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堅牢にもほどがあんだろ


 キーチン領、領主邸。

 侍従の休憩室。


「……むぅ」

「まだムクレているのね」


 机に上でだらしなく突っ伏して頬を膨らませている娘の姿に、ココアーナは困った子と苦笑する。


「どーして、ショコラは私を連れてってくれなかったのかな?」


 普段なら咎める態度と口調だが、今は休憩中。

 基本的に休日や休憩中は親子として接しようと、ココアーナは自分に決まりを課していた。


 だからこそ、ココアーナは上司としてではなく母として答える。


「恐らくだけど、難しくは考えていないのではないかしら?」


 フォガードやマスカフォネから、あまりにも従者としての関係を徹底しすぎると親子として接する機会が極端に減ってしまうし、その果てにお互いの仲が拗れてしまうかもしれないから――と、言われたことがある。


 元々実家とあまり仲の良くない二人だからこそ、こちらのことを気にかけてくれているのだろう。


 そして、恐らく二人の言葉は正解だったのではないかと思うことがあるのだ。


「難しく考えて……ない?」

「そう。ロムラーダームの討伐に付いていく。

 その時に必要なのは、従者ではなく戦士。

 お嬢様の中でのミロは、戦闘もできる従者であって、戦士だと思っていないのでしょう」

「連れて行って欲しいと直接的に口にするのは、従者として良くないんだよね?」

「ええ」


 だけど――と、ココアーナは口に出さず、胸中で付け加える。

 恐らくミローナが素直に付いていきたいと口にすれば、ショークリアは考慮するだろう。


 ショークリアにとってミローナは、戦闘もできる従者であると同時に、仲の良い幼なじみであり、姉なのだ。

 だからこそ、あまり戦闘が発生するような場所へ積極的には連れていかないのだろう。ミローナを連れていかないのは、ショークリアなりの配慮。だからミローナが希望すれば、ショークリアはわりとすんなり連れていくのではないだろうか。


 次があった時――どうしたら連れていって貰えるか。

 それを考え始めたミローナを見ながら、ココアーナは見守るように微笑む。


 フォガードとマスカフォネには感謝している。

 従者としての在り方を徹底していたのであれば、こんな風に娘と接することはなく、娘のこんな姿を微笑ましいと思えなかったかもしれないのだ。


(奥様もお嬢様も、同行者の皆さんもお強いのですし、ロムラーダームでしたら遅れを取るコトはないと思うのですが……)


 討伐の旅の無事をココアーナは五彩神に祈ってから、そろそろ休憩時間が終わることをミローナに告げるのだった。



      ○ ● ○ ● ○



 そんなココアーナの真摯な祈りはイマイチ神に届かなかったのか、ショークリアたちは少しばかり強敵を前にしていた。



「あれはもはやロムラーダームではないでしょう。

 通常種のつもりで戦っているのでしたら、気を改めなさい。

 目の前にいるダーム種は、秋魔に匹敵する強敵です」


 マスカフォネが警告するように声を上げる横を、ショークリアは駆け抜ける。


 丸めていた身体を開くロムラーダーム――いや変異ロムラーダームというべきか――に向けて、ショークリアは飛び上がりながら大きく右足を振り上げた。


「でぇぇぇぇいッ!!」


 気合いと共に脳天へと(かかと)を振り下ろす。

 もちろん、彩技(アーツ)で強化してあるものだ。


(頭もクッソ硬ぇな……)


