序章
現代で言われている二重人格者。それは精神不安定な乖離性精神障害と言われている。
それも確かにあるだろう。だけど私と『兄』は全く違った理由だった。
『それじゃあ、俺は暫く寝てるけど無茶すんなよ。お前は俺と違って集中力がお粗末なんだからな。それとやり過ぎて殺すなよ』
「わかってるよ、にぃこそ早く寝てよ。話しかけられたら集中できない、でしょ!!」
そう言って目の前で鉄パイプを振り下ろしてきた男の一撃を避け、そのまま鉄パイプを上から思い切り左足で踏みつければ男は離すのが遅れた指を地面と挟んだ。
言葉にならない痛みに悶絶しながら指を抜こうとするのを待つことなく、私は踏みつけた足をそのままに踏み込み、右足で丁度よく下がった男の頭を横から蹴り飛ばした。
男は油断していた。女の軽い蹴りでどうこうなることはないと。
しかし、それは普通の女の蹴りならばの話だった。
蹴られた威力は凄まじく、男の首はゴキっと変な音がしそのまま地面に倒れ込み泡を吹いて動かなくなった。
息はしているようなので生きてはいるようだが、首か顎の骨折は免れないだろう。
「あ、あー…うん、生きてる。生きてるなら、大丈夫!!なんとかなるよ!!」
流石にやり過ぎたと焦って意識を失っている男の背中に手を当て呼吸してるか確認する。
息してればなんとかなる。うん、でも救急車は呼んでおこう。
『ねぇねぇ、お姉さん』
ん?携帯で救急車を呼んでいた私は突然聞こえた声に振り返れば、そこにはギリシャ神話にでも出てきそうな格好をした男の子?がいた。
身長は130くらいだろうか。サラサラな肩まである金髪に、細目が弧を描き笑っているかのように見える。
「な、なに?どうかしたの?迷子?」
さっきまで気配はなかったのに。
それに今は冬の真っ只中。そんな肩出し、足出しで寒くないのだろうかと変なことを考えながら目線を合わせるように男の子に近づいて前屈みになる。
『お願い、僕じゃ何度やっても助けられない。お姉さんにしかお願いできないんだ。お願い、助けて』
「え?…っ、なに、これ!?」
眉を八の字に下げ、近くで悲しげに呟くように告げられた声に反応するよりも早く、私と男の子の足元が眩く光り出し漫画で見るような魔法陣が現れた。
『お姉さん…』
訳が分からない現状でも私は目が眩むほどの光の中、泣きそうになりながら私を呼ぶ男の子に手を伸ばしてギュッと抱きしめた。
何故だろう。外につき飛ばせばよかったのに、何故私はこの子を抱きしめなければと思ったのだろう。
『ごめんなさい…』
消え入りそうなほど悲しげな謝罪が耳に届いたところで、私は男の子を抱きしめたまま光に呑まれるように意識を手放した。