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本当に滞在してくれてたみてぇだ


 領地持ち貴族と一口に言っても、色々といる。


 領民たちと交流を良くする者。

 領民たちとの交流は最低限の者。あるいは、平民とかかわり合いになることそのものを嫌う者もいるだろう。

 それでも優秀であったり、平凡であったりする分にはいいだろう。


 だが中には平民であるというだけで相手を見下し、搾取し暴利を貪るだけの悪徳の者もいる。

 もちろん、あまりにも酷い場合は、王族より雷が落とされることもあるのだが――だからこそ、それを逃れる為にズル賢く立ち回る者がいるのも事実だ。


 では、キーチン領メイジャン家はどうだろうか。


 基本的には、領民と交流するのが好きな家だと言える。

 いや、領民との協力が必要不可欠であるが故に、時に貴族としての矜持を捨ててでも頭を下げる必要などがあったのだという。


 確かに、一見すると資源の乏しい領地。

 北には国境たる山脈に、南には未開の森。東の海もどうにかしろとまで言われている。

 そんな場所をどうにかするには、とにかく住民に頭を下げていくしかなかったのだろう。


 当然、領民だって最初からいたわけではなく、話を聞く限りだと人伝の紹介などで、ここまでやってきた者が大半だそうだ。


 今でこそ街が出来て、領主一族含め最初期の住民たちが子を成したことで、賑やかになってきたのだ。


 言うは容易いが、決して楽な道のりではなかっただろう。

 だが、それらを領主領民が共に乗り越えてきたという経験は、この領地の結束力に繋がっているようだ。



 晩夏の戦士団募集を見てこの街へとやってきた男――ボンボ・ウィンスク。

 彼は試験にこそ落ちたものの、領主の娘の提案に乗って、この街に滞在していた。


 季節一つと半分ほどをこの領地で過ごしていた彼は、この領地に対して居心地の良さのようなものを覚えている。


 今日の彼は、午前中に仕事をしていた為、酒場で遅めの昼食をとっているところだ。


「この街で最初に食べた食事の味が薄くてどうかと思ったが、なかなかどうして、クセになるな」


 平時から鋭い眼差しの彼は、左目をより鋭く細めて呟く。

 右目は眼帯に覆われているのが、元々鋭い目つきをより厳つく見せているようにも思える。


「素材の味で塩を引き立てるんでなく、少量の塩の味で素材の良さを引き立てる……これがなかなか難しいが、試すのが面白くってな。酒場のおやじなんて仕事をしながらも、生き甲斐になってるぜ」

「そうなのか? 実際に旨いし酒が進むモンも多くて嬉しいぜ」


 ボンボの呟きが聞こえたらしい酒場の店主が自信満々に言ってくる。

 言うだけのことはあるので、ボンボもしっかりと褒めた。

 ついで、気になったのでボンボは店主に尋ねる。


「しかし、減塩料理なんてもの、よく思いついたものだな。店主の思いつきか?」

「まさか。領主様のお抱え料理人の提案らしくてね。

 平民でも取り入られるだろうからって、教えてくれたのさ。

 うちの領地は各種塩の採取や輸入にも限度があるからね。減塩料理は、塩の節約に大活躍なのさ」

「ほう。わざわざ、領主が……か」

「実は塩ってのは生きていく上で絶対に食わなきゃならんモノらしいんだが、一方で食い過ぎるのは毒らしいってのが、領主様の研究でわかったコトらしくてね。

 領主様よりも偉い人たちは聞き入れてくれないんで、うちの領地だけでもってんで、名物にしたいそうなんだ」

「……塩の食い過ぎは毒なのか」


 それは初耳だった。

 だが――


「そう言われてみると、この領地で暮らすようになってから、身体のキレが良くなった気もするな……」

「やっぱそうなのか? 嫁さんも立ち仕事のあと、足がむくみにくくなってきたとは言っててな」


 心当たりがある以上、嘘ではないのだろう。

 驚きと共に、自分の鍛え上げられた太い腕を見下ろした。


 ボンボは綺麗に剃られた禿頭の大男で、秋までは鍛え上げられたムキムキボディの上半身が裸だった。

 さすがに冬になってきたので、魔銀の狼(ミスリルフロウ)という魔獣の毛皮で作ったチョッキを着ていた。手首から肘にかけても同じ毛皮のリストバンドのようなものを付けている。


