誕生日に見る夢にしちゃ気が利いてるな(前)
ショークリアが気がつくと、随分と懐かしく思える前世の地元の商店街に立っていた。
だが、覚えているよりも周囲の建物などが高く感じる。
ふと窓ガラスに映る自分の姿を見て、気がつく。
自分の姿は、鬼原醍醐ではなくショークリアなのだ。
(夢かな、これは)
だけど不思議と、疑問などが湧き出すことなく、ショークリアは商店街をゆっくりと歩いていく。
懐かしさに目を細めながら歩いていると、建物と建物の隙間のような路地裏から、声が聞こえてくる。
「いいから、金を出せってんだッ!」
「……ッ! いやだッ!!」
咄嗟に身構えてから、ショークリアは大きく息を吐く。
それから、その路地を見据えて一歩踏み出すと、その肩に誰かの手が乗った。
「待ちな嬢ちゃん」
「…………」
その手の主を、ショークリアは見上げる。
(魚屋のおっちゃん……?)
そう。その手の主は、この商店街で魚屋を構えているおっちゃんだった。
「あそこは危ないよ? 外人さんみたいだけど、日本語分かる?」
「分かる……だけど、誰か困ってる人がいるみたいだから」
ショークリアが答えると、おっちゃんは困ったような顔をする。
「お嬢ちゃんみたいなちっちゃい子がなにが出来るんだい?」
「何も出来ないかもしれないけど、誰も助けてあげないなら、わたしが助けないと」
おっちゃんは、ショークリアを見下ろしながら、何かを噛みしめるような顔になった。
「……俺たち大人は、また繰り返すのか……ッ!」
小さな声ながら、天へ向かって慟哭するかのようなうめき声をおっちゃんは漏らす。
「お嬢ちゃんはここで待ってておくれ」
おっちゃんは、ショークリアの肩から手を離すと、路地裏を睨み付けるようにしてから、大きく深呼吸をした。
「おうッ、ガキどもッ!
こんな薄暗ぇとこで何やってやがるッ!!」
そして、意を決したように路地裏へと踏み込んで行き、大声を上げる。
「ンだ、テメェ?」
売り言葉買い言葉。
怒鳴り声の応酬が聞こえだした辺りで、人が集まってくる。
(こいつはちょうどいいな)
胸中でニヤリと笑うと、ショークリアも路地裏へと入っていく。
ほとんどの人がビビって入ってこないことに苦笑しながら、そこを進んだ。
「カツアゲなんてつまらねぇマネはやめろってんだよッ!」
「うるせぇんだよジジイッ!」
ショークリアが現場にたどり着くと同時に、おっちゃんは殴り飛ばされていた。
(ったく、無茶するぜ)
それを見て、ショークリアは走り出す。
明らかにカツアゲをしていた側だと思われる男は、倒れたおっちゃんを力任せに踏みつけようとしていたので――
「せいッ!」
そのまま男に体当たりをぶちかます。
片足を上げていた状態でショークリアの突進を受けて、男は思わず尻餅をつく。
それから、カツアゲをされていただろうメガネの気弱そうな高校生に、アゴだけでおっちゃんを示す。
メガネの彼は即座にその意味を理解してくれたのか、おっちゃんへと駆け寄っていく。
「お嬢ちゃん!」
「ガキッ!」
おっちゃんには背を向けて、背中越しに軽く手を振る。
そして、立ち上がる男に向かって、腕を組みながら睨みつけた。
「何、睨みくれてやがんだ?」
「殴っていいのは、殴られる覚悟を持つ者だけ――そんな言葉をご存じないのかしら?」
「あァ? テメェがぶちかましてきたんだろうがッ!」
「その前に、そちらがおじさまを殴ったのではなくて? もっと言えば、そちらのメガネの方からお金を脅し取ろうとされていたようにお見受けしますが?」
「だったら何だってんだ?」
「ふつうに犯罪でしょう」
即答しながら、ショークリアはぼんやりと思う。
(そうだよなぁ……考えてみりゃ、生前俺が返り討ちにしてた連中の行いの大半が犯罪なんだよな)
冷静になってみると、そういう奴らは全部、警察のおっさんに放り投げちまえば良かった気がしてくる。
「ガキだからって殴られねぇと思ってんじゃねぇぞッ!」
言いながら放ってくるのは蹴りなあたり良い性格をしていると言えるだろうが――所詮は、戦いもケンカもしらないガキの雑な蹴り。
ショークリアからしてみれば、ただの足振り運動だ。
それを躱しつつ小さく飛び上がったショークリアは、空中で回転しながら回し蹴りを繰り出す。
彼女の踵を鳩尾に受けて、たまらず転げる男。
「クッソがぁぁぁぁ――……ッ!!」
結構痛いだろうに、やせ我慢でもするかのように叫びながら立ち上がった。
「ナメられっぱなしでいられるかよォ!」
取り出されたナイフを見ながら、ショークリアは呆れ混じりに嘆息する。
「それを抜いたからには、遊びやケンカじゃすみませんよ?
