いざ、出陣だ
「……思っていたのと違う……いや、美味しいけど」
「持て成しの為の料理って感じだからねぇ……。
今まで発明されてきたスイーツとはちょっと違うんだろうさね」
美しい花の細工となったネリキリを口にしながら、青の神が困ったように呟いていると、それを耳ざとく聞いていたクォークル・トォーンは苦笑する。
人間界においてデビュタントのある日の朝――細工の神の助力を得て、ネリキリが完成した。
そして完成と同時に食堂へと飛び込んできた青の神に振る舞ったのだが……反応は見ての通りだ。
「でもこれ……何らかの発展の余地がありそうじゃない?」
「その辺りもお嬢ちゃんの頭の中にはありそうだがね。
あいにくと、発明してくれないコトには作りようがないですよ」
「……分かってるわよ……」
期待と違っていたことに口を尖らせながらもネリキリとお茶を口にしているうちに、青の神は心を落ち着けたような笑顔になっていく。
何のかんのと口にしながらも、どうやら最後まで堪能してくれたようで、クォークル・トォーンは安堵するのだった。
○ ● ○ ● ○
「はぁ……何の気兼ねもなくドレスを着れるんなら楽しいんだけど」
「ショコラ。笑顔笑顔。お嬢様らしい笑顔を忘れちゃダメ」
「分かってるけどさぁ……」
王都にある別邸の自室。
ミローナに着付けを手伝って貰っているショークリアが口を尖らせている。
動きやすい服装を好むショークリアだが、可愛いドレスなどを着ることそのものは嫌いではないのだ。
軽いお茶会などむしろ歓迎すると言ってもいい。
だが、今日のデビュタントは、気楽なものではないし、ましてやすんなりと終わるとも思っていない。
事前に――それもかなり楽しんで――準備をしてきたとはいえ、太股にナイフを仕込んだり、ブーツの爪先と踵に刃を仕込んだりすることを、むしろ必要なことだと止めて貰えないお茶会に赴くのに、ドレスが好きだの何なのと言うのは難しい。
「それにしても鉄製の扇なんてものまで用意したのね」
「鉄扇って言うの。重いけど、悪くないでしょ?」
「見た目は金属細工を施したお洒落な扇なのは、確かに悪くないかな」
ただこの鉄扇。
金属でできているだけあって結構な重量がある。
ショークリアやミローナは気軽に扱えるが、ふつうの貴族令嬢であれば片手で持ち続けるのも一苦労だろう。
「いざとなれば武器になるし……表情を隠すのって苦手だから、広げて口元を隠すのにも役立つし、便利便利」
「リュフレ卿に武装令嬢って言われたコト、否定できないよね」
「否定する気もないしね」
ミローナの言葉に、ショークリアは肩を竦めてみせた。
実際問題、それが必要になる程度には、やってる当人たちが『間接的な嫌がらせ』と思いこんでいる直接的な嫌がらせが多い。
それを間接的に捌いていくには、どうしても隠し武装のようなものが必要になっていくのである。
「でもそろそろ我慢の限界。
せっかくのデビュタントだし、知らない人たちに対しても印象づけしておいた方がいいでしょう?」
「確かに……デビュタントでの印象が、ショコラの今後にずっと影響しそうなのは確かよね」
「それに、ケンカを売るっていうコトは、買われて反撃される覚悟が必要だって――それちゃんと理解させておかないと、喧嘩を売ってくる令嬢たちの将来も危ういもの」
「言ってるコトはまともだけど、やりこめて潰す気満々だよね?」
「トラウマを刻み込むだけで、完全に潰す気はないのよ?」
「トラウマの時点で充分潰れちゃうと思うんだけど」
苦笑するミローナに、ショークリアはさらに続けて不敵に笑う。
「それに、やっぱ見せつけないと。
殴り合いだろうが煽り合いだろうが……喧嘩であれば不敗であり続ける無敵の喧嘩令嬢ショークリア・テルマ・メイジャンの本当の姿って奴を」
「……無敵の喧嘩令嬢ってなに?」
想定以上のものすごい呆れた顔をした上で、強い半眼を向けてくるミローナ。
「いやなんとなく」
そんなミローナが放つ何とも言い難い空気に、ショークリアは身動ぎしながら、小さく小さく返すのだった。
身支度を整え終えたショークリアは、ミローナとカロマを伴って、屋敷の外で待っている馬車に向かう。
この立派な馬車は、ひょんなことからショークリアと仲良くなった職人が、かなり割安の価格で作り上げてくれたものだ。
おかげで、ほかの家の馬車とも見劣りしない立派なモノが安く手に入ったと、フォガードも喜んでいた。
「ショコラ。デビュタントの前半は、基本的に大人が混ざるコトはできないわ」
子供たちが大人の社交へ混ざる為の前哨戦。子供による子供の為のお茶会という名目で行われる大規模なパーティがデビュタントだ。
その為、お付きの従者も、歳の近い者を連れてくることが推奨されている。
護衛は大人でも構わないのだが、大人の場合は、参加者たちへ直接のマナー指導などができないように、壁際で見守ることとなる。
もっとも、マスカフォネからすると、ショークリアとミローナのコンビに対しては何の心配もしていないのだが。
「でも貴女なら大丈夫だと思っているから。しっかりね」
「はい、お母様」
マスカフォネからの激励に、ショークリアは力強くうなずいた。
そんなメイジャン家の親子が言葉を交わしている横で、ミローナもまた自身の母、ココアーナから激励を受けていた。
「ミローナなら心配ないと思いますが……護衛とはいえ、デビュタントの規則上、カロマがすぐに動ける場所にいられない以上、貴女がお嬢様をしっかりお守りするのですよ」
「はい」
もっとも、ミローナが動くより先にショークリアが何らかの動きを見せそうなので、そっちの方が心配と言えば心配である。
ココミロ親子は揃ってそう考えているものの、互いにそんな胸中などおくびにも出さずに、言葉を交わすのだった。
「それではお母様、ココアーナ。行ってきますッ!」
「ええ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
挨拶が終われば、馬車に乗る。
ショークリア、ミローナ、カロマを乗せた馬車はゆっくりと動き出し、まずは貴族門をくぐるべく、大通りへと出て行くのだった。
いつもよりも短めですが、キリが良かったのでここで区切ります。