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師走はこの世界でも同じらしい


「そういえば父上そろそろ世終(せいつい)の宴の準備が必要じゃない? 今年はどうするの?」


 領主の執務室で、父フォガードの仕事を手伝いながら、ガノンナッシュはふと顔を上げてそう訊ねた。


「あー……」


 ガノンナッシュの言葉に顔をあげ、少し考えてから、天井を見上げてうめいたまま、父はその動きを止めた。


 どうやら考えていなかったようだ。


女性戦士団(ファム・ファタール)を筆頭に女性たちも増えてるから、いつも通りだと少し花がない気もするけど」


 ともあれ、ガノンナッシュは手元の書類の確認をしながら、思ったことを口にする。


「ショコラの生誕日(せいたんび)も兼ねるんでしょ?

 ましてや、六歳の生誕日なんだから、特別なモノがないとマズいんじゃないかな」


 ガノンナッシュ自身は、思ったことを口にしていただけだが、フォガードにしてみれば、強烈な言葉の連撃だ。


「お、お、おおおおぅ……」


 フォガードは顔を覆い、呻きながら机につっぷした。

 それを見、ガノンナッシュや同室内で作業をしている文官たちは苦笑をする。


 領主の反応も理解できるのだ。

 女性戦士団(ファム・ファタール)筆頭に、優秀な女性を雇用した為、様々な面で余裕が生まれ、人手不足を理由に停滞していた事業が再開された。

 それだけではなく、新規雇用の女性の条件にあわせ、今現在も働いている女性たちの雇用条件の見直しなども順次行っており、それもまだ全てが終わっているわけではない。


 結果、フォガードが処理しなければならない書類がかなり増え、それにかまけるあまり、一年の最後の日――身分問わずに互いを労いあう世終(せいつい)の宴のコトなど完全に失念していたのである。


