茜色に染る
いつだったろうか、思い出すのにも時間が掛かる。
遠い昔、皆が平和を願っていた頃の話だ
時代は、戦争の真っ只中、常に怯え震え終結を待ち望む声が後を絶たない。そんな時代の中私は生きていた。
私には好きな人がいた。家も近く家族ぐるみで付き合うほど仲のいい間柄であった。
彼女は明るかった。戦争中でも笑顔を絶やすことはなかった。とても、優しくたくましい彼女がとても好きだった。
そんな折、ラジオから不穏な報せが届いた
「クウシュウ ケイホウ ハツレイ」
それを聞いた瞬間、私の首筋から1滴冷たい汗が落ちるのがわかった。私はパニックに陥った。いざ目の前に死が現れると人間というものは考えることを放棄し喚き散らすだけだった。だが彼女は違った。今何をすべきかを理解し皆に伝え迅速に動いていた。何が彼女を動かすのだろう。怖くは無いのか、恐れは無いのか。その疑問が頭を埋める中彼女はそんな考えを持っている私には目もくれず、皆を率いて、避難を急いでいた。
彼女は、最後まで勇敢だった。年老いた人を見捨てる訳でもなく、泣きじゃくる子供を置いていく訳でもなく。皆を救おうと最後まで残っていた。そんな彼女を最後まで見ていたのは私だ。
サイレンが鳴る。耳をつんざく様にけたましく死が近づくのを報せるように
彼女はまだ残っている。私は彼女に問いかけた。
「君は死がこわくないのか…なぜそうまでして、皆を助けようとする?」
彼女は答える
「私が私である為よ。理由なんてそれ位でいいわ。」
彼女の言葉を聞いたのは、それが最後だった。
空が茜色に染まる。まだ夜だというのに皆を照らさんばかりに、染まる。
私は逃げ出した。彼女からも現実からも逃げ出しひたすら走った。
喉が乾き、汗もでず、やせ細った私は、集落より離れた森の中にいた。
気がつくとサイレンは、止んでいた。戦争は終わっていた。私は自らの生を喜んだ。
(生きている!)
同時に虚無感に襲われた。最愛の者を置いて逃げ出しだわたしはほんとに生きていて良いのだろうか?私は…私は…
そんな思いとは、裏腹に私は保護され、今でも生きながらえた。戒めを背負い何度も自殺しようと思いながらも死ぬことは出来なかった。
私は今年で90になる。癌だそうだ。死ぬ事決まっている。あの日、死ぬはずだった私は無情にも生きながらえ、ベットの中で死ぬ。そう、わかった時彼女の言葉を思い出した。
私が私であるため。
わたしは自分らしく生きられたであろうか?向こうで彼女に聞いてみよう。
この話を読んでくれている貴方は自分らしく生きれているだろうか?こんな社会だ。自分らしく生きるのは辛いかもしれないが、これを機に考えて欲しい。
今、なにをすべきかを…