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試食の時は悲喜交々みてぇだ


「あ、スープは全部飲まないで。芋餅を入れて食べても合うと思うから」


 そう一言告げてから、ショークリアは芋餅をフォークとナイフで切り分けて口に運ぶ。


(箸で一枚まるごと掴んでかぶり付きてぇが、今世じゃ無理かねぇ)


 もちもちとした食感と、芋とバターの風味。

 何か特別な味付けをしたわけではないのだが、ショークリアの中にある何かが癒されていくのが分かる。


(あ~……これこれ。求めてた味って感じだなぁ……)


 加えて、前世の日本人として求めていたものが満たされていく。


(しかしこうなってくると、醤油――は無理でも、魚醤みてぇなモンはほしくなっちまうな)


 砂糖醤油や照り焼きソースなどが欲しくなってきて、胸中で苦笑する。

 一つの贅沢が満たされると、次の贅沢が欲しくなるのだから、何とも強欲な話である。


 芋餅をもうひと口、口に運ぶ。


(イエラブバターの時も思ったが、この芋は、ジャガイモよりも旨味が強いみてぇだな)


 料理によってはこの強い旨味が邪魔になる可能性もあるが、その辺りはシュガールがうまいことやってくれることだろう。

 そんなことを考えながら、フォークをスプーンに持ち替え、スープをひとすくいする。


(うん。スープになると、わかりやすいな。やっぱ、旨味が強い。

 ベーコンの油の甘みと塩気の塩梅もいいな、これ)


 ここに味噌を入れるだけで、かなり良い味噌汁にもなりそうだ。

 ジャガイモ同様にイエラブ芋も旨味を持っているようで、ダシとしても優秀そうだ。


(タマネギを入れたい味だ。もっと野菜の甘みを出したこれを飲みてぇぜ……)


 それから、芋餅をひとかけらスプーンにのせ、そのスプーンでスープをすくって一緒に口に入れる。


(ちょっとしたニョッキっぽくていいな。

 求めてた味とはちょいと違ぇが、これはこれで、悪くねぇ)


 




 楽しそうに口に運ぶショークリアを横目で見ながら、ミローナは芋モチを口に運ぶ。


 もっちりとした不思議な食感。

 濃厚なバターの風味と、噛めば噛むほど増していくイエラブ芋の風味が口の中へ広がっていく。


 味付けらしい味付けはなく、イエラブ芋の甘みを強く感じるだけだ。そのはずなのに、バターの香りと食感が合わさって非常に美味しく感じる。


(芋モチはスープと合わせても美味しいって言ってたから、一枚は残しておいて……次はスープに)


 スープを一口飲んで、シュガールとシャッハが驚いていた理由がわかった。

 先に食べたガレットと理屈は同じだろう。

 ベーコンの持つ塩気――それが調味料となって、スープに味を付けている。


 これを口にすると、かつて当たり前のように飲んでいたスープが、ただ塩を加えたお湯でしかなくなってしまう。

 ベーコンの塩気、肉の油の甘み、細かく砕かれたイエラブ芋の風味。

 それらが合わさって、深い味わいになっている。


(作っているところを見てたけど……庶民の食卓に乗るものばかりだったはずなのに……)


 細かく砕かれた芋もまた、ふつうのスープにはない食感のちょっとした抑揚に繋がっていて、楽しくもあった。




「…………」


 芋モチをゆっくりと咀嚼しながら、シュガールは眉を(ひそ)めた。

 不味いワケではない。むしろ美味しい。美味しいからこそ、その先を考えて、眉を顰めたのだ。


「お嬢」

「なに?」

「この芋モチって料理。ダエルブのように、色々な料理やソースと合わせられるんじゃないです?」

「うん。そうよ。

 塩気のあるソースなんかと合わせて食事用に。あるいは甘いソースと合わせてデザートに。

 そろそろ年も変わるし……これを使った新年用の料理とかも面白いかも」

「なるほど……新年に相応しい料理か……」


 これが、ショークリアからの課題であろう。

 面白い料理を教えて上げたのだから、新年を迎える時に相応しい料理を作れということか。


(燃えてくるぜ……ッ!

 材料だけなら庶民の料理と同じ。だが、それを新年を迎えた貴族の宴席に相応しい料理に改良する――なんて楽しい課題だッ!)


 心の中をメラメラと燃え上がらせながら、シュガールは芋モチを口に運び続けた。




(お嬢様ッ、すごいッ!!)


 芋モチと芋のスープ。それぞれを口にしながら、シャッハも胸中で気分を上げていた。


 独特の食感は面白く、調味料なんて使ってないのに、甘みがある。

 シュガールとの会話を聞いていれば、様々なソースと合わせる楽しみもありそうだ。


 かつての酒場であれば、それを自分が試させてもらうなんてことはできなかっただろう。

 いや、そもそもからして『新しい料理』に挑戦したり、試食したりする機会そのものが無かったはずだ。


 シュガールの話によれば、ショークリアは様々な本を読み漁っており、そこから得た知識を色々な形に応用して発信しているそうだ。料理もその一端なのだという。


 ショークリアは元々、塩花(トルース)料理が苦手だったそうで、その為に、シュガールへ相談に来たことが今のような試食会のはじまりだそうだ。


(シュガールさんも、平民でなければお城で腕を振るっていたかもってくらい腕があるらしいし……良いところに来れたなぁ……)


 ここで覚えた料理を、女性戦士たちの住む別邸の食堂で振るう。ほとんどの料理がみんなに好評で、あれだけ喜ばれると料理をしていて良かったと思えるのだ。


(覚えられるコト……もっといっぱい覚えよう!)


