馬車旅ってあんま好きになれねぇな
この国においては十七歳が成人とされている。
十二歳~十六歳という期間は、子供と大人の狭間の時間とされており、成人するに当たり不都合のない常識や教養を身につける為のものである――というのが、平民・貴族の共通認識だ。
その中で、貴族は十三歳~十六歳の間は、王国中央都市にある中央学園への入学を推奨している。
推奨なので、入学しなくても不都合は本来ないはずなのだが、学園に通わずに成人した貴族というのは、基本的に徹底的にバカにされ見下され続ける運命しか待っていないので、体面の為に入学必須となっていた。
学園が十三歳からなのは、十二歳の間に入学の準備等をする為と言われている。
同時に、いずれ大人として社交界に顔を出す若き才能の顔合わせ……という名目で、十二歳になると中央王都において、王国主催のお茶会――デビュタントが行われるのだ。
今まで親や親類に付き従って社交界に顔を出していた子供たちが、自分自身の意志で、自分の責任で持って社交を行う最初の場。それこそがデビュタントである。
「……とまぁ理屈は分かっておりますけれど、正直メンドーです」
「ええ、そうですね。私も理屈は存じておりますが、正直メンドーだとは思っております」
中央王都へと向かう馬車の中。
思わず愚痴るショークリアに同意するのは母のマスカフォネだ。
いつまでも若々しい姿のマスカフォネだが、それは今もなお健在である。
ショークリア的には、生まれて初めてマスカフォネの顔を認識した時から、見た目変わってないんじゃないか――と思ってしまうほどだ。
「ふつうの貴族女性って社交が好きというか、社交こそが役割だと割り切ってお茶会などをしているが、マスカフォネもショコラも、あまりそういうのを好まないのだが」
「最低限の必要性は理解しておりますし、顔を出してはおりますでしょう?
ただただ集まりたいだけのお茶会や社交場というのは、実りある情報がほとんどないのですよ。
自慢話と嫉妬話ばかりで、社会情勢や各領地の噂すら微塵も入って来ない場合もあるくらいです。せめて、面白い新技術の話などあれば良いのですが……」
「お母様に同意します。
一緒に付き合って顔を出すコトはありましたが、剣術の稽古や料理の研究、食材狩りでもしてた方が有益であっただろう場も多くありましたから」
「本来であれば、その自慢話や嫉妬話から情勢の推測などをするものではあるのだが――聞くに耐えない上に役に立たない話題、増えたよなぁ……」
なんのかんのと、フォガードも社交の場に思うことがあるようだ。
「キーチン領に友好的な貴族との社交はそうでもないんだが……」
「ええ。悪意を持っている貴族はもとより、中立派の貴族も日に日に質が落ちているように思えます」
元々、キーチン領に悪感情のなかった貴族の中にも、ここ数年で目覚ましい改革を行い続けているキーチン領とダイドー領に色々と思うことがあるようだ。
最近はそれが拗れだしたのか、悪感情派になっていっている貴族もいるという話を聞く。
「人間は本質的に変化を嫌う――というものを何かで見た記憶があるわ」
ポツリと、ショークリアが漏らすと、フォガードとマスカフォネはどこか納得したような顔を見せた。
「変化に対して見て見ぬフリか。
やがてそれで生じた歪みが余計な事件の火種にならねばいいがな……」
もしかしたら、いずれくる転換期への嵐の前の静けさなのかもしれない――フォガードは漠然とそんなことを考えながら、馬車の外へと目を向けるのだった。
「そろそろ、ダイドー領を抜けるか」
キーチン領から中央王都へ向かうには、ダイキーチ街道を通ってダイドー領へ入る必要がある。
ダイドー領からは、コーロン領かスーンプル領を通って中央へと向かう。
どちらの領地もキーチン領に対して悪感情を抱くものが領主をしているので頭が痛くなるのだが、それでもマシな方として、一行はスーンプル領を選択していた。
最短距離を取るならコーロン領なのだが、そもそも領境にある関所が、キーチン領の人間を通してくれない可能性があるのだ。
