ファシアリンテ王女は今まで自分が好意を持って男性に目を向ければ、拒絶されたことが無いのだろう。そこにはワーゼシュオンの王女に逆らえない…という人間の弱みというのも加味されてはいると思うが…」
「ですが…あの子は魅力的ではありませんか?」
私がそう聞くと、ケイ殿下は魔質を変化させて…とんでもない色気を私に向けて放ってきた。これあれだ…本当に好意とか、よ…欲情とかの魔質だ。私に?嘘でしょう?
「人の好みはそれぞれだとは思うが、ファシアリンテ王女のような女性が好みでない男性もいるよ」
結構はっきり仰いますのね。そう言うモノなんですね。そうか、男性が皆が皆、巨乳好きではないのと同じことなのかもね。
「ん…まさか?」
ケイ殿下が緊張したような魔力を出されたので、私も廊下のファシアリンテを再び視てみた。ファシアリンテの側に…誰かがいる。
ケイ殿下が、舌打ちをした。
「本当に…随分と育ちの宜しくない王女殿下のようだな…」
「え?」
「私の部屋の鍵を開けて中に侵入しようとしているようだ」
「…っそん…うぐ…んん」
また大声を上げそうになった私の口を殿下はまた手で押さえた。鍵?皇太子殿下の部屋に…それっておかしくない?
ケイ殿下は私を胸の中に抱き込みながら耳元で囁かれた。
「私も舐められたものだな…もし部屋に侵入してきても、賊として捕まえて終わりだというのに。おっ…鍵開けに成功したみたいだな」
「あ…の…んん、殿下、近衛は?近衛の見張りがいるはずでは…」
ケイ殿下はとうとう私の唇にキスをしてきた。
「ああ…ファシアリンテ王女が…ん、夜這いを仕掛けてきそうだと…ワザと近衛を下がらせているんだ」
と、とんでもないことを言い出した。
ケイ殿下って…スパダリ+腹黒なんだろうか。ワザと穴を作って誘い込むなんて…恐ろしい。
確かにファシアリンテは隣の部屋の中の侵入に成功したようだ。あの子の魔質がゆっくりと室内へと入って行く。申し訳ないけど…夜這いに向かう女性を生で見てみたいのだ、色々と直接確認してみたい。
思いきって隣の部屋に向かって音声魔法を放ってみた。これは元軍人の侍従に教えてもらった魔法だ。
つまり簡単に言うと「聞き耳を立てる魔法」だ!
『殿下……眠っておられます?』
ファシアリンテの声が私の耳元で聞こえる。そうだ、ケイ殿下にも聞いてもらっているほうがいいかしら?そう思って殿下の耳元で共有の魔法を使う。
「…!諜報の時に使う魔法だな。流石リシュリー」
とケイ殿下は言いながら……私の体を弄り始めた。ちょっと待って今、始めますの?耳元ではファシアリンテの声がするのになんとも珍妙で、ある意味淫靡な状態だ。
『寝室はこっちね…殿下、私…独り寝の夜は淋しくて辛いのです。是非お傍で…』
とか何とか言いながら部屋の中を移動して恐らく寝台に近付いて行くファシアリンテ。
おおっ!これが夜這いの定番台詞なのか?!と聞き耳を立てて興奮していたら、私の横に居るケイ殿下は別の意味で興奮し始めているようだ。
「はぁ…リシュリー寝台に…行くぞ」
ええ?今ぁあっちはいい所なのにぃ!いや、どっちがいい所なのだろう?首を傾げている間にお姫様抱っこでベッドに連れて行かれてしまった。
『暗くて良く見えないわ…殿下?いらっしゃるのでしょう?ファシアリンテで御座います』
あちらも佳境のようだ。ファシアリンテがはぁはぁと息が荒くなっている。生々しい…。
こちらも大分佳境のようだ。ケイ殿下の息が荒くなっている。もっと生々しい。
『殿下…寝台の中に入りますね。もう我慢できませんわっ…』
ゴソゴソという衣擦れの音が聞こえる。まさかっ?!透け透けネグリジェ(かどうかは不明だが)をファシアリンテは脱いでいるのか?!そしてそのまま裸で寝台に突撃?!ケイ殿下ピンチよ!