 芋モチとスープを味わいながら、シャッハは決意をするように、その心を上に向けるのだった。



     ○ ○ ○ ○ ○



 神々の住まう国にある厨房。

 そこに併設された食堂にて、黒髪に黒い双眸をした色白の男が、止めどなく芋モチを口にし続けている。


「すまん、トーン。おかわりを頼む」

「少々、お待ちを」


 黙々と芋モチを食べてはおかわりを繰り返している彼は黒の神(ゴズスワイス)アーボレク・シアだ。


「しかし、もう五皿目ですよ。大丈夫なんですかい、アーボレク・シア様」


 食の子女神(リ・ゴズデイツ)クォークル・トーンが心配そうに訊ねると、彼は問題ないと肩を竦めた。


「この食感がクセになってしまってな……。

 お前が様々な味付けを施してくれるコトもあって、いくらでも食べれそうだ」


 基本的に死や罪を司るアーボレク・シアは、生の営みに類することはあまりしない。


 睡眠は元より、喜びや楽しみを見出すことを控えている神なのだ。

 当然、食事や飲酒なども、滅多にすることはない。


 そんな黒の神が、自らの在り方を忘れたかのように、芋餅を食べ続けているのだから、クォークル・トーンは驚いていた。


「褒めて貰えるのは光栄ですけどね」


 筋肉に覆われた老婆――クォークル・トーンは、今まで味わったことのない奇妙な気分で、カタクリを抽出し、潰した芋にそれを加えてこねていく。


「この前もトレ・イシャーダ様が、わざわざ酒精への耐性を弱めてお酒を楽しんでいらしたけど、アーボレク・シア様も、そういう感じなんです?」


 本来はステーキなどに合わせるソースに芋餅を絡めながら、クォークル・トーンは訊ねる。


 それに、アーボレク・シアは少し考えてから、うなずいた。


「恐らくはそうなのかもしれんな。

 お前もそうだろう? 神だからといっても――いや神だからこそ、時に気まぐれもありえる」

「あのお嬢ちゃんのせいですかね?」

「そうだな。アレは不思議な存在だ。

 死によってこの世界へと来るコトになりながら、今あの地上で誰よりも生を噛みしめている。いや、一度死を自覚したからこそ、生の大切さを理解している――というべきか。己が生を充足させようとする姿は何とも言えぬものがある」


 芋餅のせいか、ショークリアのせいか。

 本来は口数の少ない黒き神が、この瞬間だけは妙に饒舌だ。


「お待ちどうさま。今度はステーキ用のソースを絡めてみましたよ」

「ああ。早速いただくとしよう」


 食事を滅多にすることがなく、食事をする時は白き神よりも丁寧な仕草で食べるはずのアーボレク・シアが、フォークを芋餅に突き立てている。


 そのまま持ち上げ豪快にかぶりついている様は、本当に黒を司る神なのかと、クォークル・トーンはうっかり思ってしまうほどの姿だ。


「何だか、珍しいアーボレク・シア様を見ている気がしますよ」

「そうであろうな。

 芋餅を口にしたらな――珍しく、死ではなく罪を優先した態度を取りたくなったのだ」

「それはどういう意味です?」

「暴飲暴食。マナーを無視した野蛮な食事方法。それもまた、一つの罪であろう?」

「間違ってないはずなのに、芋餅を食べる為の言い訳に聞こえちまいますのは、気のせいですかね?」


 そう言いながら、クォークル・トーンは厨房へと戻っていく。


「すぐにおかわりを頼むと思うが」

「そうだと思ったんで、次の芋餅を作ろうかと思いましてね」

「気を利かせて貰ってすまないな」


 今は死より罪を優先して司ると言っているわりには、律儀に礼を口にする黒き神に、クォークル・トーンは笑みをこぼす。


「罪を司ろうとも、貴方様は貴方様ですね」

「どういう意味だ?」


 首を傾げるアーボレク・シアを見ながら、クォークル・トーンはその見た目によく似合う大笑いをして告げる。


「あっはっは。人間界には、罪は蜜の味がする――なんて言葉があるらしいですけどね、今だけは、きっと芋餅の味がするんでしょうね」

「そうだな。それはこの黒き神が保証しよう」

「あはははははは――それ、してはダメな保証じゃないんですかね?」

「なに、芋餅を楽しんでいる僅かな間だけだ。問題はないだろう」


 それで結局、いつまで芋餅は楽しむので――という言葉が、喉元まででかかったが、それは飲み込み、「そうですか」とだけ答えて、クォークル・トーンは次の芋餅を焼き始めるのだった。



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