華やかなりし貴族の戦場
貴族の社交――と一口に言っても、様々な形がある。
単純に身内や仲間を呼んで和気藹々とお茶と菓子、そしてお喋りを楽しむ気楽なお茶会。
豪華な夕食とお喋りを通じて、人脈の構築と地位向上を狙う晩餐会。
主に独身の男女がダンスをする為に集まる舞踏会。
こちらは、基本的にお見合い目的がほとんどだ。
また、テーブルゲームやスポーツ、狩りなどを集まって楽しんだりすることもある。
そのどれもが、単に楽しむだけでなく、情報の交換であったり、コネや財力を見せびらかし力を見せつけることなども含まれる。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、身内とやる以外の全ての社交は、どれもこれもが、主催者と参加者のマウントの取り合いだ。
そしてデビュタントとは、これまで親兄弟に連れて行かれているだけだった子供たちが、自分が主役として参加することのできる初めての社交の場なのである。
デビュタントは、一応大規模なお茶会という名目にはなっているが、実際には踊らない舞踏会――あるいは大規模な立食晩餐会というのが一番近いかもしれない。
もっとも、出される料理はお茶会のような軽いものがメインとなるそうなのだが。
デビュタントは基本的に体調不良などの理由がない限りは出席が義務づけられている。
これは、国が国内にいる貴族階級を持つ子供がどれだけいるのかを把握したいからという理由があるらしい。
各家の自己申告だけではない正確な情報を欲しているともいえるのだろう。
それに、各家の事情によりデビュタントまで存在を隠されている子供も少なからずいるので、そういう子供の実在を確認する意味もあるのだろう。
だからこそ、デビュタントというのは重要だ。
初対面の者や噂に疎い者も多く参加するからこそ、第一印象というのは非常に重い。
ここでの第一印象は、常に自分の情報としてついて回ることだろう。
そんな重要なイベントが待ち受けている王城の入り口を、ショークリアは見上げている。
「お城って、入り口だけで大きいのね」
「この入り口は来客用で、王族や城内で働く人用の地味な入り口は別にあるのですよ」
元王城勤めのカロマの言葉に、ショークリアは感心したように相づちを打つ。
「中はある意味で魔窟です。
お屋敷に帰られるまでは気を抜かないようご注意を」
「ありがとうカロマ。気を付けるわ」
城の入り口の前に控えていた老侍男が大きなドアを開けてくれる。
「本日のデビュタント、おめでとうございます。
ようこそ、おいでくださいました。
会場となっております大広間までは、こちらの者がご案内いたします」
この老侍男、恐らくは城勤めの侍従の中でもそれなりの立場なのだろう。そして紹介された侍女は、新人かそれに近い立場だろう雰囲気があった。
老侍男から紹介された侍女が緊張した様子で、一礼してくる。
「ええ。よろしくお願いするわ」
その緊張を解してあげられるようにと、ショークリアは出きるだけ優しい声を掛けるのだった。
社交の催しによっては、入場の順番なども厳格に決まっていたりするものもあるのだが、デビュタントにそれはない。
基本的に到着した順番で、会場である催事用の大広間へと通される。
唯一例外があるとすれば王族だ。
出席者が揃ったのが確認されたところで、最後に入場されるらしい。
「キーチン領領主メイジャン家のショークリア・テルマ・メイジャン様。ご到着されました」
大きな声で名前を紹介され、ショークリアは中へと足を踏み入れる。
前世ではマンガやアニメなどのフィクションの中でしか見たことのない豪華でセレブな光景がそこには広がっていた。
純粋にその光景を楽しむだけなら、キラキラでふわふわなイメージ漂う素敵な場所だ。
前世でいえば幼い少女が憧れる夢の国の一幕にすら見える場所。
だが、キラキラでふわふわなのは見た目だけだ。
そこに参加する全ての人間が、老若男女問わずに、良くも悪くも思惑を抱えている。
あるいは、自分以外の参加者に対する悪意を腹に抱えているのだから、夢や希望でキラキラ輝くというにはほど遠い。
野望と欲望でギラギラぶくぶく――という表現の方が、似合うことだろう。
表面的なキラキラでふわふわな空気に身をゆだねてしまえば、ギラギラでぶくぶくな悪夢の沼の底まで引きずりこまれる。
