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ある意味一つの集大成 1

前回の更新から少し間が空いちゃったので、今宵は3話更新しようと思います٩( 'ω' )و


1/3


 透き通る黄金スープ。

 シュガールが自力でこれを作り出したことに、ショークリアは惜しみない賞賛を送った。


 前世で言うところのコンソメスープだ。

 出汁(フォン)という概念を知ってから、このスープを生み出す可能性そのものは考えていたらしい。

 時間がある時に試行錯誤を続けていたシュガールが、ショークリアのお披露目という記念すべき日に間に合わせた。


 シュガール曰くまだまだ改良の余地があるそうなのだが、現時点でも充分なほどの美味しさを有している。


 前世のコンソメと比べると、だいぶ味が違うものの、複数種類の具を煮込み続けアクや脂などを根気よく取り除き続け作り出されたのが、この透き通る黄金スープというのだから、コンソメと呼んでも差し支えはないだろう。


 そして、ショークリア以外も今日初めて口にした黄金スープの味に、驚きを隠せないようだ。


「何という深い味わいだ……。

 具は何も入っていないのに様々な味が口に広がる……」

「なぜこれほどまでに複雑な味わいになっているのだ?」

「風味が豊かで濃厚で……ですが、先ほどの薄衣揚げ以上に、満腹感をまったく感じさせませんね。なるほど、順番に提供するコース様式においては理想の味なのかもしれません」

「ショコラ、シュガールにこれを毎日作ってってお願いできない?」


 味わいを楽しむ大人たちを余所に、ガノンナッシュがそんなことを訊ねる。

 それに対して、ショークリアが何とも言えない苦笑を返したことが、リュフレの従者たるドラップスには妙に印象的に映った。


 だからだろうか。

 彼が何となく二人のやりとりに耳を傾けたのは。


「膨大な手間暇と時間を掛けて作るスープですからね。

 毎日作るとなると、シュガールはこのスープ以外の料理ができなくなってしまいますよ?」

「え? そうなの?」


 手順を知っている妹に対して、何も知らない兄だからこそのやりとりだ。だがこの場だけ見ると、立場が逆のように見える。


「具を煮込み続けて味を抽出し続けるんだけど、途中で出てくるアクや、素材の欠片、脂などを常に取り除き続けて作るの。

 シュガールは一切の妥協をせず、煮込んでいると出てくるこのスープの邪魔になる要素のことごとくを根気よく丁寧に取り除き続けて作り上げたものですから」


 従者の嗜みとして料理をかじったことのあるドラップスは、ショークリアの言葉に戦慄すら覚えた。

 それは手間暇を掛けているなどと簡単に言えるような手間暇ではない。


「あまり良い例えではないですけれど……泥水から泥を取り除いて飲めるお水に戻すくらいのつもりで、余分なモノを取り除き続けて作ったスープと言えば、お兄さまも何となくわかりません?」

「ああ、うん。わかった。さすがに毎日飲みたいなんて言えないね」


 続けて、説明を受けると理解して引き下がったガノンナッシュにもドラップスは軽い驚きを覚える。

 あの年頃の少年は、説明など理解せずに喚いてしまっても不思議ではないというのに、妹からの説明にどれだけの手間が掛かってるかを正しく理解して引いて見せた。


 ある程度の文官の真似事ができる場合だと、駆け引きじみた真似をしてみせる子供もいるが、ガノンナッシュはそもそも自分の要求が不可能であると正しく理解できたのだろう。


(末恐ろしいご兄妹ですね)


 そんな感想を抱きながら、スープを口に運ぶ。


 口の中で様々な味と香りが弾けてたかと思うと解けていき、やがて一つに結びつくように喉の奥へと流れ落ちていく。

 スープに湿らされた口と喉に残るのは深い余韻だ。まるでいくつもの料理を食べ終わったかのような満足感と余韻がある。

 だというのに、満腹感は一切満たされていないのだ。故に、もっと何かが食べたくなる。


(一品目も二品目も満足感はあれど空腹感は満たされない――それどころか胃を刺激され、より空腹になるような味わいになっているのでしょうな。

 コース様式というのは、八品の別々の料理を提供するのではなく、八品を順番に食べるコトで完成する一つの料理なのかもしれません)