 魔銀の狼(ミスリルフロウ)の毛皮は非常に高価だ。希少な魔獣の上に、一匹一匹が非常に手強いのだ。

 だがその毛皮は下手な鎧よりも丈夫で、魔力に対する防御力も高い。また通気性が良いのに暖かいという特性が様々な人々から好まれる。

 それで作られた衣服を身につけるというのは、それだけで彼の能力の高さを示すものと言える。


 もっとも――だからといって、裸の上から着るようなものでもないのだが。


「面白い領地だな、ここは」

「そう言ってもらえると、ここで暮らすモンとしちゃあ、嬉しいな」


 この店主の反応を見れば、店主がこの土地をどれだけ好きなのかが分かるというものだ。


 ボンボの持論には土地を愛すものが多い土地というのは、豊かでなくとも、良い土地であると考える。

 だからこそ、世話になってるこの良き土地の為に仕事がしたくなるのだ。


「美味いメシのあとは、軽く暴れたくなるってもんだ。

 討伐の何でも依頼(ショルディンクエスト)はあるか?」

「んー……そうさなぁ……」

「ロムラーダームの討伐ならあるぞ」

「どんな魔獣だ? 名前からダーム種だとは思うが……」


 ロムラーダームという魔獣に心当たりがなく、ボンボは店主に訊ねる。

 店主は依頼書を見ながら、それを読み上げた。


「依頼書によると、結構な大型魔獣のようだが……。

 この近辺に生息する魔獣としてかなりの上位にはいる強さを持ってるようだけど……街にいる限りは見る機会はなさそうだ。

 濃い灰色のトカゲみたいな長い体躯と尻尾の獣で、鈍い銀色の四肢を持つ。モノを掴める程度には長い指と鋭い爪。角の生えた狼のような顔。後頭部は板のように伸びている。さらには、背中側や尻尾の上側、腿や肩の一部が、白く泡立つ金属のようになってるそうだ」

「大きい体躯に板のような後頭部を持つ狼のような顔。泡立つような鱗というか皮膚……ダーム種なのは間違いなさそうだ」


 他の土地に出現するダーム種もそれなりの強さを持つ。

 それがこの土地にでてくるとなると、どれほどの強さになるのか、ボンボは想定ができなかった。


「一人では難しそうだが……協力者は募れそうか?」


 訊ねれば、店主は肩を竦める。

 期待はしていなかったが、いないようだ。


 実際、滞在してて腕の立つ何でも屋(ショルディナー)は自分くらいだ。この領地に同業者は少ない。


「コーバンにでも顔を出したらどうだ?

 戦士団の面々はみんなだいたいは何でも屋(ショルディナー)経験がある人ばっかりだしね。無碍にはしないと思うよ」


 店主から依頼書を受け取りながら、ボンボはふむ……と小さくうなずく。

 やや考えてから、ボンボは残っていたエニーヴの果実水を一気に呷って立ち上がる。


「ごっそさん。メシ代はここ置いとくぜ」

「あいよ。どうするんだい?」

「助言に従ってコーバンにでも行ってくるさ。こいつは、俺一人の手には余りそうだからな」

「強い奴と戦いたいんじゃないのか?」

「それはあるが、仕事はキッチリやるのが信条だ。万全を期すのに、人手が欲しい」


 そうして、ボンボは酒場を後にした。



 酒場の前の通りを外壁に向かって歩く。

 ボンボはその途中にある、白い箱のような簡素な建物の前で立ち止まった。


「誰かいるか?」

「ん? なんだ?」


 その白い建物――コーバンの中へと入って声を掛けると、どこか同業者っぽい雰囲気の、戦士団制服を着た男が顔を出した。


「アンタ、傭兵か?」

「元はな。今はこの街で何でも屋(ショルディナー)をやってるモンだ」

「ああッ! アンタが隻眼のボンボか。聞いてるぜ。俺らへ回ってくる討伐任務の数が減ってて助かってんだ」


 話によると、討伐依頼がそのまま放置された場合、戦士団が出動して討伐したりしていたそうだ。

 女性戦士雇用前は、戦士団も人手がギリギリだった為、討伐から帰ってきた後に、休暇などなく日常業務をさせられてたらしい。


 今は、女性戦士団が発足されたこと。ボンボがある程度の討伐をしているおかげで、かなりラクになってきたそうである。


「そうか……だとしたら、少し心苦しい相談になるな」


 苦笑を滲ませながら告げると、戦士団の男はピンと来たような顔をして訊ねてくる。


「討伐協力か?」

「話が早いな」

「アンタの強さで協力者を欲しがる……そんでこの時期……となると、雪星(せつせい)の怪鳥か、ロムラーダームってところか」

「正解だ。ロムラーダーム討伐の依頼を受けた」

「場所は?」

「万年紅葉林だそうだ」

「なるほど。相談に来て正解だ。

 街道沿いなんかの平地に出てくるのならともかく、森や林で遭遇するロムラーダームは手強さが増すからな」

「そうなのか?」

「他のダーム種より木登りが得意なんだよ。木から木へ飛び移るのもお手の物。木々に囲まれた場所でやりあうと機動力がハンパない」


 戦った経験があるのだろう。実感のこもったその言い方に、ボンボは思わず顔をしかめた。

 自分の中にあるダーム種との戦闘経験から、状況を想像してみたが、確かに危険だと判断したのだ。


「もう少し若い頃なら一人で向かってたところだ。年食って臆病になったコトに救われたかもな」

「経験を積んで慎重になったってコトだろ。悪いコトじゃねぇさ」


 自分より少し年上の戦士は、人懐っこい笑みでそう告げる。


「明日、俺は休みなんだ。良かったら数人に声かけておくから、付き合うぜ」

「助かる」


 ボンボがそうお礼を告げた時、背後から声が掛かった。


「話は聞かせてもらったわッ!」

「その討伐、協力させてもらうわッ!」


 そこには領主夫人とその娘がそっくりのポーズで仁王立ちしていた。


「……マスカの姉御に、お嬢……」


 思わず呻く、戦士の男。

 よく見ると二人の背後には護衛戦士と思わしき女と、娘付きの侍女だと思われる少女が頭を抱えている。


 あの様子から、止めようとして止められなかったのだと思われた。


(……この討伐依頼、どうなっちまうんだ……?)


 領主親子を見ながら、ボンボは顔をひきつらせるのだった。


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