不人気な肉を楽しもうぜ
「ショコラ、今日は貴女がメニューを考えて、シュガールが作ったのよね?」
「ええ、お母様。本日はペーフスを中心にしてみたの」
キーチン領だと入手しにくいが、中央周辺では比較的ポピュラーな肉と言える。
主に食するのは庶民であるが、その庶民からの味の評価はイマイチだ。
それでも滅多に口に出来ない肉類の中で、比較的手に入りやすいという理由で食べられていることが多い。
「ペーフス、か」
フォガードが微妙な顔をする理由は、ショークリアも理解している。
一般的な理解としては、肉質は硬く独特の風味と匂いを持っておりクセが強いというイメージだろう。
そのクセと匂いは、この国特有の塩まみれの調理法でもってしても、残るものだと思われている。
強すぎるクセと匂いは、塩を楽しむ調理法と相性がよくないのだろう。
ショークリアとしてはその独特のクセと匂いで塩を楽しめばいいのに、と思わなくないが、こればかりは好みであり、そしてこの国ではあまり好まれないものなのだろう。
だからこそ、その認識を覆すような料理を出す価値はあるのだと、ショークリアは考えた。
「ショコラとシュガールが作るのだから不味くはないのだろうが……」
「確かに、あまり美味しいお肉であるという印象はありませんね」
「ふふ。ならそれが覆ってしまうコトを保証するわッ!」
ペーフスは、地球で言うところの羊に似た魔獣だ。
家畜化されている種類もおり、それらは労働力だったり毛を刈られたりと用途は多い。
家畜のペーフスは、役目を終えたものを食肉として食べるのが、農家の人たちにとっての定番であるのだが、年老いているからこそ肉質はより硬くなり、独特の匂いとクセもより強くなっている為、あまり好まれない。
庶民の間でペーフスがあまり美味しくないという印象はここから来ているのだ。
(食肉用としての飼育って考え方がまだ無いみてぇだしな)
そう。食肉用の飼育という考え方がない為、貴族向けのペーフスであってもある程度成長した肉が用意される。
仔ペーフスを食べるという考え方もないのだ。
それでも、近所の商人に無理を言って今回は仔ペーフスを手に入れたのだが――
(食肉用に飼育って考え方を示したくもあるっちゃあるしな)
美味しい肉を手軽に食べたいという欲求は、ショークリアの中で結構大きかった。
(あと、野生のペーフス種は肉が美味いのが多いらしいから、そのうち食べてみてぇんだよなぁ……)
そんなことを考えつつ、シュガールに頼んで作ってもらったペーフス料理の夕餉の始まりだ。
「まずは一皿目です」
ショークリアのお披露目の食事会以降、コース料理というわけではないが、まとめて全部提供するのではなく、一皿ごとを最適な状態で食べれるように小分けして提供するのが、メイジャン家での主流となってきている。
そうして出されてきた一皿目は――
「これは……ペーフスのハンバーグか?」
「ずいぶんと可愛らしい大きさですけれど」
ハンバーグはメイジャン家の定番メニューとなってきているので、両親も馴染み深いのだろう。すぐに理解してくれた。
「こちらの小さなハンバーグは――ハンバーグに似た料理でキョフテという料理です」
前世の母親に連れて行かれたトルコ料理の店で食べた、トルコ式ハンバーグ。それがキョフテだ。
基本的な作り方はハンバーグと変わらない。
粗挽きにした挽肉を使い食感がしっかりと感じられるように練るのだが、その際、肉種には塩や様々な香辛料を加えて練っていくのである。
その為、肉々しい歯ごたえと旨味と一緒に、スパイシーな刺激が口の中に広がっていく。
本場のキョフテでは香辛料というのはほんのりと感じる程度のスパイシーさらしいのだが、ショークリアが前世で食べたものには、ガッツリと香辛料が効いていた為、今回作ったものは記憶にあるものに近い味付けのものだ。
「肉質の硬いペーフスも挽き肉にしてしまえば食べやすくなるかと思ったの。キョフテには充分味が付いてるから、まずは何もつけずにそのまま食べてみて」
言われた通り、両親はキョフテにナイフを通し始める。
それを見たショークリアも自分のキョフテにナイフを入れた。
一口サイズに切り分け、それを口に運ぶ。
元々、肉質が硬い老いたペーフスだ。挽き肉にしてもなおも硬い。とはいえ、挽き肉になっているからこそ、その硬さは適度な歯ごたえという強みになってる。
その歯ごたえと戦う為に、何度もキョフテを噛みしめていると、その度にジュワリ、ジュワリと肉の旨味が肉汁とともに溢れ出す。
本来は独特のクセと香りを持つ肉だが、強めに効かせた香辛料の香りと辛みにと合わさったことで、良き香りと旨味へと昇華されている。
(うおお……試食の時も思ったけど、こりゃ肉を食ってるって気分になるな……!)
