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肉だけってのも物足りないよな


「うん。美味しくできててよかった」


 一口かじって、ショークリアは満足そうにうなずく。


 香りも味もかなり自分好みに寄せて作ったが、みんなからのウケも悪くない。一安心といったところだ。


 だが、個人的な感想を言えば、肉だけだと物足りないというのもある。


(白いメシはなくとも、パンが欲しいな。

 ダエルブは持ってきてっけど、堅ぇし塩辛ぇんだよな……いや、まてよ)


 普段の食卓に並ぶダエルブは減塩になったものの、こういった旅で持ち運ぶ時などは、保存性を高める為にかなり塩を使っている。

 それでも、一般的に食されてるものと比べると多少の減塩はされているのだが――


(下味をスパイスとハーブだけにして……)


 頭の中でレシピを組み立てていく。

 有り合わせの材料とその場その場の条件から、無理矢理一品作り出すというのは、前世でもやっていたことだ。


 夕食の買い出し帰りに、ヤンキーグループに囲まれ喧嘩を売られ、自分は無傷でも食材がダメになったりした時などは、帰宅後に有り合わせのもので即席の夕飯を作ったものである。


「ダエルブを温めようかと思うんだけど、お母様もいります?」

「では、お願いしようかしら」


 マスカフォネにうなずいて、ショークリアは保存食として持ってきていたダエルブを一つ取り出す。

 普段、食卓にでてくる棒状の(バゲット)タイプのものではなく、どちらかというと丸状(ブール)に近いものだ。


 完全な丸というよりも、デブになったラグビーボールみたいな形状であることを思うと、小型(クッペ)丸状(ブール)の中間みたいなものかもしれない。


 そんなダエルブを約一センチほどの厚さに切る。最初は自分とマスカフォネの分だけ――と思ったが、どうせ他の人たちもほしがるだろうと思って、全員分だ。


 それから、切り出しただけで味を付けていない肉に、ハーブとスパイスだけをもみ込んだ。


「もう一回焼くから、場所空けて欲しいんだけど……」


 ショークリアが声を掛けると、ザハルとツォーリオが息を合わせたようにうなずく。


「板ごと動かしていいよ」


 心得た――とばかりに、ザハルとツォーリオは互いに板の端をつかむと、上に乗った肉を落とさないように、移動してくれた。


 用意した板と葉っぱは一枚だけではないので、ショークリアは先ほどと同じように簡易コンロの上にセットする。


 後ほどダエルブを焼くスペースをあけて、まずは肉をまとめてクロッシュをかぶせる。


 ややして、ダエルブを置き、クロッシュをかぶせた。

 それから肉が焼けるよりも前にダエルブのクロッシュを開くと、温まったダエルブを手に取り、別途用意していた串を側面から刺す。


 串に刺さったダエルブを板の下――火の当たる場所で、わずかに炙る。

 両面に軽い焦げ目がついたところで、引き上げた。


 それを全てのダエルブでやってから、肉のクロッシュを開く。


 炙ったダエルブの上に、エチュレップ――見た目は紫蘇だが、味や歯ごたえはレタスに似ている葉野菜だ――を乗せる。

 ちなみに、エチュレップはこの近隣で自生していたやつで、バッチリ褐色地の影響を受けているので、見た目は良くない。


(だけど、味はすげぇいいんだよな。やっぱ褐色地の食材って、美味ぇ)


 さらにエチュレップの上に、今焼いた肉を乗せていき、最後に炙ったダエルブを乗せてサンドした。


「よし……ッ!

 ハーブウサギのダエルブサンド、完成!」


 まずは、マスカフォネにそれを手渡す。


「はい、お母様。中身が落ちやすいかもだから、気を付けて食べてね」

「ええ。頂くわね、ショコラ」


 うなずきながら、マスカフォネの頬が緩む。


(ああ……炙られたダエルブのこの香り……焼かれたお肉の香りも……。

 香りがこれほどまでに食欲を刺激するとは思いませんでした……)


 肉や魚にはない甘く香ばしい小麦(ミルツ)の匂い。

 溢れ出す肉汁から漂う、肉と香草の混ざり合う抗いがたい香気。

 その二つが融合し、はしたなくかぶりつけと誘惑してくる。


 そんなマスカフォネの様子を見ていた四人は、ごくりと唾を飲み込む。


 香りの誘惑は、四人の元にも届いているのだ。

 カロマもザハルもツォーリオもボンボも、マスカフォネ――いや、ダエルブサンドを見守るように注視する。


 大きな口を開けて、マスカフォネはかぶりつく。

 ダエルブには想像よりもずっと柔らかく歯が刺さる。一瞬遅れて、しゃくり……という心地よいエチュレップの歯ごたえ。

 最後に、先ほどよりも多めの香草と香辛料で薫り高く焼き上げられたウサギ肉を噛みしめる。


 溢れ出す肉汁のうまみ。しかし、その肉汁に塩味(えんみ)はない。

 ただただ香草と香辛料、それから肉の風味だけを感じるのだ。


 しかし、味気ないわけではなかった。

 しっかりとした塩気を感じる。


 小麦の甘みとともに、口の中に塩辛いダエルブの味が広がっていく。

 だが不快ではない。むしろ、それによって口の中で、味が完成していくのだ。


(これは……ダエルブの強い塩気で、肉を味付けたのですか……!?)


