さて、コイツらどうするか
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読者の皆さんのブクマ&評価のおかげです
そんなワケで今日も余力があったので更新です。
姿を見せた五人組の男たち――そのうち緑の髪の人物は、見た目だけなら女性だが判断が難しい――はいかにもチンピラと見える風情の格好というか装備をしていた。
(髪の色だけ見りゃヒーローっぽいけどな)
だが、チンピラらしくない立派な武器を携えていることから、何でも屋や傭兵の類だというのは推察できる。
(そう考えっと、正直、雑な変装なんだよなぁ……)
とはいえ、その腰に帯びてる剣やらナイフやらを見た限り、立派ではあるものの、あまり手入れがされているようにも見えなかった。
そこから推察できることがあるとすれば――
「貴方たち、傭兵くずれか何でも屋くずれよね? 私たちに何か用かしら?」
「……ッ!? このガキ……!」
やや小太りの黄色い髪の男が食ってかかってくる。
こちらの問いかけにすぐに表情を変えてしまう辺り、三下なのだろう。
そんな仲間を軽く窘めながら、赤髪の男が一歩前に出てきた。
「ンなコトより……嬢ちゃん、ショークリア・テルマ・メイジャンでいいんだよな?」
「そうだけど、誰からその名前と容姿を聞いたのかしら?」
ショークリアが知る傭兵や何でも屋たちというのは、武具を大切に扱う者が多い。戦場で壊れてしまう危険性を心得ているからだ。
「まぁある程度の想像はつくけど」
そして、何らかの理由で武具の新調が難しい時は殊更に丁寧に扱うという話も聞いたことがある。
(ま、そりゃそうだよな。
護衛だの魔獣討伐だのをするなら、武具ってのは大事な商売道具だ)
新調が難しい時に武具を失えば、仕事をするのが難しくなり、さらなる危機に見舞われるわけだ。
――にも関わらず、彼らの武具は手入れが雑に見える。
そういうところに彼らの実力が伺い知れるというものだ。
(武具を湯水の如く使い捨てて戦う流れの傭兵もいるらしいが、コイツらじゃねぇコトだけは確かだ)
道具の扱いは荒いが『不死身』の二つ名を持つ腕利きがいるという話は噂程度で聞いたことがある。
その実力は一度だけ出会ったことがあるというボンボも認めるほどだ。
そんな傭兵とその仲間が、こんな三下であるはずがないだろう。
「貴族が依頼人の直接依頼ですか?
身の程を弁えていないのか、自分たちの実力を勘違いされているのか、判断が難しいですね」
どうやら、ミローナもショークリアと同じような結論を出したようだ。
「ミローナ。恐らく彼らはその両方かと。
貴族からの直接依頼なんて恐ろしい仕事を、安易に引き受けるような判断力しか持っていないのですから」
カロマも容赦がない。
騎士を辞めたあとは、傭兵や何でも屋の仕事で、糊口を凌いでいたというのだから、その辺りの常識も弁えているのだろう。
「はンッ! 余裕じゃねぇかお嬢ちゃんたちよッ!!」
リーダー格らしき赤髪の男が必要以上の大声で告げる。
こちらの言葉はだいたい図星だったような反応だ。
後ろの四人も不満げな顔をしている。
大声を出しているのも虚勢のようなものだろう。
「ご明察の通りだよ。
貴族の代行って奴から依頼されてな。
怨みもなにも存在しねぇが……アンタらを、いやそっちの赤毛の嬢ちゃんを誘拐しろって言われてんだ。悪く思うなよ?」
「別に命を奪ったりまではしないぜ? ちょっと数日、お嬢ちゃんが行方を眩ませるだけだ。ちゃんと家には帰してやるからよ」
「貴族らしい剛胆な金払いだからさ。ちょっと仕事がなくて貧困気味の俺らを手助けする為に誘拐されてくれよ」
彼らの言葉から色々と察したメイジャン家の三人は揃って呆れたように嘆息した。
「まさか役満だとは思わなかったわ」
思わず漏らせば、ミローナとカロマだけでなく傭兵くずれたちまで「ヤクマン?」と首を傾げる。
だが、その言葉の漠然としたニュアンスは、ミローナとカロマに伝わったようだ。
「揃ってるとか整っているとかって意味ですか?」
「えーっと、そんな感じかな?