ミートボールのような小さめのサイズながら、その満足感はかなり高い。
この場にはいない肉料理好きな兄のガノンナッシュや、ダイドー領の領主であるリュフレ卿にも振る舞ってあげたいくらいだ。
「これが、本当にペーフスなのか……ッ!?」
「とても美味しいわ! ペーフス特有のクセもないですし」
「食材の持つクセっていうのは簡単に無くせるものじゃないわ。だから香りや味で誤魔化したり、あるいはクセも味付けや香り付けの一つとして利用する。それがキーチン領料理人のやり方よ」
えっへん――と、ショークリアは胸を張る。
「今回は後者のやり方で味付けをしたわ。
クセっていうのは考えようによってはその素材の持つ美味しさだから。それをちゃんと味わってあげたいって、私は思ってるの」
ショークリアの言葉に、両親は深くうなずいた。
(素材の持つ美味しさを引き出す――それは料理だけでなく、人材を見る目などにも使えそうだな)
(言葉にすれば簡単ですが、なんと難しいコトをしているのでしょう。
先入観を持たない。正しく自分の知識でもって素材を読み解く……魔導具などを作る時にも使えそうな考え方ですね)
(いやぁ……親父とお袋も理解してくれたみてぇで嬉しいぜ)
その後も、付け合わせの野菜と共に食べたり、パンに乗せたりと少量ながらもしっかりと楽しみ、三人は食べ終えると次の皿を待つ。
やがてサラダなどと一緒に二品目がやってくる。
「ペーフスチョップのグリルです」
皿に乗っているのは骨付きのペーフス肉だ。
「チョップというのはぶつ切りを意味する言葉で、あばら骨ごとに一切れづつ切り出したモノを異国ではチョップ肉と言います」
「骨付きのステーキというコトか……見た目の豪快さは私好みなのだがな」
「ですがキョフテと異なり、肉そのものを焼いたステーキですと、クセを誤魔化したり味に変えたりが難しいのではなくて?」
「二人の懸念はもっともなんだけど……まぁ食べてみて」
ショークリアに笑顔で言われてしまえば、二人とも何も言えない。
それに、食べる前から文句を言っても仕方がない。ショークリアの料理は食べる前の不満や不安も、食べた後には忘れるほどのものばかりなのだ。
「そして二人が気にしないなら、豪快にかぶりつくのも悪くないかなぁと思うんだけど」
実際、ショークリアは指洗い器を用意して貰っている。
「こう……骨をつかんでガブっと」
言いながら、ショークリアは実践してみせた。
柔らかな肉質と、ペーフス特有の旨味を持ちながら独特の匂いとクセのない味わい。
味付けに使われている塩、ハーブ、スパイスはその肉の味を大いに高める組み合わせと量だ。
滴る肉汁が口の端から垂れてくる。
思わず袖で拭いたくなるが、冷静にフィンガーボールで指を洗いナプキンを手にして口を拭いた。
ショークリアの中ではジンギスカンも候補にあがったのだが、ペーフス本来の旨さを味わって貰うなら、グリルやステーキが一番だろうと判断したのだ。
(やっぱこういう喰い方いいよなぁ……。
キッチリした食卓じゃこうはいかねぇよな。身内だけの場だからできるってモンだ)
お上品に食べることにもすっかり馴れてしまったが、やはり豪快にはしたなく食べるからこそ美味しいものもあるのだと、ショークリアは考える。
満足そうな顔をしている娘の姿に、フォガードもマスカフォネも覚悟を決めた。
ショークリアのマネをして二人もペーフスチョップにかぶりつき――そして、驚愕に目を見開いた。
(これは……本当にペーフスの肉なのかッ!?)
(柔らかくクセもなく、ですが間違いなくペーフスの味ッ!?)
見た目はただ焼いただけにしか見えない。
味付けに使われている調味料も、普段食べている料理で使われているものと大きく違っているようにも感じない。
二人は驚きのままに咀嚼し、口の中であふれ出る優しいペーフスの旨味を堪能し、嚥下する。
フィンガーボールで手を洗い、口の中にある余韻を楽しむように、エパルグの果実酒を口にした。
「ほかのお肉と遜色のない満足感だ。
味もそうだが、何より柔らかくてクセがない……一体どういう料理なんだ?」
「キョフテのような工夫がされているようにも見えないのが、余計に不思議でなりません」
非常に美味しい。だが解せない。
そんな顔をする二人に、ショークリアは笑みを浮かべながら、それに答えた。
「このペーフスチョップは若いペーフスを使ったのです」
「若い?」
聞き返してくるフォガードに、ショークリアはうなずく。
「ペーフスに限らず、動物や魔獣の肉の多くは、年齢と共に硬くなっていき筋も増えていきます。同時に特有の旨味や風味、匂いも強くなっていくものなのです。
ペーフスが硬くてあまり美味しくないという印象が強いのも、年老いたペーフスの肉を食べる機会が多いからだと思います。
貴族向けに卸されるペーフスも若いといっても、人間で言うところの成人を過ぎたあたりのものですから。
ですがこのチョップ肉は、人間に例えるならお披露目が終わったかどうかという若いペーフスから切り出されたものなのです」
地球の羊で例えるなら、これはラムに分類されるものだ。
先に出したキョフテに使われたものは、だいぶ歳を取ったマトンだろうか。
地球におけるラムの定義は、生後一年未満の羊を指す。
今回用意したのは一年とちょっと経ってしまっていたが、それでもこの国で食されるペーフスとしてはかなり若い方である。
「ペーフスは労働力としても使われてますから、若いものはなかなか食べるコトはできないと思います。
でも、労働力として使うように育てるペーフスと、肉として食べる為に育てるペーフスと……二つの育て方をするっていうのはアリじゃないかなって」
そうすれば、もっと気軽に若いペーフスを食べれるよね――と、ショークリアが言えば、フォガードは驚いたような顔をしてから、わりと本気のような顔で悩み出した。
肉料理が好きなフォガードとしては、是非とも採用したい話だろう。
現実問題との折り合いや、予算等の難しい話は全部フォガードに丸投げしつつ、成功すればショークリアは労せず肉が手に入るという計画だった。
「まったく……最初からこれが狙いで、ペーフス料理を出したのね、ショコラ?」
そんなフォガードを横目に、マスカフォネが呆れたような視線を向けてくる。
それに対して、ショークリアはその通りとばかりに輝く笑顔でうなずくのだった。