そうだった…ケイ殿下は私の体の上に居たんだった…。
「フフ…あちらも燃え上がっているようだな」
ケイ殿下がそれは楽しそうな顔で私の体を触っているんだけど…ちょっと待ってよ?いくら何でもファシアリンテがケイ殿下の居ない無人のベッドに気が付くのではないかな?
『あんっ…そんな、じゃあ私が…ああん』
いやいや?ちょっと待ってってばよ?耳元でファシアリンテのなまめかしい声が響いているのですが?!
ええっあっちは無人のはずでしょう?どうなってハァハァ言っているの?本物?はこっちでハァハァ言っているのだけど…。あの〜あのぉ?!ええっ?!
……
………
結局、盗聴していたファシアリンテの喘ぎ声?は途中で私自身の正気が保てなくて魔法が途切れてしまったので、それから後は詳細は不明になってしまった。
私もね王女殿下のくせに無駄に、体術とかやっていて体力あるからね。殿下に付き合って夜明けが来ても、気絶も寝落ちもしなかったよ。多分寝てしまってた方が楽だったとは思うんだ。
「向こうは寝ているのかな…」
私の頭を腕枕で支えながら、色っぽい目でこっちを見ているケイ殿下。
「殿下…」
「ん?」
「いい加減どういうことなのか教えて下さりませんか?」
ん~と言いながら、ニヤニヤとし出したケイ殿下。そして、枕元の呼び鈴ならぬ、呼び魔石に手を置いた。これは連絡用のアイテムだ。正に魔石に魔力を籠めれば、繋げている魔石に魔力が届く…呼ばれるという訳なのだ。
暫くすると、数人の気配が近付いて来る。
ノックの音がしてたので、気怠い体を起こしてガウンを急いで羽織った。
「おはようございます」
「支度を頼む」
「はい」
メイドと侍従の方が、音も無く素早く動いて私達の身なりを整えている。そしてベッドの上のアレコレも綺麗に片づけられていた。
あれ?何故部屋の洗濯籠にシーツとか透け透けネグリジェを入れずに、ちょいと豪華な長持みたいな箱に丁寧に入れるのでしょうか?え?婚姻の儀の証?もしかしてナニをしているかナニの確認か?なんと恐ろしい…。そんなもの触らせて済みません…。
そしていつの間にケイ殿下の御着替えは準備されていたのだろうか…。私の部屋でばっちり御着替えを済ませたケイ殿下。そうだ、念のために回復魔法を自分にかけて…更にかけて欲しそうなケイ殿下にも回復魔法をかけてあげた。
「これはいいな~疲れが吹き飛ぶな」
「ようございましたわ…」
ケイ殿下はパチンと膝を叩いた。
「私の部屋に勝手に入った侵入者の顔を見に行こうか。消音魔法をかけるぞ。リシュリーこの人数一気にかけれるか?」
「はい、問題ありません」
私はメイド3人と侍従2人と私とケイ殿下の周りに消音魔法の障壁を作った。
「完璧だ」
そう言って私の手を取ったケイ殿下と共に、侍従のお兄様が開けてくれた続き部屋の扉をくぐって、ケイ殿下の部屋へ中へ入って行った。
驚いた…。入った先はケイ殿下の寝室のようなのだが…。
「きゃっ!」
「わっ!」
侍従とメイドが思わずソレを見て悲鳴を上げていた。男の子の方は嬉しい悲鳴かな?
ベッドの上には真っ裸、マッパがいた。マッパの正体はファシアリンテだった。あれ?そう言えば横に…シーツと枕の塊があるけど…アレなんだ?
マッパはよりにもよって大股開きで寝ていた。大の字で寝相悪いね~で済まされない。しかしちょっと待て!私の頭はピカッと閃いていた。
これは自分以外の女体の神秘を確認出来る、めったにない機会ではないだろうか?
ファシアリンテの体は綺麗だしきっとさぞかしそこも綺麗で……。変態ではないよっ念の為!
