お江戸も貴族も喧嘩は華ってか?
更新が遅くなってしまってすみません。
前回のあとがきにも書きましたが、しばらくはこんなペースになってしまいそうです。
手にしていた鉄扇を開いて口元に当てながら、ショークリアは近づいてくるハリーサを待つ。
ショークリアは、彼女の父親と会ったことがあるが、ハリーサ本人とは初対面だった。
ハリーサは艶やかな銀の髪を揺らし歩きながらも、アイスブルーの瞳で真っ直ぐにショークリアを見据えている。
細身ながらもやや身長は高く、一見すれば繊細なガラス細工のようにも見える美少女だ。
だが背筋を伸ばし、優雅に堂々と、お手本のように歩く姿は、美しさとカッコ良さを兼ね備えていて、繊細や華奢といった雰囲気を吹き飛ばすだけのものがある。
加えて――
(なーんか、色々と誤解受けそうなツラしてるよなぁ……)
髪と瞳の色も相まって非常に冷めた印象を受けるのもあるだろう。
そこに何もしてなくても冷徹さを感じさせる吊り目は、物語に出てくるような氷使いの魔女を思わせる。
美しくも冷たい悪女あるいは魔女。
実際の彼女の人柄はともかくとして、ショークリアはハリーサに対してそんな印象を抱いた。
一方で、ハリーサもまたショークリアに対して似たような印象を感じていた。すなわち油断ならない炎熱の魔女。
その容姿に魅了されて手を出せば最後、骨まで焼き尽くされてしまいそうな、美しくも激しい悪女。
互いの第一印象はさておいて、ハリーサはショークリアの元へとやってくる。
淑女らしい笑顔と共に、二人は優雅に挨拶を交わす。
「ごきげんようショークリア様」
「ええ、ごきげんよう。ハリーサ様」
淑女らしくにこやかな挨拶を交わしているものの、ハリーサの内心はバチバチだ。
一方で、ショークリアの胸中は穏やかなものである。
(表面はニコニコしながらでも、ガチンコのメンチって切れるんだなぁ)
前世からして、この程度のガン付けなんて日常茶飯事であったのだ。少女の眼光程度にビビるほど、柔い心などもっていない。
ハリーサは元々鋭めの目つきをしているから迫力はある。だが、ショークリア的には「なかなか迫力のあるメンチ切れてるじゃねーか、やるな!」くらいなモノである。
そして周囲もまた、メイジャン家とビルカーラ家のお嬢様同士というマッチアップに、密かに沸いていた。
期待値としてはビルカーラ家だろう。メイジャン家に恥をかかせてほしいと周囲は願っているに違いない。
(しっかし、他力本願みてぇな連中が多そうなコトだなぁ……)
ついでに、目つきの鋭い系美少女同士の迫力ある睨み合い――実際は淑女的に微笑みあってるのだが、双方見た目の迫力は隠せないらしい――に対して、ビビっていたり、間に挟まりたいと思っている者もいるようだ。
その辺りの層に関しては、ショークリアもハリーサも基本的に無視である。関わり合いになると面倒くさそうだし。
(メンチ切りたきゃ、正面来てやりやがれっての)
面倒くさそうな輩たちはさておいて、正面から来いという意味では、こうやって直接的に喧嘩を売ってくるハリーサの方が好感が持てるというものである。
「ショークリア様。実は少々お伺いしたいコトがございまして」
こちらと同じように扇で口元を隠しながら――といってもハリーサの扇は鉄製ではないふつうのモノだ――、ハリーサが先に口を開いた。
「構いませんよ。なんでしょうか?」
「キーチン領から中央へと向かう道中、我がスーンプル領を通りますでしょう?」
「ええ、それがどうかなさいまして?」
「街道沿いにグノスという魔獣の死体が大量にあったのですけれど、ご存じ?」
皮肉たっぷりにそう告げるハリーサに、ショークリアは待ってましたとばかりに首肯する。
「存じ上げておりますよ。
グノス種の中でも湿地帯にしか生息しないはずのロームングノスが、スーンプル領の、しかも街道沿いにおりました。
それに、ロームングノスは群れるコトは滅多にしない魔獣ですわ。そんな魔獣が十匹以上の群れで街道沿いを占拠しているのです。
不思議に思いはしましたものの、グノスたちから目を付けられてしまい襲われてしまいましたからね。
やむを得ず応戦をしたのですよ。我が領の戦士団はみな優秀でして、幸い誰も怪我するコトもなく、対処できましたけれど」
言葉の裏にある正しい意味としては――
不思議なことに本来生息しないはずの魔獣が道を塞いでいたし、襲ってきたから対処したんだけど文句ある?
それとあの程度の魔獣で嫌がらせのつもり? うちの戦士連中のコト、ナメてんのか、あぁん?