 そのくらい忙しかった為、手伝い程度のつもりだったガノンナッシュも気が付けばかなりの仕事を与えられていた。


「……ガナシュ。お前に――」

「任せるはナシで。何をすればいいかも分からないのに、急に任されても困るし」


 だからこそ、簡単に丸投げされるわけにはいかない。


 父が丸投げしてくる気配を感じて、先回りしてガノンナッシュは断ったのはその為だ。

 それに対して、フォガードは顔をしかめた。


「今まで通りのものを基本にして、女性向けの出し物を増やせばいいだけだ」

「だけだって……」

「マスカフォネとショコラを巻き込んでもいいぞ?」

「…………」


 しばらく父へとジト目を向けていたガノンナッシュだったが、意にも介さないフォガードに根負けして、小さく嘆息した。


「文官二人」

「ん?」

「男女一人ずつ貸して。必要になったら増やすかもしれないけど」

「いいぞ。これも経験だ。がんばれ」

「わかったよ」


 嘆息しながら、手元の書類へのサインをする。

 それを処理済みの書類置き場へと置き、次に自分の机の上にある未処理の山へと目を向ける。


 しばらく考えたあと、ガノンナッシュは笑みを浮かべた。

 それから、自分のいる机の上の未処理書類の山をまとめて持ち上げると、ためらうことなく、フォガードの机の上へと置いてみせる。


「……ガナシュ?」


 首を傾げるフォガードに、ガノンナッシュはそれはもう大変神妙な表情を浮かべた。


「それではガノンナッシュ・クリム・メイジャン、世終せいついの宴の準備、謹んで拝命いたします。

 つきましては、未熟な身ゆえに、通常業務との兼任は難しいと判断し、私が手伝っている通常業務は全て父上にお任せしたいと存じます。それでは」


 ガノンナッシュは慇懃無礼にそう告げて、優雅な足取りで、執務室をあとにする。

 パタンと扉がしまると同時に、執務室の中から悲鳴じみたうめき声が聞こえてきた気がするが、ガノンナッシュは気にせずその場を離れるのだった。




 執務室から出たあと、モンドーアと合流。

 予定よりかなり早い時間に執務室から出てきたことに驚いていたが、事情を説明すると納得してくれた。

 その上で、モンドーアは少しだけ困ったような顔をする。


「坊ちゃん。どうなさるおつもりですか?」

「まずは母上かな。ショコラに声を掛けるのはその後だ」


 廊下を歩きながら、ガノンナッシュは世終(せいつい)の宴に関する基本的なことを思い出す。


 一年の最後。

 この世界スカーバに暮らす全ての人々が、一年間を無事に過ごせたことを言祝(ことほ)ぎ、労いあう日とされている。


 ことの始まりまでは不明だが、少なくともニーダング王国においては、平民と貴族の垣根無く笑い会う日である。

 少なくとも、ガノンナッシュが見聞きしている限りでは――キーチン領はともかくとして――他領では、そこまで和気藹々でもないようだが。


 ともあれ、世終(せいつい)の宴において、貴族が平民へと振る舞う料理や食材によって格を見せつけるというものもある。

 その為、見栄を張りたい貴族は、それなりに豪勢なものを用意するのだ。

 平民たちはそれを元に、自分たちで料理を作ったりして宴を行う。


 キーチン領の場合、食材の提供はもちろん、領邸の庭を開放して、庭に料理を並べて平民たちを招いたりをしていたのだが――


「女性雇用が増え、あの試験をきっかけに少しばかり住民も増えた……。今まで通りのままだと、食材や料理も恐らく足りなくなるだろうな」


 父の仕事に関わっているからこそ、それに気が付いた。

 となれば、今まで通りのものを開催するだけではダメだろう。


「食材の調達が最大の課題かな」


 何より、新参者や何でも屋の滞在者が増え始めている。

 庭とはいえ、領邸を開放するのにも、いささか問題がでてくるかもしれない。


 なにはともあれ、母の部屋へとやってきた。

 モンドーアを促し、ドアを叩いてもらう。


 だが、中からマスカフォネの返事はなく、開いたドアから顔を出したのはココアーナだった。


「坊ちゃん、申し訳ございません。

 奥様は、少々外出しております」

「そうか……母上は何をしに出掛けたんだ?」

「特定の色の加護が人より強い平民を探しに向かいました。

 ショコラお嬢様もご一緒しており、カロマが二人の護衛に付いております」

「そうか」


 出掛けているのなら仕方ないな――と納得し、うなずく。

 その時、ふと――思い出したことがあった。


「そうだ。ココ。一昨日の話、聞いているか?」

「申し訳ございません。どのお話のコトでしょうか?」

「ショコラとミロが農村地区へと散歩に出た話だな。

 夏までは戦士団の手も足りなかったのと、二人の腕前のコトもあって黙認していたが、女性戦士団が増えたコトでそうでもなくなっただろ?」

「はい。今後はお嬢様も、例え散歩でも護衛付きで歩いてもらうコトを考慮していただく必要があるコトは奥様も気づいておられました」

「そうか、なら今日はカロマを連れて出たのも、それを説明する為かもしれないな」


 ココアーナとモンドーア、そしてソルティスはその戦闘力を領主であるフォガードから認められ、有事の際は戦士の振る舞いをすることを許されている。

 ミローナも実力的には申し分ないのだが、年齢的なこともあって、フォガードが護衛と認めてはいない。


 護衛を伴うのは、貴族の――ましてや領主に連なるものとしては大事なことなのだ。


「ところで、街にでれば母上に会えると思うか?」

「どうでしょう? どこをどう歩くとは伺ってはおりませんので」

「ふむ」


 少しだけ思案してから、ガノンナッシュはモンドーアを見上げた。


「モンド。オレたちも外へ出るぞ。

 母上たちに会えずとも、少し領民たちの様子を見ておきたい」

「かしこまりました」

「一度部屋に戻って準備するとしよう」


 そうしてガノンナッシュはモンドーアを連れて、自室へと戻っていくのだった。


 


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