表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/184

新しい朝が来たってな


「ん……ぅ……」


 小さくうめきながら、ショークリアはゆっくりと(まぶた)を開く。


「初夢……見た気がするけど……」


 どんな夢を見ていたのか、いまいち思い出せなかった。

 だが、目に僅かな違和感がある。なんともなしに触れてみると、少し湿った跡がついていた。


(泣いてたのか……オレ)


 とはいえ、不思議と気分がスッキリとしている。

 長らく抱えていた何かが解消されたようで、なんとも凪いだ気分だ。


 身体を起こして外を見るとまだ暗い。

 動き出すにはまだ早い時間帯なのだろう。


 何ともなしにベッドから降りて、カーテンを開く。

 真っ暗ではあるのだが、地平の向こうに、僅かな明かりが見えた。


「良い時間に目覚めたのかも」


 さすがに部屋が冷えてはいるので、カーテンだけを開けてベッドに戻る。

 布団にくるまりながら、ショークリアは窓の外を眺めていた。


「初日の出、ね。

 夢見も寝起きも良い上に、初日の出も見られるなんて、今年の幸先は良いのかもしれないわ」


 屋敷の中からはあまり人の気配がしない。

 まだみんな寝ているのだろう。


 だからこそ――一人でこっそりとこうやって日の出を眺めている。


 やがてダイリの大岩が陽光に照らされ、ついにはその陽は大岩より上に顔を見せる。


 褐色の森が照らされ、荒涼地帯が照らされ、街が照らされ――


 まだ世界に残っていた統一神歴1980年(新陸歴597年)の夜の残滓が照らされ消えていき、やがて統一神歴1981年(新陸歴598年)の朝が世界に満ちていった。



     ○ ○ ○ ○ ○



「新たなる日々の創世に感謝と祝福を」


 それが新年の挨拶だ。

 日本で言うところの「あけおめ」がこれに当たる。


「おはよう、ガナシュ、ショコラ。

 新たなる日々の創世に感謝と祝福を――二人とも今年も健やかに成長してくれ」

「父上、母上、新たなる日々の創世に感謝と祝福を。

 こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします」


 挨拶を交わしあって、メイジャン家の一同は食卓に着く。

 新年最初の食事は可能な限り家族や愛しき人と共に――それがこの国での新年のしきたりだ。


 だからこそ、メイジャン家においては、従者たちにもそうあるように言いつけてある。


 少し食事の時間は遅くなってしまうが、可能な限り従者一同で共に取るように言いつけてあるのだ。

 帰れぬ者、帰る場所がない者が多いメイジャン家の従者たちは、共に働く者を家族だとして食事をとってもらうようにしている。


 これに関しては戦士たちも同じで、今頃は男性戦士団は男子寮の食堂で盛り上がっていることだろう。

 この時間の護衛や随伴は女性がメインとなっているので、領主一家の食事が終わり次第、男性と交代。


 今度は女性たちが女子寮で盛り上がることとなる。


 こういった面で、従者たちに気にかけているからこそ、フォガードは従者たちからの信頼が厚い。

 ちなみに――女性を大量雇用したからこそ今回の体制だが、昨年以前も、侍従や戦士を二班に分けて、同じようなことをしていたのだ。


 従者たちに新年のしきたりを楽しませる主人は意外と少ないそうで、メイジャン家に仕えて間もない従者たちは非常に驚いていたそうだ。



 ともあれ――新年最初の食事は、この日のためにシュガールが研究してきた、秘蔵の芋餅料理を中心に、見栄えにもこだわった料理の数々だった。



 例えば、『芋餅のベーコンサンド~創世の紅白ソース』。


 厚さが一センチほどの芋餅を二枚重ねたような料理だった。

 こんがりと焼かれた芋餅の間には、薄切りのベーコンが二枚ほど挟まり、白いソースのようなものが軽く垂れている。

 それが大きめの皿の真ん中にこじんまりと置いてあり、皿の上には芋餅に掛からないよう外側寄りに、赤いソースで円を描くように添えられていた。


 清廉の白と、熱情の赤。

 その組み合わせは、一年の始まりを司るに相応しい色合わせと言われているものだ。


 前に進む熱さを身に纏いながらも、心は清廉なる秩序を抱いて――そんな意味を込めて、ソースを考えたそうである。


 白は熱したチーズをミルクと、白ワインに似た酒であるエパルグの果実酒で伸ばしたもの。

 赤はトマトに似た野菜オタモーツをすりつぶしたものをベースに味付けたものだった。トマトソースではあるのだが、ショークリア的にはケチャップに近い風味であるというのが感想だ。


 そんな二つのソースが、イエラブ芋とベーコンに合わないワケがない。



 他にも、トカゲに似た魔獣、黒檀の(イノーヴェ)カヴーの肉――その肉の色が不気味さを覚える黒色の為、黒肉とも呼ばれている――のステーキに、バジルに似た味の葉リサッバのペーストで作った緑のソースを掛けたものもあった。

 生命と活力を司る緑と、死と衰退を司る黒の組み合わせは、生き物の在り方を示す組み合わせであり、これもまた、創世の日に一緒に食すと縁起良いと言われている色合わせだ。


 このように、シュガールはその研鑽の結果を惜しみなく、新年最初の食事に合わせてきた。

 しかも見た目や色合いまで考慮して、である。


 そして、その考慮によってこの食事だけで、五彩色に合わせた色合いの料理を全て口にしたこととなり、これは大変縁起が良いことなのだそうである。


 ちなみに青だけは難しかったのか、単体のジュースとして出てきた。

 これは、空色(イクス)イレッブという前世のコケモモやクランベリーに似た果物で作ったものだった。

 成長しても大人の膝ほどにしかならない低木に実る小指の爪ほどの大きさの果物で、それは皮も果肉も果汁も空色なのだという。


 酸味が強く、それだけだと食べるのが難しいながら、縁起物として創世の日の食卓に生のものがよく並ぶそうだ。

 実際、メイジャン家の食卓にも毎年並んでいた。

 我慢して一粒は必ず食べていたものだが、今年はジュースになっているので非常に飲みやすい。


 これは、種を取り除いて潰したものをハチミツで煮込み、布で漉したものを水で割ったのだそうだ。

 鮮やかな青色の通り、爽やかな酸味を感じる甘酸っぱいジュースは前世のハチミツレモンを思わせる味だった。


(……シュガールって、もしかしなくても、この世界の料理界最前線を突っ走ってるんじゃねーのか?)