「おいっ誰かアレを隠せ」
私が女体に近付こうとしていたら、無情にもケイ殿下が女体の神秘を隠すように指示してしまい、ファシアリンテの体には大判のバスタオルがかけられてしまった。
後少しで見えたのにっ!……変態ではないよ?
「殿下~。どうしてケイ殿下がこちらにいらっしゃらないのに、ファシアリンテはあんな状態?なのでしょうか?」
ケイ殿下はファシアリンテの寝ている横のシーツと枕の塊を指差した。ん?覗き込んでみると
「魔法陣…」
「そうだ。枕に魔法陣…魔法を使ってある。詳しくはまだ試作段階なので秘密だが、幻術魔法と睡眠魔法…後は色々と重ね合わせて、私が寝台に寝ている所謂『身代わり』を置いていたのだ。軍用に開発した魔法だぞ~初めて使ったけど上手くいったかな」
メイドや侍従の方も知らなかったのか、まあ!とか凄い…とかの声が上がる。
そうか…ファシアリンテは本当はシーツと枕なのに、透け透けネグリジェ(床に落ちている)で突撃して、勝手に脱いで興奮しちゃったのか……素面に返った時は黒歴史だよね。いや、酔っぱらった訳では無いけど…裸踊りの一種には違いあるまい。
「う…うぅん」
「!」
ファシアリンテが寝返りを打った。起きるのか?!慌てて隣の応接間に逃げ込んだら、何故だがケイ殿下…以下メイドや侍従の方も一緒に逃げ込んで来た。
「どうしてついて来るのですか!」
「いやぁ裸体の女性だしな…」
今更かいっ!とケイ殿下に心の中でツッコミを入れていると、ファシアリンテが目を覚ましたようだ。別に隠れなくてもいいのだけれど、ついドアの影に隠れて様子を窺ってしまう。
「あ、あら?殿下?ケイハーヴァン殿下?」
ケイハーヴァン殿下はこちらにいらっしゃいますよー。ファシアリンテはベッドの上で殿下の名前を呼んだ後、ニヤッと笑った。悪い顔だ…。
「ウフフ…これで既成事実が出来たっと!私がケイハーヴァン殿下の妃になるんだわ!」
「っな!」
「まあ?!」
「ひでぇ?!」
侍従の方やメイドも悲鳴をあげた。私も悲鳴を上げてしまった。ファシアリンテ…あなたこんな手まで使って、そうだ…夜這いも妙に手慣れている感じがしたし、こういうのは初めてではないの?
いくら腹違いとは言え妹だ…。あの子に憎まれていても心のどこかで自分より年下の女の子のイメージだったのが…何だか、生臭くてまとわりついてくる忌避すべき者に見えてきた。
あの子…あそこまで落ちぶれてしまったの?こういうことをしているのを父も国王妃も知っているの?
体がカッと熱くなる。私は応接間を飛び出して寝室に飛び込んだ。ファシアリンテは最初、私を見て驚愕の表情を浮かべていたけど、やがて薄ら笑いを浮かべた。
「フフ…おバカなリシュリアンテェ~私がケイハーヴァン殿下を戴い…」
「あなた…こんなことして、こんなことまでして恥ずかしくないの?!こんな…体を使って、自分で自分が恥ずかしくないの?もっと自分の体を大切になさいっ!こんな馬鹿なことに自分を痛めつけることに…恥ずかしいことだと自覚をなさいっ!今日は無事で済んだけど、もっと恐ろしい目に遭っていたか…っ」
「リシュリー…」
ファシアリンテはまだヘラヘラ笑っていたが、私の後ろにケイ殿下が来て私の肩を摩っているのを見つけると…嬉しそうに笑いながら両手を広げた。
「ああっケイハーヴァン殿下ぁ?!昨夜は素敵でしたわ!」
と叫んだ。悔しくて涙が出る。この子はコレが悪い事だと思っていないのか…。泣き出した私をケイ殿下が抱き寄せてくれた。
ハァハァ言わせ過ぎました…