 単に威力をあげるだけでなく、踵への保護も兼ねていたので、幸いにも怪我はなかったが、それでも蹴り込んだ踵に響くように痛い。

 まさに金属に踵落としを決めた気分だ。


 だが、それでも――

 その衝撃で、ロムラーダームの頭が強制的に下へと向けられる。


 それを確認すると、ショークリアは着地と同時に逆手に掴んだ剣の先端を地面に当てた。

 そのまま姿勢を小さくしながら、地面すれすれを移動するように踏み込み、どの属性にも属さない虹色のままの魔力(カラー)を纏った刃を、すくい上げるように振り上げる。


閃虹月弧(センコウゲッコ)ッ!」


 虹色の光が弧を描く。

 踵落としによって強制的に下げさせられた(こうべ)を、今度は強引にカチ上げた。


 ロムラーダームの上体が僅かに浮く。

 ショークリアはすかさず次の攻撃を繰り出す。


夏旋蹴(カセンシュウ)ッ!」


 ショークリアのオリジナル技。

 ぶっちゃけてしまえば、ムーンサルトキックだ。

 この世界では彩技(アーツ)による身体強化で、前世でいうゲームのような動きが色々できるのでついつい色々試してしまう。これもそこから生まれた技である。


 今回は蹴り上げと同時に後退も兼ねているので、蹴り上げつつも、大きく後方へと跳ぶ。


 ひっくり返る――とまでは行かなかったが、そこを見逃すような戦士はこの場にはいない。


 ショークリアと入れ替わるように踏み込んできたボンボが剣を振り抜く。


「浅かったかッ!?」


 だが、本人の言葉通り喉を浅く斬っただけのようだ。

 血こそでてはいるが、致命傷とはほど遠い。


「打ち下ろす鉄槌よッ!」


 畳みかけるように、マスカフォネの声が響く。

 ロムラーダームの上方で空気がたわみ、拳の形になって落ちてくる。

 だが、その拳はロムラーダームの背中の泡立っているかのような硬皮に触れるなり、無散してしまう。


「ちッ!」


 マスカフォネの術に併せて攻撃しようとしていたザハルは、その場から離脱する。


「おや?」


 魔術が突如無効化されたことにマスカフォネが思わず首を傾げていると、体勢を立て直しきっていないロムラーダームが、強引に尻尾を振り回す。


「奥様ッ!」


 その大きな尾はマスカフォネへ襲いかかるが、それよりも早くカロマがマスカフォネを抱き抱え、尾を(かわ)した。

 乱暴に薙払われる尾によって、雪や土がめくり上げられる。

 雪の白と土の茶色、そして落葉の赤の飛沫の中を抜けて、カロマは着地。すばやく距離をとって、マスカフォネを下ろした。


「あの泡立っているような部分に魔術をぶつけると、無効化されてしまうというコトでしょうか?」

「硬い上に、魔術の当てどころによっては無効化されてしまうとは、厄介な相手ですね」

「ですが、完全に効かないワケではないのですからやりようはあります。

 加えて……硬いコトは別に万能ではないのですよ」


 それに――と、マスカフォネが続ける。


「あそこにぶつかって無効になるのでしたら、先に使った魔術も無効化されるはず。いくつか条件があるのでしょう」


 全てが無効化されるわけではない――と言ってマスカフォネは古木の杖を構え直す。

 次に使う術も効かないのでは……? という不安を胸の奥にしまいこんで、ロムラーダームを見据えた。




 尻尾でマスカフォネを攻撃したのを皮切りに、ロムラーダームが体勢を立て直す。


 魔獣から見て、一番小柄で弱そうだったからか、あるいは手近にいたからか。

 ロムラーダームはショークリアへと飛びかかる。


 十五メートル近い巨体が襲いかかってくるというのはなかなかにおっかない。

 だが、ショークリアは大きくバックステップして攻撃を躱すと、ロムラーダームへと素早く背を向けて、カロマのマネをするように目の前の木を駆け上がる。


(泡立ちの激しい部分が、お袋の魔術を無力化していたよな。

 あの辺りに何か大事なモンでもあるんじゃねーのか?)


 ショークリアが駆け上がる木に、ロムラーダームが右手を振るう。

 めきめきと音を立てて傾き始める木を蹴って、ショークリアは順手に持ち替えた剣に魔力(カラー)を込めた。


「でぇぇぇぇぇいッ!」


 虹色にスパークする剣で、背中のもっとも泡立ち方が激しいような見た目の硬皮を切りつけ――


 キィィィィィィ……ン!


