親父へ報告する時間だぜ
ストック的にも時間的にもちょっと余力に限界が来ましたので
毎日更新は、ここまでとさせて頂きます
次回からは、だいたい週間更新くらいの感じでやっていきます
棄てられた幻夢街区画から外へ出て、大通りを通って商業ギルドへ。
商業ギルドは多くの商店のとりまとめをしているギルドだ。
それ以外にも、預け入れと引き出しだけながら、前世の銀行のようなこともしている。
もっとも、前世の銀行と違い、預けたお金は預けた支店でしか、引き出すことはできないのだが。
ショークリアは、カウンターへと赴き、ドンと署名を書き合った紙をギルドへと提出した。
その書類をギルド員に確認してもらい、自分の貯金してあるお金をそちらの約束に当てる手続きをする。
これで、現金を引き出すことなく、50万トゥードの準備完了だ。
後ほどドンが商業ギルドへとやってくれば、もう一枚の書類とともに、現金として受け取るか、あるいはドンの口座へとお金が移されることになるだろう。
余談だが、ショークリア――というよりもキーチン領のメイジャン家――は、ニーダング王国の商業ギルドから非常にウケが良い。
今はダイドー領と共に、停滞していたニーダング王国の商業界に、新しい風を吹き込んでくれる領地という扱いだ。
もっと言うのであれば、関税であったり、商品や金銭のやりとりなどが、キーチン領とダイドー領においては適正値を基準に交渉してくれる――というのが大きい。
とまれ、紙面を持ってきたのがショークリアだと分かると、カウンターの男性は非常に愛想良く気持ちの良い対応してくれた。
そのことに気をよくしながら、ショークリアはギルドを出て自宅へと戻った。
「――とまぁ、そんな感じの出来事に遭遇しました」
「…………」
王都別邸にある父の書斎にて、ショークリアが今日の出来事を報告すると、フォガードはやれやれと頭を押さえた。
「嫌がらせもそこまでくると呆れるな」
「ええ。まさか私が子飼いにしてる私兵たちに私の誘拐を持ちかけてくるなんて思いも寄りませんでした」
ニコニコと、そう告げるショークリアに嫌な予感を覚えて、フォガードは一度娘の名前を呼んだ。
「ショコラ」
「はい?」
「誘拐に利用された傭兵たちを雇ったのは今日じゃないのか?」
「書類上の契約では、誘拐の依頼を持ち出される前に契約したコトになっております」
「まだ契約書に署名をもらってないんじゃないのか?」
「お父様が参加される領主会までには署名入りの書類は完成すると思います」
フォガードのするいくつかの問いに、ショークリアはそれはもう良い笑顔で答えた。
そんな娘の姿に、フォガードは思わずこめかみを押さえる。
「偽造するのか?」
「お父様、人聞きが悪いです。
口頭での契約はしてましたが正式な書類による契約をしていなかったので、日付を遡って正式書類を作成し、改めて署名をして頂くだけです」
つまり、偽造ではなく正式書類である――と、ショークリアは胸を張って告げた。
「逞しくなったものだ」
「えっへん」
この世界で十二年も生きてきたのだ。
前世では苦手だった屁理屈を武器とするような貴族としてのケンカの仕方もだいぶ出来るようになってきた。
それに、かつて喧嘩王と呼ばれていたのだ。屁理屈の押しつけあいだろうが、それが貴族流のケンカであるならば、喧嘩王として正しく覚えて強くなってやろう――くらいの意気込みもある。
「皮肉だ」
「分かってるけど、敢えて褒め言葉として受け取ったのです」
貴族として、戦士として、文官として……。
日々成長していく子供たちを嬉しく思う反面で、ちょっと斜め上に成長しまくってる気がして、フォガードは複雑だ。
そんな複雑な心境を外へと出すように息を吐いてから、フォガードは顔を上げる。
「話は分かった。書類に関しては準備しておこう」
「ありがとう存じます、お父様」
(よっしゃッ! これでケンカ売ってくる阿呆をやりこめられるぜッ!)