――みたいなことである。
ショークリアの言葉に、ハリーサは二の句が継げず、扇の下で口をパクパクとさせている。恐らく言葉の裏にある正しい意味もちゃんと読み取ってくれたのだろう。
その様子を感じ取ったショークリアは、穏やかな笑みを浮かべながら、言葉を続けることにした。
「それにしても、本当に良かったですわ」
「な、何がですか?」
「グノス種とはいえロームングノスは近隣では見慣れぬ個体。前足の爪に毒まで持っている危険種ですわ。
そのような魔獣が、メイジャン家の馬車以外を襲っていたらどうなっていたコトかと考えてしまうのです。
最初に襲われたのがわたくしたちの馬車であったのは不幸中の幸いであったと思いませんコト?」
要約すると――
すっげー危険な魔獣だったから、ほかの通行人がいなくて良かったね。
ところで、メイジャン以外に被害が出てたらどうするつもりだったの?
――である。
ちなみに、不幸中の幸いだったよね? という問いに対し、ハリーサが肯定を示す場合、ショークリアはどうしてあそこにロームングノスがいたのかツッコミを入れる。
否定した場合、メイジャン家に対する悪意を表向き隠すことができなくなる――いやすでに隠せてないのだが、それでも建前上は隠せていることになっているのだ――。
それを隠すことができなくなるということは、メイジャン家もスーンプル領ビルカーラ家に対して、悪感情を隠す必要がなくなるということでもある。
もっとも、
「そ、そうですわね。
本当に、何事もなくてよかったですわ」
常識的、倫理的に考えると、否定は不可能であり、ハリーサは肯定するしかない。
「本当に、わたくしもそう思いますわ。
ところで――ハリーサ様は、あのロームングノスの群れについて、何か心当たりはありまして?」
そう問いながら、ショークリアは胸中で苦笑する。
これで対戦相手が自分の家族や、リュフレ卿であれば、ここからでも反撃してくるだろうが――
(さて、どうする? ハリーサさんよ)
ショークリアは表面上の淑女スマイルを絶やさず、それでもハリーサの様子を不躾にならないように観察する。
反撃することができないならば、適当な建前を捻り出してこの場から立ち去るのが一番だ。
ここまでショークリア側が優位に立ってしまった以上、それをやり返す一手がないまま会話を進めても、ハリーサ自身を――そしてビルカーラ家の評判を落としかねない。
(負けず嫌いであるコトと、引き際を見誤るコトは必ずしもイコールじゃねぇ)
それは、兄ガノンナッシュを見ていて気づいたことだ。
兄は負けず嫌いではあるが、引き際というのをちゃんと判断できていた。
潔く負けを認めた上で、自分を負かした相手に勝つためにするべきことを見つめ直して研鑽していく。
(それが出来るっつーんなら、今後も多少は応援してやってもいいんだけどな)
その研鑽の先で、嫌味しか言えない口が改善される可能性があるのなら、尚更である。
僅かな間、恐らく逡巡していただろうハリーサは、平静を保ちながら――やや扇を持つ手が震えているのは気のせいではないだろう――優雅に告げた。
「ロームングノス……でしたか?
あのような魔獣がどうして我が領にいたのかは、現在調査中ですわ。
毒を持っていたというのは初めて聞きましたけれど、それほど危険な魔獣であったならば、メイジャン家の方々に退治して頂けたこと、かえって良かったかもしれませんね。大きな被害が出ていたら、問題になっていたかもしれませんから。
それにしても、さすがは騎士爵を得たコトで領地を与えられたメイジャン家の方々と、それに仕える方々ですね。未知の魔獣相手でも後れをとらない勇猛さ、恐れ入りますわ」
ロームングノスの詳細に関しては躱して誤魔化しつつ、退治してくれて良かったと告げる。だが退治してくれて助かったと口にしつつ、決してお礼を言葉に含まないのは悪くない反撃だ。
その上で、一見するとメイジャン家を褒めているようで、「さすが脳筋バカの群れ、あの程度じゃダメだったみたい」という言葉を言外に告げてきているのも良い手である。
(やるじゃねーか。ちょいと見直したぜ)
ショークリアの中で、ハリーサの株が上がる。
(前に見たコトのあるコイツの両親よりも、有望そうだ)
父フォガードに付き合わされて対面したことがあるハリーサの両親――特に父親のコメンソールはアレだった――は、嫌悪感を優先しすぎるがあまり、会話が微妙に成立してないという貴族の喧嘩としては下の下という印象があった。
だが、ハリーサは嫌味を含みながらも会話が成立させる貴族式喧嘩の基本に忠実な反撃をしてきたのだ。
両親やリュフレ卿、ガノンナッシュであるならば、自身の手の震えすら誤魔化してみせることを思えば、ハリーサは今一歩かもしれない。
だが、自分が想定していた受け答えを躱されてなお、こちらに皮肉を返し、嫌味を言ってみせる手腕は悪くない。
事前にマスカフォネから、デビュタントの場で相応の貴族式喧嘩が出来る者はまだまだ少ないと聞いていたことを思えば、ちゃんと反撃してこれるハリーサは中々な部類に入ることだろう。