「痛ったぁぁぁぁぁ……!?」


 ぶつかる直前に込めていた魔力が急に消え去り、ただの剣とただの女児の細腕となったそれで、もっとも硬い部分を全力で叩いてしまう。


 激しい金属音とともに剣が弾かれ、右手には強烈な痺れが走る。

 思わず声を上げ、涙目になると、ロムラーダームが激しく暴れて、背に乗るショークリアを振り落とす。


「わわわわわ……ッ!」


 その背中から転げ落ちそうになり、強引に足下を蹴って飛び上がるが、うまくバランスが取れない。


「まったく無茶するお嬢さんだ」

「ザハル!」


 空中に投げ出されたようなショークリアをザハルが飛びついてきた。

 彼女を抱き抱え、地面に着地したあと、少し距離を離すように跳んでからショークリアを下ろした。


「ほれ、お嬢」

「ボンボ。ありがとう」


 そこへショークリアの剣を拾ってくれたらしいボンボがやってきた。

 それを受け取り、軽く右手を振って顔をしかめる。


「手首をやったかい?」

「みたい。痛いけど、剣は握れないワケじゃないよ」


 ザハルにうなずくと、ボンボが難しい顔をした。


「本当なら、手が落ち着くまで剣を握るなって言いてぇんだが、相手が相手だ。お嬢ちゃんは戦力として欲しいんだよな」

「同感だが……どうする? 硬いし魔術――というよりも、魔力そのものに干渉して無効化してくるような相手だぞ?」


 ショークリア救助をフォローする為に、前に出たカロマとマスカフォネの戦いを見ながら、ザハルはうめく。


「無効化するのは、背中の――特に泡だったような意匠の部分を狙う時だけみたい。そこ以外に対しては無力化がないのは、今までそうだったでしょ?」


 実際、マスカフォネの魔術、ショークリアの彩技と魔力を霧散させ無効化させらえたのは、二回だけだ。そのどちらも背中を攻撃しようとしたものだ。


「ふむ」


 小さくうなずいてから、ザハルは駆けだした。何か思いついたのだろうか。


 それを見ながら、ボンボがふと思い出したように訊ねてくる。


「そういえば、嬢ちゃん。

 あの別邸で喚いてた連中をぶちのめした時みたいなしゃべり方はしないのか?」

「え? あー……」


 そういえば、ボンボはあの場にいたのだった。

 あれは単純に、前世のノリが表に出てきてしまっただけだ。


「もしかして、何か特殊な彩技(アーツ)だったのか?

 身体能力とかを高める代わりに、口調が悪くなっちまうとか?」


 ボンボの言葉に、それだ――と胸中でガッツポーズを取る。


「えっと、うん。そんな感じ……」

「今は使わないのか?」

「えっと……」


 使わないというか、使っても同じというか――

 ショークリアは返答に困って、ロムラーダームへと視線を向ける。

 その先には偶然、マスカフォネがいた。


「ああ、なるほど。お袋さんには教えてないんだな?」


 勝手に納得してくれたことに安堵する。

 実際、能力を高めるわけでもないので、使えと言われても困るのだが。


「確かにまぁ貴族の嬢ちゃんの言葉遣いじゃねぇもんな」


 笑うボンボに、ショークリアは曖昧な笑みを浮かべてうなずく。


「――ま、気持ちは分かる。無理して使えとは言わねぇ。だが必要になったら迷うなよ?」

「うん」


 ボンボの気遣うような言葉に、ショークリアは素直にうなずく。


「さて、話を戻すが、実際どうする?」

「一応、秘奥彩技(ホイーラアーツ)級の技も手持ちにはあるけど」

「そりゃすげぇ。すげぇが……上手く当てても効くのかアイツに?」

「それだよねぇ」


 もしかしたらフォガードの炎にすら耐えそうな魔獣だ。

 その堅牢な肉体には、生半な攻撃が通じるとは思えない。


 とはいえ、戦況としてはここらで一矢報いなければじり貧になりかねない。


(……っと、待てよ。

 四腕熊を倒した時の秘奥彩技(ホイーラアーツ)のノリで、魔力を束ねて、それを攻撃じゃなくて身体能力強化に使ったらどうなんだ?)


 あれは、魔力などの全エネルギーを蹴りに集中させて繰り出す技だ。

 そんな本来は蹴りに使うエネルギーを全身の強化に使ったらどうなるのだろうか。


 先ほどショークリア自身がやった踵落としからのコンボ。

 あれを身体能力を超強化した上体でぶちかませば、ひっくり返して腹をさらさせることができるのではないだろうか。


「……よし」

「何か閃いたか?」

「うん。イチかバチかの手が思いついたかも。初めてやるから上手く行くかは分からないけど――」


 幸いにして、この林も魔力源泉(カラーパレット)が近いのだ。

 四腕熊を倒した時の要領で魔力を高めることができるはずだ。


「――やってみるッ!」


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