 だとしたら、それは恐るべき難易度を誇る提供方式だろう。


 そして、真に恐るべきは――まだ、このスープが全体で言えば二品目であるということだ。





「三皿目――本日の魚料理は、虹色鱗の(ヴォードニアル)オオマス(・ギビツォルト)のムニエル~柑橘(ニラダナム)ソース添え~です」


 虹色鱗の(ヴォードニアル)オオマス(・ギビツォルト)は、万年紅葉林の奥にある川でショークリアが釣ってきたものだ。


 その名前の通り、虹色の鱗を持つ――地球のマスにそっくりの魚だ。ただ、大きな(ギビ)マス(ツォルト)の名が示す通り、非常に大きい。

 前世でいう大型の鮭くらいのサイズはあった。


 味はマスと鮭の中間くらいの感じで、非常に美味しい。

 シュガールはこれをムニエルにし、柑橘系(ニラダナム)のソースを合わせてきた。


 小麦粉をまぶし、バターで両面を丁寧に焼き上げてある。

 外はカリっと、中はふっくらとした見事な食感と、魚の力強い風味を存分に味わえる一品だ。


 単体で食べるとくどく感じる人もいるだろうやや濃いめのバターで焼き上げられていながらも、添えられている柑橘ソースのおかげで、さっぱりと食べきれる。

 骨も丁寧に取り除かれており、皮も美味しく焼き上げられているので、一切れ余すことなく食べられるのもポイントが高い。




「四皿目。褐色ボアの肉を用いたローストボアでございます」


 ようするにローストビーフの(ボア)版だ。

 今回はこの後にメイン料理が控えているので、薄切りにしたものを数切れだけとなっている。


「見た目は生に見えますが、しっかりと火は通してありますので、構えずにお食べください」


 エニーヴの果実酒(赤ワインに似た酒)を使ったシュガール特製のソースが実に美味しい。

 肉料理が好きなフォガードは、一口食べてはぐいぐいお酒を飲んでいるし、リュフレも気に入ってくれたのか、あっという間に平らげていた。




「五皿目はお口直しを兼ねたサラダとなっております」


 本来、口直しは氷菓(ソルベ)であることが多いのだが、ショークリアは漠然と口直しという部分だけが知識にあった為、ここへサラダを持ってくることにした。


 今回はポテトサラダだ。

 生卵を使うのが怖くてマヨネーズを作ってはいないので、今回のポテトサラダは塩味だ。


 イエラブ芋を蒸かして潰し、塩、胡椒、強めに効かせたニンニク(チルラーガ)、少量のレモン(エノミル)の絞り汁を合わせて作っている。


 もうちょっとニンニク(チルラーガ)を抑えれば、ローストビーフなどの付け合わせ(ガルニチュール)としても良さそうな味だ。


 今回はポテトサラダ自体も少量で、葉野菜を中心とした野菜が少々といった感じになっている。

 シャキシャキした葉野菜と、ホクホクとしたポテトサラダの組み合わせは悪くない。

 ポテトサラダの味が濃いので、ほかの野菜と一緒に食べられる。


 これもお酒のアテとして、フォガードとリュフレは気に入ってくれたようだ。

 マスカフォネもかなり気に入ってくれたのか、表情が綻んでいる。




「口直しのあとは、本コースの主役料理になります。ロムラーダームの尻尾肉のステーキです」


 ロムラーダームの尻尾の付け根に近い部分だけを切り出して焼いたステーキだ。

 塩を振って焼くだけでもごちそうのような部位を、シュガールが最高の状態に仕上げてくれている。


 お皿には、肉と共に、水で溶いた小麦粉をベースに味を調え、お煎餅のように堅く、クレープのように薄く焼いた料理エッテラグが付け合わせに添えられている。ガレットにも似たエッテラグは、この世界でも庶民から貴族までおやつとして好まれているものだ。


 それを付け合わせにしようとするシュガールは、既成概念に囚われない発想ができる証拠とも言える。

 またエッテラグだけでは足りない彩りも兼ねて、様々な色の野菜を塩と酢、で和えてたものも一緒だ。


 ステーキソースはエパルグの果実酒(白ワイン)をベースにしたもので、以前、ショークリアがキャンプで作ったものと同様のものである。

 もっとも、あれと比べられないほどに完成度の高いソースをシュガール……ではなく、シャッハが作り上げてくれた。


「肉に刺さるように添えられたエッテラグは建造物のようだな……そこに色とりどりの野菜が添えられていて、まるで皿の中に芸術的な庭が作り出されているようだ」


 自分の前に置かれた皿に、リュフレが思わず――と言った様子で声を上げる。

 それに、ショークリアは素直にお礼を告げた。


「ありがとう存じます。リュフレ卿。

 見た目だけでなく、焼き加減も味付けも一切の妥協をせずに、当家の料理人二人が仕上げてくれたものです。

 もちろん、エッテラグや添え物の野菜も同様です。

 最高の肉を、最高の料理人が仕上げた一品を、ご堪能いただければと存じます」


 そうして、皆がステーキにフォークを入れ始める。


 スッと肉にナイフが入る。

 抵抗感はほとんどなく、けれども断面から肉汁があふれ出す。


 切り出した一切れをフォークで刺し、皿の周囲を彩るように垂らされているソースを付けて口に運ぶ。


 柔らかく、だけど確かな歯ごたえと共に、噛むほどに溢れる肉汁。

 その肉汁はもはやスープだ。強い旨味が口に広がり、それがソースと合わさって、口の中が幸福に満たされていく。


 エッテラグを抜き、軽く割った一切れを、小さく切った肉と共にソースと絡めて食べる。カリカリとした食感に、小麦特有のほのかな甘さ。

 上質なパン(ダエルブ)と共に肉を口にしているような気分になっていく。


「なんて旨さだ……。

 肉そのものの味もさることながら、それを存分に楽しめるように、ソースもエッテラグも添えられてる野菜も味を調整されているのか……ッ!」

「旦那様。味もそうですが、本来は簡単に作れるエッテラグにすら、様々な工夫が施されているようです」


 リュフレと、その連れの皆もステーキを楽しんでくれているようで、ショークリアは密かに安堵する。


 それどころか――


「世終の宴に頂いたロムラーダームの尻尾肉も非常に美味しかったですが……これは、それ以上ですね」

「肉の味だけならば世終の宴のモノの方が上だったかもしれないが……シュガールが本気を出して焼き上げた一皿であるせいか、総合的な味は完全にこちらだ」

「これも美味しいけど、シュガールたちがかなりがんばって作ってるんだよね?」

「お兄さまの言う通りです。

 普段の食事でこれを出そうとすると、毎日の予算が大変なコトになってしまいますし」


 メイジャン家の皆にも大好評である。


 もちろん、ショークリアもこのロムラーダームの尻尾肉ステーキを存分に堪能するのだった。


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