迂闊な者をひきずり込んで踏み台にしたいと考える者たちは、いくらでもいるのだ。
(おー、おー。
あっちこっちから視線を感じるぜ)
好奇の視線。敵意の視線。嫌悪の視線。蔑みの視線……。
(悪感情が大半みてぇだな。ま、予想はしてたけどよ)
つくづくキーチン領の領主一家の評判は良くないらしい。
もちろんショークリアだけでなく、フォガードと似たような理由で爵位を得た家からの参加者たちも似たような視線を浴びている。
そんな中で、ショークリアに向けられる視線というのは、他の者たちよりも強かった。
それら悪感情の多くは、両親やら親類やらに吹聴されてきたことが、彼らの中で真実となっているだけなのだろうが。
ともあれ、それを覆すだけのプラス方面のインパクトを見せることができれば、多少は払拭されるかもしれないとショークリアは考える。
そして、悪感情の中に混じる好奇の視線の多くは、周囲がショークリアに注目しているから気になっている者たちだろう。
「ではお嬢様。ワタシは遠巻きに移動いたします」
「ええ。カロマにとっては退屈でしょうけれど、最後までよろしくお願いしますわ」
カロマが一礼して移動するのを見送ってから、ショークリアは広間中央へと視線を向けた。
「まずは、中央のテーブルまで行くのでしたね」
「はい」
ミローナに確認すれば、彼女はいつも以上に丁寧な仕草でうなずいた。
デビュタントの作法としては、入場したら中央の一番大きなテーブルの元へと行くことになっている。
テーブルへ向かうことそのものは、もはや当たり前になっていることなので親兄弟から教えてもらえる。
それ故に、事前にそういうルールがあることを調べてきているかどうかというのが大事なのだ。
友人知人とお喋りしたいが為に、それを無視して話し始めるようなものは、家格が高かろうが、デビュタント以降は侮られてしまうことになるだろう。
「ようこそおいでくださいました」
そして、テーブルの前に行けば背が高く若い侍男が、丁寧に一礼をする。
それから、テーブルの上に乗っている細長いゴブレットを一つ手にとって、差し出してきた。
「デビュタントの開会まで、こちらをお飲みになってお待ちください」
細長いゴブレットに注がれているのは、軽やかな青色をした液体だ。
(ウェルカムドリンクってやつか、これ)
前世で耳にしたことがある言葉を思い出しながら、ショークリアはそれを受け取った。
「空色イレッブの果実水になります」
「ありがとう」
ウェルカムドリンクを受け取った後は、人気の少なそうな場所を見つけてそこへと移動する。
こちらがどこへ向かっているのか――遠巻きにしているカロマも気づいたのだろう。
壁沿いを移動している姿が見える。
(カロマのコトを考えると、あんま動き回んのは良くねぇ気がするよな)
成人済みの護衛は基本的に壁際に寄ってなければならない。
それでも主を守る為には、可能な限り主に近い壁にいる必要があるだろう。
そんなことを考えながら、目的の場所までやってきたショークリアは、そこで一息付くように空色イレッブの果実水に口を付けた。
「不味くはないけれど、シュガールが入れてくれた物の方が飲みやすいわね」
思わず呟くと、それを聞いていたミローナは小さく苦笑する。
「お嬢様。その手の発言は、聞き咎められないよう注意してくださいね」
言外に気持ちは分かりますが――と言ってくれているミローナに、ショークリアはうなずいた。
そのまま、チビチビと果実水を口にしながら、ぼんやりと開会を待っていると――明らかに大人の侍女と男騎士を連れた少女が近づいてくる。
「スーンプル領領主ビルカーラ家のハリーサ・チップ・ビルカーラ様です」
それを見、ミローナは囁くような小さな声で耳打ちしてきた。
ショークリアはそれに対し、鉄扇を開いて口元を隠しながらうなずく。
「なるほど。不躾なペットの謝罪をしに来てくれたのかしら?」
ミローナと同じような小声で不敵に囁いたショークリアは、表面上はお嬢様然とした様子のまま、心の中で臨戦のスイッチをオンにする。
(売られた喧嘩は可能な限り買うつもりだしな)
そして、ハリーサはショークリアの前までやってきた。
プライベートの方で想定外のイベントが発生しており多忙となっております。
その為、今後しばらくは不定期連載とさせて頂きます。ご了承をば。