刃物は脅しやケンカの道具ではないのですから。それは容易に命を切り裂ける道具です。
ソレを手にして殺意や悪意と共に振るわれるのでしたら、そこから先は殺し合いとなってしまうと、理解されておりますか?」
「あァん?」
「ところで、マーダーライセンスってご存じですか?」
問いかけながら、ショークリア本人はその胸中で実はわたしもよく知らないけどね――と嘯きつつ、言葉を紡ぐ。
「ようは、殺人許可のライセンスです。
とある国でそれはふつうに発行されてまして、わたしは世界最年少ライセンサーとしてギネスに乗っております――と言ったら信じます?」
ショークリア的には何かそんな単語あったかなぁ――程度の知識で口にしている。
取得条件とか取得できる国だとか、そもそも実在しているのかどうかも分かってないが、必要なのはこの場でのハッタリなのでその辺りはどうでも良い。
「何を……」
それでも、殺人許可のライセンスというフレーズは若干のビビり要素にはなってくれたようである。
「もちろん、むやみやたらに殺しはできません。
ただそれでも、殺意や悪意を持って、人を殺せる凶器を持った相手に襲われた時、自衛として相手を殺めてしまっても無罪にはなるんですよ」
ちなみにこのハッタリ――一番覿面だったのは、魚屋のおっちゃんである。
ショークリアは背を向けているので彼の表情に気づけなかったのだが、おっちゃんの脳裏には最悪のパターンが思い浮かんでいた。
その最悪のイメージは、ショークリアが刺されるのではなく、ショークリアが刺し返すというものだ。
「良いですか? もう一度、警告します。刃物は脅しやケンカの道具ではありません。
明確な敵意を持ってそれを振るわれるのであれば、相応の覚悟をされてからどうぞ。
先ほども申し上げましたが、そこから先は殺し合いです。こちらも加減ができません」
昼食がてら商店街に繰り出していた地元警察の刑事課所属の男は、魚屋そばの路地の入り口にできている人だかりを見つけ、目を眇めた。
「おい? どうしたんだ?」
「ああ、ちょうど良かったよ刑事さん。
魚屋の銀ちゃんが、カツアゲ止めに路地に入ってったんだけど、口論が始まっちまってね。しかも、そんなところに近くにいた外人の可愛い女の子が入っていっちまって……」
「分かった、俺が行ってくる」
「頼むよ」
答えてくれた商店街のおばちゃんに一声かけて、刑事は中へと入っていく。
(鬼原の奴……本気で抑止力になってやがったんだな……)
彼の死後、元々ガラの悪い者の多かったこの街は、さらにガラが悪くなったように思える。
ガラが悪くとも真っ直ぐな奴らもいるはいる。彼らは鬼原を継ごうと必死になっているようだが、抑止力としては物足りない。
それどころか、彼らとただ暴れたいだけの連中がぶつかりあって、結局は族同士の大喧嘩みたいなものが勃発してしまったことだってある。
(どうすりゃ、街のガキどもを躾られんだろうなぁ……)
うんざりとした気分で嘆息し、現場へとたどり着いた時だ――
「良いですか? もう一度、警告します。刃物は遊びやケンカの道具ではありません。
明確な敵意を持ってそれを振るわれるのであれば、相応の覚悟をされてからどうぞ。
先ほども申し上げましたが、そこから先は殺し合いです。こちらも加減ができません」
少女の口から飛び出した想定外の言葉を聞いて冷や汗が吹き出す。
その冷や汗と、刑事のカンが告げている。あの少女は、やる時はマジでやる――と。
(やべぇ……人死に出るッ!?)