異国のゲームの言葉で……。山札から札を引いたり、他人の捨てた札を使ったりしながら、自分の手元で特定の絵札を揃えて役っていうのを作るって内容なんだけど……。
役満っていうのは、その中でも最上級の点数が入る役のコトね」
厳密に言うとちょっと違うのだが、この場で説明するにはこれで十分だろう。
「なるほど、ピンと来ました。
『傭兵くずれ』『依頼人は貴族の代行』『良い金払い』『犯罪依頼』『貴族令嬢誘拐』……お嬢様が思わずヤクマンだと言いたくなる絵札が揃ってますね」
「カロマ、『みんな揃ってお馬鹿なパーティ』『貴族の恐ろしさを知らない無知』『自分たちに仕事がないのは自分たちのせいだと理解できてない』などの絵札もありますよ」
カロマとミローナも言いたい放題だ。
さすがに容赦がなさすぎて、ショークリアも若干、顔がひきつる。
もっとも、一番に顔がひきつっているのは、傭兵たちの方なのだが。
「ガキどもッ! こっちが下手に出てやってれば調子に乗って……!」
「下手に出てるねぇ……」
ショークリアは頭を掻きながら、リーダー格らしき男を視線で射抜く。
「貴族の……特に若い女にとっての『誘拐された経験有り』の意味知ってる?」
その眼光のせいか、あるいは問われた意味が分からなかったのか、反応の鈍い彼らに、ショークリアは肩を竦めつつ告げる。
「貴族令嬢にとって、結婚前の誘拐は大きな瑕の一つよ。
例え無事に救出されても、『人目のない場所に監禁されていた』事実があっただけで、結婚が絶望的になるんだもの」
「意味がわかんねぇぞ?」
「貴族の結婚には――特に女性には、白の神が清らかであると認め、緑の神がその母性に祝福をする必要があるの」
「いやだから意味がわからねぇってんだよッ!」
叫ぶ傭兵くずれのリーダーに対して、ショークリアは自身の額に指を当てながらこれ見よがしに頭を揺らして嘆息した。
(っていうか、最初の黄色以降は、ずっと赤いのが喋ってんだよな……。
青いのと緑のとは、なんかクールな顔して黙ってるし、黒いのはニヒルな顔だけして動きがねぇ……。
黄色に関しては途中から腹をさすりはじめて以降は大人しい……)
ともあれ、それならば赤との会話に主眼をおけばいいだろう。
「誘拐されるっていうのは、監禁されて卑猥な目に遭わされた――もっというなら監禁場所で犯されて処女を奪われたっていう目で見られるようになるって話よ。
つまり、結婚前から余所の男にお手つきされた女って話になる。付け加えるなら、誘拐犯なんていう貴族にとっては家畜同然の庶民の中でも、とくに唾棄すべき汚らわしい輩に奪われているって話になる」
「いや、別に俺らはそんなコトするつもりは……」
「誘拐犯にどんな思惑があろうとも、『誘拐された事実』さえあればいいの。その事実だけあれば、以後の貴族社会において生涯徹底的に貶められるって話。つまり私の貴族としての人生はお先真っ暗になっちゃうワケ」
さすがに戸惑い始める傭兵くずれ赤。
青と緑はクールな顔のままだし、黒はニヒルな顔のまま。
黄色は恐らく話を聞いてすらいないように見える。
(こいつら、大丈夫か? ちゃんと理解できてるか……?
つーか、黄色の反応が他以上に鈍いのってもしかして腹減ってきてんのか?)