(まぁ、負けてやる気はねぇけどな)
胸中でヤンキーらしい不敵な笑みを浮かべて、ショークリアは正面を見る。
「こちらとしましても、ロームングノスを直接見てみたいと思っていたところですので、大変貴重な体験をさせて頂けました。
ところで、ハーリサ様の父君コメンソール様は、大変な美食家であると伺っております。
その上、スーンプル領の騎士の皆さんは大変優秀なようで、迅速に現場へと向かってこられる気配もありましたし、我々も急いでおりましたので、退治したグノスはそのままにさせて頂きました。
わたくしも美食を求める者としましては、大変興味があったのですが、とはいえ他領地での遭遇ですからね。やむを得ず、そのままにさせて頂いたのです。
まだまだロームングノスが出現されるようでしたら、是非とも譲って頂きたいものですわ。
とある土地では大変貴重な肉として扱われており、実際に美味であるロームングノスです。きっとコメンソール様は美味しく食されているのではありませんか?」
ショークリアの返しに、ハリーサは歯噛みするような顔を一瞬見せた。扇で口元を隠していても、目までは隠せない。
美食家を名乗っているハリーサの父コメンソールの為に、ロームングノスの死体を放置しただけで、嫌がらせではないぞ――と、ショークリアは告げる。
その上で、あまりにも迅速に現場へとやってくる騎士たちとか怪しすぎるんだけど分かってる? と、指摘した。
付け加えて、次にけしかけて来た時は、全てのロームングノスを美味しく頂いてやるから覚悟しておけ、という宣戦布告も言っている。
これでハリーサが、死体の処分に関する嫌味を言おうとすれば「美食家を名乗ってるお前のオヤジはロームングノスの肉が美味しいって知らないの?」と、煽ることができるのだ。
騎士たちが迅速に駆けつけたのだから、鮮度が良い状態で血抜きはできただろうという嫌味も込みである。
周囲にいる同期からすると、ショークリアはハリーサに対してのカウンターをしているように見える。
だが、ショークリア本人や周囲で見ている大人たちからすると、ショークリアの言葉はハリーサを踏み台にコメンソールを蹴飛ばしマウントを取っているものとなっていた。
要するにお前の父親が美食狙いで輸入したものが逃げ出して野生化したのでは? という嫌味も言外に込めてあるのだ。
その辺りまで踏まえ、ハリーサは理解できたのだろう。
彼女の父親であれば今の嫌味に対して「当然、食べたコトがある」と言ってしまいそうだが、それを言わないだけの冷静さをハリーサは持っているようだ。
「お父様は何も仰っていなかったので、ロームングノスをどう思っておられるかまでは分かりかねますが……。
ですが、それほどの美味であるのでしたら、機会があった際に是非ともご一緒させて頂きたく思いますわ、ショークリア様」
コメンソールへの言及を躱しつつ、ロームングノスを食べることを拒絶せず、ハリーサは無難に収めることを選ぶ。
実質的にハリーサの敗北宣言ではあるのだが、ショークリアとほか一部の見物者たちは、彼女を内心で褒めていた。
彼女は、その内心はどうあれ、必要であれば潔く退ける人物であるようだ。
逆に、ギャラリーたちの中で、ハリーサを見る目を明らかに侮蔑へと変えた者たちがいた。
その視線にハリーサが気づかないわけがない。ほんの僅かな一瞬ながら、顔を顰めたのが見えた。
だから――というワケではないが、ショークリアは、柔らかな眼差しをハリーサに向けた。
「機会がありましたら是非、ご一緒しましょうハリーサ様。
未知の美食というものはですね、口にした瞬間から世界の見え方が変わってしまうほどのチカラがあったりするのですよ。
あの感動……是非とも誰かと分かち合いたいと思っておりましたの」
ショークリアは、やや悔しさが見え隠れする淑女スマイルのハリーサに対して、扇をズラして口元を見せつつ、純粋な好意だけの笑顔でそう告げる。
その言葉に、ハリーサは驚いたように目を瞬いた。
ハリーサの社交辞令混じりの敗北宣言に対して、ショークリアは敢えて乗っかったのだ。
両親の抱えているメイジャン家の悪意を受けて育ちながらも、そのメイジャン家の人間に対して潔く負けを認められる逸材だ。
もっと視野が広がっていけば、友達になれるだろうと思ったのである。
「べ、別に興味があるわけではありませんが……。
そうですね――美食家を名乗るお父様と共に様々なモノを食べている私を満足させられるだけの食材であるならば、ご一緒するのもやぶさかではありませんわ」
貴族式喧嘩をしていた先ほどまでとは打って変わって、視線を外し、やや小声でそう答える彼女の姿は、年相応に可愛らしい。
そんなハリーサに対して、
「ええ。ええ。その機会がございましたら是非にお願いいたしますわ」
ショークリアは同じように愛らしい笑顔を浮かべながら、そう答えるのだった。
明○とカ○ビーの戦いでした(ボソ