 色の組み合わせや見目だけでなく、当然味も良い。

 それらに舌鼓みを打ちながら、ショークリアはそんなことを思ったりするのだった。




 食事が終われば、創世の宴の始まりである。

 まぁ大層な名前が付けられてはいるが、前世で例えるのであれば、振り袖や袴に着替えての初詣と挨拶周りのことだ。


 領地経営や街づくりに辺り、住民の住居の次に優先されるのが、創世神殿と呼ばれる建物ならびに敷地だそうだ。

 どの領地であっても――いや、どんな小さな集落であっても、その近隣には必ず偉大なる父・神々を統べる神(コズエンペリウム)ステラ・スカーバッカスとその眷属である五彩神(ゴズホイーラ)を奉った神殿ないし祠が存在する。


 実際、領都の近くには小さめの神殿があり、創世の日には、この日の為に用意されていたドレスやスーツに着替えて挨拶に行くのだ。


 その挨拶が終わったあと、各々の知り合いに挨拶周りをしたり、挨拶しにくる者を歓迎したりするのだが――この領地に客人たる貴族などは基本的に来ないし、わざわざ足を運ぶほど仲の良い貴族もいないので、神殿を(もう)でて家に帰って来た時点で、メイジャン家の創世の宴は終わりである。


 創世の宴用のドレスから普段着に着替えてしまえば、あとは自由時間だ。


 ショークリアはミローナを伴って、屋敷の敷地を歩いて回る。

 屋敷で働く従者のみんなに挨拶をする為だ。


 本来、貴族としては挨拶に来るのを待つのが正しいのだが、そこは前世の感覚が残っているからだろう。ショークリアは待っているのは性に合わないと言って、挨拶周りをしている。


 初めて従者への挨拶周りをした去年はみんなに戸惑われたものの、今年はそれなりに受け入れてもらえた。

 もっとも、新規に雇用した人たちからはやっぱり驚かれてしまったのだが、多くの人たちは『まぁショークリアお嬢様ですしね』みたいな感じであっさりと受け入れてくれる。


 とはいえ――受け入れてくれるのは嬉しいものの、納得のされ方が少々解せないショークリアであった。




新年の一日を、世界観の紹介と併せてダイジェスト風味でお送りしました。

作中内一番の成長有望株はシュガールかもしれない


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新紀元社モーニングスターブックス より
2023/3/20発売!٩( 'ω' )و夜露死苦ッ!!
鬼面の喧嘩王のキラふわ転生
~第二の人生は貴族令嬢となりました。夜露死苦お願いいたします~
喧キラ


他の連載作品もよろしくッ!
《雅》なる魔獣討伐日誌 ~ 魔獣が跋扈する地球で、俺たち討伐業やってます~
花修理の少女、ユノ
異世界転生ダンジョンマスターとはぐれモノ探索者たちの憂鬱~この世界、脳筋な奴が多すぎる~【書籍化】
迷子の迷子の特撮ヒーロー~拝啓、ファンの皆様へ……~
フロンティア・アクターズ~ヒロインの一人に転生しましたが主人公(HERO)とのルートを回避するべく、未知なる道を進みます!
【連載版】引きこもり箱入令嬢の結婚【書籍化&コミカライズ】
リンガーベル!~転生したら何でも食べて混ぜ合わせちゃう魔獣でした~
【完結】その婚約破棄は認めません!~わたくしから奪ったモノ、そろそろ返して頂きますッ!~
レディ、レディガンナー!~家出した銃使いの辺境令嬢は、賞金首にされたので列車強盗たちと荒野を駆ける~
魔剣技師バッカスの雑務譚~神剣を目指す転生者の呑んで喰って過ごすスローライフ気味な日々
コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~
スニーク・チキン・シーカーズ~唐揚げの為にダンジョン配信はじめました。寄り道メインで寝顔に絶景、ダン材ゴハン。攻略するかは鶏肉次第~
紫炎のニーナはミリしらです!~モブな伯爵令嬢なんですから悪役を目指しながら攻略チャートやラスボスはおろか私まで灰にしようとしないでください(泣)by主人公~
愛が空から落ちてきて-Le Lec Des Cygnes-~空から未来のお嫁さんが落ちてきたので一緒に生活を始めます。ワケアリっぽいけどお互い様だし可愛いし一緒にいて幸せなので問題なし~
婚約破棄され隣国に売られた守護騎士は、テンション高めなAIと共に機動兵器で戦場を駆ける!~巨鎧令嬢サイシス・グラース リュヌー~



短編作品もよろしくッ!
オータムじいじのよろず店
高収入を目指す女性専用の特別な求人。ま…
ファンタジーに癒やされたい!聖域33カ所を巡る異世界一泊二日の弾丸トラベル!~異世界女子旅、行って来ます!~
迷いの森のヘクセン・リッター
うどんの国で暮らす僕は、隣国の電脳娯楽都市へと亡命したい
【読切版】引きこもり箱入令嬢の結婚
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