ショークリアは胸中でガッツポーズしながら、フォガードへと一礼する。
その一礼する娘の姿が本当に逞しく見えてフォガードは何とも言えない気分になった。
「はぁ……庶民寄りの思考をしていて天真爛漫だったショコラはどこへ言ってしまったのやら」
「その手のクレームに関しては、各領地のみなさまへお願いいたします」
一瞬だけ「クレーム?」と、フォガードは首を傾げるが、文脈からして文句や苦言等の意味だろうと理解し、苦笑する。
「逞しくならざるを得なかったと言えばその通りか。
……だとしたら、父としてお前に謝らねばならない気がしてしまうな」
「それをお父様が気にされる理由はありません」
申し訳なさげな父の言葉を、ショークリアはバッサリと切り捨てた。
そのことに軽い驚きを覚えながらも、フォガードはうなずいて、笑みを浮かべる。
「ならば気にしすぎぬようにするとしよう」
ショークリアもガノンナッシュも、自分たちで考え、勉強し、成長しているということなのだろう。
「そうだ、お父様。
ドンとの交渉に出てきた土地の話。どうされますか?」
「すぐには答えを出せそうにないが、面白い話ではある。
四日後、私兵を引き取る際に、ドン氏には10万を渡しておいてくれ。返答が遅れる迷惑料ということでな。返答は領主会のあとにさせてもらいたい」
「わかりました」
そこで、ショークリアが裏路地で遭遇した出来事の話は一区切りとなった。
ちょうど良いと感じたフォガードは、話題を別のモノへと変えるべく問いかける。
「ところでショコラ。
デビュタントには王女がお見えになられる。
王族からも出席者がいる場合、挨拶をする際に何らかの献上品をお渡しするのが伝統となっているが、考えてはあるのか?」
「ええ、シュガールにお願いしようかと」
「食べ物か」
「はい。何か問題はありますか?」
「そうだな……美しい梱包をする場合であっても、開けやすい方が良いだろうな。毒味として自分が口にする必要がある」
「毒味用に箱の外に用意するのはダメなのですか?」
「ああ。箱の中にあるものを口にするからこそ、毒味の意味がある」
「そっか……うーん……」
説明をすると、ショークリアは何やら悩み出す。
「どうした?」
「献上するお菓子は、形そのものを可愛くしようと思ってるんだけど、毒味するときに潰さないといけないのはちょっと勿体ないかなぁ……と」
「ふむ」
ショークリアの悩みを理解して、フォガードも思案する。
「ショコラ。そのお菓子は一つの大きな形なのか?
小さいものを複数種類作り、その中でも潰しても問題ないようなものを箱の中に用意しておくなどの方法を取るコトは出来ないのか?」
フォガードに問われて、ショークリアは大きくうなずいた。
「勝手に一つだけって考えてたけど、複数あってもいいかも。
むしろ可愛いのをいくつも作っちゃえばいいのか」
どうやらショークリアの悩みは解決したようだ。
「ありがとうお父様」
「気にするな。
だがまぁ、可能なら私やマスカフォネに試食させてもらえるとありがたいな」
「もちろん。今日の食後に出すつもりだから」
「それは楽しみだ」
王族に献上する以上は味見しておきたいという気持ちと、ショークリアが考案したお菓子ならどう考えても美味しいだろうから食べたいという気持ちで、フォガードは笑うのだった。
○ ● ○ ● ○
「新しい甘味と聞いて!」
「帰ってくれませんかね」
バタンと勢いよく食堂の扉を開けて入ってきたのは、青の女神ことトレ・イシャーダ。
それに対して軽くあしらうように言葉を口にしたのは食堂の責任者であり、偉大なる父こと創造神ステラ・スカーバッカスに仕える料理人にして食の女神クォークル・トーンだ。
「えー……ショコラちゃんの新作スイーツの時間じゃないのー?」
「あの子はまだ完成版だと納得してませんからね。
あの子が納得したようなデキのものでなければ、再現したものは出せませんので」
「ちぇー」
知識などを司っているとは思えないほど子供っぽい顔で口を尖らせるトレ・イシャーダに、クォークル・トーンは苦笑しか返せない。
「まったく……スカーバッカス様も五彩の皆様も、すっかり彼女に餌付けされちまってるんだから……」
「何か言った? トーン?」
「いいえ、何にも」
ショークリアが本格的に動き出してからこっち――彼女の作り出した料理を再現する度に、誰かしらが食堂に来ては満足行くまで食べていく。
そんな日々が日常になってしまったので、クォークル・トーンも自分より上位のハズの五彩の神たちに対する扱いが、だいぶぞんざいになってきている。
それでも彼らがクォークル・トーンに文句を言わない。
というよりも、それなりに自分たちが無茶を言っている自覚があるようなのだ。
(まぁ、儂としても楽しいからいいんだけどねぇ……)
それはそれとして、
(ショコラ嬢ちゃんの新作は……うーん、見た目が細工のようじゃないか。目で楽しむコトが前提の一品となれば、儂一人だけで再現するのは些か難しいかもしれないねぇ……)
問題が一つある。
試作している姿を見ているので、だいたいどんな料理かは分かっている。作り方そのものは問題ないのだが、完成形が問題だ。
(手先が器用そうなの……そうだね。
細工の神のワークン・シップーマ辺りを呼んでみるのもいいかもしれないね)
そんなことを考えながら、クォークル・トーンは近々生まれるであろう新しい甘味に、思いを馳せるのだった。