だが、一足遅かった。
少女の警告を無視して、ガラの悪いそうな男がナイフをもって少女に躍りかかる。
少女は慌てることなく男を見据えて、身体を小さくしながら一歩踏み込んで懐に潜り込むと、右肩を上に向かって突き上げるように振り上げる。
しっかりと男のボディを捉えたショルダーアッパーとも言うべき技をキメたあと、少女は男の手に触れてナイフを取り上げる。
そのまま流れるようにしゃがみ込み、男の足を払うと飛び上がり、尻餅をついた男の上の腹部を踏みつけながら、そのナイフの切っ先を突きつけた。
「警告、しておりましたよね?」
素人の動きではない。
本気で戦いの――それもスポーツではない命を懸けたやりとりを知っている動き。
「これが殺し合いです。ご理解頂けたのでしたら幸いです。
それでは、ごきげんよう」
淡々とそう告げて、少女はナイフを男に向かって突き出し――
「ダメだ嬢ちゃんッ!」
その時、魚屋の銀さんとやらが叫んだ。
「例え嬢ちゃんが人を殺しても罪に問われない免許とか持ってたとしても、やっぱりダメだ!」
「ですが、この男はあなたを殴り、あまつさえ体重をかけて踏みつけようとしてました。あれで肋骨辺りが砕けていた場合、運が悪いとおじさまは亡くなってしまっておりましたよ?」
「それでも、ダメだ」
必死に止めようとする銀に、少女はふっと柔らかな笑みを浮かべると、男から離れる。
「貴方はそちらのおじさまに感謝をするべきですね」
それから、ナイフを弄ぶようにくるりと回すと刃の部分を掴んで、こちらへと差し出してきた。
「こちらの回収をお願いします。必要でしたら指紋も提出します」
「……おチビさん、場慣れしすぎてないかい?」
何とも言えない気持ちのまま刑事がそう告げて、ナイフを受け取る。
次の瞬間――まだ諦めていなかったらしい男が、少女を目指して突進してくるが……
「はぁ……そちらのおじさまに感謝して、大人しくしていれば良かったと思うのですけれど」
少女はつまらなそうに嘆息した瞬間、その場にいた誰の目にも何が起きたのかが分からなかった。
ただ、残心している少女の姿勢から、背面へ向けた目にも留まらぬ速さのハイキックが繰り出されたのだろうことくらいは推測できる。
それを見、刑事はとりあえず建前を口にすることにした。
「危なかったな嬢ちゃん。
あのバカは起きあがって突進してきたのに、君ではなく壁に激突して目を回した」
それが通用するかどうかは刑事としては賭だったのだが――
「ええ。怖かったわ。
まさか起きあがって突進してくるなんて……でも、誰にも当たらずに壁に激突して自滅してくれて、本当に良かったです。
刑事さんが間に入ってくれたせいで、よけいなケンカも起きませんでした。ありがとうございます」
どうやらこの少女には通じたようだ。
それどころか、こちらの提案に乗って、自分の暴力も無かったことにする気のようである。
(まぁ、大目に見るか)
どちらにしろ、彼女がいなければこの二人が救急車に乗っていた可能性があるのだ。
(鬼原の一件以降、俺も甘くなったよな……あまり良くない甘さな気もするけどな)
銀とメガネの少年は何を言ってるんだコイツら――みたいな顔をしているが、刑事としても敢えて説明する気はない。
「暴行と殺人未遂、それから恐喝の現行犯ってところか。
やれやれ、昼休憩は返上だ」
ぼやきながらも、自らの職務を果たすべく、彼はポケットからスマートフォンを取り出した。
(……ん、鬼原……?)
ふと、耳に端末を当てながら少女へと視線を向けた時――倒れた男を見下ろす彼女の背中に、見覚えのある姿が見えた気がした。
一話で終わらせるつもりが予想より長くなっちゃったので、分割しました