あるいは、足下を見てお金をふっかけてくるか――それがない分だけ、まだスーンプル領はマシなのである。
ともあれ、ダイドー領とスーンプル領の境界手前にある街で一泊し、翌朝に出発。
ややして見えてくるのが、ダイドー領とスーンプル領の境目にある関所である。
「ここはすんなり通してくれるのよねぇ……」
「ショコラ……ダメな関所に毒されすぎよ」
思わずうめくショークリアをマスカフォネが窘めるが、その顔には苦笑が刻まれているのだから、半分は同意しているのと同じだろう。
「王都へと向かう街道に見慣れぬ魔獣の目撃情報が入っております。
道中、お気をつけください」
「ああ。忠告感謝する」
人の良さそうな関所の騎士からの言葉に、フォガードは礼を告げ、一行は出発する。
騎士フォガードに憧れている騎士というのは多くいるようで、自分が仕える主の思惑とは別に、親切にしてくれる騎士は少なくない。
今の忠告も、恐らくはスーンプル領領主の思惑とは別のものだろう。
関所を越えて、こちらへむけて敬礼をしている騎士の姿が見えなくなってきた辺りで、ショークリアは好戦的な笑みを浮かべる。
「馬車旅って退屈だものね。
固まっちゃう身体を解すのに丁度良い運動ができそう」
「それは否定しないな」
父娘がそっくりな顔で笑うことをマスカフォネは咎めることはない。
強いて、マスカフォネの口から告げることがあるとすれば――
「戦闘を楽しむのではなく、最短での決着をお願いしますね。
時間を掛けたら掛けただけ、嫌みを言われる時間が増えるのでしょうから」
――そのくらいのことである。
関所を越えた日の日暮れ。
地面が夕焼け色に染められ始めた時――
「グノス種の魔獣だッ! 警戒しろッ!」
護衛の戦士たちの声が響く。
それを聞いて即座に剣を手にして馬車を飛び出すフォガードとショークリア。
ふつうであれば領主とその娘の出撃を止めるだろうが、二人の実力を理解している戦士たちはそれを咎めたりはしなかった。
「お嬢様ッ、可能ならば魔獣の分析をッ!」
「りょーかい」
気軽な調子で答えて、ショークリアは戦士たちが示した方へと視線を巡らせる。
仮洗礼の日以降、ショークリアはそれ以前よりも積極的に魔獣を調べだした。
その目的は、可食かどうかを調べる為だ。
すでに食べられないと評されている魔獣であっても、敢えて自身で調べるなどをして、判断を下す。
もちろん、魔獣に限らずほかの動植物も同じように調べたのだが。
そうしているうちに、ちょっとした魔獣に詳しい人扱いされるようになっているのが昨今だ。
「グノス種なのは間違いないけど……」
ショークリアの視線の先にいるのは、前世でいうライギョのような魚っぽいフォルムに、トカゲのような手足がついた魔獣だ。
黒く大きな目に、凶悪な牙の生え揃った大きな口。
凶悪にトゲトゲした背ビレや尾ビレに、頭部周辺には触れることを拒否するかのような刃物じみたトゲが、逆立つ髪の毛のように……オールバックのようにも見える反り方で、無数に生えていた。
一般的にグノス種と呼ばれる魔獣の一種。
問題は複数種存在するグノス種の中の、どんな魔獣であるか――という点だ。
「夕焼けのせいで体色の判断が難しい……でも、身体が太めでトゲが細いコトから、ロームングノスじゃないかしら。
あまり強い毒ではないけれど、前足の爪に麻痺毒を持ってるから気をつけて」
問題は――
「ただコイツらってあんまり群れるイメージないのよねぇ……」
周囲を見渡してみれば、十匹ほどのロームングノスがこちらを見ている。
「ショコラ。考察はあとにして、さっさと片づけるとしよう」
「はい」
父の言葉で思案の海から、脱したショコラは腰に横佩きした剣に手を掛けた。
「総員、ショコラの忠告は聞いたなッ!
前足のツメに毒があるそうだ。気をつけろよッ!」
ショークリアは逆手に握ったまま剣を引き抜いて、構える。
それに一拍遅れて、フォガードが声を上げた。
「では、行くぞッ!」