反応の鈍い男たちの一方で明け透けなはしたない言葉を繰り出したショークリアに、ミローナとカロマはやや呆れ気味だ。
(いやまぁ呆れられる理由は分かんだけど、この傭兵くずれどもには、婉曲した言い回しって無駄だしよぉ……)
ショークリアは、仕方ないでしょ……という視線を向ければ、二人も一応の納得はしてみせる。
こちらの話を聞いて、五人は小さく固まって何かやりとりをはじめている。
そこで、黒と黄色の表情が崩れた。一応、黄色は空腹であっても頭は回っているようだ。
軽い誘拐モドキでお金を貰えるはずが、思ってた以上に他人の人生を壊しかねないことに戸惑っているのだろう。
迂闊で隙だらけの傭兵たちだが、根っこの部分に善良なものが見て取れるとでもいうべきか。
(さて、コイツらどうしようかね)
ショークリアが思案していると、自分たちでも傭兵たちのものでもない第三者の声が、この場所へと響いてきた。
「嬢ちゃんの話に情報を付け加えるならば、嬢ちゃんを誘拐したオマエらの隠れ家に、オマエたちへ依頼をした貴族の手の者が突入。嬢ちゃんを助けて名声を得つつ、嬢ちゃんを徹底的に貶める手段を得るって寸法だぁ」
その声のした場所へと、視線が集まる。
そこにいたのは、背が低く、太り気味の男だった。
目は糸目気味であり、鼻は潰れ気味で豚っぽい。口はどこか尖らせているようでもある。
その顔をブサイクと取るか愛嬌があると取るかは人それぞれだろう。ちなみにショークリアは後者だ。
「割って入っちまってゴメンよー」
目を細め、口を横長にするような笑顔でそう告げる男は、さらに愛嬌が増したように見える。
しかし――
(あ、このオッサンやべぇ……。
あのナリで相当やる。しかも修羅場に馴れてるっぽい)
笑顔で手をひらひらとやりながらこの場へと歩いてくる男の足運びに、ショークリアは警戒心を強めた。
一見すると隙だらけなペタペタとした歩き方だが、何かがあれば即座に反応できる気配をその男は纏っている。
「まぁ何だな。オマエら、このお嬢さん方の美しい姿はその目に焼き付けておけよぉ。
きっとそれが、オマエらが最後に目にする美しい女性の姿なんだからさあぁ」
どこか気の抜ける口調。
だが、その発言そのものは、この傭兵くずれたちの末路を理解しているようだ。
つまり、ある程度は貴族社会についての知識があるのだろう。
(だけど、カタギって雰囲気じゃねぇ。
ヤクザっぽいが、前世でやりあった任侠系の連中とも違うな。
インテリヤクザ――あるいは、海外のマフィアって感じか)
よく見れば、その男は両手の五指に指輪をしている。
ややゴツめのそれは、人を殴る時のメリケンサック代わりにもなるのだろう。
「依頼人の手の者が俺らの隠れ家に来るってどういうコトだよ? それに、最後に目にする女ってのは?」
「おいおいおいおいおいおい。オマエら、流石にモノを知らな過ぎじゃねぇかぁ?」
背が小さく太った男は、大丈夫なのコイツら? みたいな顔をして、ショークリアを見てくる。
それに対して、ショークリアは肩を竦めるしかない。
大丈夫だとは思わないが、依頼を受けたのは彼らであり、自業自得でしかないのだ。
「いいか。貴族令嬢の誘拐だ。オマエら、極刑だよ、きょ・っ・け・い! スパっと首斬られてハイ・サヨナラー。
こうしてオマエらへの依頼をした貴族は依頼料の前金だけでコトが済み、大嫌いなメイジャン家を貶められる上に、卑劣なる誘拐犯からお嬢ちゃんを救った名声が手に入るってワケ。わかったぁ?」
「でもそれは俺らが殺された場合だろ? 殺されなかったなら、俺らは依頼されただけだって言えば」
「無駄無駄ぁ……だって、代理人が依頼してきたんだろぉ?
依頼人の貴族と直接会ったコトないなら、言い逃れはいくらでも出来るんだなぁ。
うちの人間が勝手にやったコト。そうでなきゃうちの名を騙る不届き者の仕業。
そう言って切り捨てて終わり。庶民の――しかも傭兵くずれのバカの言い分なんて、貴族にとっちゃなんの価値もない家畜の鳴き声だからよぉ。
もちろん頭の悪いオマエらは、貴族に食ってかかるだろ? そうしたら向こうのモンだ。貴族にイチャモンつけた傭兵くずれなんて、死んだところで、誰も困らないからさぁ」
男が、だいたいの説明をしてくれた。
つまり、この誘拐依頼そのものが、最初から傭兵くずれたちを殺すこと前提で成り立っているわけだ。
「オマエらに依頼した貴族にとって、この依頼はなぁ……成功すれば儲けもの。失敗しても、懐がちょっと痛む程度。いつもよりちょっとお金が掛かった嫌がらせってだけなの。分かる?」
貴族から――いや貴族であろうとなかろうと、直接依頼なんて、常にその危険性がはらんでいるのだ。
わざわざ何でも屋や傭兵の為に依頼を精査する何でも屋ギルドなんてものが存在している理由はそこにある。
依頼の不履行や、犯罪依頼などを可能な限り廃する為に、ギルドが仲介をしているというわけだ。
「んで? オマエら、どうするの?」
完全に顔面を蒼白させはじめた傭兵たちに、背が小さくて太った男は、その糸目を開き、ショークリアよりも鋭い眼光を向けながら、そう告げた。
その様子を見ながら、ショークリアは思う。
(ところでこのオッサン、誰?)
想定外の男の乱入に、ショークリアは胸中で首を傾げるのだった。