 口の中で完成に至った料理に、マスカフォネは目を見開く。


 見えるのは満開の(アルカス)だ。

 さわさわと風に揺られ、薄紅色の花びらを吹雪かせている光景。

 よく見ればその足下では、エノミルの大きな葉の上で、褐色ウサギたちが戯れるように、香草や塩花(トルース)を食べている。

 周囲を見渡せば、香り高い小麦畑が広がっていた。


 もっと、その光景を見たい。

 そう思ったマスカフォネは無心でダエルブサンドにかぶりつく。


 マスカフォネが勢いよく食べていく光景に、我慢できないとばかりに、カロマたちがショークリアの方へと視線を向ける。


 そこでは、すでに予想済みだったショークリアが、人数分のダエルブサンドを作り上げていたところだった。


「そんなにギラギラしなくても、みんなの分もあるからね?」


 待ってましたとばかりに、カロマたちもそれを受け取ってかぶりついていく。


(なんか、めっちゃウケがいいな。作った甲斐があるぜ)


 最後に自分の分を挟んで、そのままショークリアはかじり付く。


(うん。美味い。

 挟むものの味付け薄くすれば、こういう塩気の強いダエルブも美味しく食えるな。

 堅いダエルブも、蒸し焼きにすれば多少ふんわりもするって知れたのもデケェ。水分ってんは偉大だぜ)


 褐色ウサギの肉は、普段食べるウサギ肉よりも肉質も脂も良く、非常に味が良い。


 ダエルブの塩気も強いとはいえ、シュガールが小麦の風味を感じられるようにと調整したものだ。

 そのおかげで、塩気の奥に感じる仄かな小麦の甘さが、ウサギの味を高めてくれているようだ。


(我ながらかなり美味くいったな。

 帰ったらシュガールにも教えようっと)


 のほほんと食べているショークリアの横で、四人はダエルブサンドにかぶりつきながら戦慄していた。




(お肉を調味料で味付けしないコトで、むしろ料理としての完成度があがってる……ッ!?)


 カロマの知っている料理というのは、何かしら塩気を付けるものだ。

 だからこそ、肉に対して味付けはほとんどせず、香り付けだけしているということに驚いたのだ。




(減塩料理に馴れた今だからこそ分かる……ッ! これまで喰ってたモンってのは、味をケンカさせてたのか……ッ!)


 ボンボもまた常識が覆っていく感覚を味わっていた。

 これまでの料理であれば、肉にもたっぷりの塩味が付いていたことだろう。

 だが、減塩料理を食べ馴れ、今さっき香りによって味を高めるという手法と出会ってしまったことで、これまでなんと勿体ない食べ方をしていたのかと、今までの食事を思い返して悔いていた。




(ふつうの顔して食べてるなぁ、お嬢……。

 自分が常識破りの料理を作ったって理解してないんだろうねぇ……)


 横目でショークリアの様子を伺って、ザハルは胸中で苦笑する。

 減塩料理に馴れた今だからこそ、このダエルブサンドは味わい深さが増しているのだ。

 馴れる前に食べていたら、肉に味がついてないことに、多少の不満を感じたかもしれない。 

 だが、今は肉に味付けがほとんどされてないことに、驚愕しながらも納得していた。




(あー……ほんと、お嬢には驚かされるぜ……。

 でも、こういう驚かされ方なら大歓迎だ。もっと頼みたいところでさぁ)


 ツォーリオは、団長から戦力としてアテにされたことを貧乏くじを引いたと思っていた。

 だが違う。ショークリアの斬新で美味しい料理をいの一番で味わえるというのは、むしろ役得ではないだろうかと思い始めていた。



     ○ ○ ○ ○ ○




「うっめぇぇぇぇぇぇッ!!」


 ショークリアの様子を見ていた赤き神ハー・ルンシヴの前に出されたのは、ダエルブサンド。

 それを口にするなり、彼が叫んだのである。


 赤き神とともに人間界の様子を見ていた食の子女神クォークル・トーンは、ショークリアが調理を始めたのを見るなり、即座にそれを再現したのだ。


 ここは神の食堂。

 食材など、望めばいくらでも手に入る。


 本来であればダエルブも自前で焼き上げるのだが、今回は敢えてショークリアたちが使っているものとまったく同じ味のものを使ったのだ。

 それによって、ショークリアが作り出した料理とほぼ同等のものを味わうことができる。


 クォークル・トーンは赤き神に差し出したものと同じものを口にして、噛みしめるようにうなずく。


「強い味と濃い味は違うってコトだね……。

 濃い味と濃い味は組み合わせ方次第では濃くなりすぎて食べ進め辛くなる。だけど、強い味であれば組み合わせ次第ではより強くできる。

 強いとは薄い味のコトではなく、濃い味とは強い味のコトではない……。

 ふふふふふ……すごいね、ショークリア。

 この老いぼれ女神に、新しい理解を授けてくれるなんて思っても見なかったよ」


 クォークル・トーンは、人間の作り出した料理の味を神域まで高めることはできるが、新しい料理を生み出すことはできないという制約を持っている。


 そんなクォークル・トーンにとってニーダング王国というのは、あまり魅力のある国ではなかった。

 だが――ショークリアが料理に口を出すようになってからは、輝いて見え出したのだ。


「トーン、おかわりあるか?」

「少々お待ちよ、ルンシヴ様。もうすぐで次の肉が焼けますからね。

 今回もダエルブに挟みますかい?」

「おう。ダエルブサンドって奴を頼む」


 肉が好きな赤き神にとって、この料理はお気に入りになったらしい。


「この後にもまだ、シュラスコなる料理が待っているんだろッ?

 やっべぇな……すっげー楽しみだ! すごいな、あいつッ!!」


 暑苦しく叫ぶように笑う赤き神。

 ひとしきり笑ったあと、手元に残っていたダエルブサンドの最後の一口を口の中へと放り込むのだった。


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